1,Welcome to 【イマジニング・オブ・ユートピア】 !!
《転生 》。そのワードに、ディオがぴくりと肩を動かした。顔をちらと覗いてみるとあまりいい顔をしていない。眉間にも深くシワが寄っていた気がするが、瞬きの間に先程と変わらない普通の表情に戻っていた。
おそらくゲーム内でキャラクターが死亡したとしてもホームに設定した都市から再スタートできることを言っているのだろうが、それが何だというのだろう。たしかにNPCは一度死んでしまったら終わりなのはわかるが、そんなに大仰に言うことなのだろうか。
首をひねるユールとライラを見て、くすくすと笑みを零したエルウィンは一冊の絵本を取り出した。古びた色彩で描かれたそれは、この世界における創世記として伝えられているものだという。
「《転生》について話すには、まずはエルシロスの成り立ちというか世界の守護者について話さなきゃなんですが~。まぁここはお告げにも関わる事だから一緒に聞いてもらおうかなぁ。さて自分は関係ないって顔してるディオくん! 彼らに概要を教えてあげてください。大丈夫、ざっくりでいいので」
げっ、と声を出して反応したディオは、嫌そうな顔を隠さない。あまりにも苦虫を嚙み潰したような顔をするので、ユールとライラも笑いを堪えるのに必死だった。その姿を見たエルウィンまでもがけらけら笑いながら促す。
「本当にだいたいしか覚えてねぇからな……えーと、」
――エルシロスは、二人の世界の守護者によってまもられてきました。白のミカリエスと黒のルーキフェル。二人の守護者がそれぞれの理想郷をつくるため豊かにした世界は、争いごとが絶えません。困ったミカリエスは、自分が目にかけていた人間に力を分け与えます。その力を受け継ぐものは、体のどこかにミカリエスの羽のような模様の痣を持って生まれてくるようになりました。たとえ力及ばず倒れたとしても、再び立ち上がり人々を助け守るために帰ってくるのです。そのため、彼らが持つ再び立ち上がる力を《転生 》、と呼ぶようになりました。
「……とまあ、こんな感じか」
「うんうん、まぁ及第点かな! 感心感心」
「誰かさんに散々聞かされたもんでな!」
語り終えたディオは大きく息を吐いて紅茶を飲みほす。思わずユールとライラはぱちぱちと拍手した。
その影で、こそこそとライラがユールに耳打ちをしてくる。
「そんな話だったんだね、初耳」
「あのさ、ライラの方が長くやってるのになんで知らないんだよ」
「いやぁ、あんまりバックストーリー的なのまで見てなくて……。ぶっちゃけストーリーで創世記の話が必要なとこまで行ってなかったというかごにょごにょ……。と、ともかく! ビィセンドはじまりだとこういうのなかった気がするし、しかたないの!」
開き直るライラに適当に相づちを打ちながら、なんとなく話を整理する。まずは創世記。チュートリアルとしてエルウィンの話を聞けたのは当たりだったかもしれない。
全体アナウンスと同時に流れたムービーに出てきた黒の人物はルーキフェルで、キャラメイクの時に出会った白の人物がミカリエスで間違いないだろう。
つまり、ワールドクエストの理想郷が指すものはルーキフェルが目指した理想郷ということになるのだろうか? ディオがだいたいと言っていたし、きっとまだ続きがあるに違いない。そうなってくると考察のしがいがある。耳は話に傾けつつも頭をフル回転させて考え込んでいると、ライラがふとした疑問を口にした。
「そういえば、なんでお告げはファスアの森の女王が受けるの?」
「あぁ、最初にミカリエスが力を与えた人間の子孫が女王の家系の人間だって伝えられてるからですねぇ。だからファスアの王は代々守護者の声を聞くことを役目のひとつとしているんですよ」
「なるほどな」
「上手くできてるもんだね〜」
なるほど、そうやって各都市を回っていくようにシナリオの動線が出来ているのだな、と聞きながらユールは頷く。
お告げのことが書かれた書類を手にとりながら、エルウィンは付け加えた。
「そしてシートレス総長が受け取ったように、各都市の代表に知らされるわけです。今回の内容的には、ざっくり言ってしまうとルーキフェルが動き出そうとしているから、その目論見を止めてくれってこと」
「そのさ、ルーキフェルが動き出すと何が最終的にいちばんまずいとかある? いまいち俺ピンと来てなくて」
ライラのその言葉にうーん、と一瞬考え、エルウィンはいっそ穏やかなまでの微笑みを見せた。
「最終的に、の話にはなりますが。人がこのエルシロスに住めなくなるかな! シンプルに言っちゃうと滅亡って感じですね」
ユールとライラはもちろん、ディオまでもが固まる。応接室の空気の温度がひやりと下がった気がするが、その様子を歯牙にもかけずエルウィンは図書館から持ってきた本をパラパラとめくった。
