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夜空に星が瞬き、吐いた息は白く霧散していく。
アインツベルンの森で、彼はひとり夜空を見上げていた。
近づく足音と気配に、彼は顔をその来訪者へと向けた。
「どうかされましたか、マスター」
やってきたのは、彼のマスターである衛宮切嗣だった。
切嗣が自分からサーヴァントの元へ足を運ぶのはとても珍しいことで、普段の切嗣ならばアイリスフィール伝いか無線機越しで、必要最低限の指示しか話さない。
そんな切嗣は、暫く黙ったままリアムを見つめて、口を開いた。
「君は世界を、人を、怨まなかったのか」
切嗣は確かに見たのだ、夢の中で生前を。本当に守りたかったものを守れなかった、その過去を。
切嗣からの問に、リアムはまたゆるりと夜空を見上げる。
「怨みましたよ」
淡々と吐き出されるその言葉を、切嗣はただ黙って聞いていた。
「今でも私は怨んでいます。
母を無理矢理襲い、私という存在を孕ませた王を。ささやかな幸せを、私利私欲のために奪った貴族達を」
それでも と、リアムの手に力が込められたのがわかった。
「私が一番怨み、許せないのは私自身です。
あの日、異父兄である私を危険を冒してまで助けに来た弟の想いを、踏みにじってしまった。
王でも貴族達でもない、私が、守りたかったはずの私が、最後の最後で傷つけてしまった」
微かに震えた声。そのまま切嗣に向き合ったリアムの表情は、微笑んでいるはずなのに、どこか泣いているように見えた。
「復讐してやろうと思わなかったのか。聖杯を使えば、全部無かったことに出来るだろう」
それにリアムは首を横に振る。
「確かに、聖杯を使えば過去を変えられる。けれどそれは、聖杯によって作られたもの。私達が自分自身の手で作り上げたものではない。それはきっと違うと思うのです」
ならば何故、召喚に応じたのか。
聖杯戦争への召喚に応じるサーヴァントは、何かしらの希望を持っている。
リアムには、それが見当たらなかった。
「貴方に呼ばれたからです、衛宮切嗣」
目を見開く切嗣に、リアムはクスリと笑った。
「私は貴方に、私と同じ思いをして欲しくなかった。だから私は召喚に応じました。
私は貴方に幸せになって欲しい。それが今の私の願いです」
奥歯を強く噛み締めた。正義の味方を目指した彼の両手は、もう既にどうしようもないほどに血で赤黒く染まっていた。
そんな自分に幸せになる権利など無いのだ。
「確かに貴方は多くの人を殺した、それは事実です。けれどまた貴方が、多くの人を救ったことも事実です。
貴方の正義の果てに、救われた人も確かに存在している。
多くを救った貴方が、多くの苦しみを知る貴方が、幸せになってはいけないなど誰が決めたのですか。
貴方も、幸せになるべき人の1人でしょう」
空が白み始め、もうすぐ夜が明ける。
何故か頬が濡れた。
「切嗣、貴方には家族がいる、仲間がいる。貴方はまだ失っていないんです。1人ではない。
正義の味方にだって、味方がいるんです」
貴方はそれに気づくべきです。
朝日が昇り、光が差す。
切嗣は頬を流れるそれを、止めることができなかった。
愛する妻がいる。
可愛い娘がいる。
信用できる仕事仲間がいる。
そして、サーヴァントがいる。
どこかで、遠い過去に確かにいた大切な誰かの呆れたような、安心したような笑い声が聞こえた気がした。