幕間
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切嗣達セイバー陣営が拠点としている古城。その廊下を1人で歩いていた間桐桜は、窓ガラスに映った自分の姿を見て、あ、と小さく声を漏らした。
それは、いつも自身の髪の片側で揺れていたリボンが見当たらなかったからだ。
知らぬ間に緩んでしまっていたのだろうか、きっとそのせいで、何処かに落としてしまったのだろう。
きょろりと辺りを見渡すが、それらしき物は見当たらない。
桜はつい最近、この古城にやってきた。いや、保護された、という言い方の方が適切なのかもしれない。
セイバー達によって間桐臓硯はその永い生を終え、桜をもう蟲蔵に閉じ込める人はいなくなった。それでも桜の身体を、精神を、確実に蝕んでいた蟲の治療のために、桜は今この古城に身を置いている。
雁夜も同じく治療の為と、セイバー達との同盟の為にこの古城に居るが、雁夜は雁夜で裏の当主であった臓硯のいなくなった間桐の家の後始末やら聖杯戦争の今後の為に動き回っているらしく、そうずっとは桜の傍にいる訳では無い。
だから桜はこういう時、誰に声をかければ良いのか分からなかった。
遠坂の家にいた頃は、父を、母を、姉を頼って、間桐になってからは、もうそうすることも出来なくて、誰を頼れば良いのかなどとっくのとうに忘れてしまった。
まだ雁夜にならば、話すことが出来たのだが。
寂しくなった髪を、そっと触る。
そこに慣れた感触はなく、桜は床に目を落とした。
まずは来た道を戻って、それから見つからなければ何か他に代わりのものを見つけなければ。
その時、カツリ、と床を蹴る音に桜はパッと顔を上げた。
「こんにちは、桜。どうかしましたか」
「セイバー、さん」
セイバー、かつて桜が道案内をした人。桜が蟲蔵から出る手伝いをしてくれた人。
廊下で1人立ち止まっていた桜を心配して現れたのだろうセイバー、リアムは桜の小さな背に合わせるように彼女の前に膝を着いた。
どうかしたのかと問われて、桜は悩んだ。
髪を結んでいたリボンを失くしてしまったのだと、それを言ってもいいのかと。
そんな些細な事で彼を煩わせてしまうかもしれないと思うと、桜は酷く不安だった。
「何か、困っていませんか」
けれどそんな桜の心中を察してなのか、リアムは柔らかな笑みで、再びそう問い直した。
困っている、そう言われれば確かに自分は今困っているのだと桜は思い直して、そっと口を開いた。
「髪を結んでいる、リボン、を、どこかに落としちゃって....... 」
怖々と口にしたその言葉に、リアムはおや、と目を見開いた後、ふわりと微笑んだ。
「もしやそれは、このリボンではないですか」
そう言ってリアムの手から差し出されたそれは、確かに桜の見慣れたリボンだった。
「良ければ、私が結んでも?」
そのリアムの提案に、桜は少し間を置いてからこくりと頷いた。
サラサラと背後で髪がとかされているその優しい手つきに、桜は自室の椅子に腰掛けながらこうやって自身の髪を誰かに結って貰うのはどれくらいぶりだろうと考える。
母の暖かな手とも、姉の小さな手とも違うそれは、けれどもほんの少しの懐かしさを感じさせた。
「前は、こうして妹の髪を結っていたのです」
ポツリと零されたその言葉に桜は後ろを振り向こうとして、けれど振り返ることが出来ずに、何と返せばいいのかも分からないで、ただ小さく.......妹、と復唱したのに、リアムは、えぇ。と頷いた。
「そうですね、最後に会ったのちょうど、貴女と同じ位の時です
だからでしょうか、どうにも貴女の事が気にかかってしまうのです」
その言葉にほんの少し混じった寂しさを感じ取れたのは、桜もまた大切な姉に会えないでいたからだろうか。
さ、できましたよ。とパッと声音が明るく切り替わって差し出された手鏡を受けとる。
頭上付近からサイドにかけて緩く編み込まれた髪型に桜は思わずわぁ、と小さく声を漏らした。
「どうでしょう、気に入ってもらえていれば嬉しいのですが」
「すごく、可愛いです.......!」
ほんのりと赤く染まった頬でそう伝えれば、リアムは良かったと柔らかく微笑んだ。
この人は、いつだって桜に優しくて胸がきゅうと小さく締め付けられる。
「.......あ、の、私にもやり方、教えて、くれますか?」
途切れ途切れのそれは傍から見れば些細な願いではあったが、今の桜にとっては口にするのにとても勇気のいることだった。
リアムもきっとそれを分かっているのだろう。桜の前に片膝を付くと、嬉しげに笑いかけた。
「ええ、勿論。私でよければいくらでも、教えましょうとも」
いつかこの傷ついた少女が、もっとたくさんの願いを口に出せる日がくるように、リアムは自分がその手助けになればいいと、そう願った。