かつてルーキフェルの力が強まった時、都市の外に出現する魔物の力が増加して人々を襲ってきたのだという。今でこそ均衡が戻りバランスのとれた世界のあり方をしているが、魔物が都市部に侵攻して来たら被害は甚大に違いないだろう。先程歩いて見て回ったシートレスの街は、人々の営みがレンガや石で造られた建物と水とが調和する美しいものだった。それが失われる様というのは、ちょっと想像したくない。
「それ、って結構な問題だよな……?」
「結構どころじゃねぇな。そもそもだ、悔しいがオレたちと来訪者じゃ地力が違う。来訪者の手助けを前提にするのは申し訳ねぇが、そうも言ってられなくなってきたぞ……」
身体を固くして冷や汗を垂らしたディオは顎に手をやり唸っている。
ユールとしては、こうしてワールドクエストに来訪者もNPCも巻き込んでストーリーを展開させていくのだな、と思っていた。これからどう攻略していこうかと考えていたのだが、ディオにぽん、と頭へ手を乗せられて自分の考えが少し甘かったことを痛感する。
「まぁ安心しろユール! オレたちも尽力するし、実力者にもこれから声をかけていくつもりだ。まぁ兄貴と相談してからにはなるけどな」
「ん? うん」
「だから心配せずにシートレスを楽しんでくれよ!」
毒気の無い満面の笑顔でそう言ったディオは、エルウィンに一言挨拶して応接を出ていった。そわそわとしているライラと頭に手をあてているエルウィンがユールの視界に入るが、それどころではない。閉じられた応接室の扉を見ながら、ふつふつと何かが湧いてきたような気がする。
――え、戦力外と言われた?
握りしめた服のすそがくしゃ、と音をたてた。
確かに、今のユールは冒険に出始めたばかりのぽっと出と言っても差し支えないひよっこだ。まだ始めたままのレベル5だし。白魔術士は公式のホームページを見る限り後衛職だ。サポートとして有力かもしれないが対魔物と考えるとどうだろう。攻撃力で言えば心もとないのかもしれない。前衛職であるディオから見ればそりゃあそうだ。しかしゲームであるからにはソロでも戦えるようなスキル構成のはず。レベルが上がればの話ではあるが、他の職業に引けを取ることはないと思う。
ゆらゆらと火が燃え上がるような感覚が心のどこかで沸きあがる。誘われたから始めたゲームではあったが、俄然やる気が出てきた。というより、見てろ! の気持ちが強いかもしれない。AIが会話する上で考えて、始めたてのプレイヤーに対して安心させようとしてくれたのはわかる、わかるけどさ。
「ありゃ、ユールのスイッチ入っちゃった。これはのめり込むぞ〜」
「僕らとしては強力な来訪者が増えることはありがたいんですけどねぇ。多分ディオくんは意識してませんが」
「警備隊だから弱いものを守る、って考えてくれたのかな。一般市民で考えたらそれは間違ってない気がするけど、俺ら一応冒険者だからね。むしろ火付けちゃった感じ」
「せっかくのやる気ですから……よしっ、こうしましょう」
静かに燃えるユールの前にポン、とウィンドウがポップアップする。見てみれば、エルウィンからのクエストが発注されていた。どうやら気を使ってくれたらしい。内容を改めて見るとこうだった。
『クエスト:港の異変を探れ』
依頼主:エルウィン 報酬:1000ピア
最近街の港で怪しげな薬が出回っているとの噂があります。なんでも、人々のマイナスな感情を煽り立てるとか。これが大々的に広まると困ったことになるので、調査をお願いします。
「怪しげな薬?」
「まぁ依頼したとおりなんですが。おそらく出処は市場か……夜の酒場とかですかねぇ。ユールくんお酒は?」
「一応成人してるから平気だ」
エルウィンの目がぱちぱちと瞬く。視界の端でライラが口元を抑えて震えていた。笑いたきゃ笑え。どうせ年齢確認されるのはしょっちゅうですよーだ。
こほん、とエルウィンが咳払いをしたのに合わせて姿勢を正す。
「情報収集の基本は人通りのあるところに赴くことです。薬の出処を掴むか、直接やり取りを見たりすることができれば追いやすいのですが……そこはお任せします。自身の安全は第一で」
「わかった、引き受ける。……その、ありがとうエルウィン」
「どういたしまして。ああそれと、これお好きにどうぞ〜」
ちゃり、と音を立てて渡されたのは鍵だ。どうやらゲストルームを一室貸してくれるらしい。
このゲーム、屋内でログアウトした場合そのまま身体が残る仕様なため、できるだけベッドや部屋を借りてログアウトした方が良いとホームページに書いてあった。実際ゲームがリリースされた直後はプレイヤーキルであったり、NPCによる追い剥ぎなんかもあったらしい。蛮族か?
