2,港の異変
目が覚めて諸々を済ませてからIoUにログインしたユールは、真っ先に白魔術士ギルドのエルウィンの所へ報告に向かった。報告を聞くなり、すぐさま彼に連れ出される。行き先はシートレスの中心地にあるポートタワー。そこはシートレスの国の行政機関が集まっている塔で、緊急時には指揮系統が集まる所でもある。その会議室でユールは人を待っていた。
しかし昨夜のショックが大きすぎて、折角ポートタワーの職員がいれてくれた紅茶の香りも分からない。多分良いやつであることは間違いないんだけど。
隣の席のエルウィンが苦笑いしながら、ぼんやりしているユールの目の前で手をひらひらさせる。
「おーい? ユールくん、起きてますか〜?」
「はっ! あ、ああ、わるい。大丈夫だ」
「……そう? ならいいんですが。ほら、もうすぐ二人も来ますよ」
そう言って彼は紅茶の入ったカップを口に運んだ。すると、向こうから元気そうな声が聞こえてくる。扉は勢いよく音を立てて開かれた。
「ユール、エルウィン! お疲れ!」
「やぁ、遅くなってすまない。書類が立て込んでいてな」
やってきたのはディオの他にもう一人。かっちりと着込まれた豪華な装飾付きの軍服、嫌味にならない程度にセットされた緋色の髪、左目の泣きぼくろが特徴的な優男然とした青年こそ、シートレスのトップ、総長であるセルソであった。
きらきらとしたエフェクトを背負って登場した(ように見える)彼はにこ、と微笑んでくれたのだが、エルウィンの溜息に口角をひくりと引き攣らせる。
「本当ですよぉ、呼び出したのはそっちのくせに」
「……普段はお前の方が遅れてくる癖によく言えるなエルウィン? いつもいつもいつもいつも待たされた記憶しかないんだが」
「おやまぁそれはすみませんねぇ」
「この……っ」
わあわあやり取りをしている二人は置いておいて、ちょいちょいと手招きするディオの元へ向かった。どうやら彼らのじゃれあいは本当にいつもの事らしい。あきれたように眉を下げるディオと目が合い、ユールはつい目を逸らした。
いつか彼が死んでしまうかもしれない、ということは今は忘れてしまった方がいい。ゲームを楽しむ上でのノイズになってしまう。それに、態度に出しすぎて不信感を与えてもあまりいい気分ではない。ユールは必死に平常心を装おうとした。
あまりの勢いに首をかしげていたディオだったが、何も聞かずにソファへ腰かける。セルソとエルウィンの二人も挨拶代わりのじゃれあいを終わらせて席につくと、先程のオフの顔から一変して表情を固くした。なにも聞かれなかったことに内心胸を撫で下ろしつつ、ユールも気を引き締める。口火を切ったのはセルソだ。
「ユール、お前のことはそこの二人から聞いている。さっそくだが本題に入ろう。お前達が捕らえた冒険者だが既に聴取は済んでいる。もちろん、エルウィンが気にしている『怪しい薬』とやらについてもだ」
「そうか……。それで、その人はなんて?」
セルソは資料の束とひとつの小瓶を取り出した。その大きさは、酒場で取引がされていた時に冒険者が受け取っていたものに違いない。視線照準を合わせて小瓶に《解析 》をかけてみても、『黒闇の薬』と表示されるだけで詳細はわからない。中身の黒がかった液体はたぷんと音を立てていた。
彼は眉間の皺を揉みながら重々しく口を開く。
「理由としてはありきたりなんだが、冒険者として伸び悩んでいたところ声をかけられたらしい。『強大な能力を手に入れることのできるドリンクがある』、とね。最初に声をかけてきたのは同業者だったが、いつのまにか警備隊の上層部であるベールナルドまで出てきて驚いたそうだ。腹立たしいことに、彼が俺直轄の警備隊の人間だったから信用したと言っていてな……」
本来であればシートレスの街を守る立場であるはずの身内が関わっていることが相当堪えているらしい。表情こそ平静を装っているが、拳を膝において握りしめていた。
「まったく不甲斐ないばかりだよ」
「つっても兄貴は緊急時警備隊に指示できる立場ってだけで、警備隊の組織のトップはまた別の人間なんだし。流石に顔もよく知らねぇヤツのことなんか把握できなくても」
