それはn回目の
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それを何度繰り返したのだろうか。
ナマエという男がいた。
衛宮士郎という人間を好き、何度も告白するような物好きなクラスメイト。変わり者。
衛宮士郎は、ついぞその告白に応えることはなく、何度もその告白を断り続けていた。
ナマエの気持ちに応えられないならば、いっそ距離を置けば良かったのに、衛宮士郎はそれをしなかった。
自分に好意を向けてくる存在を、そうそう嫌いになれる人物など少ないだろう。
それもあくまで重くならないように、相手に気を負わせないように、不快にさせない程度の距離感でもって、まるでお巫山戯の延長線上のようなナマエの好意の伝え方。
それが居心地が良くて、手放し難くて。
衛宮士郎が正義の味方を目指し活動を始めても傍に居続けて変わらずに好きだと伝え続けてくれるナマエの存在は、いつしかかけがえのないもの唯一無二にまでなってしまっていた。
けれどナマエは死んだ。
とある戦場で、衛宮士郎を庇い弾丸に貫かれて死んだ。
ナマエの最期の言葉はやっぱり、「好きだよ、シロウ」という告白だった。
ナマエが死んだ時、衛宮士郎が感じたのは深い絶望と喪失感。
衛宮士郎が死に、抑止の守護者として名を捨てエミヤとなってからも、ナマエという存在は深くエミヤにこびり付いて離ない。
エミヤシロウという男は、とっくの昔にナマエを愛していたのだ。
けれどそれに今更気がついたとて、後の祭り。
その時になってようやく、酷く愚かで馬鹿で残酷な行為をしていたのだと自覚した。
ナマエもこういう気持ちだったのだろうか、否、もっと深く酷い傷だったのだろう。
そんな想いを抱えながら、それでも抑止の守護者として何度も戦場を駆け抜け摩耗していくなかで気がつけば、エミヤはいつかの憧れの紅い少女に呼ばれ、遠い故郷、冬木の地でアーチャーのサーヴァントととして聖杯戦争に参加していた。
そこではナマエがまだ生きている。
摩耗した記憶の中と変わらない笑顔で好きだと言葉を紡ぐ。
「好きだよ、士郎!」
「何度言われても、返事は変わらないぞ」
「士郎のいけず……でも好き!」
聞き慣れた告白の筈だった、見慣れた光景の筈だった、もう二度と戻ってこない喪われた光景だった。
ナマエの好意に胡座をかいて、己のために何度喪われてしまうのだと知りもせず、その告白を断り続けているかつての自分が酷く恨めしい、醜い嫉妬に駆られて胸元を掻きむしりたい衝動に襲われる。
自分にはもう与えられないものなのに!
愛しているのだ、ナマエのことを。
何十年間とそばに居続けてくれたのに、好きだと伝え続けてくれていたのに、関係を壊すのが怖くて、変わってしまうことを恐れて黙ってなかったことにしてきた。
ナマエにとっての生殺しどころか、そのまま本当に己が殺してしまったようなものだろう。
あの男は、衛宮士郎は何も知らない。
何も知らないで、ナマエのそばに今も居る。
胸を焦がすほどの激情にかられながら、それでもサーヴァントとしての務めを果たさなければならない。
そもそも、役目が終われば消えてしまうこの体では、ナマエを幸せにすることなど出来はしないのに。
あぁ、それでも
誰もいない一室で洗濯物を手に取り畳むその手付きがいやに丁寧で、ちらりと見えるその横顔が穏やかで。
かつての日常を生きるその姿を目にした瞬間、たまらない想いが胸を締め付けて。
「……ナマエ」
震える声が、名を呼ぶ。
自分の呼び声で、ナマエがこちらを振り返る。
気がつけば、ナマエを押し倒して馬乗りになっている己がいた。
「……好きだ、ナマエ」
かつて応えることの出来なかった告白が溢れて、口から漏れ出ていく。
困惑すれどナマエから拒絶の言葉は出てきていない。はくはくと開閉を繰り返しているその口へ近づいて触れ合う直前、開いた障子と衛宮士郎の声に、結局エミヤとナマエの唇かが触れ合うことは無かった。
「何考えてるのよ、あんた」
彼女は理解している。
サーヴァントと今を生きる人、しかも魔術とは無縁の世界で生きる一般人が結ばれることなんてあるはずが無いということを。
どちらも幸せになれない、エミヤもナマエもどちらも傷付けるだけの行為。
マスターである遠坂凛にとって、己がサーヴァントのこの男は、理性的で物事を正しく判断出来る人物だと思っている。
けれど今日、ナマエに好きだと言ったエミヤは完全に感情で動いていた。
他に対して一線を引いているこのサーヴァントが、自らその線を超えたのだ。
こちらを見たエミヤの目に、遠坂凛は息を呑んだ。
今にも泣き出しそうな笑みの向こう、その目の奥に浮かぶのは恋と呼ぶには遅すぎて、愛と呼ぶには傷になりすぎていた。
「伝えずにはいられなかったんだよ、マスター」
報われずとも、それでも伝え続けた彼のように。
今度は自分が、伝え続ける番だから。