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「そもそもにおいて」
黄金に身を包むアーチャー、英雄王は尊大に言った。
聖杯を奪い合うという、この聖杯戦争というもの自体が間違っているのだと。
「あれは我の所有物だ。
世界の宝物は1つ残らず、その起源を我の蔵に遡る。それを勝手に持ち出そうなどと、盗人猛々しいにも程があるぞ」
聖杯を欲しているわけではなく、元々聖杯は己のものだというその主張は、かの英雄王が言うからこそのものなのだろう。
けれどそれを認め、大人しく手を引くかと言われれば否であろう。
「貴方だからこその、その発言なのでしょうね。けれどだから諦めろ、と言われて諦める程の意思で、この聖杯戦争に参加してはいません
」
困ったように、けれど確かな意思でそう答えるリアムに、ライダーも然りと笑った。
「そうなると後は剣を交えるのみ。
ともかくこの酒は呑みきってしまおうか。殺し合うだけなら後でも出来る」
そう言って黄金の酒器を傾けるライダーをナマエは真っ直ぐに見据えて言葉を投げかけた。
「貴方はどうなのですか、征服王」
「ん、余か」
「ええ。貴方の聖杯にかけるその思いも知りたい。これは、そのために貴方が始めた酒宴なのでしょう」
それもそうか、とライダーが笑う。酒のせいかその思いの強さのせいか、薄らと赤らんだ顔で目を伏せた。
「受肉だ」
一言、そう口にした願いに「は」とリアムとアーチャーの両方から思わず声が漏れた。
けれど思わず声を出したのはその2人だけではなかった。初耳だったのだろう、ライダーの言葉に彼のマスターであるウェイバーが声を上げながら彼に詰め寄った。
「お、お前!望みは世界征服だってッ!!」
全て言い終わる前に、馬鹿者が、と己のマスターをライダーが放り投げた。
「征服は己自身に託す夢。
聖杯に託すのはあくまでもその第一歩だ」
それは征服王と呼ばれるにはあまりに相応しい願いだった。
「よもやそのような些事の為に、この我に挑むのか」
呆れたようなアーチャーに対して、ライダーは己の拳を見つめ強く握り締める。確固たる強い意思だった。
「余は転生したこの世界に1個の命として根を下ろしたい。
身体1つの我を張って、天と地に向かい合う。
それが征服という全て。そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ」
東方遠征を成し遂げた王の言葉。
ウェイバーは何も言えずに、ただゲームに精を出し、現世を謳歌する常の彼とは違う王たるその姿を見つめていた。ただ、見つめることしか出来なかった。
「貴方らしい願いなのでしょうね。
ですが、受肉だけならまだしも、その先に征服という行為があるのならば、その願いを簡単に叶えさせる訳にはいきませんね」
いまだ未開の地が多く、争いが各地で行われていた当時ならばまだ彼に対抗する手段もあるだろうが、平和な現代で彼の征服はどのようなものであれ無用な争いの火種となることは確実だろう。
ライダー自身、己の願いが他者に受け入れられるものではないと知っているからこそ、知っていてもその願いを止めることがないからこその征服なのだが、否を唱えるリアムに笑みすら浮かべ彼に言葉を投げかけた。
「さて、ならば貴様の懐の内も聞かせてもらわねばな」
2人の王がそれぞれに聖杯に対する考えを、また願いを語った。
まだ何も語らないリアムに、次はお前の番だと、ライダーとアーチャーの視線が突き刺さる。
そっと伏せられた視線は、けれど次の瞬間には真っ直ぐに前を向く。
「……聖杯に対する願い、というものを、私は持ち得ていないのでしょう」
ほう、とライダーが面白いと笑みを深めた。
「ならば貴様は何故、この聖杯戦争に参加している。何か叶えたい願いがあるからこそ、ここにいるのではないか」
聖杯は元より己のものである、と主張するアーチャーはともかく、この聖杯戦争に参加しているサーヴァントもマスターも何かしらの願いを抱いている。ならば他に目的があるのだろう。そうでなければ召喚には応じないはずだ。
「願いを聞いたのです。
1人の人が背負うにはあまりにも重い願い、その願いの先で彼の人が報われればと、そう思ったのです」
柔らかな笑みをたずさえて、傀儡の王は語る。
この問答をどこかで聞いているのだろう誰かさんを想って。
そんなリアムに冷えた紅眼と嘲笑をアーチャーは向けた。
「ならば貴様は己のためではなく、他者の為にここにいると。くだらん、そんなものは王たる者の在り方ではない。正しく傀儡の王だな」
小馬鹿にしたようなアーチャーの言い方に、ライダーは苦笑を返してリアムを見た。
「まぁ、そうだな。
国が、民草が、その身命を王に捧げるものだ。
それを他者の為に捧げるというのは、アーチャーの言う通り、王の在り方とは言えんだろうな」
