運命
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「し、新兵衛くん好きです!おれと一生を添い遂げてくれませんか!?」
「断る」
震える声で伝えられた告白は冷たい一瞥と共に彼の剣技が如く一刀両断。
無惨に斬り捨てられた告白に崩れ落ち、そんな、と涙を溜めるナマエの姿を岡田以蔵は指差してケラケラと笑っていた。
攘夷浪士であるナマエは活動を共にする田中新兵衛の事が好きだ。
以蔵からは趣味が悪いと散々からかわれ、当の想い人である新兵衛からは色恋に現を抜かす暇があるなら体を鍛えよ、と怒声を浴びせられながら鬼のように稽古をつけられた事もある。
それでもナマエは新兵衛が好きだった。
ナマエは攘夷浪士として活動しているが、戦うのが苦手だった。痛いのは嫌だし、怖い。それでも今よりもっといい明日を、近所の子供達が刀を握らずにすむようにどうにか自身を奮い立たせてきた。そんな迷いや弱さを真正面から指摘し、叱責したのが新兵衛だった。
「そんな軟弱な覚悟で剣を振るうな。そんな弱気でいるなら、皆に迷惑をかける前に今すぐ刀を捨て故郷で鍬でも握っていろ」
その言葉にムカついたのと同時に、納得してしまう自分がいた。
だけどやっぱり悔しくて、情けなくて、より良い明日を諦めきれなくて、刀を強く握り直して戦った。
「よくやった」
真っ直ぐな視線と共に添えられたそのたった一言に、心が震えるほど嬉しくて、知らぬ間に目で追うようになっていた。
田舎者と舐められないように訛りを抑えていて、でもほんとうに時折、気合を入れた時とか身内での酒の席とかでふと漏れる薩摩弁とか。
厳つい顔が、武市先生に褒められてほんの一瞬柔らかくなるところとか。
真面目で厳しくて、1本筋の通った人。
そんな所に気が付いて、そうして好きになっていた。
「好きです、新兵衛くん!」
そうして言った初めての告白は、やっぱりばっさりと斬り捨てられてしまったけれど、ナマエは新兵衛に会って好きだと自覚する度にその想いを彼にぶつけることにした。
だってナマエは、あの時鍬ではなく刀を握る選択をしたから。
だから、後悔はない。
「ここはおれが引き受けます。武市先生と新兵衛くんは先へ!」
全員で逃げるには敵に囲まれすぎている。
武市瑞山は攘夷浪士達にとって重要な人物で、共に戦い守りながら逃げるには、ナマエの力量ではほんの少し足りない。それを分かっているからこそだった。
刀を構えそう叫んだナマエに武市はぐっと眉を顰めた。
「すまない、ナマエくん。後は頼んだ」
「任せてください」
強気に笑って返す。
「ナマエ」
新兵衛が真っ直ぐにナマエを見据えている。ただでさえ厳つい顔が、いつもの倍は厳つかった。
「またね、新兵衛くん」
去って行く2人の足音、敵の足音が近づく。
刀を強く握り直して、前だけを見た。
後悔はない。
だけど、ほんの少しだけ欲を出していいならば。自分だけに向けられた笑顔が見てみたかった、なんて。
「贅沢すぎか」
自嘲気味に笑って、それから刀を振り下ろした。
新兵衛がナマエに再会したのは翌日の朝のことだった。
痛いのは嫌だと泣いていた癖に、元の色の方が少ない程に体は血と痣に塗れて、見せしめのように、ゴミのように、河原に放られたナマエを見て町民達は不快そうに顔を顰めては何やらヒソヒソと話している。
お前達の明日の為にナマエは剣を取ったのだと吼えて、その視線から連れ出してやりたいのに、そんなことをすれば騒ぎになるのが分かっていて弔ってやることすら出来ない。
戦いは苦手だと弱音を吐いていたくせに、最後は1歩も引かずに己の役目を務めてみせたのだと、よく分かった。よく分かってしまうほどにボロきれのような姿を見事だと褒めてやらねばならないはずなのに、心がやけにずしりと重い。
「ほんのこて軟弱モンはおいやったか」
ぽつりと独り呟く。
互いに剣をとった時点で、いつかこうなるかもしれない事は理解していたはずなのに、何故だかナマエだけは明日も生きているのだと思ってしまっていた。
腑抜けた笑顔も、震えた告白も、もうどこにもないのだと自覚して無性に心が傷んだ。