誰だ
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「あ…あー!いや、も、申し訳ない!いや本当に…あぁ!でも!すみません…」
ややあって焦りと照れと何だか色んな顔をするギャルソンさんに、思った以上に表情豊かな人なのだと上の空で考えていた。
「本当にどうしちゃったんですか?怖かったですよ…」
「いや、えっと…と、とりあえず。君、いい加減離れなさ…は?…すまないがよく聞こえませんでしたねぇ…いいから…」
何が起きているのか全くもって私には分からないけれど、また怖い顔のギャルソンさんに戻ってるのは確かな事。
私の後ろに何か見えないものでも居るかのように振舞い、再びドスの効いた声で独り言のように何かを話すと、何故だかふと肩が軽くなったような感覚に見舞われた。
ギャルソンさんは暫くドアを見つめては犬や猫でも追い払うようなジェスチャーをし、若干放心気味に手をぶらぶらとさせてそのまま立ち尽くしてしまう。
「あの…ギャルソンさん?」
「…」
「あのー…うあっ」
「…」
心配になった私が小声で話しかけると、そのまま無言で私を抱きしめては溜め息混じりに頬擦りをしてきた。忙しい人だと思いつつも、少しひんやりとした肌が気持ちよくて、黙って目を閉じて抱きしめてもらう。
本当になんだったのだろう…そんな私の疑問に答えるかのように、バツが悪そうな顔でギャルソンさんは話し出した。
「その…さっきは本当にすみませんでした。ナマエさんには見えていなかったのですよね…」
「見え…何か、居たんですか?」
「そりゃあ顔の良い青年の霊が貴女に頬擦りまでしながら抱きついてました…」
「…」
そういえば最近肩が重いような気がしないでもなかったかな。
「つい誤解をしてしまいました…ナマエさんはそんなことするはずないのに。謝っても謝りきれないです」
いや怖い。いやギャルソンさんの怒り方も怖かったけど、背後霊に何かされてたという心霊体験に恐怖心が湧き出てくる。逆に考えて今ギャルソンさんとこうしているのも立派な心霊体験かもしれないけれどそこは突っ込んではいけない。
「い、いいんですよ!見えなかった私が悪いんですし、ね?追い払ってくださってありがとうございます」
「そう言って頂けると心が軽くなります…そうですよ、ナマエさんが浮気なんてするはずないのに…」
「あ、あはは…」
浮気相手も幽霊だったらそれは人類初の浮気者なのかもしれない。
そんな事口が裂けても言えるはずない私は、今は安堵の表情を浮かべているギャルソンさんをフォローする言葉しか出なかったのだった。
「ですが」
「はい?」
「…ちょっと用心が足りなさ過ぎましたね…生身の人は祟ったり呪ったりできるけど…塩でも持たせようか、いや私まで近づけなく…うーん…」
「の、呪うって」
ぶつくさ顎に手をおいて考え始めたその姿に、まだ知らない一面がありそうだと確信した。
「ああ、気のせいですよ。…まぁ、霊だからってナマエさんに近付くなら容赦しませんけど。んふふ」
そこは笑う所なのだろうかと冷や汗が出てしまう。だけれどさっきの怒ったギャルソンさんを見て、何となく嬉しくなってしまったのはいけない事なのだろうか。
「っわ」
「さーて、先程は身に覚えのない事で貴女を怒鳴ってしまいましたし、何か埋め合わせしなければですよねぇ」
「いえそんな…って何で担ぐんですか…!?降ろして下さい…!」
「いえいえ、これも埋め合わせのうちです」
「そんな!」
「相当怖かったでしょう…今後の虫除け対策講座と私の精一杯の埋め合わせ、奥の部屋で朝までじっくりご堪能下さい。」
「朝!?」
今日は帰れそうにありません。
fin
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