2,港の異変
青々とした草木が揺れ、草陰に見えるウサギやヤギに似た小型の魔物たち。街道は遠くの灯台の方まで続いている。少し離れたところには大型の魔物もいるのが見えた。
シートレスの玄関口である北門を出てすぐ、ユールは立ち止まって大きく息を吸う。海から来る潮風と植物の匂いが混ざりあって、なんとも言えない心地になった。
隣で伸びをしたディオの首がこきこきと音を立てる。
「さーて! どこから行くか決めてるのか?」
「いや……そもそも街の外に何があるのかさっぱりで」
ユールが気まずそうに頬をかくと、彼はきょとりと目を瞬かせた。
「あー……なら、とりあえず近場からにするか」
こっち、と促す彼の後を追いかける。天気も良ければ風もいい感じに吹いていて、まるでただの散歩をしているみたいだ。いや、現実じゃこんな風景の中を歩くことなんてまぁないのだが。
彼の背中を追う中で、ふと目についたものがあった。
「そういえば、今日はちゃんとした武器なんだな」
「ん? ああ、対一般人ならなるべく刃が無いものを使いてぇけど、魔物相手なら遠慮はいらねぇからな!」
そう言って背負いなおしたのは、槍の先端に斧状の突起がくっついたもの。許可をとって《解析 》をしてみると、海戦士のハルバードと表示された。どうやらシートレスの警備隊に支給されるものらしい。ひらひらと風になびく穂先に付けられた赤い布の装飾が洗練さと勇ましさを物語っている。
「いろんな武器を習いはしたんだけど、これが一番しっくり来たんだよなぁ」
「へぇ。長物って扱い難しそうだけど」
「そりゃあな! 筋力無かったら振り回せねぇし、どこの部分を使うかの判断も大事だしよ」
なるほど、と相槌を打ちながら進んでいく。ゲーム内の時計で三十分くらい歩いた頃、ディオの足が止まった。
ざあ、と強い風が吹く。わあ、とユールから感嘆の声が漏れた。風になびくのは青々とした緑に、見え隠れする色鮮やかな野菜や果物。舞い上がる土の匂いさえ自然の恵みを思い起こさせる。
「ここが赤髭『バルバロ』が管理してるうちのひとつ、マティナタ農園。エルウィンはああ言ったけど……」
言うや否や、頭に何やら紋章が刻まれた赤い布を巻いた体格のいい壮年の男がやってくる。ユールは身構えたが、一方でディオは片手をひょいとあげて近づいていった。その表情は明るい。
「ようおやっさん! 調子どうよ!」
「なんだァ、ディオじゃねぇか。テメェ仕事はどうしたよ!」
「これも仕事だっつの!」
軽口を叩き合う二人にぽかん、と口を開けていると、男の目がこちらを向いた。思わずぺこりと一礼すると首を傾げられる。
「あん? なんだこのひょろっこいのは」
「来訪者のユールだよ、今手伝ってもらってんだ」
「へぇ。なら少しは骨があるってこったな」
右目を縦断する傷がまた腕を組み頷く彼を厳つく見せる。海賊である赤髭『バルバロ』の部下というのは間違いないだろう。……偏見かもしれないけれど。だが、街で出会った運び屋のラモンや冒険者ギルドのマルコのように、仕事に精を出す男の顔も垣間見える。
不思議に思っていると顔に出ていたのか、ディオが吹き出した。
「お前顔に出過ぎ! まぁわからなくもねぇけどな。おやっさんもだけどここの人達皆厳ついし」
「あ゙? なんだ喧嘩なら買ってやるぞ」
「あ、と、すみません」
これも日本人の性か。つい頭を下げれば、おやっさんと呼ばれた男は大きな声で笑いだした。なんならディオの背中をばっしんばっしん叩いている。あ、いい音した。
「おいおい大丈夫か相棒がこんな素直なやつでよォ」
「いってぇ! ったくディーンは赤髭の特攻隊長なんだから加減考えろよ……」
「ハッハッハ! そりゃ何十年もそう生きたんだからすぐには変わんねぇよ!」
「特攻隊長……?」
ユールが首を傾げると、おうよ! と返事をした男が胸を張る。なんでも、セルソとやり合う前の海賊赤髭において、真っ先に敵地へ飛び込んでいく役目だったらしい。つまりはかなりの実力者であると言える。
だが何故宿敵だろうセルソの弟であるディオと、こんなにも砕けた様子で話せるのだろうか。疑問のまま問えば、どこか遠い場所を見るようにして答えてくれた。
「まぁ疲れちまったのよ。俺らも頭領もな。だから新しい時代だってんで今のシートレス総長に繋げられたのはいい機会だったぜ。……あれからもう五年たつのか」