ユールは始めたてであるし、情報収集するなら拠点があった方がいいと考えていたので今回は甘えることにした。にこりとわらったエルウィンに見送られながら、応接室を後にする。なんだか随分とお膳立てされたようにも思うが、せっかく彼が気遣ってくれたのだ。期待に答えるのが攻略への近道だろう。
「ライラはどうする?」
「んー……ホームに飛んでいろいろ見てみるよ。それから落ちようかな。ワールドクエストが解放されて変わったことあるかもしれないし、俺が見逃してただけかもしれないし。ユールも最初なんだからほどほどにしなね」
「わかってるって。じゃ、お疲れ」
「じゃあねー」
手を振るライラが《転移 》で瞬く間に目の前から消えた。《転移》はエルシロスで暮らす魔力のある人間であれば誰だって使えるらしい。便利なものだ。
ユールがライラと別れる頃には、窓から見えるシートレスの広大な海に赤々とした太陽がゆっくりと沈み始めていた。海がだんだんと赤く染まっていく様が美しいのは、ゲームの中でも現実と変わらない。きっと朝日も変わらず美しいのだろう。こうして景色を楽しむくらいには、ユールはこの世界が、エルシロスのことが気に入り始めていた。
エルウィンが用意してくれたゲストルームを覗いてみれば、応接室同様に豪華ではないものの木製の丈夫そうな調度品がいくつか。テーブルと椅子、シングルベッド。ベッドはシンプルながらも寝心地は良さそうといったところだ。勢いよく音をたてて腰掛けてもしっかりと受け止めてくれるだろう。
ユールはシステムウィンドウを開き、クエストを確認した。現在クエスト受注欄にあるのは先程エルウィンから受けた『クエスト:港の異変を探れ』の一件だけ。やはりワールドクエストは別物扱いらしい。進捗率は変わらないままだ。これからレベルをあげたり、クエストを受けることで進捗率が上がっていくのだろう。
新しい場所に赴いて真っ白な地図を埋めていくように、エルシロスのことを知ることで世界が広がっていくようになっている。これこそがゲームの序盤の楽しみだ。
ディオの行動だって、もしかしたら出会ったレベルによってはあの場で勧誘されることもあり得たのかもしれない。今となってはそれはわからないが、ムカついたのは事実である。夕日の赤い光が差し込む部屋で、ユールの口角が人知れず上がる。ライラにはああ言われたが、まだログアウトするつもりは最初からなかった。
夜が怪しいというのなら、その兆候は夕方から出ていてもおかしくない。会話に特化したAIがこのゲームの売りのひとつであるならば、時間帯によって会話が変わるくらいお手のもののはず。クエストを受けた今なら聞ける話も変わってくるだろう。そもそもまだ街の普段の雰囲気すらつかめていないのに、怪しい場所にいきなり行くなんて愚の骨頂。今のうちに街を歩き回って情報を集め始めたって損はないはずだ。というより、じっとしていられないというのも大きい。食事や睡眠をとるようアラームが知らせる時間までもう少しある。
ユールの頭は先程歩いたシートレスの地図を思い描き、どう情報収集をするか算段をたてていく。浮き足だつ心のまま、夕暮れのシートレスへと飛び出して行った。
おそらくゲーム内でキャラクターが死亡したとしてもホームに設定した都市から再スタートできることを言っているのだろうが、それが何だというのだろう。たしかにNPCは一度死んでしまったら終わりなのはわかるが、そんなに大仰に言うことなのだろうか。
首をひねるユールとライラを見て、くすくすと笑みを零したエルウィンは一冊の絵本を取り出した。古びた色彩で描かれたそれは、この世界における創世記として伝えられているものだという。
「《転生》について話すには、まずはエルシロスの成り立ちというか世界の守護者について話さなきゃなんですが~。まぁここはお告げにも関わる事だから一緒に聞いてもらおうかなぁ。さて自分は関係ないって顔してるディオくん! 彼らに概要を教えてあげてください。大丈夫、ざっくりでいいので」
