ワンドロSS
夕立がやってきたのは、突然のことだった。
天気予報では、いつものアナウンサーが降水確率0%!今日は一日快晴です……と晴れやかな笑顔で言っていたのに、青臭く湿った空気が鼻腔をくすぐったかと思えば、ポツリと雨粒が肩を濡らし、次の瞬間にはタライをひっくり返したかのような土砂降りの雨が降り出したのである。
「お姉さん、こっち!」
思わず、カナタはアンジュの手を取って走り出した。スニーカーが大地を蹴れば、その勢いでピシャリと雨水が跳ね、足首にかかった。ザーザーと大粒の雨が地面を叩くように降り注ぎ、視界がゆらぐ。大勢の人が雨を避けて走る中、ふたりははぐれないように必死に手を繋ぎ、それに続く。ようやく、雨宿りができる軒下にたどり着いて一息つくが、まるでシャワーを浴びたあとのように全身がぐっしょりと雨水で濡れていた。
「まさか、降るとは思わなかったね。 わー、服がびっちょびちょ」
鞄からハンカチを取り出し、顔や手を拭きながら努めて明るく話すアンジュに同意の言葉を返しながら、カナタも鞄のポケットからタオルを取り出そうとする。と、その時。視界の端にアンジュの姿がうつり、カナタは弾かれるように振り返った。
「わっ、あんた、ちょっと!」
取り出したタオルを慌ててアンジュに押し付ける。
「え? カナタ、いきなりどうし…」
「いいから! それ、肩からかけて!」
「でも、カナタもずぶ濡れ……」
「オレはいいから! お姉さん、はやく!」
困惑しながらも、アンジュは言われるがままにタオルを受け取ってそれを羽織るように肩からかけた。その様子を、カナタはどよめく心を抑えつけながら見守る。そして、
「言われた通りにしたけど、どうしたの?」
と、不満げに唇を尖らせながら抗議するアンジュにそっと耳打ちした。
「あのさ、胸元が……」
その言葉に、アンジュの視線がゆっくりと胸もとへの落ちる。そして、肩にかけたタオルをギュッと掴み合わせると胸もとを覆うように隠した。雨水を含んだブラウスがピタリと張り付き、その奥を透き通らせていたのだ。気まずいような、気はずかしいような食う気がふたりを包む。車道をはさんだ向こう側の通りには、カジュアルで手頃な価格が人気のアパレルショップが見えた。
「雨、早くやむといいね」
「……うん」
雨は緩やかな降り方にあっという間に変わっている。何か話したい。でも……カナタは視線を向けず、ただアンジュの手を取り、絡め合わせる。とくん、とくんと触れた手から鼓動が伝わり、アンジュはただ静かに、ギュッとその手を握り返した。
そして、通り雨が過ぎるまでの間。ふたりは、ただしとしとと降る雨を眺め続けた。
◇◇◇◇◇
ウィーン、と自動扉が開きふたりは店の外へと足を踏み出した。
先程までの雨はどこかに消え去り、夕暮れ時の優しい太陽の光が水溜まりに反射してキラキラと世界を煌めかせている。スッキリと晴れやかな笑顔のアンジュに対し、カナタはどこかソワソワと落ち着かない様子を見せている。
「いいTシャツがあって、よかったね」
にこにこと上機嫌で、アンジュは自身の服を指さした。そして、すぐに言葉を続ける。
「一度、ペアルックってしてみたかったんだ」
雨がやんだあと。ふたりはすぐに横断歩道を渡って、向かいのアパレルショップに移動した。そして、ずぶ濡れになった服の代わりになるTシャツを購入したのだ。Tシャツを着ることに不満はない。むしろ、動きやすく機能的だ。だが、アンジュに押し切られる形でお揃いの謎のゆるキャラが描かれたTシャツを購入してしまったことをカナタは少しだけ後悔していた。すれ違う人が、見て可愛い!と囁いていたような気がした。
「カナタは、やっぱり迷惑だった?」
腕を絡め、くっついてくるアンジュにカナタの胸が跳ねる。心配そうに、見つめてくるその表情や仕草が可愛くて。もう一度、互いのTシャツに目を走らせた。お揃い。一緒。少女漫画が原作のドラマを見て、弟と語らったときの記憶が蘇る。だが。
「……お姉さんとなら、悪くないよ」
そんなふうに、らしくないことを言ってしまうのが恋なのかもしれないなと思いながら、照れ隠しにアンジュの手を引いて先導しながら、カナタは歩きはじめた。
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