運命
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子供のような顔で笑う男だと思った。
男は、アグラヴェインより1年ほど長くキャメロットで王に仕える騎士の1人だった。
特筆した才能があるわけでもない。何か特別な役に就いているわけでもない。本当にただどこにでもいる兵の1人。
それでも男は、モルガンからスパイなのではと疑われている。実際あの女はそういった意図でアグラヴェインをキャメロットに送ったのだろうが。
他者と馴れ合うこともせず、何か特別疑いを晴らすこともせず、ただ粛々と王に仕えるアグラヴェインにどんなに冷たくあしらわれようと間抜けな笑顔を浮かべて話しかけてくるような、そんな変な男ではあった。
「アグラヴェインはさ、不器用で分かりづらいだけで優しいよね」
あまつさえそんなことを言ってのけるような、そんな愚かな男だった。
人に好かれようたいとは思わない。嫌いたいなら嫌えばいい。
ただ、ただあの理想の王だけが自分の中の唯一であった。
そう、アグラヴェインはそれだけで良かったはずだった。
「誕生日おめでとう、アグラヴェイン!お前が生まれてきてくれて、こうして出会えて、本当に嬉しいよ!」
今度ご飯でも行こうよ。奢るからさ
そう言って笑みを浮かべていた男は、戦場の冷たい土の上で血を流していた。
虚ろな目がアグラヴェインを捉えて、そして光を喪った。
そうして男は死んだ。
戦は我が王の勝利に終わった。
男以外にもけっして少なくない数の兵が死んだ。
勝利への歓声と、亡くなった戦友達を弔う声。
混ざり合う声は遠く耳鳴りの様で。
男が亡くなったからといってアグラヴェインの手が止まることはない。
ただ粛々と王に仕える。
何も変わらない。変わるはずがない。
それでもあの男の笑顔が、言葉が、死に顔が、脳裏にこびり付いて終ぞ消えることはなかった。
ただ、それだけ。
それだけの話
戦場の冷たく硬い土の上とは違う、真白く柔らかなシーツの海の中。首筋に血の赤とは違う赤の跡を刻んだ男が眠っていた。
規則正しく上下する胸と呼吸音。そっと頬へと手を当てればそこは当たり前のように温かい。
「ナマエ」
男の名を呟く。
目が覚めた時、ナマエはいったいどうするのだろうか。酒に薬を混ぜて無理矢理にナマエを抱いた自分を、どう思うのだろうか。
それでも、それでもアグラヴェインはどうしようもない胸の内の、もう何千年、何百年と前の感情を抑えることが出来なかった。
ナマエが生きている。またあの子供のような笑みで笑っている。ただそれだけで良かったはずなのに、あの祝福の言葉がどうしてもあの日と重なってしまった。
ナマエが生きているのだと実感したくて、抱え続けたこの感情を半ば八つ当たりのようにナマエにぶつけて。
自分の中のどうしようもなく嫌ったあの女の血を実感してしまって吐き気がする。
それでもナマエを、自身の手の届く範囲に置いておきたかったのだ。
「……アグラヴェイン」
掠れた声に名前を呼ばれてピクリと肩が揺れる。
薄らと開いたナマエの目が、アグラヴェインを写していた。
「好きだ、とか、愛してる、とか、そういうのさ、ないの」
ナマエが言う。
自身の醜い自己満足の欲で無理矢理暴いたナマエにどうしたって「好き」も「愛してる」も言えるはずがない。
そもそも最早そんなお綺麗なもので片付けることなど出来そうにもない。
深い皺の刻まれた眉間にナマエの手が伸びたかと思えば、パチンと鈍い音と痛みがして、遅れて指で額を弾かれたのだと気付いた。
「ばかだなぁ、アグラヴェインは」
はっと息を飲む。
それはあまりにも穏やかな笑みだった。
仕方の無い子供を見る時のような、そんな笑顔。
額を弾いた手が、アグラヴェインの頬を撫でた。
「次はさ、花束とか、指輪とか、そういうの持ってきてよ」
優しいくせに、変なとこ不器用なんだから。
そう言って笑うナマエの体を抱き寄せる。
血の通った温かな体。
どうしようもないほどに、2人は確かに今を生きていた。