げっ、と声を出して反応したディオは、嫌そうな顔を隠さない。あまりにも苦虫を嚙み潰したような顔をするので、ユールとライラも笑いを堪えるのに必死だった。その姿を見たエルウィンまでもがけらけら笑いながら促す。
「本当にだいたいしか覚えてねぇからな……えーと、」
――エルシロスは、二人の世界の守護者によってまもられてきました。白のミカリエスと黒のルーキフェル。二人の守護者がそれぞれの理想郷をつくるため豊かにした世界は、争いごとが絶えません。困ったミカリエスは、自分が目にかけていた人間に力を分け与えます。その力を受け継ぐものは、体のどこかにミカリエスの羽のような模様の痣を持って生まれてくるようになりました。たとえ力及ばず倒れたとしても、再び立ち上がり人々を助け守るために帰ってくるのです。そのため、彼らが持つ再び立ち上がる力を《
「……とまあ、こんな感じか」
「うんうん、まぁ及第点かな! 感心感心」
「誰かさんに散々聞かされたもんでな!」
語り終えたディオは大きく息を吐いて紅茶を飲みほす。思わずユールとライラはぱちぱちと拍手した。
その影で、こそこそとライラがユールに耳打ちをしてくる。
「そんな話だったんだね、初耳」
「あのさ、ライラの方が長くやってるのになんで知らないんだよ」
「いやぁ、あんまりバックストーリー的なのまで見てなくて……。ぶっちゃけストーリーで創世記の話が必要なとこまで行ってなかったというかごにょごにょ……。と、ともかく! ビィセンドはじまりだとこういうのなかった気がするし、しかたないの!」
開き直るライラに適当に相づちを打ちながら、なんとなく話を整理する。まずは創世記。チュートリアルとしてエルウィンの話を聞けたのは当たりだったかもしれない。
全体アナウンスと同時に流れたムービーに出てきた黒の人物はルーキフェルで、キャラメイクの時に出会った白の人物がミカリエスで間違いないだろう。
つまり、ワールドクエストの理想郷が指すものはルーキフェルが目指した理想郷ということになるのだろうか? ディオがだいたいと言っていたし、きっとまだ続きがあるに違いない。そうなってくると考察のしがいがある。耳は話に傾けつつも頭をフル回転させて考え込んでいると、ライラがふとした疑問を口にした。
「そういえば、なんでお告げはファスアの森の女王が受けるの?」
「あぁ、最初にミカリエスが力を与えた人間の子孫が女王の家系の人間だって伝えられてるからですねぇ。だからファスアの王は代々守護者の声を聞くことを役目のひとつとしているんですよ」
「なるほどな」
「上手くできてるもんだね〜」
なるほど、そうやって各都市を回っていくようにシナリオの動線が出来ているのだな、と聞きながらユールは頷く。
お告げのことが書かれた書類を手にとりながら、エルウィンは付け加えた。
「そしてシートレス総長が受け取ったように、各都市の代表に知らされるわけです。今回の内容的には、ざっくり言ってしまうとルーキフェルが動き出そうとしているから、その目論見を止めてくれってこと」
「そのさ、ルーキフェルが動き出すと何が最終的にいちばんまずいとかある? いまいち俺ピンと来てなくて」
ライラのその言葉にうーん、と一瞬考え、エルウィンはいっそ穏やかなまでの微笑みを見せた。
「最終的に、の話にはなりますが。人がこのエルシロスに住めなくなるかな! シンプルに言っちゃうと滅亡って感じですね」
ユールとライラはもちろん、ディオまでもが固まる。応接室の空気の温度がひやりと下がった気がするが、その様子を歯牙にもかけずエルウィンは図書館から持ってきた本をパラパラとめくった。
かつてルーキフェルの力が強まった時、都市の外に出現する魔物の力が増加して人々を襲ってきたのだという。今でこそ均衡が戻りバランスのとれた世界のあり方をしているが、魔物が都市部に侵攻して来たら被害は甚大に違いないだろう。先程歩いて見て回ったシートレスの街は、人々の営みがレンガや石で造られた建物と水とが調和する美しいものだった。それが失われる様というのは、ちょっと想像したくない。
「それ、って結構な問題だよな……?」