リアムは2人の王の言葉を、ただ受け入れた。自身が王として足りない事など、リアム本人が誰よりも理解していた。
「無欲な王など、飾り物にも劣る。
他者の事を思える貴様は、清廉かつ善人なのだろう。だがそれだけでは人は憧れない。焦がれるほどの夢を見る」
どこか幼い子供に言い聞かせるように、ライダーは言葉を紡ぐ。それは王としての在り方、矜持だった。
「王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁を含めて人の臨界を極めたるもの。そうあるからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。1人1人の民草の心に我もまた王たらんと、憧憬の火が灯る
傀儡の王の名のまま、己の意思もなくただ他者に従い、他者の望みのままにあり続けるというのならば、王どころかそれはもはや人ですらなく、ただの道具だ」
道具、そうまで称されたリアムにアイリスフィールの顔が歪む。そしてそれはきっと、どこかでこれを聞いている彼もまた同じなのだろう。
王の在り方ではないのかもしれない。それでもリアムの在り方を、人を思い、人を助けたいと、暗い眼をして1人で戦う声に応えて、貴方も幸せになる権利を持っているのだと剣を握ったその誰よりも優しい在り方を、決して道具等と呼ばせたくなかった。
「確かに私は、王足り得ないのでしょう」
静かにリアムが言葉を返す。
「民を導けたとは言えません。国を繁栄させたとも言えません。言われるがまま逆らえずに王となった私は、傍から見れば確かに暗君であったのでしょう」
後ろ向きな、自身に対する否定的な発言。けれどそれは真っ直ぐに芯を持って2人の王へ投げかけられた。もしかすればそれは自身に言い聞かせているものであるのかもしれなかった。
「けれど私は、それでも王だったのです。
征服王よ、夢を見せるのが王であるというのならば、傀儡の王と呼ばれた私が、古今東西よりこの場に集った英雄を打ち倒し、貴方達2人の王すら超えて、その願いを叶えてやれたのならばそれに勝る夢が他にありましょうか」
白銀の月光に照らされて、王が笑う。
常の微笑みとは違うその笑みは、未熟ではあるが確かに王と呼べるに値する笑みだった。
ライダーはそれを見て、酒を煽り豪快に笑った。
「ははっ!それは確かにそうだろうな。だがまぁ、その願いが貴様自身のものであったのならばもっと良かったのだがな
貴様はもっと豪快に、強欲になれ、セイバー。そうなった貴様を、余は見てみたい」
目を細めたライダーは楽しげで、リアムもそれにそっと頷き返す。
アーチャーはやはり呆れたように鼻を鳴らしていたが、そこに先程までの嘲笑はなかった。
酒もすっかりと少なくなってきている。
リアムが口を開きかけたその時だった。
ウェイバーの背後に黒い影が立ち上ると、それは人の輪郭を成して音もなく、無数に姿を見せ始めた。
「う、うわぁああ!」
突然のことに叫び声を上げてウェイバーがライダーへと駆け寄ると、アイリスフィールも異常を察知してリアムの背後に来ると緊張した面持ちで辺りを取り囲む無数の人影を見回した。
性別も背格好も違うその人影は、皆顔に髑髏の面を付けている。彼ら、あるいは彼女達は冬木の聖杯戦争において必ず固定で召喚されるアサシン、ハサン・サッバーハだった。やはり、最初にアーチャー陣営によって敗退したというのはフェイクだったのだろう。
囲まれている、というこの状況において尚、ライダーは堂々と手桶を掲げると声を張り上げた。
「共に語ろうという者は、ここに来て杯を取れ。この酒は貴様らの血と共にある」
乱入者であるアサシン達でさえ酒宴に誘うライダーだったが、掲げた手桶は投げられた小刀によってバラバラに砕かれ、汲まれた酒は呑まれる事なく零れ落ちるとライダーの肩を濡らした。聞こえるは無数の嘲笑。
それこそがアサシン達による返答だった。
「この酒は貴様らの血と言ったはず」
ゆっくりとライダーが立ち上がると、アサシン達を振り返った。
「あえてぶちまけたいというのなら、是非もなし」
ぶわりと魔力の渦がライダーを取り囲み風を起こす。
現代服に身を包んでいたライダーの姿は一瞬にした、かつての鎧と真っ赤なマントに変わる。
「セイバー、そしてアーチャーよ。これが宴の最後の問いだ」
力強く、ライダーが言う。
「そも、王とは孤高であるや否や」
「王は、導く民がいなければ王とは言えません」
静観を決め込むアーチャーと反対に、ライダーの背へとリアムが答えると満足気なライダーの笑い声と共に辺りが凄まじい魔力の光に包まれて一瞬にして視界を覆う。
気が付けばそこに、アインツベルンの古城はなく、夜の闇も月の光もない。
ただ一面に広がる砂に覆われた大地へと変わっていた。