2,港の異変

 黄色の刺青の男が下品に笑いながら一歩、また一歩と嫌にゆったりと間合いを詰めて来た。ユールは負傷した左腕をちらりと見やる。設定で痛覚はほとんど切ってあるから痛みこそないものの、システム上のHPはわずかに減少。ユールは内心舌打ちをする。これくらいならばなんとかなるが、見つかったのは厄介だ。

「黄色の刺青……『ガレオンホープ』だな、お前」
「あァ? なんだァ知ってんのか」

 舌打ちをした男は面倒臭そうに吐き捨てる。ナイフをプラプラと振っているものの隙が見当たらない。

「なら尚更さァ、見逃しちゃあおけねェよなァ?」
「やばっ、」

 彼が飛びかかってくるのを躱してユールは駆け出した。鍵束は持っているし、あの場で戦って倉庫を巻き込むよりも離れた方がいい。
 右、左、左、敵に出くわした時は魔法や杖でぶん殴ったりもして、とにかく港の積み荷の隙間を駆け回る。
 青、黄、黄と黄、青と黄、青、黄……最初のナイフの男も含めてガレオンホープばかりじゃないか! 結託どころかキリサメが吸収されてるって考えたほうが良さそうなんだけどこれ!
 ぼやきつつも足を止めずにいることしばらく、ふとユールは気づく。……しまった、誘いこまれた。

「よくもまァちょこまかと走り回ってくれたなァ? 冒険者サンよォ〜」
「げひゃひゃ! もう逃げ場はねぇぞ!」
「さぁ観念しな!」
「うーん、分かりやすいほどの賊っぷり」

 見張り台でもあるのだろうか、高い壁を背後にくるりと敵へ向き直る。開けた広場に出るつもりが、木箱を積み上げたエリアの先……門を挟む壁にぶつかってしまったらしい。確かここは港をぐるっと囲む形で塀や崖があり、後ろからは攻撃されにくいんだっけ。しかも出入口は一箇所しかないから逃げにくい地形にもなっている。完全にやられた。
 青の鉢巻の人魚マーフォーク族やヒューマン族、黄色の刺青の海賊崩れ達の中で視線を巡らせる。
 この人数相手なら範囲攻撃魔法何発で行ける? その前に自動回復があるとはいえMPが持つかな。
 警戒しつつ頭をフルで回していると、雑踏が割れるように道を開けた。先程小屋で襲ってきた目の下に黄色の刺青を入れた男に誘われ現れたのは、キリサメのボスであろう人魚族、ベールナルド、そして黒いフードを被った人物だ。
 ユールは目を見開く。いかにも何かあります、というような顔の見えない黒のフード。エルシロスの守護者であるルーキフェルに関わるかもしれない人物の登場に、思わず杖を握る手に力が籠もる。
 つまりは、この一連の騒動もワールドクエストに関連してくるのかもしれないのだ。降って湧いた好機に、手のひらにじんわり汗が滲んだ。

「おいおいおいフクロのねずみっつーんだろこういうの! オレしってんぜ」
「は、騒ぐだけで喧しい。さっさと始末してしまえばここまで手間取らなかったものを」
「あぁん!? テメーこそテメーでやったらいいんじゃねぇのかぁ! あっ、シゴトしかしてねぇテメーにゃムリだっけか、げひゃひゃひゃ!」

 黒のフードの人物はこのやり取りに黙りだったが、目の下に黄色の刺青を入れた男に一言二言告げて下げたあたり、ガレオンホープの新しいまとめ役はこいつらしい。
 学の無さそうな喋り方をする人魚族の男にベールナルドは舌打ちを隠さない。彼は大きくため息を吐いてからようやっとユールに視線を向けた。その視線に乗るのは、軽侮や侮蔑……つまり、すっげぇ下に見られているのがわかる。
 ベールナルドは警備隊上官の証である重厚なマントを風になびかせながら眼鏡をくいと持ち上げた。

「さて、新米の冒険者とお見受けする。大方迷い込んでしまったのだろうが、運が無かったと諦めるんだな」
「お前、シートレス警備隊の人間だろ。なのにキリサメとガレオンホープと手を組んで……やってることは人攫いか」

 き、とユールが視線を向ければ、彼は高らかに笑い出した。つられて周りの奴らもいっそ不愉快なほどにゲラゲラと笑いだす。

「人聞きの悪いことを。これは廃れていくシートレスで昇り詰めるための過程に過ぎん」
「俺たちは積み荷で好き勝手儲けられる!」
「ガキを仕入れて別で売りゃ高くつくしなァ!」

 ボスたちだけでなく外野の海賊や荒くれ者達も言わせておけば好き勝手言ってくれる。ここまでくるともはやテンプレを通り越してさっさと片付けてしまおうとさえ思えてきた。こいつらにあの美しいシートレスの街と、そういう定めなのかもしれないとはいえ、見ず知らずの人間を拾って世話を焼くような情のある住民たちの生活が脅かされるのは、やっぱりなんか嫌だ。
 キィン、もはや聞きなれた甲高い戦闘開始の合図。ユールは両手で杖を構え、口角をあげた。

