運命
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"陰間茶屋"
茶屋というものの、その実態は男娼と共に過ごす男色の場である。
江戸幕府による天保の改革で陰間茶屋は禁止とされたものの、陰間茶屋は今もひっそりと営まれていた。
その陰間茶屋で勤めるナマエは、特別顔がいいと言うわけではなかったが、素朴な人柄で愛嬌のある好青年で、そこそこに客を得て、どうにか生きていた。
そんな彼には一人の常連客がいる。
名前を"岡田以蔵"
癖のある黒髪を一つに括った剣士であった。
彼はいつも決まってナマエを指名しては、彼を抱くでもなく、ただ共に酒を飲み、ただ食事をし、ただ話をするだけで後は帰っていくのみという、実に変わった客であった。
「以蔵さんは、その、これだけでいいんですか?」
若潮の月の淡い銀光が射し込む。
陰間茶屋の一室、以蔵はこの日もいつもと変わらずナマエを指名し、酒を飲み、語らうだけで、布団の用意された隣の部屋へは行こうとはしなかった。
ナマエにとっては体力を使い疲弊することもなく、嫌な思いもせず、ただ穏やかに以蔵と過ごすだけで給金を得ることができるのだからこれ程良い事はなかったのだが、以蔵は高い金を払い客として来ている。
ナマエは以蔵の事が嫌いではなかった。
むしろ好ましいとさえ思っている。
だからこそ、これだけで良いのかと妙な不安感を覚えていたのだ。
以蔵はそんなナマエの疑問に、フンッと鼻を鳴らす。
「わしはおまんと一緒に居られればそれでええ」
そう言って酒を煽る以蔵に、ナマエは尚も口を開こうとして止めた。
以蔵の耳が、ほんのりと赤く染まっているのが目に付いた。
この赤はきっと、酒のせいだけではないのだろう。
「……以蔵さんって可愛い人ですよね」
「何じゃナマエ、わしのこと馬鹿にしちゅうがか」
ブスリと不機嫌な顔になった以蔵に、ナマエは慌てて否定した。
そのままゆるりとお互い見つめ合うと、どちらともなく笑い合う。
肉体的な繋がりは何一つとてなくとも、二人の間に流れるそれは確かな心の繋がりであった。
以蔵はこの繋がりを、ナマエを、好いている。
それから暫くたった晩、空には実に見事な満月が鋭く光を放っていた。
以蔵は人伝に、あの陰間茶屋が幕府の取り締まりを受けたことを知った。
店にいたものは皆、殺されたことも。
「口吸い位、すりゃよかったかの」
斬り伏せた幕府の人間の返り血が、以蔵の頬を静かに伝っていった。
彼と共に、陽の下を歩いてみたかった。