「結構どころじゃねぇな。そもそもだ、悔しいがオレたちと来訪者じゃ地力が違う。来訪者の手助けを前提にするのは申し訳ねぇが、そうも言ってられなくなってきたぞ……」
身体を固くして冷や汗を垂らしたディオは顎に手をやり唸っている。
ユールとしては、こうしてワールドクエストに来訪者もNPCも巻き込んでストーリーを展開させていくのだな、と思っていた。これからどう攻略していこうかと考えていたのだが、ディオにぽん、と頭へ手を乗せられて自分の考えが少し甘かったことを痛感する。
「まぁ安心しろユール! オレたちも尽力するし、実力者にもこれから声をかけていくつもりだ。まぁ兄貴と相談してからにはなるけどな」
「ん? うん」
「だから心配せずにシートレスを楽しんでくれよ!」
毒気の無い満面の笑顔でそう言ったディオは、エルウィンに一言挨拶して応接を出ていった。そわそわとしているライラと頭に手をあてているエルウィンがユールの視界に入るが、それどころではない。閉じられた応接室の扉を見ながら、ふつふつと何かが湧いてきたような気がする。
――え、戦力外と言われた?
握りしめた服のすそがくしゃ、と音をたてた。
確かに、今のユールは冒険に出始めたばかりのぽっと出と言っても差し支えないひよっこだ。まだ始めたままのレベル5だし。白魔術士は公式のホームページを見る限り後衛職だ。サポートとして有力かもしれないが対魔物と考えるとどうだろう。攻撃力で言えば心もとないのかもしれない。前衛職であるディオから見ればそりゃあそうだ。しかしゲームであるからにはソロでも戦えるようなスキル構成のはず。レベルが上がればの話ではあるが、他の職業に引けを取ることはないと思う。
ゆらゆらと火が燃え上がるような感覚が心のどこかで沸きあがる。誘われたから始めたゲームではあったが、俄然やる気が出てきた。というより、見てろ! の気持ちが強いかもしれない。AIが会話する上で考えて、始めたてのプレイヤーに対して安心させようとしてくれたのはわかる、わかるけどさ。
「ありゃ、ユールのスイッチ入っちゃった。これはのめり込むぞ〜」
「僕らとしては強力な来訪者が増えることはありがたいんですけどねぇ。多分ディオくんは意識してませんが」
「警備隊だから弱いものを守る、って考えてくれたのかな。一般市民で考えたらそれは間違ってない気がするけど、俺ら一応冒険者だからね。むしろ火付けちゃった感じ」
「せっかくのやる気ですから……よしっ、こうしましょう」
静かに燃えるユールの前にポン、とウィンドウがポップアップする。見てみれば、エルウィンからのクエストが発注されていた。どうやら気を使ってくれたらしい。内容を改めて見るとこうだった。
『クエスト:港の異変を探れ』
依頼主:エルウィン 報酬:1000ピア
最近街の港で怪しげな薬が出回っているとの噂があります。なんでも、人々のマイナスな感情を煽り立てるとか。これが大々的に広まると困ったことになるので、調査をお願いします。
「怪しげな薬?」
「まぁ依頼したとおりなんですが。おそらく出処は市場か……夜の酒場とかですかねぇ。ユールくんお酒は?」
「一応成人してるから平気だ」
エルウィンの目がぱちぱちと瞬く。視界の端でライラが口元を抑えて震えていた。笑いたきゃ笑え。どうせ年齢確認されるのはしょっちゅうですよーだ。
こほん、とエルウィンが咳払いをしたのに合わせて姿勢を正す。
「情報収集の基本は人通りのあるところに赴くことです。薬の出処を掴むか、直接やり取りを見たりすることができれば追いやすいのですが……そこはお任せします。自身の安全は第一で」
「わかった、引き受ける。……その、ありがとうエルウィン」
「どういたしまして。ああそれと、これお好きにどうぞ〜」
ちゃり、と音を立てて渡されたのは鍵だ。どうやらゲストルームを一室貸してくれるらしい。
このゲーム、屋内でログアウトした場合そのまま身体が残る仕様なため、できるだけベッドや部屋を借りてログアウトした方が良いとホームページに書いてあった。実際ゲームがリリースされた直後はプレイヤーキルであったり、NPCによる追い剥ぎなんかもあったらしい。蛮族か?
