あなたの音
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次の日もその人は店の前を通った。
その日は特に忙しくもなく、ゆっくりと料理を運んでいると、昨日と同じ時刻にその人を見た。
よく見れば女性だ。店の前までは自転車を転がし、店の前を少し過ぎて自転車に乗り進んでいく。確かここを下ると坂道だったはず、暗闇を得意とするその目をこらせば、若干肩を上下させて息を切らせているようにも見えた。
その次の日の月夜もその人は通った。今夜も店の前で自転車を跨ぎそのまま去る。スカートを履いて、細い腕でハンドルをしっかり握り、速度をあげるとさらさらと髪をなびかせ去って行く。
その日は顔を見る事が出来た、月光の所為なのか色白に見える。そういえばこの坂の向こうに住宅街があったのを思い出す。
次の日。いつもの時間より1時間早く通っている所を目撃する。目撃、というより待っていたという方が正解だが。こちらの建物を見ないように顔を背けて、すらりとした脚を早めて去っていった。暗がりに見えるこの店に怖がる表情を思い浮かべると、少しだけ笑みがこぼれた。
それから数日観察し、服に一定の色を見つけて何となくあの色が好きなのだと分かる。別の日には髪飾りをつけていた、荷物が多い時がある、何だか嬉しそうだ、ああだこうだと自分の中に名も知らぬあの人の情報が増えていく。
来る日も来る日もその時間になると窓の外を覗いた。日によって違う服、靴、表情、風になびく髪、生きているその躍動を見つめ続けた。店のスタッフには奇妙だと囁かれたが、気にならなかった。私は、彼女を見続けたかったのだ。
何故かと問われても、一言で言うならば気になるだけ。この姿になって時間は関係のないものとなったが『彼女』の出現により自分に日課が出来た事、見ている時間は心が躍るという事、いつもの宵闇に変化が生まれたことに喜びを見出だしていたのだ。
それから数週間、多少時間にずれはあるが決まった曜日の同じ時間に店の前を通る彼女に対して、勝手ながら親近感すら沸いてきた。
だがそんなある日、彼女は例の時間を過ぎても店の前を通らなかった。
たまたま外を出なかった。そうだ、そういうこともある。頭の中で自分を納得させようと何度もそう呟いた。何故だかは分からない、だけどとても、とても不安になったのだ。
もしかして事故にでもあったのでは?またはこの店の噂を聞いて帰り道を変えたのでは?もうこの前を通ることがないのでは?まさか、もう二度と会えないのでは?
ぐるぐると胸をざわつかせる不安と焦燥に絶望が襲う。あと3時間もすれば夜が明けるであろう、店は片付けが始まりスタッフだけが慌しく動く中、私だけはチリチリと突き刺すような感じたこともない痛みに苛まれた。