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ふたりぶんの想い

 

 静かな部屋。
 ここには今、俺と女の子、ふたりしかいない。
 ピリピリ、ピリピリ。
 まるで静電気みたいで。
 それはいつもの心地良い感覚じゃなくって、すごく居心地悪いものだった。
「環さん、壮五さんの処へ行きましょう」
「いやだ」
 もう何回目か判んないくらい、俺達はこのやり取りを繰り返してる。
 自分の部屋のベッドで、俺はクッションを抱えながら壁側に向かって寝る。
 反対側には多分、あの子が立ってる。
 あの子ーー小鳥遊紡。
 俺達のマネージャー。
 マネージャーはいつだって一生懸命で、真面目だし、でも俺の話をちゃんと聞いてくれる。だから、好きだ。
 でも、でもーーそんなマネージャーから言われても、今だけは絶対言う事を聞きたくない。
 今は意地でもそーちゃんの処には行きたくない。
 だってそーちゃんの処に行くって事は、俺がそーちゃんに謝んなきゃいけないって事だ。
 それは、何が何でもいやだ。意地でも行くもんか。
「環さん……」
 背中から悲しそうな声が聞こえた。
 そんな声を聞いて、チクチク、心が小さく痛い。
 ーーなんでそんな声すんだよ。マネージャーは、俺よりそーちゃんの方が良いの?
 そんなモヤモヤした気持ちが俺の中でいっぱいになる。
 でも、そんな事は言わない。
 言わない代わりに、きつく、きつくクッションを抱きしめた。
「環さんが何の考えもなしに、壮五さんにキツく言ってしまった訳じゃない事、ちゃんと判ってます」
「……」
「環さん、壮五さんの処へ行きましょう」
「いやだ」
 またこの繰り返し。
 その度にチクチク心が痛むし、イライラも増えてく。
「……どうして嫌なんですか」
「だって、俺悪くねぇもん」
 そうだ。今回は俺は悪くない。
 今までは、俺もいけないところがあった。その自覚はある。
 でもーー今回の事は、俺は悪くない。
 そーちゃんがいけないんだ。そーちゃんがあんな事言うから……。

 ーー環君、君がちゃんと言わなきゃ、あの子にはいつまでも伝わらないよ。

 うるさい。
 アンタがそれを言うなよ。
 一番、色々溜め込んで倒れたアンタが言うセリフじゃない。
 それに、そんな事言われなくても判ってんだよ。

 あの時、そーちゃんに言われた事を思い出して、心の中で同じ言葉を言う。
 あの時の憶いがまた溢れて、悔しくて、俺は憶わず下唇をキツく噛む。
「壮五さんに何を言われたんですか」
 そんな俺のイライラを感じ取ったのか、マネージャーが優しい声で聞いてくる。
「……そーちゃんからなにも聞いてねぇの?」
 俺はマネージャーの質問に答えず、背中を向けたまま聞き返した。
 今のこんな顔、この子に見せらんねえし。
「ええ。喧嘩の原因は大まかな事だけしか聞いてません。……根本的なところはお二人の問題ですから、私はそこまで入り込めません」
 なんか……その言葉で、マネージャーに突き放されたみたいで余計悲しくなった。またチクチク、痛い。
「でも」
 マネージャーが言う。言いながら、その場にしゃがんだのがなんとなく気配で判った。
「ビジネスパートナーという事を差し引いて考えても……ビジネスパートナーじゃない、私個人の正直な気持ちを言えば、お二人に仲直りして欲しいですし、どうしてそうなってしまったのか話して欲しいです」
 今、彼女はどんな顔をしてるんだろう。
 そのりんごアメような瞳は、薄くてやわらかそうな唇は、どんなカタチをしてる?
「それは、言いたくない……」
 さっきまで突き放されたみたいで悲しい気持ちになったクセに、自分も同じような、そんな言葉しかマネージャーに返せない。
 俺からの返事に、背中から彼女の悲しそうな空気を感じた。

 ーー違う。違うよ、マネージャー。
 俺はアンタをそんな風な気持ちにさせたいワケじゃない。
 でも、言いたくないんだ。今は。
 だって、それはこんな時に言う事じゃない。