「いや、結果的に自分の部下になる人間の顔と名前くらい覚えているが」
いたって当然、といった風に言う兄セルソとは対照的に、弟であるディオは口をあんぐりと開けている。
「え、それって何人くらいだ……? 百で収まるのか」
「いやいやいや収まらねぇよ、オレだって部隊長してるけど他の隊のヤツなら名前すら知らないのだっているのに!」
「数がどうとか関係ないんですよこの人。まぁ面倒見がいいというか、やりすぎなくらい完璧主義というか……ほんと、いつ寝てるんだか」
ユールの疑問にやれやれと肩を竦め、エルウィンは資料へ手をのばしぱらぱらと捲っている。その声には幼馴染みを気遣うようなニュアンスが感じられた。セルソの良い評判は初めてシートレスへ来た時に住民達から聞いていたけど、なるほど仕事人間というやつかもしれない。
ちら、と彼を見やればにこりと微笑まれる。なるほど、微笑みで人を黙らせるタイプ、というのも追加しておく。こういう手合いは怒らせると面倒くさいのを、ユールは大学の同級生でよーく知っていた。
話の流れを戻すべくユールが薬について尋ねる。すると、どうやら先んじてセルソとエルウィンの二人で情報共有がされていたらしい。今度はエルウィンのほうが唸り出した。
「薬の件なんですけど~……正直お手上げでして……」
「そんなにややこしいのか、この『黒闇の薬』」
ユールの言葉にひとつ頷いた彼は、眼鏡の奥にある若草色の瞳に悔しさを滲ませているのを隠さない。
「薬というから錬金術系かなと思ったんですが違うし、感情に影響を与える薬なんて資料を漁っても前例がないし、どっちかと言えば黒魔術の系統なんですよねぇ……」
資料に目を落としながら皆で考え込む。黒闇の薬、あの黒いもやを生み出すからその名前なのだろうか。そもそも、この薬を冒険者にばらまいてあの酒場にいた警備隊の上官は何のメリットがあるんだろう。ユールが首を傾げるとディオはがりがりと頭をかいて答えた。
「あいつな、警備隊歴はまぁ長いんだけど元々金で買った肩書きというか……実力がある訳じゃねえの。でも文句だけは一丁前」
「これは予想だが……。冒険者たちを暴れさせ生じた混乱に乗じ、色々と言いたいのだろうな」
お見通しとでも言う様にくつくつと笑い、セルソは腕を組んだ。その表情には自信が溢れており、彼の在り方について行く人間も少なからずいるのかもしれない。
「若い俺がこのシートレス総長の座に着いているのも気に食わないのだろうよ。そう簡単に降りてやるつもりもないが」
「わぁ、セルソくん悪い顔」
「何だって?」
「何もないでーす」
にま、と可笑しそうに茶化しているエルウィンだってそのひとりなのだろう。昨日からの短時間で様々な方面からあの薬についてざっと調べられるだけでも実力が垣間見える。ディオだって何かと兄の名前を出していたからさぞ兄弟仲も良いに違いない。
これだけの協力者がいれば、さぞセルソも心強いだろうな。……あっ。
「なあ、この薬そのものを作ったのって別の人間じゃないのか」
ユールの呟きに、三人からの視線が集中する。セルソが視線で続きを促してきた。あまりの圧にたじたじになりながらも、そのまま考えを並べていく。
「ええと、つまりだ。バックにそういうのを作れる誰かがいるからそのベールナルドも大きく出られるというか、強気でいられるんじゃないか? 目的が近い協力者みたいな……」
「それは……一理あるな。そもそもだ、あの野郎がこんな難しそうな薬作れるわけがねぇ」
顎に手を当て、ディオが頷く。らしくないほど厳しい顔をしたエルウィンもいくつか指折り数えて候補をあげた。すぐさま資料を捲り印を付けていくあたり、もう既に目星はつけていたらしい。
「この辺りで黒魔術に強くて、シートレスにとって良くないことを考えそうなのは……例えば人魚 族が率いる賊の『キリサメ』、それから海賊崩れの『ガレオンホープ』、あとは赤髭『バルバロ』もあるかな」
彼が印を付け終わった資料を渡してくれたのでユールも目を通していく。
