運命
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同じ新選組の隊士であるナマエは、いつも穏やかな顔で微笑んでは、よく空を見上げていた。
それはふとした日常の中であったり、任務で人を斬った後であったり、口を開けて大笑いするでもなく、泣き喚くでも怒り叫ぶでもなく、いつだって本当にただ静かに空を見上げている。そんなナマエが、斎藤はほんの少しだけ苦手だった。
「ナマエさんっていっつも空見てますよね、何でなんですか」
隊士が竹刀を振るう音とそれを捌く土方の怒鳴り声を聞きながら、稽古場の隅で順番待ちをしていた沖田がそうナマエに投げかけた声を、同じく順番待ちをしていた斎藤の耳が広い上げた。
「内緒」
「えー、おしえてくれないんですかぁ!」
くつりと喉を鳴らしてそう答えたナマエに、沖田は不満げに頬を膨らませる。
けれどやはりナマエは穏やかに微笑むばかりで、それ以上口を開く気はないその様子にぶうたれながら、自分の番が来た沖田は土方の元へ行ってしまった。
ふと、ナマエと目が合う。
黒々としたその目にぼやけて斎藤の姿が写っていた。
別にそんなつもりはないのだが、何だか盗み聞きしているのがバレてしまったかのようになってしまって、へらりと誤魔化すように笑って沖田の代わりに隣へ座り込んだ。
「あの沖田ちゃんも、ナマエがいっつも何見てるのか気になってたんだ」
どこか人とずれている所がある沖田にもそんなささやかな疑問があったのかと笑えば、そんな斎藤をナマエの黒々とした目がじっと見つめた。
「一くんも?」
「え?」
何を聞かれているのかと思ったが、直ぐにそれが自分も沖田と同じ疑問を持っているのかと聞かれているのだと気づいて、そりゃあね、と頷いた。それにナマエはほんの少し考え込むように口を閉ざしたと思えば、困ったような微笑みを浮かべたので、斎藤は慌てて「別に無理矢理聞きたいって訳じゃあないですよ」と言い直したが、ナマエはゆるゆると首を横に振った。
「一くんにはね、いつか教えてあげる」
特別だよ、と弧を描く唇がまるで三日月のようで、斎藤は無意識に喉を鳴らす。
それが蝉の声がする夏の初めの話だった。
季節は変わり、すすきの揺れる秋の初め。
人通りの少ない路地を、ナマエと斎藤は2人歩いていた。
その日はたまたま2人が見回りの当番だった。
「月をね、見てるんだ」
何の脈略もなくそう言ったナマエに、斎藤はまた唐突な、と内心首を傾げた。
どうやらこの前の、沖田には教えなかった空を見る理由を、何故だか今、自分に教えてくれるらしい。
「でも今、昼間でしょ。月なんて見えるの」
その疑問にナマエが立ち止まると、斎藤もその少し後ろで足を止めた。
振り返ったその顔が微笑みながら斎藤を見て、それから空へ目を向けて黙ってそれを指さした。釣られて斎藤も視線を空へ投げかける。
雲ひとつない晴天の中、白く朧気な欠けた月が、確かにそこにポツリと浮かんでいた。
「好きなんだ、どうしようもなく」
その声に、斎藤はハッと視線をナマエへ戻す。
月を見上げるその顔は、いつも通り穏やかに微笑んでいるのに、斎藤の目には酷く泣きだしそうな、それでいて深い怒りのようなものを抱えているように見えて、けれど何と声をかければいいのかと思考を巡らせているうちに、それは見間違いかと思うほどに一瞬で元に戻ってしまっていた。
「長生きしてね、一くん」
月へ向けられた視線が斎藤を貫く。
「.......なぁに突然、生き残る事に関してはピカイチの一ちゃんですよ」
うん、そうだね。そう言って笑ったナマエの真意を斎藤が知ることは、ついぞなかった。
斎藤に長生きしろ、と願っておいて当の本人であるナマエ自身はその後、斎藤の手を振りほどいて土方と共に函館へと行ってしまってそのまま帰ってくることはなかったからだ。
新撰組はなくなって、それでも斎藤は今も生きている。
警視庁の警察官としてそれなりの地位を築いた。嫁ももらい、子宝にも恵まれた。随分と長く生きた方だと思う。
長く生きたというのに、それでも今も月を見る度にナマエの事を思い出す。
特別親しい間柄ではなかったのに、晩年になってなお、斎藤の中にはあの月を見るナマエの穏やか微笑みが、その中にひっそりと隠された激しい想いをのせた瞳が静かに焼き付いて消えなかった。
斎藤は今になって思うのだ、あれは恋するものの目だったのではないかと。
それを知るすべも、触れるすべもないのだけれど。
「まったく厄介なもんだ」
夜の闇の中で明るく、昼の青の中で薄らと
ただそこに今も月が浮かび続けている。