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太陽は厚い雲に隠れ、冷たい風が突き刺すように吹いては幼い少女の紫髪を乱していく。
少女の名前は「間桐桜」
下校途中の道を、彼女は友人と共にするでもなく1人で帰っていた。
間桐の家へと進む足並みの1歩1歩が、ひどく重い。その表情も、まだ6歳の小学生が浮かべるには暗く、むしろ無表情という方が近かった。
桜にとって、今自分が属するあの家は、居場所も無く、ただ恐怖の対象であった。
「こんにちは」
ふと、なんの前振りもなく声が聞こえた。
桜が視線を上げれば、ほんの少し歩いた先に1人の男が立ってた。
少しクセのあるアッシュグレーの髪に琥珀色の瞳。外国の人だろうか
桜が辺りを見渡すも、寂れた公園と車通りの少ない道路があるだけで、目の前にいる男と自分以外にこの場に人はいない。
ならば、目の前の先にいる男は自分に挨拶をしたのだろうか。
桜がそう考えているうちに、男はゆっくりと歩み寄ると、桜に視線を合わせるようにしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。
「こんにちは、お嬢さん。
急に話しかけてしまってごめんなさい。実は、道に迷ってしまって……」
「……」
学校で先生が「最近児童を狙った不審者がでるから気をつけるように」と、話していた気がする。
この人がそうなのだろうか。けれど、それにしては彼の目は、彼の笑顔は、久しく桜に向けられていなかった柔さを、温かさを、優しさを孕んでいて、それはほんの少し前までは当たり前に自分に向けられていたもので
桜は、この人が先生の言う不審者だったのならば、あの家よりもずっと良いと、思ってしまったのだ。
自らを「セイバー」と名乗った彼は、結果的に児童を狙い殺すような不審者ではなかった。
深山町を見渡せるような場所に行きたいのだと言うセイバーに、桜は自分の家が丘の頂上付近にあること、そこでなら深山町を見渡せるのではないかと提案し、家の近くまで一緒に行く事になった。
「すみません、冬木には最近来たばかりで」
そう申し訳なさそうに笑うセイバーを桜はそっと見上げた。
「……観光、ですか?」
「観光よりは、仕事の方が近いですかね」
時折交わされるたわいもない会話は、けして口数の多い方ではない桜にセイバーも無理に会話をすること無く、適度な距離を保っていた。
歩くスピードや歩幅も、桜に合わせられたゆっくりとしたものだ。
それは桜にとって久方ぶりの、何者にも害されることの無い、穏やかな時間だった。
「着きました」
丘の頂上、間桐邸付近
深山町を見渡しながら、セイバーは桜に笑いかけた。
「ありがとう。ここなら大まかな地理を把握出来ます。桜のおかげですね」
そう言うと、ふわりと桜の頭を撫でる。
その大きな掌が、今はもう違う、父の手を思い出してひどく心が揺さぶられた。
「今度また、お礼をさせてください」
だから、セイバーの"また"という言葉に、桜はコクリと頷いてしまった。
桜は知らない。
セイバーが桜の帰る場所を、間桐邸を、ただ静かに見つめていたことを。
これから起こる運命を、桜はまだ、知らない。