運命
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「ずっと昔からファンなんです……!!」
ボーダーの狭い通路で泣きながらそうサリエリに告白する職員という、奇妙な構図が出来上がる事の発端は、サリエリが召喚されてから注がれる視線だった。
サリエリは音楽家でありサーヴァントである。
ただの音楽家サーヴァントではなく、無辜の怪物である彼は、ある程度気配に敏感であった。
だからサリエリは、このシャドウボーダーに呼ばれてから、自分に向けられる視線に気がついていた。
隠れているつもりらしいその人物の視線。
1度マスターに、自分は監視されているのか等と聞いたことがあるが、マスターはそんなことないよと否定していた。
むしろその視線は好意的なものだと笑っていたが、本当かどうかは分からない。
今日も変わらず向けられる視線に、いい加減辟易としているのも事実だ。
だからサリエリは、通路を曲がるふりをして角の死角を利用し、視線の主を待ち伏せした。
案の定、視線の主はサリエリは通路を曲がり去ってしまったと思い込み、自分もあとに続こうとした。サリエリが待ち構えているとは知らずに。
「我に何か用か」
サリエリを付けていたのは、やはり職員の1人だった。
マスターと同じ日本出身なのか、どこか幼い顔立ちと黒髪黒目、どこにでもいそうな平凡な男。しかしその目は驚愕に見開かれ、次第にあわあわと焦りを浮かべ始めていた。
「用がないとすれば、やはり監視が目的か」
サリエリの監視、という言葉に職員は勢いよく顔を上げ、「違います!」と必死に否定を口にしたが、サリエリは自嘲気味に笑った。
「気にすることは無い。我は死だ。その我を危険と判断し、監視するのは至って正常な判断だ。よって貴様が気にすることなど……」
そこまで言って、サリエリは言葉を失った。
職員の頬を、ぽろりぽろりと涙が滑り落ちていったからである。
今現在、無辜の怪物になってしまってはいるが、生前サリエリは教え子を多く抱えたり、善行を良しとする善い人なのだ。だから目の前で泣き出した職員にひどく狼狽えた。しかも原因は自分にあるならば、余計に泣かせてしまったという罪悪感が湧く。
「あ、後付けてた、俺が、悪いんですけど、おれ、おれ、ほんとにちがくてぇ……」
えぐえぐと喉を引くつかせながらも、職員は必死に言葉を紡ぐ。
それが彼に出来る精一杯だから。
「ずっと昔からファンなんです……!!」
そうして冒頭に至ったその告白に、サリエリは目を見開いた。
ファン?一体誰の?もしや自分の?
唐突な告白に、ただサリエリの頭は混乱していた。
「……君は、私のファンなのか?」
「はい」
「……アマデウスではなく?」
「サリエリさんのですぅ」
本当に自分のファンだと言う職員に、サリエリは今までの事を振り返る。
つまり彼は、本当に監視目的で自分を見ていたのではなく。ただ憧れの人に会えたという純粋な好意と感動。けれど話しかけるのは恥ずかしいし、何よりおこがましい気がするというただのファン心理による行動だったという訳か。
と、そこまで考えて、自分のファンに出会えたという嬉しさと、そのファンを自分が泣かせたという罪悪感という二つの感情とサリエリが葛藤しているなどつゆ知らず、職員はさらに口を開く。
「おれ、辛い時にサリエリさんの作曲した曲を聴いて、すごい、救われて……そこから、すごい好きで、会えて嬉しくて……本当に大好きなんです……」
ポロポロと溢れる好意の言葉に、サリエリは自分の顔に熱が集中していくのが分かった。
きっと今、自分の顔は真っ赤だろう。
けれど、とりあえずはいまだ泣き続ける彼の好意に、できうる限りで応えよう。
「……君にサインを書かせてはくれないか」
「ぜひぃ……!」
それからお詫びにピアノを弾こう。
サリエリはそう固く決意した。
まだ名も知らぬ一ファンであるボーダー職員とサリエリが、今後一体どうなっていくのか。
それはまだ、誰も知らない未来の物語。