「恨みとかは無いのか。その、あんただけじゃなくて赤髭本人も」
「頭領も今では普通に農作業やってっからなぁ。海賊やる前に戻ったってだけだって言ってらぁ。赤髭はそんな奴らばっかりよ」
彼いわく、何十年も前に飢えた漁師や農民が都市に反発を起こして集まったのが赤髭だったそうだ。廃れて来ていたシートレスの街を立て直したとあれば、セルソについて行く人間が多いのも頷ける。
「いい人なんだな、セルソもだけどあんた達も」
「よせよこっ恥ずかしい。……んで、今日はどうした。昔話を聞きに来た訳じゃねぇだろ?」
ユール達は掻い摘んでではあるが黒闇の薬についてと、街に不穏な空気が漂っていることを伝えた。すると、ディーンも合点がいったという風に頷く。
どうやら彼らも最近怪しい話を聞いたらしい。
「この辺じゃ普通の運び屋の他に、届け物だなんだで冒険者の手を借りる時があんだけどよ。どうやらここより西の漁港の方の仕事が増えたんだと」
「西の方って言やぁ、」
「『キリサメ』の港じゃないか? 確か……」
アイテム欄の三枚のメモ。そのうち港のキーワードが出てきたのはキリサメだけだった。運んでいるものにもよるが、それが薬関係のものだった場合は当たりだ。そうでなくても、怪しいことに間違いない。
ユールとディオは目を合わせる。次の目的地は決まりだ。一言挨拶を交わして向かおうとすると、ディーンが袋を手渡して来た。中には、赤くて丸いツヤツヤとしたトマト。
「うちの畑で取れたやつだ。持ってけ。小腹の足しにはなるだろ」
「ありがとう、また来るよ」
ユールの礼に、彼はひょいと手を挙げて仕事に戻って行った。
また潮風が吹く街道を、今度は貰ったトマトを齧りながら歩く。採れたてなのだろう、洗った時の水滴さえまだ残っている。二人であ、と大きく口を開き音を立ててかぶりついた。
ハリのある皮に歯を立てると、甘くてジューシーな味が舌に訴えかける。前に屋台で串焼きを食べた時も思ったが、本当にこのゲームの五感に働きかける程のリアリティは凄まじい。
夢中になってかじりついていると、ふとディオがこちらを見ているのに気づく。その視線はどこか穏やかだった。
「これな、マティナトマトって言うんだ」
「品種?」
「そう。昔の言葉で朝の日差しって意味。おやっさん達は理想を掲げて集まった船を降りて、今は別の形でシートレスの街に光をくれるようになった」
舌で指についたトマトの欠片まで平らげて、ぼそりと彼がこぼす。
「それは、尊重してぇんだよな」
「ふーん……」
こういう事を聞くと、こいつらの考えは全部AIが考えている、というのが信じられなくなってくる。だってだれもかれも、あまりにも人間臭い。ユールはじ、とディオを見た。
海を反射したみたいなエメラルド色の目が、何を思っているのか遠くを見ている。草陰で、ウサギ型の魔物がじゃれ合っていた。
それから何も言わず歩き出してしばらく。少しずつ道が荒れてくる。手入れがされていないのか経年劣化か、それとも両方なのか。岩陰で港の入口の様子をうかがうも人影は見えない。
「この先からはキリサメの根城だ。気を抜くなよ」
「ああ。……けど、誰もいない?」
「んな訳あるか。よーく耳をすませてみろよ」
目を閉じて集中すると、どこからか馬車の音が聞こえてくる。そして、話し声も。どちらも聞き覚えのある声だ。
《おい、こっちの港は廃れてるんじゃねぇのか》
《黙って運べ。それともなんだ、何か問題でも?》
《……いや、何もねぇよ》
ガラガラと積荷を載せた馬車が港へ姿を消していく。ユールたちは音が聞こえなくなってから岩陰から顔を出した。今のは、運び屋親子の父ラモンと件の悪徳上官ベールナルドだ。振り返ってディオと目を合わせる。
「このまま突入するか」
「いや、先に俺だけ行く。まだ装備も整いきってない新米冒険者が来たってだけなら、向こうも油断するかもしれないし」
ユールの提案に彼はなるほど、と顎に手を当てた。
ぶっちゃけてしまえば、こちらの手数が多ければ強行突破しても問題ないとは思う。レベル差でゴリ押しもこれにあたる。しかしディオのレベルは高いがユールの方は心もとない。
だったら、逆に自分が飛び込んで後からディオにサポートしてもらった方がユール自身組み立てやすいのだ。後衛職がひとりで先に行くことに不安はあるが、範囲攻撃魔法の《風薙 》と単体攻撃魔法の《水弾 》を上手いこと切り替えできたらまぁ何とかなるだろう。