『キリサメ』は海辺にある小さな漁港を使って違法な商売をしているところで、最近下っ端が逮捕されることも多い集団。積荷を強奪したりと、物流に被害を与えている。特徴は青の鉢巻き。
『ガレオンホープ』はもともと私掠船として登録されていたが、頭領が奴隷貿易で逮捕された。最近新しい頭領がまとめ役として就任したらしく街外れで結託しているとの情報あり。特徴は黄色の刺青。
赤髭『バルバロ』はセルソが総長になる前の大捕物でボスであるバルバロ本人の片腕を使い物にならなくしたため、実質解散状態。だが部下たちの信頼も厚く、矛先がいつ総長に向いてもおかしくない。特徴は赤の紋章。
読み終えたあと、資料がメモの形でユールのアイテム欄に入った。やはりクエストに関わることで間違いない。
「そうと決まれば巡回の強化か。部隊長クラスに共有して……」
「馬鹿。今回は警備隊を迂闊に動かせないんだぞ。そういうわけで、重要なのは君だ」
「ああ、そういうことな」
セルソとディオ、二人のエメラルド色の目に射抜かれる。この兄弟、視線の圧が強いなとユールはふと思った。目力が強いというか、意志の強さがよく表れた瞳というか。ユールの喉がこくりと鳴る。それらを意に介した様子もなく、セルソはあくまで決定事項だと言うように述べた。
「ユール。君にはこの3つの組織について調べて欲しい。どこから、というのは君に一任するよ」
「わかった。調査は多分だけどシートレスの外になるよな?」
ユールは視線をやや上に向けながら頭の中に地図を思い浮かべる。シートレスの街の中もまだ少ししか探索できていないのに外か、と思案していると表情に出ていたのだろう、エルウィンがくすりと笑った。
「安心してください。何もひとりでとは言いませんから」
「ああ。うちの弟を付けよう、力押しが目立つがこのシートレス周辺については詳しいはずだ」
ちら、とセルソは細めた目をディオへと向ける。セルソの言葉に一瞬ぎく、と体を固まらせた彼だったが、ユールに対しては真っ直ぐ笑みを見せ大きく頷いた。また一緒に調査できるなら心強いしありがたい。
「よろしく頼むぜ!」
「ああ、こちらこそ」
「あ、そうだ。依頼内容の更新をしましょう」
更新? と首をかしげていると、また音を立ててウィンドウがポップアップする。確認してみると、エルウィンから受けていた『クエスト:港の異変を探れ』の詳細が少し変わっていた。
『クエスト:港の異変を探れ』
依頼主:セルソ 報酬:2500ピア
引き続き港の異変の調査、そしてシートレスを混沌に陥れる元凶を探し出してほしい。くれぐれも慎重に頼む。
クエストの報酬が上がるということは、ストーリーが進むか難易度が上がるか、あるいはそのどちらかだ。また、街の外での調査がメインになるのであればそれだけ大規模な戦闘が起きてもおかしくない。
派手なエフェクト、ギミックありのエネミーの技。ユールは少し武者震いを起こす腕を撫でさする。セルソはその様子を見て鷹揚に頷いた。
「何かあれば言ってくれ。俺は動けないことも多いがいくらでもやりようはある」
「僕も頼ってくれていいんですよ〜。修行はいつでもつけてあげられますから」
「ありがとう。じゃあ早速行ってくるよ」
どこかこそばゆい気持ちになりながら、手を振るエルウィンたちに見送られディオと共にポートタワーの会議室を出る。
街の外か。そわりとユールの心が浮き足立った。初めてログインした時、ラモンとカルロの親子に馬車に乗せてもらった時以来だ。
レベルの上がった今ならはじめ襲ってこなかったモンスターとだって交戦する可能性があるし、自然豊かな広いワールド内で動き回ることになる。街とはまた違ったIoUの顔を見せてくれることだろう。
「なぁ、ユール。随分楽しそうな顔してんのな」
ディオがひょいと片眉をあげた。彼の言う通りわくわくしているとはいえ、ゲームの中のシートレスに住んでいる本人たちにとっては気分が良くないかもしれない。ユールが慌てて緩む頬を抑えようとすると、彼はけらけら笑いながら首を振った。
「ああ違う違う! 別に責めてるんじゃねえよ」
「え、」
