それはn回目の
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「……ナマエ、好きだ」
押し倒した俺の上、馬乗りになった褐色肌に白髪という珍しい風貌の男は、どこか泣きそうな顔でそう告げた。
洗濯物を畳んでいる最中の急展開に、俺たち初対面ですよね?とか、俺には他に好きな人がいるんです。とか、そんな言葉を口に出そうとしては、結局言えることなく消えていく。
何となく、何となく彼をこのままにしてはいけないような、下手な言葉をかけてはいけないと俺の第六感が告げているのだ。
それでもどうにか返事をしようと、混乱する頭を勉強の時なんかより必死に回転させていれば、徐々に近づく整った男の顔。
さぞかし女の人を虜にしてきたんでしょうね〜なんて、とうとう思考を放棄しそうになった時、スパンと襖が開いた。
「ナマエ、随分遅いけど、どうかしたの、か……」
この家の主人で、俺の同級生兼想い人である衛宮士郎その人は、目の前で起きている光景に目を見開く。
「な、何やってんだアーチャー!!!!」
叫び声をあげて慌てて俺と男を引き剥がした士郎に、男改めアーチャーさんはめちゃくちゃ眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
ルンルンで想い人の家に夕食に誘われていただけなのに何故こうなったのかと、謎の昼ドラ展開に俺は頭を抱えた。
時は数時間前──────────
「おはよう士郎、好きだ結婚しよう!」
「おはようナマエ、結婚はしないからな」
朝の教室で交わされるこの会話は、もはやクラスメイト達には慣れた光景だった。
俺ことナマエは衛宮士郎が好きである。
それはもうLIKEではなくLOVE的な意味で。
俺と士郎の出会いは入学初日、友達もまだ上手く出来ずにおろおろしていた俺に声をかけてくれたのが始まりだった。
それはもう一目惚れ、その時俺に電流走る状態。
そこから始まる俺の怒涛のアピール。
めちゃくちゃ告白したし、めちゃくちゃ恋愛雑誌読み漁ったし、士郎が誰かの手伝いをしていれば、俺も率先してそれに加わった。
最初は困惑し、懇切丁寧に断っていた士郎や囃し立て噂していた周りのクラスメイト達も、次第に慣れていき、今日のはいはい、いつものね。みたい態度に落ち着いていった。ちょっと解せない。
士郎は俺の告白に、多少ぞんざいにはなったけど、毎回きちんと返事をくれる。ちなみに百発百中で振られてる。普通なら多少なりともウザいとか思って距離を起きそうなものだけど、全然そんなことはなく、お昼を一緒に食べたりだとか、たまに家にご飯食べにおいでって誘ってくれたりする。
そう、士郎は優しいのだ。お人好しと言ってもいいほどに。困っている人がいたら手を差し伸べる、そんな士郎だから恋敵も多い。
いつも一緒に家でご飯食べてる藤村先生……は大丈夫だとしても、押しかけ女房的な立ち位置にいる可愛らしい後輩の存在だとか、その1人だけでもなかなかの脅威だったのに、最近は学校のマドンナと何やらこそこそやってたり、謎の金髪美少女とも一緒に住み始めたとかで俺はもう何度悔しさでハンカチを噛み締めたことか!