「気をつけろよ」
「そっちもな。……じゃあ、行ってくる」
杖をいつでも構えるようにしながら、ユールは岩陰から飛び出した。岩や木などで転々と身を隠しながら、壁で挟まれた港の門へ近づく。どうやら門番はいないみたいだ。
中の様子に耳を傾けると、話し声は聞こえる。しかし警戒態勢を取られていないことから、まだバレてはいないようだ。
門の柱の陰、積んである積荷の後ろ。音を立てないように、キリサメの人間に気づかれないように音を立てないよう進んでいく。
ディオが言うにはキリサメのボスは人魚 族なだけあってガタイが良く力も強いらしい。そして、そこら辺にいる部下たちはヒューマン族と人魚族が半々の印象だ。けれどユール自身は非力なので、数で押されるとまずい。
慎重に奥へ奥へと進むと、積んである木箱のいくつかから中の袋が飛び出しているのが見えた。中身は、黒闇の薬らしき瓶。ユールは証拠ついでに数本を荷物に入れる。安堵の息を吐いたその瞬間。
――コンコン!
ばっ、と音のした方へ振り返った。両手で杖を構える。多分漁の道具などをしまっておく倉庫だろうか、比較的小さめの木製の小屋があるだけだ。恐る恐る近づいてみると、小屋の中をほんの少しだけ覗ける隙間が空いている。
「……誰かいるの?」
聞こえたそれは密やかで、恐れていて、しかし芯のある声だった。そして、風に揺れる金髪と荷馬車の音を思い起こさせる。
「もしかして、カルロか?」
ユールの問いに、隙間の向こうから息を飲む音がした。覗き込めば、こちらを覗こうとしていた彼と目が合う。彼はその大きな目をあらん限り見開いた。
「ユール……!」
「やっぱり、どうしてこんな所に」
「その、街でベールナルドさんとキリサメの下っ端の取り引きを見ちゃって……」
声色がどんどんと萎れていく。まだ十二歳くらいの少年だ。どれだけ怖かっただろう。カルロがここにいることを、父であるラモンは知っているのだろうか。あれから荷馬車の音は聞こえていないから、まだ彼もこの港にいるはずだ。
「もともと港へ荷運びの依頼は入ってて。その間父さんの代わりに近所への配達はおれが行ってたんだ」
「その時に?」
そう、と落ち込んだ声で肯定する。
しかしどうしたものか。カルロの救助をしたい所だが、守りながら戦える方法が今のユールにはない。クエスト内容的には元凶を探れ、だからさっき拝借した『黒闇の薬』とカルロやラモンの証言を使えば公的にセルソも動き出せるだろうし、討伐より救助と証拠を持ち帰る事を優先で考えた方が良いか? どのルートを使うか思案する。
確か入り口が入ってきた門1つ、海に向かって下って左手に開けた馬車を停める広場、右手が現在地の積まれた木箱に囲まれた小屋。
考えがまとまらないうちに、キィン、また甲高い音と脳内が切り替わる感覚。振り返り様に舌打ちをして杖を構え、ユールは敵と向き合った。
「おい! キサマそこで何をやっている!」
「随分テンプレな台詞をどーも! ≪水弾 ≫!」
「ごぶぉばッ!?」
魔力のこもったビーチボール大の水球が思いっきり敵の顔面に命中する。青の鉢巻きを巻いた『キリサメ』の下っ端は、ばしゃりと音を立ててひっくり返り目を回していた。傍には鍵束らしきものが落ちている。
ふむ。これなら倉庫を開けてカルロを救出、ラモンもいるなら声をかけよう。大人よりは子供優先……いや、待てよ。どうしてベールナルドは子供を攫った? ユールは鍵束を拾いつつふと気になった。
もちろん取引の現場をみられてしまったから、というのは理由として大きい。でも十二歳くらいといったらこの世界ではもう働いている子もいる。反撃だってされるかもしれないし、戦力として数えられる子すらいるのだ。それなのになぜ……。
その時、カルロの劈くような声が耳に飛び込んで来た。
「ユール後ろ!」
「な、っぐぅ……!」
「おいおいおい困るなァ、商品を勝手に連れてかれちまったらよォ~」
ナイフで斬りつけられた左腕を庇いながら反撃態勢をとる。後ろから現れた男は、ニタニタと言わんばかりの笑みだ。目元のその黄色い刺青は下品なほどに歪んでいる。
シートレスの玄関口である北門を出てすぐ、ユールは立ち止まって大きく息を吸う。海から来る潮風と植物の匂いが混ざりあって、なんとも言えない心地になった。
隣で伸びをしたディオの首がこきこきと音を立てる。
「さーて! どこから行くか決めてるのか?」
