黒の愛
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お待たせしてしまいましたね、ナマエさ…ん?」
「…」
「…待たせすぎちゃいましたかね」
ギャルソンが部屋に入ると、部屋に置いてあるソファーに横たわる人物が一人。店の仕事の合間ずっと自分を待っていてくれた愛しい愛しいその人は、ギャルソンの声に返事を返すことなく静かに寝息を立てている。
入ってきた扉をそっと閉める。元より音のしない足で音を立てないよう静かに近づくと、規則正しく上下する胸と幸せそうにしている寝顔についつい微笑が出てしまう。
「…いつも夜中に来てくださってありがとうございます。本当は眠いのでしょう?」
ナマエの寝ているソファーの前に腰を下ろすと、彼女には聞こえていないであろう言葉を口に出して独り言を呟いた。
このレストランは夜中のみ開店する為、眠い事を隠して彼女が通っている事を知っているギャルソンは、嬉しいような困ったような顔をしてそっとナマエの頬をつついた。
「私に隠し事は無理なんですよーっと…」
我ながら寝ている人に何をしているのかと思うのだがとぼやきつつ、やってみるとこれがまたイケナイ事をしている意識が働いて面白く感じるのだ。
起こさない様慎重にナマエの頬を触り、次は寝顔の横にある手に着目したのだった。そういえば店で手を繋ぐ機会などなかった為、あまり手に触れた記憶が無い。ナマエの手をとると、小さく温かな手の温度が温度の無い自分の身体に染み渡っていく様な感覚を覚えた。
「あったかい…ナマエさんももう少し積極的に触ってくれてもいいのですがねぇ」
手のひらを自分の頬に擦り付けると、優しく撫でられているかのようで心地がいい。心地よさの裏で、こんな風に触ってくれるのは彼女だけなのだと思うと胸の辺りにぎゅっと締め付けられるような痛みが生まれた。
「…いつまでこうしていられるのでしょうか」
時間に縛られない自分が酷く憎らしい、そう感じた。
血液も時間も流れる事のないはずの自分に、明日が来る待ち遠しさと人を想う温かさを教えたのはナマエであって、この痛みを教えてくれたのも彼女なのだ。生も死も関係なく傍に居てくれるナマエには言葉では伝えきれない程感謝しているが、その反面、同じ流れで過ごせない事に苛立ちを感じ始めていたのだった。
「一緒にお日様の下を歩いてみたいですね」
出来るなら彼女と一緒に外に出て、いろんな世界を共有したい。見て、聞いて、感じて、共に老いていく幸せを噛み締めたい。
一緒に居られるだけでも幸せだというのに、何と傲慢で高望みなのだと常々想う。だけど、彼女がこの店を一歩出てしまえば、決して自分の手の届かない場所で知らない人と関わりを持つのだ。それは彼女にとってきっと有意な事であるし、生きるのだから当然なのに、その人達に幸せにしてもらってほしいのに、それなのに
「生きている素敵な人が現れたら、貴女はどうするのでしょうか」
それだけが思い描けない、否、思い描きたくないのだ。
どうあがいても自分は彼女を幸せに出来ない。夜中に人目を忍んでここまで足を運ばせておきながら出来る事と言えばお茶とお話だけ。もしも自分が生きている人間ならば彼女と四六時中一緒に居られて、彼女の幸せの為いつでも動けるのに。
そんなに彼女の幸せを考えるのならば、今ここで別れを告げればいい、たったそれだけ。後はこちらが会いたくなければ店に入れないだけ、たったそれだけ。そして彼女は本来付き合うべき世界の男と恋をして生きていくのだ。
それが彼女の幸せだからそれだけを願えば。
.
1/2ページ