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いちばん奥まで

 幾度か目の口づけを交わした後、私達は近くのベンチに腰掛ける。
 眺める群青色の夜空は星屑が散りばめられていて、先程よりもより一層綺麗に輝いて見えた。
「壮五さん、ありがとうございます」
「良いよ、マネージャーを心配するのは当たり前の事だから」
 いつの間にか呼び方がマネージャーに戻ってる事に少し寂しさを覚えつつ、私は壮五さんによって外されたボタンを留め、リボンを結び直して身なりを整える。
「……あの、壮五さん」
「ん?」
「心配して探しに来て下さったのは嬉しいんですが……な、何であんな事を」
「あんな事?」
 段々と声が小さくなり口籠る私に、しかし壮五さんは何が言いたいのか分からないと言った風に言葉を反芻してくる。……いや、本当は絶対分かっている。分かっているのに敢えて分からないフリをしているのだろう。
「あんな事って……?」
 聞いたこっちが恥ずかしくなって口籠ったまま俯いていると、壮五さんは更に答えを追求してくる。
 壮五さんは時々、本当に意地悪だーー。
「だから……その……キ、キスを……」
 そこまで言うのが精一杯で、私は唇をきつく結ぶ。恐らくこんな闇夜の中でも分かってしまうくらい私の顔は真っ赤だろう。自分でも分かるくらいに顔が熱くなっているのだから……。
「ヤキモチ、かな」
「……えっ?」
 予想していなかった答えに、私は思わず隣に座る壮五さんを凝視してしまう。すると、壮五さんは微苦笑を浮かべてから語り出した。
「さっき言ったでしょう。皆が君を心配してたって」
「はい……」
「皆、マネージャーの事が好き過ぎるから……だから、マネージャーを探しに行って見つける役目を誰かに盗られたくなかったんだ」
 真剣味を帯びた声音。優しくて甘く切ない眼差し。
 そんな彼に、また惹かれる。
「だから、君は僕だけの大切な人だって証をつけたかったんだ」
 そう言いながら、壮五さんは先程私の首筋に付けた痕を二本の指でつぅっと優しくなぞる。壊れ物を扱うような手つきにゾクッとして私は思わず身を震わす。
「僕、独占欲が強いから」
 最後はそんな風に、壮五さんは戯けたような笑みを浮かべて言った。そんな彼の愛情表現に、私は上手く言い表せない感情に支配される。
 嬉しい。けれど怖い。
 怖い。けれど嬉しい。
 そんな思いが交互に私を襲ってくる。だから、だから……
「私はIDOLiSH7のマネージャーです……」
 暫くして私がそう言うと、壮五さんはじっとこちらを見詰めた。ちゃんと、私の言葉に耳を傾けてくれようとしてるのは、その様子からちゃんと分かった。
「マネージャーとして、メンバー一人一人に平等に接さなくてはいけない…でも」
 所詮はビジネスパートナーだと言われれば、そこまでなのかもしれない。けれど私はIDOLiSH7の皆をそれ以上に大切な存在だと思っている。それはこれから先だって決して変わらない。けれど、それ以上に私はーー
「壮五さんの事を異性として……一人の男性として見ています。だから」

 ーーだから、私の心は貴方だけなのだと、

 そこまで告げると、壮五さんは私の身体を引き寄せてまた優しく抱き締めた。
 彼の胸の鼓動がまるで子守唄のようで、とても心地良い。
「うん。そうだね……君がそういう子だってちゃんと分かってたのに……情けないな」
 耳元から聞こえる壮五さんの声は少し自嘲を帯びていて、それを彼自身も分かっていて、だから誤魔化すように更にきつく私の身体を抱き締めた。
「紡、好きだよ。君の一生懸命なところも、芯の強いところも、優しいところも……全部好きだ」
 また名前を呼ばれた事が堪らなく嬉しくて、私は、壮五さんの背中に腕を回しながらそれに答える。
「私も壮五さんの事好きです。誠実なところも、少し不器用なところも、思い遣りがあるところも…大好きです」
 お互いに想いを告げ合うと、私達はまた唇を重ね合わせた。

 静かな夜。少し冷えた空気。都会とは違うような夜空。たったそれだけの事で寂しく思えた。けれど今は違う。もう寂しくない。だって貴方がこの心を何度でも甘く包み込んで、いちばん奥の哀しみまで優しく慰めてくれるから。



(今この二人でいる時間だけが、まるで違う世界のように思えて)
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