ぱっと顔をあげると、にかりと歯を見せて笑うディオとしっかり目が合った。
「それくらいどーんと構えてたほうが、案外冒険者らしいもんだぜ? つまんなさそうな顔してるよりよっぽど良い!」
彼の背後にある窓から、太陽の光が燦々と差している。
やはり彼は眩しい。そう思いながら階段を降りていくユールの靴音は軽やかだった。
しかし昨夜のショックが大きすぎて、折角ポートタワーの職員がいれてくれた紅茶の香りも分からない。多分良いやつであることは間違いないんだけど。
隣の席のエルウィンが苦笑いしながら、ぼんやりしているユールの目の前で手をひらひらさせる。
「おーい? ユールくん、起きてますか〜?」
「はっ! あ、ああ、わるい。大丈夫だ」
「……そう? ならいいんですが。ほら、もうすぐ二人も来ますよ」
そう言って彼は紅茶の入ったカップを口に運んだ。すると、向こうから元気そうな声が聞こえてくる。扉は勢いよく音を立てて開かれた。
「ユール、エルウィン! お疲れ!」
「やぁ、遅くなってすまない。書類が立て込んでいてな」
やってきたのはディオの他にもう一人。かっちりと着込まれた豪華な装飾付きの軍服、嫌味にならない程度にセットされた緋色の髪、左目の泣きぼくろが特徴的な優男然とした青年こそ、シートレスのトップ、総長であるセルソであった。
きらきらとしたエフェクトを背負って登場した(ように見える)彼はにこ、と微笑んでくれたのだが、エルウィンの溜息に口角をひくりと引き攣らせる。
「本当ですよぉ、呼び出したのはそっちのくせに」
「……普段はお前の方が遅れてくる癖によく言えるなエルウィン? いつもいつもいつもいつも待たされた記憶しかないんだが」
「おやまぁそれはすみませんねぇ」
「この……っ」
わあわあやり取りをしている二人は置いておいて、ちょいちょいと手招きするディオの元へ向かった。どうやら彼らのじゃれあいは本当にいつもの事らしい。あきれたように眉を下げるディオと目が合い、ユールはつい目を逸らした。
いつか彼が死んでしまうかもしれない、ということは今は忘れてしまった方がいい。ゲームを楽しむ上でのノイズになってしまう。それに、態度に出しすぎて不信感を与えてもあまりいい気分ではない。ユールは必死に平常心を装おうとした。
あまりの勢いに首をかしげていたディオだったが、何も聞かずにソファへ腰かける。セルソとエルウィンの二人も挨拶代わりのじゃれあいを終わらせて席につくと、先程のオフの顔から一変して表情を固くした。なにも聞かれなかったことに内心胸を撫で下ろしつつ、ユールも気を引き締める。口火を切ったのはセルソだ。
「ユール、お前のことはそこの二人から聞いている。さっそくだが本題に入ろう。お前達が捕らえた冒険者だが既に聴取は済んでいる。もちろん、エルウィンが気にしている『怪しい薬』とやらについてもだ」
「そうか……。それで、その人はなんて?」
セルソは資料の束とひとつの小瓶を取り出した。その大きさは、酒場で取引がされていた時に冒険者が受け取っていたものに違いない。視線照準を合わせて小瓶に《
彼は眉間の皺を揉みながら重々しく口を開く。
「理由としてはありきたりなんだが、冒険者として伸び悩んでいたところ声をかけられたらしい。『強大な能力を手に入れることのできるドリンクがある』、とね。最初に声をかけてきたのは同業者だったが、いつのまにか警備隊の上層部であるベールナルドまで出てきて驚いたそうだ。腹立たしいことに、彼が俺直轄の警備隊の人間だったから信用したと言っていてな……」
本来であればシートレスの街を守る立場であるはずの身内が関わっていることが相当堪えているらしい。表情こそ平静を装っているが、拳を膝において握りしめていた。
「まったく不甲斐ないばかりだよ」
「つっても兄貴は緊急時警備隊に指示できる立場ってだけで、警備隊の組織のトップはまた別の人間なんだし。流石に顔もよく知らねぇヤツのことなんか把握できなくても」
「いや、結果的に自分の部下になる人間の顔と名前くらい覚えているが」
いたって当然、といった風に言う兄セルソとは対照的に、弟であるディオは口をあんぐりと開けている。