ユールは始めたてであるし、情報収集するなら拠点があった方がいいと考えていたので今回は甘えることにした。にこりとわらったエルウィンに見送られながら、応接室を後にする。なんだか随分とお膳立てされたようにも思うが、せっかく彼が気遣ってくれたのだ。期待に答えるのが攻略への近道だろう。
「ライラはどうする?」
「んー……ホームに飛んでいろいろ見てみるよ。それから落ちようかな。ワールドクエストが解放されて変わったことあるかもしれないし、俺が見逃してただけかもしれないし。ユールも最初なんだからほどほどにしなね」
「わかってるって。じゃ、お疲れ」
「じゃあねー」
手を振るライラが《
ユールがライラと別れる頃には、窓から見えるシートレスの広大な海に赤々とした太陽がゆっくりと沈み始めていた。海がだんだんと赤く染まっていく様が美しいのは、ゲームの中でも現実と変わらない。きっと朝日も変わらず美しいのだろう。こうして景色を楽しむくらいには、ユールはこの世界が、エルシロスのことが気に入り始めていた。
エルウィンが用意してくれたゲストルームを覗いてみれば、応接室同様に豪華ではないものの木製の丈夫そうな調度品がいくつか。テーブルと椅子、シングルベッド。ベッドはシンプルながらも寝心地は良さそうといったところだ。勢いよく音をたてて腰掛けてもしっかりと受け止めてくれるだろう。
ユールはシステムウィンドウを開き、クエストを確認した。現在クエスト受注欄にあるのは先程エルウィンから受けた『クエスト:港の異変を探れ』の一件だけ。やはりワールドクエストは別物扱いらしい。進捗率は変わらないままだ。これからレベルをあげたり、クエストを受けることで進捗率が上がっていくのだろう。
新しい場所に赴いて真っ白な地図を埋めていくように、エルシロスのことを知ることで世界が広がっていくようになっている。これこそがゲームの序盤の楽しみだ。
ディオの行動だって、もしかしたら出会ったレベルによってはあの場で勧誘されることもあり得たのかもしれない。今となってはそれはわからないが、ムカついたのは事実である。夕日の赤い光が差し込む部屋で、ユールの口角が人知れず上がる。ライラにはああ言われたが、まだログアウトするつもりは最初からなかった。
夜が怪しいというのなら、その兆候は夕方から出ていてもおかしくない。会話に特化したAIがこのゲームの売りのひとつであるならば、時間帯によって会話が変わるくらいお手のもののはず。クエストを受けた今なら聞ける話も変わってくるだろう。そもそもまだ街の普段の雰囲気すらつかめていないのに、怪しい場所にいきなり行くなんて愚の骨頂。今のうちに街を歩き回って情報を集め始めたって損はないはずだ。というより、じっとしていられないというのも大きい。食事や睡眠をとるようアラームが知らせる時間までもう少しある。
ユールの頭は先程歩いたシートレスの地図を思い描き、どう情報収集をするか算段をたてていく。浮き足だつ心のまま、夕暮れのシートレスへと飛び出して行った。
