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カナアン


「ね、アンジュ。キス、したい」

大きな瞳をまん丸にして、頬を染める彼女を見ていると胸がぎゅっと締め付けられるような、ふわふわと宙を浮くような、もどかしい気持ちがとめどなく溢れてくる。

「いいでしょ」

カラン、と氷が溶ける音がした。
アンジュが机の上に置いたばかりのジンジャーエールからはシュワシュワと音を立てながら炭酸の泡が立ちのぼってゆく。

湖で思いを交わしてから数日。
仕事で顔を合わすことは数度あったけれども、それはあくまで仕事で、だ。
何食わぬ顔で要件を話してくるアンジュにモヤモヤした。もちろん、隣には他の守護聖もいるし、女王試験が続く最中ふたりの関係は秘密である。頭でそれは分かっていても、上手く割り切れない。

ずっともどかしい気持ちを抱えたまま迎えた日の曜日だった。

部屋の中に一歩足を踏み入れた瞬間から、ソワソワと浮き足立つ気持ちが抑えられず、優しくカナタを招き入れるアンジュの笑顔に惹き付けられた。


はじめて来るわけじゃないのに。
いつも通りの部屋なのに。
いつもとはちがって見える。


目に映るもの全てが新鮮で、煌めいて、胸が高鳴るのが抑えられない。飲み物を用意すると言ったアンジュを待っている間に気持ちを落ち着けようと思ったのに心拍数があがっていくばかりだ。

おまたせ、とグラスを置いて隣に座ったアンジュの髪から甘い匂いが漂ってきて、抑えられない衝動を感じた。

「ね……アンジュ」

そっと手を重ねると、ビクリも身を震わせてアンジュが瞳を閉じた。

ゆっくりと唇を近づける。
お互いのやわらかいところが触れ合うと、愛しいと思う気持ちがとめどなく溢れ出した。

ああ、彼女が欲しい。
もっと、もっと欲しい。

肩を抱き寄せ、再び唇を重ね合わせる。
うるさいくらいに音を立てる心臓の音が、自分ものだけではないと気がついた時、思わず本能が求めるままに深く口付けた。

「…ふっ……ん」

逃げる舌先を追いかけ、絡め合わせるとくちゅくちゅと濡れた音が静かな部屋に響く。

(お姉さん、あったかい…)

お互いの熱が高まり、心拍数がどんどん増していくのが分かる。こんなに近くに大好きな人の存在を感じるのははじめてで、湧き出してくる渇きを抑えることが出来なかった。はじめてで、どうすれば良いのかよく分からないのに、もっともっと……と思う欲に身を任せて必死で舌を絡め合わせる。

「ん……カナタ、まって」

潤んだ瞳で息を乱しながら、そっと胸を押し返され、カナタはようやく唇を離した。ついさっきまですぐそこにあった熱が遠ざかり、寂しさを感じてしまう。と、同時に強引すぎたかもしれないと急に思考が冷静になっていく。

「やば……オレ、がっついてたよね。もしかして、嫌だった?」

「ちがうの、そういうことじゃなくて」

「ごめん。オレ、アンタの気持ち考えた。ヤバ、ほんとごめん」

「ちっ、ちがうの! その嫌だったわけじゃなくて。突然でビックリしてしまって」

私もカナタとキスするの、好きだよ。

そんなことを言われると、落ち着いていた熱が再び高まってしまう。自分でも分かるほど、顔に熱が集まっていくのが分かって、カナタはつい呟いた。

「ヤバ、お姉さんさん、それズルいって……」

「えー、カナタこそ。恋人になってはじめてのデートだから凄くドキドキしてたのに、これじゃ心臓が持たないよ」

「え、お姉さんも?」

「ん……?」

「ドキドキしてるの、オレだけかなって思ってた」

お姉さんは、オレより大人だから。
この前会ったときも、ほら、仕事中は大人の顔してたし。

ふと、歳の差を感じてしまって。
どうしても意識してしまって。
照れくさくて、情けなくて。アンジュの顔を見ることが出来なかった。

と、その時。
そっと柔らかい手に包まれ、そのままアンジュの胸元に手のひらが触れた。

「ドキドキしてるの、分かる?」

とくん、とくんと規則正しく刻まれる脈が早い。

「……うん」

「カナタだけじゃないよ。私も、ずっとドキドキしてる」

ねえ、今日はたくさん話そうよ。
もっともっと、お互いのことを知っていこう。


カラン、と再び氷が溶ける音がした。
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