「え、それって何人くらいだ……? 百で収まるのか」
「いやいやいや収まらねぇよ、オレだって部隊長してるけど他の隊のヤツなら名前すら知らないのだっているのに!」
「数がどうとか関係ないんですよこの人。まぁ面倒見がいいというか、やりすぎなくらい完璧主義というか……ほんと、いつ寝てるんだか」
ユールの疑問にやれやれと肩を竦め、エルウィンは資料へ手をのばしぱらぱらと捲っている。その声には幼馴染みを気遣うようなニュアンスが感じられた。セルソの良い評判は初めてシートレスへ来た時に住民達から聞いていたけど、なるほど仕事人間というやつかもしれない。
ちら、と彼を見やればにこりと微笑まれる。なるほど、微笑みで人を黙らせるタイプ、というのも追加しておく。こういう手合いは怒らせると面倒くさいのを、ユールは大学の同級生でよーく知っていた。
話の流れを戻すべくユールが薬について尋ねる。すると、どうやら先んじてセルソとエルウィンの二人で情報共有がされていたらしい。今度はエルウィンのほうが唸り出した。
「薬の件なんですけど~……正直お手上げでして……」
「そんなにややこしいのか、この『黒闇の薬』」
ユールの言葉にひとつ頷いた彼は、眼鏡の奥にある若草色の瞳に悔しさを滲ませているのを隠さない。
「薬というから錬金術系かなと思ったんですが違うし、感情に影響を与える薬なんて資料を漁っても前例がないし、どっちかと言えば黒魔術の系統なんですよねぇ……」
資料に目を落としながら皆で考え込む。黒闇の薬、あの黒いもやを生み出すからその名前なのだろうか。そもそも、この薬を冒険者にばらまいてあの酒場にいた警備隊の上官は何のメリットがあるんだろう。ユールが首を傾げるとディオはがりがりと頭をかいて答えた。
「あいつな、警備隊歴はまぁ長いんだけど元々金で買った肩書きというか……実力がある訳じゃねえの。でも文句だけは一丁前」
「これは予想だが……。冒険者たちを暴れさせ生じた混乱に乗じ、色々と言いたいのだろうな」
お見通しとでも言う様にくつくつと笑い、セルソは腕を組んだ。その表情には自信が溢れており、彼の在り方について行く人間も少なからずいるのかもしれない。
「若い俺がこのシートレス総長の座に着いているのも気に食わないのだろうよ。そう簡単に降りてやるつもりもないが」
「わぁ、セルソくん悪い顔」
「何だって?」
「何もないでーす」
にま、と可笑しそうに茶化しているエルウィンだってそのひとりなのだろう。昨日からの短時間で様々な方面からあの薬についてざっと調べられるだけでも実力が垣間見える。ディオだって何かと兄の名前を出していたからさぞ兄弟仲も良いに違いない。
これだけの協力者がいれば、さぞセルソも心強いだろうな。……あっ。
「なあ、この薬そのものを作ったのって別の人間じゃないのか」
ユールの呟きに、三人からの視線が集中する。セルソが視線で続きを促してきた。あまりの圧にたじたじになりながらも、そのまま考えを並べていく。
「ええと、つまりだ。バックにそういうのを作れる誰かがいるからそのベールナルドも大きく出られるというか、強気でいられるんじゃないか? 目的が近い協力者みたいな……」
「それは……一理あるな。そもそもだ、あの野郎がこんな難しそうな薬作れるわけがねぇ」
顎に手を当て、ディオが頷く。らしくないほど厳しい顔をしたエルウィンもいくつか指折り数えて候補をあげた。すぐさま資料を捲り印を付けていくあたり、もう既に目星はつけていたらしい。
「この辺りで黒魔術に強くて、シートレスにとって良くないことを考えそうなのは……例えば
彼が印を付け終わった資料を渡してくれたのでユールも目を通していく。
『キリサメ』は海辺にある小さな漁港を使って違法な商売をしているところで、最近下っ端が逮捕されることも多い集団。積荷を強奪したりと、物流に被害を与えている。特徴は青の鉢巻き。
『ガレオンホープ』はもともと私掠船として登録されていたが、頭領が奴隷貿易で逮捕された。最近新しい頭領がまとめ役として就任したらしく街外れで結託しているとの情報あり。特徴は黄色の刺青。