「いや……そもそも街の外に何があるのかさっぱりで」
ユールが気まずそうに頬をかくと、彼はきょとりと目を瞬かせた。
「あー……なら、とりあえず近場からにするか」
こっち、と促す彼の後を追いかける。天気も良ければ風もいい感じに吹いていて、まるでただの散歩をしているみたいだ。いや、現実じゃこんな風景の中を歩くことなんてまぁないのだが。
彼の背中を追う中で、ふと目についたものがあった。
「そういえば、今日はちゃんとした武器なんだな」
「ん? ああ、対一般人ならなるべく刃が無いものを使いてぇけど、魔物相手なら遠慮はいらねぇからな!」
そう言って背負いなおしたのは、槍の先端に斧状の突起がくっついたもの。許可をとって《
「いろんな武器を習いはしたんだけど、これが一番しっくり来たんだよなぁ」
「へぇ。長物って扱い難しそうだけど」
「そりゃあな! 筋力無かったら振り回せねぇし、どこの部分を使うかの判断も大事だしよ」
なるほど、と相槌を打ちながら進んでいく。ゲーム内の時計で三十分くらい歩いた頃、ディオの足が止まった。
ざあ、と強い風が吹く。わあ、とユールから感嘆の声が漏れた。風になびくのは青々とした緑に、見え隠れする色鮮やかな野菜や果物。舞い上がる土の匂いさえ自然の恵みを思い起こさせる。
「ここが赤髭『バルバロ』が管理してるうちのひとつ、マティナタ農園。エルウィンはああ言ったけど……」
言うや否や、頭に何やら紋章が刻まれた赤い布を巻いた体格のいい壮年の男がやってくる。ユールは身構えたが、一方でディオは片手をひょいとあげて近づいていった。その表情は明るい。
「ようおやっさん! 調子どうよ!」
「なんだァ、ディオじゃねぇか。テメェ仕事はどうしたよ!」
「これも仕事だっつの!」
軽口を叩き合う二人にぽかん、と口を開けていると、男の目がこちらを向いた。思わずぺこりと一礼すると首を傾げられる。
「あん? なんだこのひょろっこいのは」
「来訪者のユールだよ、今手伝ってもらってんだ」
「へぇ。なら少しは骨があるってこったな」
右目を縦断する傷がまた腕を組み頷く彼を厳つく見せる。海賊である赤髭『バルバロ』の部下というのは間違いないだろう。……偏見かもしれないけれど。だが、街で出会った運び屋のラモンや冒険者ギルドのマルコのように、仕事に精を出す男の顔も垣間見える。
不思議に思っていると顔に出ていたのか、ディオが吹き出した。
「お前顔に出過ぎ! まぁわからなくもねぇけどな。おやっさんもだけどここの人達皆厳ついし」
「あ゙? なんだ喧嘩なら買ってやるぞ」
「あ、と、すみません」
これも日本人の性か。つい頭を下げれば、おやっさんと呼ばれた男は大きな声で笑いだした。なんならディオの背中をばっしんばっしん叩いている。あ、いい音した。
「おいおい大丈夫か相棒がこんな素直なやつでよォ」
「いってぇ! ったくディーンは赤髭の特攻隊長なんだから加減考えろよ……」
「ハッハッハ! そりゃ何十年もそう生きたんだからすぐには変わんねぇよ!」
「特攻隊長……?」
ユールが首を傾げると、おうよ! と返事をした男が胸を張る。なんでも、セルソとやり合う前の海賊赤髭において、真っ先に敵地へ飛び込んでいく役目だったらしい。つまりはかなりの実力者であると言える。
だが何故宿敵だろうセルソの弟であるディオと、こんなにも砕けた様子で話せるのだろうか。疑問のまま問えば、どこか遠い場所を見るようにして答えてくれた。
「まぁ疲れちまったのよ。俺らも頭領もな。だから新しい時代だってんで今のシートレス総長に繋げられたのはいい機会だったぜ。……あれからもう五年たつのか」
「恨みとかは無いのか。その、あんただけじゃなくて赤髭本人も」
「頭領も今では普通に農作業やってっからなぁ。海賊やる前に戻ったってだけだって言ってらぁ。赤髭はそんな奴らばっかりよ」
彼いわく、何十年も前に飢えた漁師や農民が都市に反発を起こして集まったのが赤髭だったそうだ。廃れて来ていたシートレスの街を立て直したとあれば、セルソについて行く人間が多いのも頷ける。
「いい人なんだな、セルソもだけどあんた達も」
「よせよこっ恥ずかしい。……んで、今日はどうした。昔話を聞きに来た訳じゃねぇだろ?」
ユール達は掻い摘んでではあるが黒闇の薬についてと、街に不穏な空気が漂っていることを伝えた。すると、ディーンも合点がいったという風に頷く。
