運命
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ナマエにとって原田左之助という男は可愛い後輩だった。
自身よりずっと上背があって、筋骨隆々の男が世間一般的に可愛いと呼べるのかは微妙な所だが、それでもナマエさん、ナマエさん、なんて自身の名前を呼びながら後ろを着いて来て、休みの日には呑みに誘って慕ってくれる後輩はどうやったって可愛いものでしかなかった。
可愛くて、頼もしい後輩。
それが今はどうだろうか。
「さ、左之助?その、離してほしいかなぁ」
なんて、と続くはずの言葉はそれより早く左之助の「嫌です」の一言に遮られて消えた。
ナマエの肩に埋めた顔を嫌々と振る度に少しごわついた赤髪が頬に当たって擽ったい。
カルデアの一室で、後ろから覆い被さるように抱きついたまま離れない左之助と、それを微妙な顔で見ている斎藤、永倉、山南の3人。そうして理由も分からないままに抱きしめられている自分。
助けを求めるようにうろりと辺りへ視線を向けるも、斎藤や新八どころかあの親切者の山南ですら苦笑を浮かべるのみで、それに何度目かも知れぬため息を吐けば連動するようにびくりと左之助の体が震えて、そうして余計に腕の力が強まってしまった。
事の始まりはなんだったのか。
そうだ、話があるとか何とかで妙に神妙な顔をした左之助に呼び出されたのだ。
らしくなくどこか緊張した様子の左之助と、その左之助の肩を乱暴に叩いて「とっとと言ってこい」なんて鼓舞してるらしい新八と、少し離れた場所で見ている斎藤と山南。
恐らくこの場で何も分かっていないのはナマエただ1人らしい。
「あー、なに、俺出直そうか?」
助け舟のつもりで出した提案を左之助が受け入れることはなく、そうしてようやく覚悟を決めた様な顔で彼は口を開いた。
「俺、幕府の密偵だったんスよ」
どこか震えた声音で紡がれたその真実に、ナマエはきょとりと一度首を傾げて。
「あ、へぇ、そうだったんだ」
そう、どこまでも軽い返事をした。
「それだけ?」
それだけ、とはどういう意味なのだろうか。何を求められているのかさっぱり分からないといった風のナマエに永倉はこいつまじかと、ドン引きした。
「俺はアンタを、新撰組を裏切ってたんですよ?なんかもっとこう......どうも思わないんスか」
「えぇ......いや別に......?どうでもいいっていうか、なんていうか」
「は」
どうでもいい?、と黒々とした瞳を見開いて左之助がナマエの言葉を繰り返す。
斎藤と山南が部屋の隅で揃って頭を抱えている姿が視界に写る。さっきから一体なんだというのか。やっぱりこの場でただ一人ナマエだけが現状を理解できていないまま。
そうして気が付けば無言の左之助に背後から抱き締められどうにも抜け出さない状態が出来上がった、という訳である。
「時々妙にドライっていうか、人の心無くしたんじゃねぇかって時あるよな」
「お前、もっと手心っつうかなんつーか、原田がどんな気持ちで話したんか考えてやれよ」
「散々な言われようすぎるだろ、ぶん殴るぞ」
やいやいと野次を飛ばしてくる斎藤と永倉にそう威嚇したところで後ろから抱きつかれているこの状態ではそれを実行することも出来ないのだが。
2人にそう言われたとて、ナマエが左之助が実はどこぞの密偵だったという事実に対して思うことは本当に心の底から“そうだったんだ”という至極薄い感想のみだった。
だってそれを今知ったとて、どうすればいいのだろうか。
サーヴァントになった今、もうすでに終わった出来事に対してどうこうもないだろう、というのがナマエの考えなのだが、どうやら左之助はそうではないらしい。
「......ナマエさんは俺の事どうでもいいんですか。だから、俺が裏切ってた事も何とも思わないんですか」
「はぁ?......あぁ、なに、そういう事」
ようやく合点がいった、という顔でナマエは左之助を見た。
「左之助が俺を呑みに誘ってくれたりとかしたのも、あれも密偵だから情報探るためとか、そういう義務だったりしたの?」
「それは違います」
ナマエの言葉に勢いよく顔を上げた左之助は直ぐにそれを否定する。
密偵とか、そう事は関係なく左之助はナマエという人物を好いていた。
だからより仲を深めたくて、傍にいたくてよく自分から呑みに誘っていたのだ。
「左之助が俺と仲良くしてくれてたのが義務とかそういうんじゃなかったならそれで別にいいよ」
ナマエの手が、わしわしと左之助の髪を乱雑に撫で回す。
乱れる髪もされるがままに、左之助の瞳が穏やかに笑うナマエを写した。
「新撰組がああいう組織だった以上まぁ密偵の1人や2人、いてもおかしくないだろうし......というかこっちだって暗殺闇討ち上等で色々やってたんだから人様の事言える義理なんてねぇでしょうが。
もう終わった過去の事より、今の新撰組の事のが大事だろ。
だから、どうでもいい」
ぽんぽんと左之助の頭を軽くそう言って叩く。
そういえば、かつてもこうしてよく左之助の頭を撫でていた気がする。
なんとなく左之助って犬っぽいんだよなぁ、と場違いなことを思った。撫でられるためにわざわざナマエの身長に合わせて屈んでくれるところとか。
「左之助は今も昔も、強くて頼れる可愛い後輩だよ」
何だか知らんがこれで左之助も納得して離れるだろうと息を吐いたナマエは次の瞬間、より強まった左之助の腕に圧迫された腹からぐえっと間抜けな音をまろびだしていた。
「俺もナマエさんの事好きですから」
「ぐおっ、わかっ、た、分かったから!腕を、緩め......内蔵がっ!飛び出る!!」
すりすりと大型犬が如く、抱きしめたナマエの頭に頬を擦り寄せる左之助。
ごつい成人男性、というか同僚2人のどこか見慣れたイチャつきに斎藤と永倉は呆れたように息を吐いた。
「はい、解散解散」
「もう二度と俺らを巻き込むんじゃねぇぞ」
「ま、まて!俺を置いて行くな!せめて左之助をっ、止めてくれっ!!」
内蔵が!と叫ぶナマエを背にひらひらと斎藤と永倉は手を振った。
「原田くんも程々にね」
「ウッス」
そう言い残して山南ですら背を向けた。
後に残されたのは可愛い後輩から可愛くない力強さで抱きしめられたナマエの悲鳴だけ。
まぁ、ナマエの自業自得なのである。