その度に一成が俺の事ドン引きした目で見てたけど。
けれど恋のキューピットは、俺の事を見捨ててはいなかった。
「ナマエ、今日特に用事がないなら家に夕飯食べに来ないか」
最近特に忙しそうだった絶賛モテ期な士郎からの久しぶりのお誘いに、俺は速攻で頷いた。
まぁ、そんな久々の衛宮家にはいつも通り可愛い後輩の間桐桜さんと、学校のマドンナ遠坂凛さん、そして極めつけの謎の金髪美少女セイバーさんも居たけど。
魅力的な美少女揃いでいつ間にかギャルゲーのようになっていた衛宮家に、俺は泣いた。
せめてエロゲーでないことを祈るしかない。
「はい!はい、士郎くん!何かお手伝い出来ることはありますか」
外見的な魅力で圧倒的に不利な俺は、必死に家事できますよ、お嫁にどうですかアピールをするしかないと、ここぞとばかりに手を上げる。
遠坂さんの呆れたような視線を気にしている場合ではないのだ。
「ゆっくり座っててくれてもいいんだけどな……そしたら、悪いけど洗濯物畳んできてくれるか」
「将来のお嫁にお任せあれー!」
士郎の嫁にはしないけどなっていう悲しい言葉を背に、俺は嬉々として洗濯物をたたみに別室へ移動する。
無造作に取り込んである洗濯物を手に取って、出来るだけ丁寧に、それでいて素早く畳んでいく。これぞ嫁力。ていうか寧ろ今一番嫁っぽいことしてるの俺なのでは?と少し照れながら洗濯物を畳む俺の背後で、揺らぐ気配。
「……ナマエ」
聞き慣れない声に名を呼ばれ振り向く。
いつの間にそこに居たのだろうか、褐色の肌に白髪というここらでは見ない男が、溢れんばかりに目を見開いて俺を見つめていた。
はて?と衛宮家の関係者だろうかと首を傾げる俺に男は近づいて次の瞬間、抵抗する間もなく押し倒された。
そうして冒頭に至った訳である。
現在俺の隣にどこか不機嫌な士郎、そして向かいに褐色白髪のイケメン改めアーチャーさん、その隣に実はアーチャーさんの雇い主らしい頭を抱える遠坂さんという面子で居間の机を囲んでいる。三者面談ならぬ四者面談状態。
ちなみに桜さんは、私は別室に居ますね。と、どこか心配そうな様子を残して席を立った。
実にできる後輩なのだ。
「……どういうつもりだ、アーチャー」
最初に口を開いたのは、士郎だった。
いつもとは違う、警戒を含んだ声音。
それに対するアーチャーさんも冷たく答えた。
「どういうつもりも何も、貴様には関係ない」
「なっ!ナマエは俺の友達だ、関係ないことないだろう」
「ただの友人関係だと言うのなら、尚更首を突っ込んで来ないで欲しいのだがね」
士郎と俺の関係がただの友達っていうあれには、多少心に来るものがあれど、2人のやりとりに俺はどうしようも出来ずに、ただ情けない面を晒すことしか出来ない。
「アーチャー、貴方がこんな冗談を言うようなタイプじゃないと思うのだけれど、本気で言ってるの」
探るような遠坂さんの視線を真っ向から受け止めて、それからアーチャーさんは俺を見た。
「私は、ナマエの事が好きだよ」
熱を孕んだ言葉。
どこからどう見たって、アーチャーさんは俺のことが本気で好きなのだということが伝わってしまって、顔に熱が集中してしまう。
「それで?当のナマエくんは、どう思ってるの」
「へ!?」
急に遠坂さんに話を振られ、3人の注目が一気に俺に移ってたじろぎつつ、何とか口を開いた。
「も、申し訳ないんですけど俺は士郎の事が好きなので……」
ごめんなさい、と頭を下げる。
それでもアーチャーさんは、俺を諦める気は無いと告げて、部屋を出ていってしまった。
「はーあ、もうすっかりお腹空いちゃったわ。衛宮くん、夕ご飯にしましょう!
彼奴には私から詳しく聞いておくから」
残された妙な空気を変えるように遠坂さんがひとつ手を叩いてそう言った。
久々に食べた士郎の夕ご飯は、いつも通り美味しいはずなのに、どこか落ち着かないのはこの家に美少女が増えたせいなのか、それとも告白されたせいなのか、よく分からなかった。
送ってく。
その言葉に甘えて、すっかり暗くなった帰路に2人つく。
だけど隣を歩く士郎はなんだが上の空で、いつもより無言の時間が多い。
そうしていればもう俺の家は目前で、ここまででいいよと立ち止まった。
「今日は色々あったけどありがとな!
士郎、好きだよ」
務めて明るく、いつも通りの告白。
けれど士郎は、何か考えるように黙っている。
「……士郎?」
その様子に心配になって名前を呼べば、どこか困ったような、妙な顔で士郎は俺を見た。
「……あぁ、また明日ナマエ」
そう言ってひらりと手を振って、士郎は背を向けた。
「……また、明日」
ぽかんと去り行く彼の背を見送る。
その日初めて、士郎は告白の返事をしなかった。