どうやら彼らも最近怪しい話を聞いたらしい。
「この辺じゃ普通の運び屋の他に、届け物だなんだで冒険者の手を借りる時があんだけどよ。どうやらここより西の漁港の方の仕事が増えたんだと」
「西の方って言やぁ、」
「『キリサメ』の港じゃないか? 確か……」
アイテム欄の三枚のメモ。そのうち港のキーワードが出てきたのはキリサメだけだった。運んでいるものにもよるが、それが薬関係のものだった場合は当たりだ。そうでなくても、怪しいことに間違いない。
ユールとディオは目を合わせる。次の目的地は決まりだ。一言挨拶を交わして向かおうとすると、ディーンが袋を手渡して来た。中には、赤くて丸いツヤツヤとしたトマト。
「うちの畑で取れたやつだ。持ってけ。小腹の足しにはなるだろ」
「ありがとう、また来るよ」
ユールの礼に、彼はひょいと手を挙げて仕事に戻って行った。
また潮風が吹く街道を、今度は貰ったトマトを齧りながら歩く。採れたてなのだろう、洗った時の水滴さえまだ残っている。二人であ、と大きく口を開き音を立ててかぶりついた。
ハリのある皮に歯を立てると、甘くてジューシーな味が舌に訴えかける。前に屋台で串焼きを食べた時も思ったが、本当にこのゲームの五感に働きかける程のリアリティは凄まじい。
夢中になってかじりついていると、ふとディオがこちらを見ているのに気づく。その視線はどこか穏やかだった。
「これな、マティナトマトって言うんだ」
「品種?」
「そう。昔の言葉で朝の日差しって意味。おやっさん達は理想を掲げて集まった船を降りて、今は別の形でシートレスの街に光をくれるようになった」
舌で指についたトマトの欠片まで平らげて、ぼそりと彼がこぼす。
「それは、尊重してぇんだよな」
「ふーん……」
こういう事を聞くと、こいつらの考えは全部AIが考えている、というのが信じられなくなってくる。だってだれもかれも、あまりにも人間臭い。ユールはじ、とディオを見た。
海を反射したみたいなエメラルド色の目が、何を思っているのか遠くを見ている。草陰で、ウサギ型の魔物がじゃれ合っていた。
それから何も言わず歩き出してしばらく。少しずつ道が荒れてくる。手入れがされていないのか経年劣化か、それとも両方なのか。岩陰で港の入口の様子をうかがうも人影は見えない。
「この先からはキリサメの根城だ。気を抜くなよ」
「ああ。……けど、誰もいない?」
「んな訳あるか。よーく耳をすませてみろよ」
目を閉じて集中すると、どこからか馬車の音が聞こえてくる。そして、話し声も。どちらも聞き覚えのある声だ。
《おい、こっちの港は廃れてるんじゃねぇのか》
《黙って運べ。それともなんだ、何か問題でも?》
《……いや、何もねぇよ》
ガラガラと積荷を載せた馬車が港へ姿を消していく。ユールたちは音が聞こえなくなってから岩陰から顔を出した。今のは、運び屋親子の父ラモンと件の悪徳上官ベールナルドだ。振り返ってディオと目を合わせる。
「このまま突入するか」
「いや、先に俺だけ行く。まだ装備も整いきってない新米冒険者が来たってだけなら、向こうも油断するかもしれないし」
ユールの提案に彼はなるほど、と顎に手を当てた。
ぶっちゃけてしまえば、こちらの手数が多ければ強行突破しても問題ないとは思う。レベル差でゴリ押しもこれにあたる。しかしディオのレベルは高いがユールの方は心もとない。
だったら、逆に自分が飛び込んで後からディオにサポートしてもらった方がユール自身組み立てやすいのだ。後衛職がひとりで先に行くことに不安はあるが、範囲攻撃魔法の《
「気をつけろよ」
「そっちもな。……じゃあ、行ってくる」
杖をいつでも構えるようにしながら、ユールは岩陰から飛び出した。岩や木などで転々と身を隠しながら、壁で挟まれた港の門へ近づく。どうやら門番はいないみたいだ。
中の様子に耳を傾けると、話し声は聞こえる。しかし警戒態勢を取られていないことから、まだバレてはいないようだ。
門の柱の陰、積んである積荷の後ろ。音を立てないように、キリサメの人間に気づかれないように音を立てないよう進んでいく。
ディオが言うにはキリサメのボスは
慎重に奥へ奥へと進むと、積んである木箱のいくつかから中の袋が飛び出しているのが見えた。中身は、黒闇の薬らしき瓶。ユールは証拠ついでに数本を荷物に入れる。安堵の息を吐いたその瞬間。
――コンコン!
