運命
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ドンッと背中に衝撃が走って、ギコギコ上機嫌で揺れていたブランコの上から一転、気が付けば僕は地面に倒れ込んでいた。
まだ5歳の幼い僕は何が起こったのか分からなくて、唖然とした表情で背後を振り返る。
夕暮れの沈み掛けの太陽をバックに、僕より1つか2つ年上の悪ガキがニヤニヤした顔で僕を見下ろしていた。
そこで僕はようやく、押されたのだと理解したのだ。
「この公園はおれの公園で、このブランコはこれのブランコなんだよ!勝手に使うなバーカ!」
子供特有の理不尽でなんの根拠もない意味不明な言葉。
「ひどい」だとか「そんな訳ないだろ」なんて怒って言ってやりたいのに、膝も手もじくじく痛くて、突然こんなことをされたのが悲しくて、ぶわりと視界が歪んだその時だった。
「ぎゃあ!」
突然悲鳴をあげて、悪ガキが尻もちを着いて倒れてしまった。
よくよく見れば彼の膝からダラリと血が流れている。それはまるで、刃物か何かで斬られたような傷だった。
「う、うわあああああ!!!」
訳の分からない痛みに驚いたのか、叫び声を上げながら、悪ガキは一目散に走り去っていっしまった。走れるということは、見た目ほど傷は深くはなかったのだろう。
僕はわけも分からず、ただポカンと口を開けていた。
ふと、隣に気配を感じて、そっちに目を向けた。
「あ」
目を見開く。
赤い、赤いヒトが、そこに立っていた。
赤黒く汚れてボロボロになった時代錯誤な和装姿。血みたいに真っ赤な長髪がゆらゆら揺れていて、目深に被ったこれまたボロボロな笠のせいで顔はよく見えないけれど、破れた隙間から覗く片目が僕を見つめていた。
突然現れた、得体の知れないそのヒト。
けれど僕は、不思議とそのヒトを怖いとは思わなかった。
そのヒトの手に握られた日本刀。
あの悪ガキを斬ったのはこのヒトなのだと、幼い僕でも分かった。
「.......お化けさんが、助けて、くれたの?」
〝お化けさん〟そう呼んだ僕を見て彼は鞘に収めた刀でガリガリと地面をなぞる。
「あ、それ、お名前?」
地面に書かれた〝以蔵〟の文字。
けれど漢字で書かれたその2文字に、僕は眉を下げて彼を見た。
「ごめんね。僕、まだ漢字読めないんだ」
そう言った僕に、彼は〝以蔵〟の文字の上に新たに文字を付け足す。
「〝いぞう〟?.......以蔵さんっていうの?」
赤いヒト、もとい以蔵さんがこくりと頷く。
僕はそれが嬉しくて、何度も舌先でその名前を転がした。
そんな僕に、以蔵さんの手がのびる。けれどその手は迷う様に頭上で止まってしまった。
僕はそれが何だか悲しくて、寂しくて、えいっと自分から手に頭を付ければ、以蔵さんの手が驚いた様に少し震えて、それからまるで、壊れ物に触るかのように僕の頭を撫でた。
「えへへ。ねぇ、以蔵さん。もし帰るところがなかったらね、僕の家に来ていいよ!」
ニコニコと興奮気味な僕の提案に、以蔵さんは応えるように僕の手を取る。
それが嬉しくて僕はくふくふと笑った。
以蔵さんの手を引いて、2人帰り道を歩く。
「それでね、以蔵さんが好きなだけ、僕の家にいてくれていいからね」
返事の代わりに、以蔵さんが握る手にほんの少し力を込める。
これが、僕と以蔵さんの出会いだった。
数年後、大学生になった僕は、実家を出て一人暮らしをしている。
あまり両親に迷惑をかけたくなくて、できるだけ安いアパートを選んだ。
両親はもっとセキュリティのしっかりした所でなくていいのかと、最後まで、というか今も心配しているが、その必要がないことを僕は知っている。
「ただいま、以蔵さん」
そう投げかければ誰もいなかった部屋に途端にヒトが姿を現す。
出会いから何も変わらずに、以蔵さんはずっと僕の傍に居てくれていた。
あの時悪ガキを追い払ってくれたように、今も僕のことを守ってくれている。
さっきは「ただいま」と言ったけれど、以蔵さんが僕が昼間大学にいる間も、バイトをしている時も、姿こそ見えないけれどずっと傍に居てくれている。
数時間ぶりに見た以蔵さんの全身をざっと確認して、新しく血がついていないことに胸をなでおろした。
以蔵さんは僕を守ってくれていて、それは有難いし嬉しいのだが、如何せん方法が過激な時があるのだ。
「以蔵さん、今日もありがとう」
そう言って両手を広げれば、以蔵さんはぎゅうと僕を抱き締めた。
少しごわごわした赤い髪が頬にあたって擽ったくて、くふくふ笑いが漏れる。
以蔵さんは幽霊なのか、なんで僕の傍にいて守ってくれているのか、それは分からないけど、以蔵さんの事が大好きなので、今はまだこのままでいいかな、なんて思うんだ。