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PROGRESS

それから話は大きく飛躍する。
20XX年10月3日から1年と2ヶ月と8日後、つまり1年後の12月11日、街灯さえも凍え光を瞬かせる夜の事。
ザカリー・ポッターはいつものように店のシャッターを閉店と共に下ろしていた。

彼は鍵屋を営んでいる。
鍵屋の店名はWERKE(ヴェルケ)となんとも面白みにかける名ではあったが、その古風な雰囲気が良いのか開店して1年弱にしてはそこそこ繁盛していた。

そんな店の主であるザカリーはシャッターを下ろしきると、閑散とした店前をじろりと一望してからその場を離れていった。



短針が、11を少し過ぎた位置を指し示す。
彼が副業をし始めるには良い頃合いであった。

ザカリー・ポッターには他言出来ぬ秘密がある、それは巷を騒がせているトレンチコートの男が自身であると言うことだ。
人は何故そのような事を彼がしているのか不思議がるだろうが、彼からしたら理由は大したことではない。
もし仮に理由を問われたとしても彼自身、強いて言うならばこの街に"執着"しているからだとしか言いようがないのだから。

本来であれば、このような事をこの街ですると知己である女に咎められるのが常だ。
だからこそ、ザカリーも一応はあまり活動が目立たないようにと気を遣ってはいたのだが。
彼女がここ最近目を悪くしたのを良い事に、暫くはバレないだろうと踏んでいたのが悪かったのか、今では街中で噂されるくらいに目立つようになってしまっていた。

そんなザカリーではあったが時折副業を休む日も確かにあった。
そして今日が珍しくもその休みの日であった、彼は大人しくセーフハウスに向かおうとタールが塗り直されたばかりの黒い道を1人歩く。
周りは時折響く生活音を加味しても、心地よい静けさに包まれている。
穏やかな夜だった、それは男にしては珍しく"好き"の部類に入るものでもあった。
男はこの街に執着している、この街が波風の無い大海原のようにある事を常日頃から望んでいるのだ。


そんな時だった、その穏やかさを脅かす音が鳴り響いたのは。

ジリリリン…ジリリリン……ジリリリン…

男は反射的に身構えた、が、原因が目に付いたお陰かその体勢をすぐに崩した。
公衆電話であった、赤い箱から音が鳴っていたのだ。

ザカリーは原因を知った事であからさまに不機嫌になった。
公衆電話からかけるならまだしも、公衆電話にかかってくる事態はおかしい。
そしてこんなおかしな事をしてくる知人には心当たりがあるという程にある。
バレたのか?それにしては早いな、目が見えない癖に地獄耳だからか…などと考えその場は素通りした。

そして暫く歩いた先、店前の通りを抜けB区の栄えている方…いわゆる住宅街へと彼が足を踏み入れた瞬間、また不思議なことが起きた。
似たような形のアパートが立ち並ぶ中、ザカリーが進む道先にある扉が勢いよく開いたのだ。
戸口から出てきたのは薄ピンクのバスローブに身を包んだ年相応の淑女であった。
固定電話の子機を耳にあてながら辺りをキョロキョロと見渡し、ザカリーを目にすると驚いた顔をした。
そして、訝しげに「あんたが?ザカリー・ポッターさんって言うのかい?」と尋ねてきたのだ。

ザカリーの不機嫌さに拍車がかかる、意地でも会話をする気である事がよく分かったのだ。
彼は脳裏にチラつく白髪に思わず舌打ちをしかけたが、目前の住民の為にもとりあえず急ぎ気味に歩を進めた。


「電話さ、電話がかかってきたんだよあたしの家に。あんたに話があるんだとさ」

女は捲し立てる程では無いにしろ、決してよろしくはない言い方で子機をザカリーへと渡してきた。
当然といえば当然だ、誰だって見知らぬ相手からの電話は好まない。
それも自分ではなく、これまた見知らぬ相手に電話を代われなどと言われたら尚更面白くはないであろう。

ザカリーは軽く息を吐いてから耳へと受話器を当てがい、そしてなにを聞くまでもなく「邪魔をするな」とだけ吐き捨てた。
吐き捨てた理由は単純だ、何故なら彼の中では既に知己の女が電話の向こう側で笑っている姿が想定されていたのだから。
一々相手にするのも面倒だと思ったのだ、彼女のしつこさは嫌という程に知っている。

だが、実際に返ってきたのは女が使う常套句、「僕に会いたかった?」では無かった。



[ハロー父親さん。アンタとずっと話して見たかったんたぜ]



が、代わりに聞こえてきた声であった。
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