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いちばん奥まで

 静かな夜。少し冷えた空気。都会とは違うような夜空。それだけで……たったそれだけの事で、こんなにも寂しいと思えるのだろうか。
「マネージャー、こんなところに居たの?」
 声がした方に首を傾けると、そこには壮五さんの姿があった。
「壮五さん……」
 白銀の髪と藤紫の瞳。この闇夜の中でも彼を彩るそれらはとても綺麗で……いや、男の人の事を綺麗と言うのは変なのかも知れないけど。それでも都会を離れたこの景色にとても馴染んでいて、それだけでとてもーーとても惹かれた。
「ホテルで姿が見えなかったから心配したよ」
「すみません…。せめて誰かに声を掛けてから出かけるべきでした」
「いや、もう仕事は終わってるし、自由時間だから良いんだけど……」
 謝る私に、壮五さんは言いながら隣に来て闇夜に覆われた景色を眺める。
「ただ皆があまりにも心配してたから、探しに来たんだよ」
 壮五さんはいつの間にかこちらに視線を向けて「勿論、僕もね」と小さく言った。
「本当にすみません」
「ごめん、僕の言い方が悪かった。……良いんだよ。ただ皆マネージャーの事が好き過ぎるから」
 私を安心させるように柔らかく微笑む壮五さん。そんな彼の表情にさえ身体の芯から熱を帯びて、身体全体がまるで心臓のように激しく脈を打つ。
「好きな人を……好きな人達を心配させてはダメですね。すみません」
「マネージャー、さっきから謝ってばかり」
 柔らかな笑みから今度は少し悪戯っぽく笑う壮五さんに更に胸を高鳴らせる。それを悟られないようにと私はまた謝罪の言葉を口にしようとしたーーが、
「すみませ……んんっ!」
 それは最後まで叶わず、壮五さんの唇によって言葉は遮られてしまう。
「んぅっ……んっ……」
 苦しい程の熱い口づけに、思考が甘く融けていく。
 離れてはまた重ねて、離れてはまた重ねる。
 そんな壮五さんの甘いキスの雨に段々と身体に力が入らなくなり、それでも何とか自分の身体を支えようと壮五さんの腕にしがみつく。
「紡……」
 それに気付いた壮五さんは私の体を支えるように腰に腕を回して、いつもは口にしない私の名前をいつもは発する事のない少し掠れた低い声で囁く。
 吐息交じりのそれが、現実から逸れてるような錯覚に陥ってーー
「そんな風に掴まれたら止まらなくなる……」
「……っ」
 熱を宿した眼で私を見詰める壮五さん。その視線に絡め取られて、私は何も言えなくなる。否定も肯定も出来なくなる。
「壮五さっ」
 名前を呼び終える前に、壮五さんはまた唇を重ねてくる。けれど今度は触れるだけではなく、それはもっと深くーー深いものに変わる。
「ふぁっ……んんっ……」
 私が薄く口を開けると、それを逃すまいと壮五さんは咥内に舌を侵入させ私の舌を絡め取ろうとする。突然の事に私は吃驚して自分の舌を引くけれど、壮五さんはそれを許さず私の舌を捕まえてわざと音を立てながら吸い付いてくる。ただそれだけの事で、まるで情事を重ねているかの様な感覚に陥り、身体中の熱が更に増していく。
「や……ぁんっ……んん……っ」
 段々と息苦しさを感じて私は壮五さんの胸板を軽く叩く。けれど壮五さんは深い口づけを止める気配はなく、絶え間なく私の舌を犯して、その度に艶めかしい音が咥内から、耳から、身体の内全てから響いてきた。
「ふっ……うぅん……っ?!」
 そんな全てが蕩けてしまいそうな熱い口づけがようやく終わりそうになる。
 壮五さんが私の舌から離れた時そう思った。ーーけれどその考えは刹那に終わる。今度はその舌で私の歯並びをいやらしくなぞってまた犯した。
 予想外の出来事に、私は今度こそ本当に身体の力が入らなくなって膝から崩れ落ちそうになる。それでも何とか立とうと今度は壮五さんの背中に腕を回しきつくしがみつく。
 そんな私の様子を分かって……分かっていて壮五さんは最後に私の唇の端に軽く音を立てて口付けると、きゅっと優しく私を抱き締め返した。
「紡、可愛い……」
 また少し低い色っぽい声で、今度は吐息交じりに耳元で囁かれて私は身体を震わせる。……こんな壮五さんは初めてで、怖いような嬉しいような……けれどやはり恥ずかしいという気持ちの方が先立っていた。だから私は何も言えなくて、ただ壮五さんの胸に顔を埋める事しか出来なかった。
「ねぇ、紡」
「はい……」
 まだ色っぽさを残しながら、けれど少しだけいつもの優しい声音で壮五さんは私の名前を呼ぶ。その瞬間、彼の鼓動が少し速まっていくのを腕の中で感じた。
「何か辛い事があったら僕に教えて欲しい。何よりも誰よりも……一番に僕を頼って欲しい」
 壮五さんのその言葉に私もまた鼓動が速まる。
 ーーああ、やっぱりこの人には隠し立てはできないのだ、と。
「ごめんなさい……」
「謝って欲しいんじゃないんだ。僕は、君に笑ってて欲しいから」
 お互い少し身体を離して、そして見詰め合う。
 壮五さんは優しい眼差しで私を見て、その男性特有の骨張った大きな両の手で私の頬を包み込む。

