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アサシンが脱落した。
教会からもたらされた情報によれば、アーチャーとの戦闘の末に、アサシンは脱落したのだと言う。
まだ1度も目にしたことはなかったが、この冬木の聖杯戦争において召喚されるアサシンのサーヴァントは決まって“ハサン・サッバーハ”ということになっていた。
アサシンのクラスは気配遮断のスキルを有し、戦闘スキルは他のサーヴァントに比べてやや劣るものの、ただ人間であるマスターを奇襲するのには充分だった。そのためマスター達は大きく動くことが出来ないでいた。
けれどそのアサシンが脱落した今となっては関係ない。
教会の情報が正しければの話だが。
ドォンッ
噴き出す炎と熱風。爆破したホテル切嗣は少し離れた場所から見つめる。
ホテルの1フロア丸ごとが、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術工房と化していたのだ。
だから切嗣はホテルを爆破した。
勝つためなら手段は選ばない。
それが魔術師殺しと称される自分が歩いてきた道だった。
不安げにホテルを見上げる人々の顔が、炎の光で赤々と照らされているのを、ただ鬱々とした瞳で見つめていた。
「舞弥、撤退を」
念の為、工事中のビルに待機させていた彼女にそう伝えた時だった。
携帯越しに聞こえる散弾の銃撃音に目を見開く。
それを最後に通話は途切れた。
「それにしても、建物諸共爆破するとは……魔術師とは到底思えんな。いや、魔術師の裏をかくということに長けている、ということか」
燃え盛るホテルを見ながら話すカソック姿の男の背。
「……言峰、綺礼」
「ほう、君とは初対面のはずだが。それとも私を知るだけの理由があったのか」
この場にいる時点である程度こちらの事を知っているであろうはずの彼の口から出た白々しい言葉に舞弥は思わず舌打ちを零す。
「私にばかり喋らせるな、女。お前の代わりにここに来るはずだった男は何処にいる」
その言葉を皮切りに投げつけられた黒鍵に発砲するが玉が当たることはなく、それどころか黒鍵によって銃本体を叩き落とされ瞬時に柱の裏へと身を隠した。
相手と己の力量差に舞弥は思考を巡らせる。
カンッ
不意に聞こえた金属音、そして瞬時に広がる煙に舞弥は身を走らせた。
「あの女が投げたものでは無いか」
煙が晴れた頃には既に舞弥の姿はそこにはなく、ただ足元に空の発煙筒が転がっていた。
「まぁ、いい。あの女を助ける存在がいると言うだけで今夜のところは収穫だ」
恐らくそこから投げ込まれたのであろう吹き抜けを見下ろして、そう呟く。
その存在の検討も、おおよそついている。
「綺礼様」
誰もいなかったはずの背後から、闇夜に溶けるような黒布を纏った男が突如傅きながらその姿を現す。それは初めに脱落したはずの綺礼のサーヴァント、アサシンだった。
「表ではみだりに姿を晒すなと言っておいたはずだが」
綺礼はアサシンを一瞥することなくそう答えたが、急を要するのだろう「恐れながら」とアサシンは口早に言葉を紡いだ。
「ついにキャスターを捕捉しました」
キャスター陣営
彼らの起こしている数々の犯行は残虐かつ非道。一般人に神秘を晒しかねないその行為は下手をすれば聖杯戦争という儀式の遂行すら脅かしかねない。
そう判断した教会と遠坂時臣の進言により、アサシンに彼らの居場所を探らせていたのだが、自身の工房に篭っていたのだろう彼らの姿をとうとう見つけたという。
アサシンからの報告に、綺礼は発煙筒が投げ込まれたであろう階下を一瞥するとその場を後にした。
耳の奥で、蟲の羽音が聴こえる。
身体を這いずる蟲の感覚が、消えることなく桜の心を蝕み続けている。
「ただいま、桜ちゃん」
ガチャリと部屋の戸を開け、そう声をかけたのは間桐雁夜だった。
ふらつく体を抱えながら桜の傍にしゃがみこむ雁夜の笑みは、疲労と体内を這いずる刻印虫の影響で歪に引きつっている。
遠坂家に居たときから交流のあった彼は、桜を助けると幾度となく口にする。
けれど桜はこの人が、自分を救ってくれはしないだろうと感じていた。
だって、間桐雁夜は桜を抱きしめ慰めはせど、桜をあの蟲蔵から、間桐臓硯から助けてくれたことはないのだから。
ふと、桜の頭を撫でる雁夜の手が、あの人と重なった。
ついさっき、道案内をしたばかりのあの柔らかな人。
けれどピタリと雁夜の手が止まると、そのまま桜の肩を掴んだ。
桜を覗き込んだその顔は、緊張と心配と驚愕とで複雑なものだ。
「……桜ちゃん、最近誰かに会ったかい」
疑問形の言葉のはずなのに、雁夜はまるで確信しているかのように問いかける。
雁夜の体内を這いずる刻印虫が、桜に触れた途端にずろりと蠢く。
それは餌を求めるが如く。桜に微かに残る魔力の移り香に目敏く反応していた。
「……学校からの帰り道に、男の人を、案内しました」
「そう、何かされてないかい?痛いところは?」
真剣な問いに、桜が小さく首を振ると雁夜は一先ず安心したように息を吐いた。
「次にその人を見かけたらすぐ逃げるんだ。いいね?
大丈夫。桜ちゃんは何も気にしなくていいからね。おじさんがまた凛ちゃんと葵さんと会わせてあげるから」
そう言って桜を抱きしめる雁夜とお互いの中で蠢く蟲、蟲、蟲。
葵と凛と桜。
雁夜と同じ家族3人が揃う遠い日の夢を桜は見れないまま、虚ろの瞳をそっと閉じた。
また、なんて言葉は信じない方が楽だから。