ばっ、と音のした方へ振り返った。両手で杖を構える。多分漁の道具などをしまっておく倉庫だろうか、比較的小さめの木製の小屋があるだけだ。恐る恐る近づいてみると、小屋の中をほんの少しだけ覗ける隙間が空いている。
「……誰かいるの?」
聞こえたそれは密やかで、恐れていて、しかし芯のある声だった。そして、風に揺れる金髪と荷馬車の音を思い起こさせる。
「もしかして、カルロか?」
ユールの問いに、隙間の向こうから息を飲む音がした。覗き込めば、こちらを覗こうとしていた彼と目が合う。彼はその大きな目をあらん限り見開いた。
「ユール……!」
「やっぱり、どうしてこんな所に」
「その、街でベールナルドさんとキリサメの下っ端の取り引きを見ちゃって……」
声色がどんどんと萎れていく。まだ十二歳くらいの少年だ。どれだけ怖かっただろう。カルロがここにいることを、父であるラモンは知っているのだろうか。あれから荷馬車の音は聞こえていないから、まだ彼もこの港にいるはずだ。
「もともと港へ荷運びの依頼は入ってて。その間父さんの代わりに近所への配達はおれが行ってたんだ」
「その時に?」
そう、と落ち込んだ声で肯定する。
しかしどうしたものか。カルロの救助をしたい所だが、守りながら戦える方法が今のユールにはない。クエスト内容的には元凶を探れ、だからさっき拝借した『黒闇の薬』とカルロやラモンの証言を使えば公的にセルソも動き出せるだろうし、討伐より救助と証拠を持ち帰る事を優先で考えた方が良いか? どのルートを使うか思案する。
確か入り口が入ってきた門1つ、海に向かって下って左手に開けた馬車を停める広場、右手が現在地の積まれた木箱に囲まれた小屋。
考えがまとまらないうちに、キィン、また甲高い音と脳内が切り替わる感覚。振り返り様に舌打ちをして杖を構え、ユールは敵と向き合った。
「おい! キサマそこで何をやっている!」
「随分テンプレな台詞をどーも! ≪
「ごぶぉばッ!?」
魔力のこもったビーチボール大の水球が思いっきり敵の顔面に命中する。青の鉢巻きを巻いた『キリサメ』の下っ端は、ばしゃりと音を立ててひっくり返り目を回していた。傍には鍵束らしきものが落ちている。
ふむ。これなら倉庫を開けてカルロを救出、ラモンもいるなら声をかけよう。大人よりは子供優先……いや、待てよ。どうしてベールナルドは子供を攫った? ユールは鍵束を拾いつつふと気になった。
もちろん取引の現場をみられてしまったから、というのは理由として大きい。でも十二歳くらいといったらこの世界ではもう働いている子もいる。反撃だってされるかもしれないし、戦力として数えられる子すらいるのだ。それなのになぜ……。
その時、カルロの劈くような声が耳に飛び込んで来た。
「ユール後ろ!」
「な、っぐぅ……!」
「おいおいおい困るなァ、商品を勝手に連れてかれちまったらよォ~」
ナイフで斬りつけられた左腕を庇いながら反撃態勢をとる。後ろから現れた男は、ニタニタと言わんばかりの笑みだ。目元のその黄色い刺青は下品なほどに歪んでいる。
