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『全員、配置についたね』
無線機越しに聞こえた声。
雁夜の前に佇むのは、夜の闇に浮かぶ間桐の屋敷。
自らを落ち着かせるように、1度深く息を吸って吐く。
「あぁ、いつでもいける」
強く前を見すえて、雁夜はそう返した。
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あれから、セイバーがいなくなってから、彼の言った言葉が雁夜の頭の中でずっと反響していた。
「貴方の殺意は、貴方だけのものです。
貴方が貴方の殺意で殺すことを決め、そして行動しているのです。
自分の殺意の言い訳に、他人を、ましてや大切な人を使うのは、相手も自分もただ傷つけてしまうだけですから」
雁夜が桜を救う為に聖杯戦争に参加した。そのはずなのだ。
けれど、と考える。
それならばサーヴァントを呼んで早々に、桜を間桐の屋敷から連れ出すべきだった。それなのに今でも桜は間桐臓硯の元で、蟲蔵に閉じ込められている。
何故連れ出さなかったのかと問われれば、きっと雁夜の根底に間桐臓硯への恐怖が、逆らってはいけないという思いが強く刻まれているせいなのだろう。
だって仕方ないじゃないか、産まれた時から植え付けられたトラウマは、そう簡単に消えはしないのだから。
膝を抱えて俯く。
だからやっぱり、雁夜には聖杯が必要なのだ。
聖杯があれば、桜を助けられる。間桐臓硯から逃げられる。
その為に、自分は他のマスターを、遠坂時臣を殺さなければならないのだ。
そう、自分は桜のために、遠坂時臣を殺すのだ。
桜だってきっとそれを望んでいる。
だって遠坂時臣こそが、桜をこの地獄へ捨てた張本人じゃないか。
あの男のせいで、葵は娘を手放すことになった。凛は妹を失った。
あの男こそが諸悪の根源で、あいつを殺せば全て元通りになる。
愛しい人と、可愛い少女達が、自分に笑いかけてくれるはず。
本当に?
どこか冷静な部分の思考回路が、そう問いかける。
本当にそうなのだろうか?
セイバーに言われた言葉が、また頭の中で反響する。
遠坂時臣へ抱くこの殺意は、桜のために、凛のために、葵のために抱いているはずなのに。
静かな部屋に、徐々に乱れていく自分の荒い息遣いが聞こえる。
本当は、薄々気づき始めていた。
セイバーに言われた言葉が、冷静な自分を呼び起こさせる。一人きりの静かな空間は、嫌でも思考を巡らせる。
桜が時臣を恨んでなどいないことを。
凛が時臣を尊敬していることを。
葵が時臣を愛していることを。
少女達にとって遠坂時臣は唯一無二の父親で、葵にとっては愛する夫で、自分はその枠組みにどうしたって入れないことを。
気づいていた、気づいていたのだ。
誰も雁夜に、遠坂時臣を殺してくれなど頼んでないことを。
聖杯戦争を勝ち抜くのに、マスターを殺すことは必須条件ではないのだ。
それでも遠坂時臣を殺したいと願うのは、結局初めから雁夜の意思なのだ。
雁夜は時臣を恨んでいる。
雁夜は時臣を憎んでいる。
雁夜は時臣に嫉妬している。
自分から葵を奪った時臣を、凛の父である時臣を、桜を手放した時臣を、雁夜は殺したいのだ。
遠坂時臣という男を殺して、葵を、凛を、桜を、自分のものにしたいのだ。奪い取ってしまいたいのだ。自分だけが愛され、名を呼ばれ、微笑まれたいのだ。
ボロボロと涙が頬を伝い落ちていく。
ハハッと自嘲的な笑みが零れた。
結局自分は、自分が忌み嫌い離れた臓硯と、他の魔術師と何ら変わりなかったのだ。
脳裏に浮かぶ、今でも蟲蔵に囚われたままの幼い少女。
今からでも、遅くないだろうか。
あのセイバーの言葉を信じてもいいだろうか。
桜を放っておけないと、救いたいと言ったあの英雄は、きっとこんな欲に溺れた自分よりずっと桜を想っている。
震える息を吐き出して、強引に涙を拭う。
「……セイバー、いるか」
呼び掛けに姿を表したセイバーを、真っ直ぐに見つめた。
「答えは出たようですね」
それに頷いて、雁夜は口を開いた。
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震える拳を強く握りしめる。
待っててね、桜ちゃん。
『各自、作戦を開始してくれ』
再び無線機からの声に短く応えて、電源を切った。
「いくぞ、バーサーカー!」
「Arrrrrrrrrrrrr―――!!!」
これが間桐雁夜の出した答えだった。