 俺は悪くないと思う一方で、自分でも流石にこんなバカみたいなやり取りをいつまでも繰り返しちゃダメたと憶った。
 だから、覚悟を決めるみたいに、俺は彼女に言う。
 ずっと言いたかったうちの、ひとつの事を。
「なぁ、マネージャー……」
「はい」
「紡って呼んでもいい?」
「はい……って、え、えぇ…っ?!」
 きっとあの大きな瞳を更に大きくさせてるんだろう。
 そんな想像がつくくらい、マネージャーは判りやすいリアクションをした。
「いや?」
「あ、いえ。嫌ではないですよ。……ええっと、でもそれは……」
「大丈夫、今しか言わない。他のとこでは言わねえから」
「判りました。それなら……」
 他のとこでは言わない、と言ったのが良かったみたいで、彼女は案外あっさりとオーケーしてくれた。
 それでいけるかもと憶い、俺はもういっこワガママを言ってみる事にした。
「あともういっこ、お願いがあんだけど」
「なんですか?」
「ぎゅってしていい?」
「えっ、えっと、そ、それは……」
「ハグしたい」
「えぇ……っ?!」
 今度はさっき以上にビックリした反応をした。
 ……流石にこれはマズかったかも。
 でも、やっぱり彼女をぎゅっとしたい気持ちは譲れないから、俺は引く事なく更に続けて彼女に言う。
「ハグして、充電すんの。ハグさせてくれたら、そーちゃんの処に行く」
「……本当に、それで壮五さんの処へ行ってくれるんですね」
「うん」
 頷くと、彼女は考えるようなポーズを取る。
 いや、つか本当に真剣に考えてんだろうけど。
「……判りました、良いですよ」
 しばらくして、どこか緊張したような声でマネージャーはもうひとつのお願いもオーケーしてくれた。
 俺はその緊張が移っちまう前に、クッションを放り捨てから起き上がって、彼女の方を向いた。
 俺とそんなに歳の変わらない女の子は、すっげぇガチガチに固まった状態でこぢんまりと正座しながらこっちをじっと見てた。
 その姿を見てると、なんか怯えたウサギみたいに見えてきて、さっきのお願いをナシにしてあげたい気持ちにもなったけど、でも、もう引っ込みがつかない。
 だから。
「紡」
 名前を呼んでみた。
 でも彼女は固まったまま反応がなくって……でも、ほんのちょっと遅れてから自分が呼ばれてるんだって事に気づいたいみたいで、彼女は慌てたように返事した。
「は、はい…っ!」
「立って」
「あ、はい」
 俺の言う事に頷いて、彼女は立ち上がる。
 途中、足が痺れたみたいでフラついてたけど、それでも倒れたりせず、俺の前に立つ。
 目の前に立つ彼女の顔をじぃっと見てみた。
 ふわふわやわらかそうなプリンみたいな色の髪が揺れてて、りんごアメみたいな瞳も揺れてて、綿あめみたいな頬は赤くなってた。
 そんな彼女に対して、これからする事を思うと申し訳ないって気持ちになった。
 悪い事をしてる、みたいな。
 でも、でも。
 これくらいの事なら許されるはずだ。
 みんなのマネージャーである彼女を、短い時間だけでも独り占めしたってバチは当たらない。
 そう自分に言い聞かせて、俺は彼女の細い腰に腕を回して、顔を薄いお腹に宛てて、ぎゅっと抱きしめた。
「……紡さ」
 俺に抱きつかれてビクッとする彼女。
 どうしていいのか判んないみたいな感じで、彼女の両腕は俺とは逆に行き場を無くしていた。
 そんな彼女にリラックスして欲しくて、俺は彼女のお腹に顔を埋めたまま言う。
「な、何でしょう」
「痩せすぎじゃね? もう少し肉食ったほうがいいよ」
「そ、そうでしょうか? 自分では太ったって感じてるんですが……」
「そんな事なくね? むしろ逆だと憶う」
 その後の言葉は返ってこなかった。
 多分、あんま納得してない感じ。それは彼女の身体に直接くっついてるせいか余計に伝わってきた。
「環さん」
 ふと、彼女は俺の名前を呼ぶ。
 その声は、さっきの緊張から少し和らいでるように感じた。
「なに」
「環さんはもう寂しい憶いをしなくていいんです。IDOLiSH7のメンバーも万理さんも、社長もいます。それから私も」
 そう言いながら、彼女は少し手を震わせてて……でも優しく俺の頭を撫でた。
「だから、時々こういう風に甘えてもいいですよ」
 それはきっと、家族とか姉弟とか……彼女はそんな風に憶ってて。
 だからそんな事を言ったんだろう。
 それは正直すっげぇ嬉しかったけど、でもその考えの違いにまたチクチク心が痛み出す。
 痛くて、痛くてーー泣き出しそうだった。
「紡」
 でも自分で決めた事だろうと、俺は自分に叱りつけて、弱気になる気持ちを隠す。
 それと同時に、俺はまたひとつ、彼女をさっきより強く、強く、彼女を確かめるようにぎゅっとする。
「ありがとう」
 そう言うと、彼女は何も言わずに、更に優しく俺の頭を撫でた。
 その温もりが子守唄みたいで、安心できるはずなのに。
 それでもやっぱり、ちょっと切なかった。




 ーーまだ、この気持ちは言えない。
 今の俺じゃ言えない。
 もっともっと大人になって。
 胸張って自分を誇れるくらいになった、その時に。
 この、まだ半分しかない想いを伝えたい。

 いつかそれが、ふたりぶんの想いになってシアワセになれる、その日まで。
 だからどうか、いつものあったかい笑顔で待ってて。
環紡SSです。別名で活動している支部より転載した作品となります。

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