運命
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大江山に相応しくない泣き声が、酒呑童子の耳に届いた。
それは木の根元に、ボロ布1枚纏った状態で放置されていて、顔を真っ赤にして泣いていた。
放っておいても1時間もすれば、消えてしまうような命だ。
酒呑はそれに、手を伸ばした。
特に意味の無いその行為に、顔に影がさしたことで驚いたのかピタリと泣き止んだそれは、暫く潤んだ瞳で酒呑の手を見つめると、覚束無い動作で酒呑の指を握った。
柔くて、脆くて、簡単に振り解けてしまうその小さな手。
ただの気まぐれだった。
ただの気まぐれでその日、酒呑童子は赤子を拾った。
「おお、帰ったか酒呑……って、なんだその赤子は!?」
「落ちてたさかい、拾おて来たんよ」
突然の酒呑の拾い者に困惑した様子の茨木童子を見て、酒呑は愉しげに笑った。
────
酒呑が拾ってきた人の子は、十を過ぎても生きていた。
人の子は誰が教えたわけでもないのに、よく働いた。食事の支度から根城の手入れ。今も酒呑の前でせっせっと着物のほつれを直していた。
頼光の牛女が拾った、金髪碧眼の小僧のように容姿が優れているというわけでもない、黒髪黒目のごくごく平凡な顔立ちだし、骨だって特に惹かれない。
それでも、酒呑はこの人の子を殺さないでいる。深い理由などない。
強いて挙げるなら、酒呑は今この生活を楽しいと感じていた。
だから、酒呑は人の子を殺さない。
「人の子!吾は何か甘味が食べたい。もっと言うなら汝の蒸した饅頭が食べたい。あれはなかなか美味だ」
「それは良かった、丁度良い餡子が買えたんですよ。これを直したらすぐ作りますね」
菓子を強請る茨木とそれに笑って応える人の子に、酒呑は今日の酒は甘味に合うものに変えようかとひっそりと考えた。
────
「あの子は人間です。こちらに渡しなさい」
どこで聞いたのかそう吼える頼光に、酒呑はにんまりと笑った。
「あれはうちが拾おたんよ?なら、あれはうちのものやさかい、牛女は黙っとき」
いつもより刀を持つ手に力が入った気がした。
────
「何や、うちに会いに来てくれたん?」
1人大江山の鬼の根城までやって来た金時は、ちげぇよと苦い顔をした。
「いけずやねぇ、なら何しに来たん」
「……あの、人間の子供に会いに来たんだよ。話ぐらいさせろ 」
酒呑はかまへんよ、と人の子を呼べば、はーいと何処かで返事が聞こえた。
「そういやアイツ、名前は。」
その問いかけに酒呑は、はてと首をかしげた。
酒呑の様子に悟ったらしい金時は、深く深くため息をついた。
金時と2人話し終えたらしく帰ってきた人の子に、茨木はどこかそわそわと落ち着きがない。
「小僧と何話しとったん」
「えっと、自分達の所へ来ないかと」
真正面から聞く酒呑に、人の子も特に迷う様子もなく答えた。茨木だけがその答えに、ピクリと反応した。
「それで?あんたは何て返事したん」
「今の生活が楽しいから、行くつもりはないと」
そうあっけらかんと言う人の子に、茨木は安心したように、わしゃわしゃと頭を乱雑に撫でた。
「当たり前だ、汝は酒呑が拾ったものだからな!勝手に行くなど許さぬ!それに、汝の饅頭を吾は気に入っている。食えなくなるのは惜しいからな!」
何だかんだ言いつつ、嬉しげに笑う茨木に酒呑は、素直やないんやからと呟いた。
「馬鹿な子やね」
金時と共に行けば、鬼の自分達といるよりずっといいというのに。
けれどきっと、満足気に笑う酒呑も茨木と同じなのだろう。それを指摘する者はいないけれど。
────
「ほんまに、馬鹿な子やね」
あの日、金時と共に行けばこうはならなかったのに。
人の子の身体は真一文字に切り裂かれ、血に塗れていた。
ヒュー、ヒューとか細い息が苦しげに漏れている。
鬼の自分なら、切り裂かれても傷は負えど死にはしなかった。だから、庇う必要なんてなかったのに。
太ももに頭を乗せ、人の子を横たえた。その命の終りを、酒呑も人の子も悟っていた。この傷ではもう助からない。
相変わらず何の変哲もない黒髪の頭を、酒呑がゆっくりと撫ぜれば、苦しげな息が少しだけ穏やかになった。
「なぁ、あんたの名前、考えたんよ」
そう言って酒呑は、人の子の耳に顔を近づけた。
「――。」
ポツリと。
初めて呼ばれたその名に、人の子は今までで一等嬉しげな笑みを浮かべて。
そうしてそのまま
ゆっくりと
眠りについた。
「おやすみ――。ゆっくり眠りや」
急いで駆けつけた茨木は、辺り一面に広がる惨状と、酒呑の腿を枕に眠る人の子に、全てを悟った。
────
黒髪黒目。何の変哲もないごくごく平凡な顔。
ただその姿は知らぬ間に成長して、すでに大人になっていた。
「随分大きくなったんやねぇ」
彼がきょとんと首を傾げれば、酒呑は何でもあらへんよと笑った。
彼はカルデアの職員で、自分はサーヴァント。
それでも、饅頭を強請る茨木もそれに笑って応えるカルデアの職員も、作られた饅頭の味ですら、あの日とまったく変わっていなくて。
酒呑はやっぱり、今日の酒は甘味に合うものに変えようと考えるのだ。