運命
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藤丸立香には悩みがあった。
それは異聞帯ではなく、何かと挑発的なガドック・ゼムルプスのことでもなく。
ならば何に悩んでいるのかといえば、最近召喚に応じてくれた、とあるアヴェンジャーのことである。
彼の名前は、アントニオ・サリエリ。彼はアマデウスに多大な殺意を抱き、その姿を見かければ度々暴走を起こした。
そんなサリエリ自身も藤丸の悩みの一つではあったが、元々個性的なカルデアのサーヴァントと共に過ごしてきたマスターにとっては些細なことだった。
問題はサリエリではなく、サリエリの周りにあるものだった。
それはまた、ふわりと藤丸の前を横切った。
淡い、淡い、真白な光。
その光の先を目で追えば、やはりそこには藤丸の予想したとおりサリエリがいた。
藤丸のここ最近の悩みは、サリエリの周りを浮遊する、光のことであった。
光は何故か、藤丸以外には見えていないようで、最初はその光もサリエリの1部かと思っていたが、サリエリにも見えてはいないと分かり、藤丸に大きな謎を生んだ。
ただその光からは、敵意や憎悪といったものを感じなかった。
ホームズとダヴィンチちゃんに相談すれば、こちらに敵意がないのならばしばらく様子見をしよう、ということで話はまとまった。
サリエリの傍を浮遊していた光は、気づくと藤丸の目の前にいた。
前まではサリエリの傍から離れるとこのなかった光は、最近になって藤丸の傍にもやってくるようになった。
藤丸には何となく、光が何かを伝えたがっているような、そんな気がしていた。
だから藤丸は、光が自分に何を伝えようとしているのか、それが知りたかった。
夢を見た。
一人の少年が泣いている。
少年を慰める人はいない。
少年の心は飢えたまま、誰も満たしてはくれない。
皆が見て見ぬふりをして、少年の前を通り過ぎていく。
そんな時に現れたのが貴方だった。
僕の手を取って、歩いてくれた。
僕に音楽を教えてくれた。
初めて触れたその音色に、僕は心を揺さぶられたのだ。
アントニオ・サリエリの音楽に。
もう1度、貴方の音楽が聴きたい。
もう1度……もう1度、貴方の音を
あぁ、そうか、やっと分かった。
君が伝えたかったことが、ようやく──。
目覚めた藤丸は、急いで布団から起き上がり、部屋を出た。
廊下ですれ違った後輩の驚いた顔。ごめんね、マシュ。後で一緒にご飯食べよう。
伝えなければいけなかった。ようやく分かった。アンコール。
やっと見つけたその姿に、藤丸は勢いよく名を呼んだ。
「サリエリ!弾いて!!曲を、なにか曲を……!!」
「……どうした突然」
急にやってきて、唐突に曲を所望するマスターに、サリエリは怪訝な顔をする。
それでもマスターは止まらなかった。
「待ってる。サリエリの曲をずっと、ずっと。やっと分かったから、だから、伝えなくちゃって!」
必死に言葉を紡ぐマスターに、サリエリは静かに告げる。
「我はサリエリに非ず。それでも望むというのか」
「それでもだよ。貴方はサリエリではないかもしれないけど、それでも奏でる音楽はサリエリの筈だから」
しばらく互いに見つめ合っていたが、サリエリが目をそらしたことにより、それは終わった。
「1人でもアンコールを望むものがいるならば、弾かぬわけにはいくまい」
その言葉に、藤丸は破顔した。
「ありがとう、サリエリ」
サリエリの指が、滑らかに鍵盤の上をゆく。
たった1人のアンコールに応えた演奏。
自分の音楽が望まれたことが、サリエリにとって何よりの喜びだった。
それでも、アンコールを望んだのが誰なのか。
確かに知っている筈なのに、サリエリであってサリエリではない灰色の男、無辜の怪物の自分には、思い出せなかった。
それが少し、悲しかった。
「今もそこにいるのか」
藤丸はその問が、アンコールを望む光の事を指しているのだと理解して、頷いた。
「うん、今もそこにいる」
「そうか」
最期までサリエリを信じ、サリエリの音楽を愛してくれた人。
大切な人。
サリエリは音楽を奏でる。
たった1人のアンコールに応えるために。
演奏終わりに聞こえる拍手の音は、確かに聞き覚えのあるものだった。