幕間
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柔らかな陽射しが心地好い、とある日の午後の事。
春の訪れに誘われてあてもなく散歩をしていたリアムは、ふと通りがかった洋食屋の窓から見えた2人組の姿に目を止めた。
いつもの青いタイツとは違うウェイター姿のランサーと、こちらもいつもの赤い外套ではなく私服であろう黒いワイシャツにエプロン姿のアーチャー。ランサーはきっといつものバイトの一つだろうがそこにアーチャーがいるのは珍しい。世話焼き気質な彼のことだから、何事か事情があるのだろうけれど。
リアムはふっと笑みを浮かべると、洋食屋のドアを開いた。
「いらっしゃ……って、なんだアンタか」
「ふふ、珍しい光景を見かけたのでつい」
お昼を少し外れた時間帯だからだろう、丁度人のいない店内で知り合いの来店にランサーは砕けた態度でリアムを厨房の見えるカウンター席へと案内した。
厨房に立つほんの少しバツの悪そうな顔をしたアーチャーに、リアムは微笑ましいものでも見るように笑いかけた。
「アルバイトですか、アーチャー」
「あぁ、臨時だがな。
そこのランサーに無理矢理頼み込まれてしまってね。こちらに断る隙も与えず立ち去る姿は正しく最速の槍兵に相応しいものだったよ」
嫌味っぽいその言い方に、けれど半ば無理矢理手伝わせたことは事実であるランサーは眉を顰めるに留めると慣れた仕草でリアムの前にメニュー表とお冷を差し出した。
「せっかく来たなら何か食ってけ。今ならそこの弓兵に作らせ放題だからよ」
相性が悪いと言いつつどこか軽やかな2人のやりとりに笑を零しつつ、リアムはそうですね、とメニュー表を開いた。
「そういえば、まだお昼を食べていなかったので……」
ペラリとめくったページの1箇所にふと目を落とす。赤と黄色が目立つ配色のその料理の写真を指差した。
「それではこの、オムナポリタンというのを1つ」
「うむ、承知した」
オーダーを受けたアーチャーが手際良く食材を手にかけた。
たっぷりのお湯と塩を入れた鍋に麺を入れて茹でていく。その間に付け合せのサラダ用のレタスを食べやすい大きさにちぎるとコーンと一緒に小皿にいれて店オリジナルのドレッシングとあえていく。
「普通のナポリタンは食べたことがあったんですが、上にオムレツが乗っているのは初めて見ました」
「ナポリタン自体は横浜のとあるホテルが発祥だが、オムナポリタンは名古屋の方が有名だな」
話しつつもアーチャーの手は止まらず、今度はナポリタンの具材である玉ねぎとピーマン、ハムを切っていく。
一見何ら変わりなく思える彼の様子は、けれどランサーには違って見えていた。
あの男、リアムが来て明らかにやる気が上がってやがる。
先程まで働いていた数時間、手を抜いていたということは全くなくむしろアーチャーが入ったことで普段より効率よく店はまわっていた程だが、今はそれより確実にスピードもクオリティも1段上がっている。といっても共に働いたランサーだから気付いた様なものだが。
普段、衛宮家に身を寄せているリアムにアーチャーが食事を作ることなど殆どない。
何故だかランサーは知らないが、皮肉屋で現実主義のアーチャーがリアムにはよく懐いていた。
だからこそ、アーチャーにとって表には出さずともこの状況は喜ばしいものだと言えるのだろう。
じゅう、という音をたててフライパンでバターと先程切った具材を一気に塩コショウで炒めていく。
玉ねぎが透き通ってきたところで分量の10分の3ほど残してトマトケチャップを加えてまた炒める。
ふわりと辺りに広がる食欲をそそるトマトの甘酸っぱい香りにリアムは頬を緩めた。
1度火を止めて、少し長めに茹でたスパゲティを流水で洗ってぬめりを取るとフライパンにスパゲティと適量の茹で汁をまわし入れてソースを乳化させる。
全体にソースが絡まったところで残りのトマトケチャップを加えて全体によくなじませてればナポリタン自体は完成だ。
次に別のバターひいて熱しておいたフライパンに、マヨネーズと牛乳を加えてといた卵を流し入れて素早く半熟オムレツを焼き上げて、皿に盛り付けたナポリタンにオムレツを乗せる。
「待たせたな。オムナポリタンだ、どうぞ召し上げれ」
ことりと目の前に置かれたそれにリアムは目を輝かせた。
ほかほかと湯気を立てる鮮やかな赤いナポリタンと、その上でトロリと煌めく黄色のオムレツ。食欲をそそるトマト特有の甘酸っぱい香りを吸い込みながら、リアムは手を合わせるとフォークを手に取った。
「いただきます」
オムレツと一緒にフォークにナポリタンを巻き付けて1口に頬張れば、どこか懐かしく感じるようなトマトと玉ねぎの甘みと酸味。味の濃いナポリタンに合わせて控えめな味付けのふわとろ卵とお互いが邪魔することなく引き立てあっていて相性抜群だ。
「うん、美味しい」
笑顔と一緒にふわりとその届いた言葉に、アーチャーは密やかに口角を上げた。
「あーあー、俺も賄いオムナポ食いたくなってきたわ。頼んだ、アーチャー」
「それは私の仕事外だ」
「私の食べかけで良ければ、少し如何ですか」
一蹴するアーチャーにチェッと拗ねたランサーだったが、リアムのその申し出におっ!と顔を輝かせた。
「何か悪いな!」
もぐりとリアムのオムナポリタンを口にしながら笑うランサーに、アーチャーは悪いと思っていないだろう、と眉間に皺を寄せる。
そのどこか拗ねたような様子に、リアムはあぁ、と手を打った。
「貴方も食べますか、アーチャー。といっても作った本人に聞くのは妙な話ですが 」
「いや、私は別にそこの槍兵と違って強請ったわけでは」
慌てたようなアーチャーにランサーは面白いものを見つけた風にニヤリと笑うとなんだ、お前も食いたかったのかよ、と煽るように野次を飛ばした。
「あぁ、そこでは少し食べづらいですよね」
そう言ってリアムがフォークにナポリタンとオムレツを巻き付けると厨房にいるアーチャーへ、カウンター席から身を乗り出すとそれを差し出した。
「お行儀は悪いですが、はいどうぞ」
リアムからの所謂あーん、の形にアーチャーが目を見開く。
ニコニコと笑みながらナポリタンを差し出すリアムと、それをニヤつきながら見るランサー。ランサーは後で絶対に何らかの形で絞めると内心決意しながらアーチャーはリアムから差し出されたそれを口に含んだ。
「美味しいですね、アーチャー」
「あぁ、その、なんだ……我ながらなかなかの味だな」
キザな彼らしくないしどろもどろな感想と、褐色で分かりづらいが朱に染まった耳。
普段のアーチャーならばあーんなど拒否するか、ドンファンと呼ばれるに相応しい対応をするかなのだろうが、そんな彼でさえこのリアムという男の前ではこうなってしまうのだ。
くつくつと肩を揺らしているランサーをアーチャーがギロリと睨みつけるが、今のランサーには何ら意味もない。
ただ1人リアムだけが満足気にオムナポリタンを頬張っているのだった。