「カルロとラモンは俺の恩人なんだ。その二人に迷惑かけるっていうなら許す訳には行かない」
「生意気な……行け、お前ら!」
「テメーがいうんじゃねぇ! オマエらぁ! キリサメのヤバさみせてやれ!!」
「…………」
「っち、なんか言えっての……ガレオンホープ! 遅れをとるんじゃあねェぞォ!」

 指示役たちの声掛けに敵は雄叫びを上げてこちらへやってくる。
 さて、こういう一対多の乱戦になる時ユールの取る戦法はこうだ。まずは居るならば敵のヒーラー役を倒す。既に攻撃したやつに回復をされると面倒だから。次に遠距離攻撃を使ってくる奴がいたらそいつ。離れたところから削られるのは結構痛い。そして邪魔なやつを排除したら本命を叩く。

「とは言っても……っ! っい、あぶなっ」
「オラオラオラオラァ!!」

 《風薙ウィンド・カエド》の突風でまとめて吹き飛ばしては寄られるの繰り返し。
 戦略なんてあったものじゃなく、むこうがやってくるのは数のごり押しだ。幸か不幸か遠距離での攻撃や魔法があまり飛んでこないのが救いで、状態異常などは気にせず体力配分だけミスらなければ耐えきれるだろう。たまに≪治癒クーラ≫で回復を挟みつつも、なんとか押し返せていたその時だ。
 ずっと黙り込んでいた黒のフードの人物がす、と空に手を上げる。するとバチバチと音を立てて空間が割れ、中から黒いもやに包まれた何かが落ちてきた。それは大きな地響きをたてて着地する。もやが晴れた先にいたのは、ビルの二階ほどの高さの筋骨隆々な浅黒い肉体に大きな角。牛のようなトロールのような、いわゆる牛頭と呼ばれるような魔物だ。
 港はパニックに陥り、キリサメもガレオンホープも蜘蛛の巣をつついたように散り散りになっていく。ユールが気づいたときには、その場に残っていたのは自分と黒いフードの人物、それから巨大な魔物だけ。

「……人間が抱く夢、描く理想。醜くも美しくもあるそれは、なかなか興味深いものですね」
「は? ……やっぱりお前、ルーキフェルの関係者だろ」

 顔は見えないが、ユールの質問に黒いフードの人物は手を口元の位置に当ててくすくすと笑っていた。今答える気はないらしい。
 どうやら耐久戦はここまでで、次はこのでかいの相手に戦うのだろう。さっきの乱戦で減っていた体力もほぼ戻りきっている。仕切り直しというやつだ。
 
「まぁいいや、勝ったら何か教えてくれるんだよな?」
「さてそれは、そちら次第と言ったところですか。せいぜい足掻いてくださいね」

 そう言うと、彼は何やら呪文のようなものを呟いた。途端、牛頭は更に悍ましい雄叫びをあげる。耳を塞ぎたくなるようなそれは、まるで衝撃波で襲ってくるようなエネルギーだった。
 ユールは杖を握り魔力を込め始める。まだレベルの低い自分が攻撃に使えるのは、ふたつの技だけ。そのうち単体攻撃のものを考えると選択肢はひとつしかない。

水弾アクア・グロブス》!
水弾アクア・グロブスッ!!
水弾アクア・グロブスッッ!!!

 水で出来た球体が巨体に連続で襲いかかる。見上げるほどの巨体だ、狙う必要などなくとにかく撃つべし、撃つべし、撃つべし!!

「ぜぇ、はぁ、これだけ撃ち込んでるんだから多少は削れて……」
「グルゥオアアアァァア!!!!!」
「ないっぽいな!! くそっ」

 召喚された魔物が相手の時、定石としていくつか考えられるパターンがある。
 ひとつは、召喚者と召喚された魔物がまとめて襲ってくる場合。この時はだいたいその時点でどちらにも攻撃が通りやすい。
 そしてふたつめ。召喚者を倒さないと魔物が消えない場合。こういう時は魔物が不死身仕様になっていたり、攻撃しても効いていなかったりする。あんまり考えたくはなかったが、今回はこっちのパターンらしい。
 しかし召喚者であるフードの人物に攻撃をしようと接近しても、牛頭の巨体が割り込んで邪魔をされてしまう。そして彼は攻撃してくる訳でもなく、すすす、と後退してしまうのだ。