 ーーそう。最近、私は仕事が失敗続きだった。IDOLiSH7のマネージャーとして出来る限りの事はしたいと思っているし、しようとしている。
 段々とメディアの露出が増えて活動の場を広げていく彼ら。けれど、それに反比例してうちの事務所はまだまだ規模が小さい。だからどうしても手が回らない事が多くて……その度に失敗して、結果としてIDOLiSH7のメンバーや万理さんにも迷惑を掛ける形となってしまっていた。そんな事実に情けなくなって落ち込んだ。そんな私を気遣って、皆優しく励ましてくれるけれど、その度に私はまた申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だって、私なんかより彼らの方が余程忙しくて大変なのだから……。

「皆さんに……壮五さんに負担を掛けたくなかったから」
 震える声を隠そうと私はか細い声でそう答えるのが精一杯だった。すると、壮五さんは少し寂しそうな眼をしてから再び口づけをした。
「んっ……あっ、そ、壮五さっ……だめぇ……っ」
 今度の口づけは唇だけでなく、首筋や鎖骨、そして私の服のリボンを解き一番上のボタンを外して胸元までにまで及んだ。
「だめ、です……痕ついちゃ……あっ……!」
 弱々しく抗議の声を上げると、壮五さんはまるで意地悪をするように、また首筋に唇を這わせきつく吸いついてくる。何度も何度も、繰り返し私の肌を吸い上げて……自分では見えないけれど、恐らく首から胸元にかけて壮五さんがつけた薄紅色の痕が咲いている事は、想像するまでもなく分かった。
「そ……ごさん……」
 浅く呼吸しながら彼の名前を呼ぶと、壮五さんは私の肌から唇を離して小さく言う。
「前に紡が言ったんだよ……一人で何とかしようとしないで、自分に頼ってくれって……」
「あっ……」
 そう言われて、私はまた鼓動が速まって心が揺さぶられた。
 確かに、壮五さんが環さんとIDOLiSH7の活動と並行してMEZZO"としても活動をし始めてから、私は幾度となく彼にそう言った。何故なら壮五さんはいつも皆に心配かけまいと、MEZZO"の活動時にはマネージャ業まで兼用していたからだ。だからそんな彼が心配で私は「もっと私に頼って下さい」と言ったのだ。
 それを思い出して……私は、今のこの状況は立場があの頃と逆転しているのだと気づかされる。
「ごめんなさい……」
 何とか堪えようとするけど、もう震える声を隠す事は不可能になってきて……私は涙で滲む壮五さんの姿を見詰めながら答えた。
「そうじゃないよ」
 壮五さんはそう言いながら、もう完全に堪える事の出来なくなった私の涙をその指で優しく拭ってくれた。
「僕が欲しい言葉はそれじゃないよ」
 優しく諭すように言われて、私はーーだから、彼が望んだものに応えようと、精一杯微笑んで見せる。
「ありがとうございます」
 私がそう言ったのと同時に、壮五さんは今度は涙で濡れた私の頬に優しく唇を重ねた。優しいーーとても優しいキス。それがとても嬉しくて……だからどうかこのまま、

 ーー刹那で構わない。どうか今だけは全てを忘れさせて、貴方と甘い真夏の夜の夢に微睡んでいたい。
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