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兼七

大雪が降ったのは、師走に入ってすぐのことだった。初雪が降った霜月の初旬はほんの少しはらはらと白く冷たい淡雪が地に還るだけだったのに、気付けばこんこんと絶え間なく降り続け地面を白く染めてゆく。硝子のように冴えた冷気に身体の芯まで冷やされ、目が覚めた七緒がそろりと寝床から這い出し外の様子を見やると、夜の間に降り積もったのだろう。外は一面の銀世界へと姿を変えていた。

「七緒……?」

温もりが消えたことで目が覚めたのだろうか。寝起きで掠れた兼続の声にどきりと胸を高鳴らせながら、七緒は障子を閉め寝床へと戻る。

「ごめんなさい、起こしてしまいましたね」
「いや、かまわないさ」
「少し外の様子が気になってしまって」

言葉を交わすごとに白い吐息が混じり合う。

「朝ぼらけ……か」
「え……?」

ポツリと呟かれた兼続の言葉に気を取られていたからか。すっと伸びてきた腕に引かれ、七緒の冷えきった身体は瞬く間に柔らかい布団と逞しい温もりに包まれた。

「すっかり冷え切っているじゃないか」

首筋に熱を感じ、くすぐったさに思わず身をよじる。それを、腕の中から抜け出そうとしていると勘違いしたのか否かは定かではないが、ぐっと腕の力が増した。

逃げようとしている訳ではないことを示すため、七緒もそろそろと兼続の背に腕をまわし、ぎゅっと抱きつく。お互いの肌が布越しに触れ合い冷えきった七緒の身体に熱が伝わった。

「暖かい……」
「まだ目覚めるには早い。身体を暖めようぜ」

自然と埋めることになった首筋から兼続の香りがたちこめる。指先から、足先から。そして身体の芯からぬくもりに包まれ、ふわふわと心地の良い微睡みに七緒は身を委ねた。





師走:南天





年の瀬が近付いてくると慌ただしくなってくるのはどこの世界でも同じだった。
年神様を迎えるため、煤払いやしめ縄、門松、鏡餅の準備などやることは数多ある。

この世界の常識とは異なることは承知していたが、兼続の許しの元、七緒も日々の手習いの合間に侍女たちとともに準備をし、忙しく過ごしていた。

忙しくしているのはもちろん兼続も同じである。

ようやく様々な準備がひと段落つき、家族でゆっくりと過ごすことが出来たのはそろそろあと数日で新年が訪れるといった頃のことだった。

「これは、兄さんと一緒に家の神社の初詣を手伝ったときの写真です」

「初詣?」

「私の世界では、元旦に神社をお参りして無事に1年過ごせたことをお礼したり、新しい年の無事を祈ったりするんです」

「なるほど。日は違うがこちらでも行われている慣習だな。次の写真は……おっ、大和くんもいるじゃないか」

「本当ですわ!あら…?これはなんですか?」
「それは、たこやきだよ」

「たこやき、なんだそれは?」

「小麦粉で作る生地に刻んだたこを入れて丸い形に焼くんです。お正月になると参道にたくさん屋台が並ぶんです」

わたがし、ベビーカステラ、りんご飴……
七緒が語る様々な現代のお菓子を兼続とあやめは熱心に聞き入り、時に感嘆をあげたかと思えば実際に食べられないことを嘆き肩を落としたりと忙しく表情を変える。

「令和の世はあやめが知らないことがまだまだたくさんあるのですね……」

他の写真も見せて下さいとせがまれ、七緒はスマホの画面を動かすとまた別の写真を表示する。玄関の前でピースサインをし、微笑む七緒の隣に雪だるまが置いてある写真だ。

「これは、雪の塊のようですが……」
「雪だるまって言うの」

令和の世はこの戦国の世と比べるとあまり雪が降ることはなかった。だが、たまに雪が積もった日にはマフラーや手袋をはめて雪だるまを作ったり、雪玉を投げて雪合戦をして遊んだのだ。時には大和が参戦することもあったし、学校の友達とおしくらまんじゅうをすることもあった。

「そうだ、こっちの世界で手袋やマフラーを編めないかな。もし出来そうだったらあやめちゃんに作ってみるよ」

「まあ、それは嬉しゅうございます!」

「ほう、それはいいな。あとで詳しく聞かせてくれ」

「もし作れそうだったら兼続さんの分も作りますね!」

にこにこと計画を語る七緒の話を兼続とあやめは相槌をうちながら聞く。祝言を終え、七緒が正式に直江家の正妻となってから数ヶ月が経過していた。最初は自分を追い込み風邪をひいてしまうこともあったが最近は良い意味で肩の力を抜いている。笑顔の七緒を見ることは2人にとって幸せな事だった。