「あーーもう! お前攻撃すらしてこないのムカつく! なんなんだよ!」

 こちらの怒りなど右から左。ハンマーが降り下ろされるかのようなパンチを躱しながら飛び退いた。牛頭の拳が何度もめり込んだ地面は、すっかり穴だらけでボコボコである。
 ――さて、こうなってくるとジリ貧だ。何か大きな変化が欲しくて、ユールは辺りを見渡す。例えばフィールドのギミック。パッと見は無さげ。彼の行動パターンの変化。それも無さそう。時間経過……も今のところ無し。正面からはもちろん、側面から、背面からとそれへ攻撃する位置を変えてみてもあまり変化は見られなかった。しいて言うなら背面からの攻撃が若干効きが良い気がする。
 フィールドを駆け回り、とにかく敵からの攻撃を躱しつつ背後に回ってしばらく。ふと上空を見たユールは人影に気付いた。
 見た覚えのある先端に斧状の突起がくっついた槍状の物。そして風にたなびく穂先の布飾り。――ディオだ!
 と、顔を上げたその時、ユールの視界がブレる。目の前の景色がぐらりと傾いていた。地面と並行な身体。あっ、と気づいた時には、ユールは倒れ込んでいた。どうやら牛頭がつくった穴に足をとられたらしい。
 油断していた自分に思わず舌打ちをした。ステータスにはスタン状態を示すデバフアイコン。
 慌てて立ち上がろうとして、ふと視界が暗く染まる。顔を上げれば、黒いもやに覆われた浅黒い巨体がそびえ立っていた。

「ユール!」

 馬鹿、そんなでかい声出したら奇襲の意味ないだろ。
 目の前に牛頭の浅黒い拳が迫っているにもかかわらず、そんなことを考える。

「おや、もう来ましたか。早いですねぇ」

 フードの人物がディオを見上げながら、こちらには見向きもせず楽しげに腕を振り下ろした。轟音と共に衝撃で吹っ飛ばされたユールは、ゴロゴロと地面を転がる。
 痛覚はないけれど、痛い、と漠然と思った。身体的所有感というのだっけ。ゲームの中、バーチャル世界にいるからこそより強く錯覚を感じるのかもしれない。ユールはゲホ、と咳払いをしてよろめきながら立ち上がる。杖も近くに転がっていてよかった。
 刹那、ガァン! と重みを感じさせる音がした。崖の上から飛び降り、そのまま重力を載せて振り下ろされる赤のエフェクトを纏ったハルバード。苦し気な鳴き声をあげる牛頭の角が片方、バキン! と悲鳴をあげて折れた。
 牛頭の頭を足蹴にし、反動でディオがこちらへ飛んでくる。その顔の眉間には皺が寄り、口元を結んでいた。

「おい大丈夫か!?」
「平気。赤ゲージまで行ったけどこんなの回復でどうとでもなるし最悪、」
「そうじゃねぇだろ……! そりゃあお前は《転生リスタート》があるかも知れねぇけど、」

 努めて明るく発したこちらの言葉を遮ってまで眉をハの字にして怒る彼に、ふとディオの名前を検索した時のことを思い出した。もしかして本人が死ぬとかではなく、身近な誰かが死んだとか、トラウマになってるとか、そういうのがあるのかもしれない。それなら、ここまで切羽詰まるのも納得といえば納得できた。
 ユールの傷だらけの身体をキラキラとした緑のエフェクトが包み込む。

「《治癒クーラ》。 ……体力が戻りきるまで二十秒くらい。それまでは自動回復でなんとかなる」
「……まだやるんだな」
「当然。カルロとラモンも心配だし、やられっぱなしは嫌だ」

 杖を構え、ニッ、とユールは口角をあげた。きっとディオにはどこからその自信が、とか、思われているのだろう。いや、AIなんだったらそこまでは考えてくれないかな。それでもユールの、悔しいしやってやるって気持ちはたとえゲームの中だとしても本物だった。
 ざあ、と潮風が吹く。
 しばらく目を見開いていたディオは、「あーーーーったくよぉ!」と頭を抱えて大きく息を吐いた。一度閉じて、また開かれた瞳には尖った光が宿っている。

「仕方ねぇ、こうなったら最後までやってやる!」
「……助かる。まずはでかいのを足止めしないとフードの奴にダメージがいかない。ディオ、頼んでもいいか?」

 尋ねれば、彼は鼻をならす。鍛えられたその身体に裏打ちされた自信がありありとその表情に浮かんでいた。
 ばしん、といい音がしてユールの背中が叩かれる。少しだけたたらを踏んだが、ディオがあまりにもまっすぐに信頼をぶつけてくるからなにも言えない。なんだかそわそわとして、むずむずとして落ち着かなかった。けれど、何より奮い立たされる。
 各々の武器を構えなおし、並び立つ二人の目線が鋭く敵を見据えた。

「そっちは任せるぞ、ユール!」
「ああ、いくぞ!」

 見据えた先の彼はくすくすと肩を揺らしてから、ゆっくりと構えてユール達を迎え撃つ。フードの下の表情は見えないが、その声色は楽しげとしか言いようがなかった。

「お話は終わりましたか? では第二ラウンドと参りましょう」
「こっちは連戦中だっての! 後で洗いざらい聞くからな!」

 片角になった牛頭が、より黒いもやを纏い牛の鳴き声のような、もっと恐ろしいもののような雄叫びをあげた。
 ユールとディオ、それぞれが互いの獲物に向かって走り出す。
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