赤髭『バルバロ』はセルソが総長になる前の大捕物でボスであるバルバロ本人の片腕を使い物にならなくしたため、実質解散状態。だが部下たちの信頼も厚く、矛先がいつ総長に向いてもおかしくない。特徴は赤の紋章。
読み終えたあと、資料がメモの形でユールのアイテム欄に入った。やはりクエストに関わることで間違いない。
「そうと決まれば巡回の強化か。部隊長クラスに共有して……」
「馬鹿。今回は警備隊を迂闊に動かせないんだぞ。そういうわけで、重要なのは君だ」
「ああ、そういうことな」
セルソとディオ、二人のエメラルド色の目に射抜かれる。この兄弟、視線の圧が強いなとユールはふと思った。目力が強いというか、意志の強さがよく表れた瞳というか。ユールの喉がこくりと鳴る。それらを意に介した様子もなく、セルソはあくまで決定事項だと言うように述べた。
「ユール。君にはこの3つの組織について調べて欲しい。どこから、というのは君に一任するよ」
「わかった。調査は多分だけどシートレスの外になるよな?」
ユールは視線をやや上に向けながら頭の中に地図を思い浮かべる。シートレスの街の中もまだ少ししか探索できていないのに外か、と思案していると表情に出ていたのだろう、エルウィンがくすりと笑った。
「安心してください。何もひとりでとは言いませんから」
「ああ。うちの弟を付けよう、力押しが目立つがこのシートレス周辺については詳しいはずだ」
ちら、とセルソは細めた目をディオへと向ける。セルソの言葉に一瞬ぎく、と体を固まらせた彼だったが、ユールに対しては真っ直ぐ笑みを見せ大きく頷いた。また一緒に調査できるなら心強いしありがたい。
「よろしく頼むぜ!」
「ああ、こちらこそ」
「あ、そうだ。依頼内容の更新をしましょう」
更新? と首をかしげていると、また音を立ててウィンドウがポップアップする。確認してみると、エルウィンから受けていた『クエスト:港の異変を探れ』の詳細が少し変わっていた。
『クエスト:港の異変を探れ』
依頼主:セルソ 報酬:2500ピア
引き続き港の異変の調査、そしてシートレスを混沌に陥れる元凶を探し出してほしい。くれぐれも慎重に頼む。
クエストの報酬が上がるということは、ストーリーが進むか難易度が上がるか、あるいはそのどちらかだ。また、街の外での調査がメインになるのであればそれだけ大規模な戦闘が起きてもおかしくない。
派手なエフェクト、ギミックありのエネミーの技。ユールは少し武者震いを起こす腕を撫でさする。セルソはその様子を見て鷹揚に頷いた。
「何かあれば言ってくれ。俺は動けないことも多いがいくらでもやりようはある」
「僕も頼ってくれていいんですよ〜。修行はいつでもつけてあげられますから」
「ありがとう。じゃあ早速行ってくるよ」
どこかこそばゆい気持ちになりながら、手を振るエルウィンたちに見送られディオと共にポートタワーの会議室を出る。
街の外か。そわりとユールの心が浮き足立った。初めてログインした時、ラモンとカルロの親子に馬車に乗せてもらった時以来だ。
レベルの上がった今ならはじめ襲ってこなかったモンスターとだって交戦する可能性があるし、自然豊かな広いワールド内で動き回ることになる。街とはまた違ったIoUの顔を見せてくれることだろう。
「なぁ、ユール。随分楽しそうな顔してんのな」
ディオがひょいと片眉をあげた。彼の言う通りわくわくしているとはいえ、ゲームの中のシートレスに住んでいる本人たちにとっては気分が良くないかもしれない。ユールが慌てて緩む頬を抑えようとすると、彼はけらけら笑いながら首を振った。
「ああ違う違う! 別に責めてるんじゃねえよ」
「え、」
ぱっと顔をあげると、にかりと歯を見せて笑うディオとしっかり目が合った。
「それくらいどーんと構えてたほうが、案外冒険者らしいもんだぜ? つまんなさそうな顔してるよりよっぽど良い!」
彼の背後にある窓から、太陽の光が燦々と差している。
やはり彼は眩しい。そう思いながら階段を降りていくユールの靴音は軽やかだった。