そうだ……

あやめはある事を閃き、こっそりと兼続に耳打ちする。

「お義父さま、御相談が……」

それを聞いて、兼続も笑顔で頷くのだった。

◇◇◇◇◇

最初は小さかった雪の塊はころころと転がすうちに成長し、今ではあやめの腰より少し下くらいまでの大きさに成長している。
隣同士に並んだ大振りな雪玉とそれより少しだけ小振りな雪玉がちょうど雪だるま3つ分並べられ、ふたつ重なりひとつになる瞬間を今か今かと待ちわびているようだ。

あやめの提案で、ぱらぱらと雪が舞う中、七緒たちは庭で雪だるまを作っていた。

3人で協力して転がしたり、油断して尻もちをついてしまったり……紆余曲折あったもののあともう一歩で完成というところまでたどり着いたのだ。

「よし、最後の仕上げは俺の出番だな」

兼続が小振りの雪玉をゆっくりと慎重に持ち上げる。

「おっと……これはなかなか難しいな」

ちょうど良いところを探し、ゆっくりと雪だるまが重ねられる。七緒とあやめはその様子を静かにはらはらとした気持ちで見つめていた。そして、ゆっくりと兼続の手が雪玉の手を離れた。

「これで……よし。なかなか上手くできたんじゃないか?」

1つ目の雪だるまが完成し、兼続はほうっと息をつく。なかなか緊張する作業だ。そして次の雪玉を抱えた。

2つ目、3つ目と完成しようやく全ての雪だるまが完成する。

「さすがです!お義父さま!」
「兼続さん、上手です!!」

少し離れたところで見守っていた2人が駆け寄り口々に褒め言葉を口にすると兼続は口元を綻ばせた。

大中小と並ぶ雪だるま。その姿はまるで家族のようだ。

「大きいのが兼続さん、真ん中が私、小さいのは……」
「あやめですね!」

七緒とあやめはにこりと微笑み合う。

「ですが……何か足りませんわ」
「もしかして、顔かな?」
「そう、それです!お義母さまが見せてくれた写真の雪だるまには顔がついていました」
「うーん。何か雪に埋め込むのにちょうどいいものってあるかなあ」

石……もいいけれど、他になにかあるだろうか。うんうんと唸りながらああでもないこうでもないと考え込む2人に兼続は声をかける。

「南天はどうだ?確か、門松にさしたもののあまりがあるはずだ」

南天。秋から冬に赤い実をつける植物である。そう言えば雪うさぎを作る時、よく目の部分に使っていたと七緒は思い出した。

「うん、いいんじゃないかな」
「でしたら、あやめが場所を聞いていただいてきますわ!」

そういうとすぐあやめは屋敷の中方へと向かっていく。その背を見送りながら、兼続は七緒に呼びかけた。

「そういえば、七緒は南天が縁起物なのは知っているかい?」
「門松に使われているので何となく。私の世界ではのどを潤すための飴にも使われていた気がします」
「災いが転じるという意味の難転に通ずることから縁起物とされている。戦勝祈願として鎧びつに葉を入れることがあるし、薬としても重用されている」
「そういう意味合いがあったんですね。初めて知りました」
「寒い地域でも耐えてくれるんだぜ。君とあやめが待つこの家を守ってくれるはずだ。この寒さだ。しばらく雪だるまが溶けることはないしちょうど良いだろう」

そっと手が触れ合う。

「兼続さん?」
「この寒さで君も俺も冷えきってるな。戻ったらあたたまらないと、な」

じわっと触れたところから熱があつまるような気がして、七緒はじっと見つめてくる兼続からあわてて目を逸らした。

「どうした?照れる君も可愛らしいが、俺としては……」
「そうだ!あやめちゃんを待ってる間に!」

兼続の言葉を遮り、七緒は少しだけ雪を集めると器用に半球形を作りはじめる。

「それは?」
「あやめちゃんが戻ってきたら分かりますよ!」








それから、しばらくして。
七緒のスマホには新しい写真が登録された。家族が並び、微笑む傍らには仲良く並ぶ三体の雪だるまと小さな一匹の雪うさぎが並ぶ。

その写真を眺め、除夜の鐘を聞きながらあやめは思う。

どうか今年も平穏なこの幸せが続きますように。お義母さまの大切な思い出が、こちらの世でも増えますように。

龍神の神子としてこの戦国の世に現れた七緒はあやめにとって希望の星だった。仕え、守り、導くべき存在だった。その気持ちは今も変わらない。

だが、今は何よりも。
家族として彼女に誰よりも幸せになって欲しいと願う。

そして遠く離れた姉を思う。

どうかこれから先の世が幸せで溢れていますように……と。
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