1,Welcome to 【イマジニング・オブ・ユートピア】 !!
市場の屋台というと思い浮かべるのは肉や魚の串であったり、芋を揚げたものであったり様々である。海が近いから海産物ももちろん多い。食べることが好きなユールにとってシートレスの市場は宝の山だった。
「うわこの漁師風シートレス焼きうま。ハーブか何か効いてんのかな……むぐ、白身魚と……もぐ、トマトかなこれ、んま」
「やっぱ気にいると思ったよ、焦らず食べな」
屋台の店主が笑うくらい、ユールは魚の串焼きに食らいついていた。アイテムとしての詳細を見ていないから細かいことは分からないけれど、現実とそう変わらない食感と味覚が脳を楽しませているのを感じる。
白身魚の焼き加減は抜群でふっくらジューシーだし、トマトもバジルみたいなハーブの味付けと相まって美味しく、屋台の串焼きという手軽さでいくらでも食べたくなる。バーチャル世界での食事だからといって侮れない。名残惜しく手に付いたタレまでぺろりと舐めてしまうほどだった。これからエルシロスの美味しいものを色々食べるのもいいかもしれない。……流石に、呑気すぎるか?
「呑気なくらいでいいんじゃない? 焦ってどうにかなるものでもないし」
「それもそうか。ごちそうさま」
串を片付けて改めて噴水広場を見てみると、人の多さに驚く。視線誘導で対象を見てみてもNPCが多いことから、本当にこの世界で暮らしている人々の営みの中に居ると実感した。
ふと、その中に一際人だかりができている場所があることに気づく。よく見てみると、子供たちが一人の男を囲み話し込んでいるようだ。
「ね~ディオあそぼうよ!」
「今度勝負してくれるって言ってただろー!」
「いやぁ遊んでやりたいのは山々だけどな……仕事中なんだよ」
どうやら一緒にいた同僚であろう別の男は子供達の相手を彼に任せて他の場所へ歩いていった。軽口を叩きながら手慣れたように去っていったから、この景色も見慣れたものなのだろう。
子供達は彼の服の裾を引っ張ったり手をひいたりしながら、構って欲しげにじゃれついている。
「えーつまんなーい!」
「だいたいお前ら、エルウィンの授業はどうした?」
「先生なら図書館にこもっちゃって今日はお休みなの」
「『街を見て回るのも勉強だよ』って! 好きなものをえらんで、次までにまとめてきなさいって!」
「体よく帰しただけじゃねぇのかそれ……おっ、」
ばちっ、と男とユールの目が合った。まず目に飛び込んでくるのは逆立られた色鮮やかな赤髪だ。太陽の光を浴びてより色彩がはっきりして見える。というか、声をどこかで聞いた事があるような。そんな彼が子供たちに手を振り別れを告げ、ずんずんとこちらに向かってくる。……向かってくる?
「ようライラ! こっちに来てたのか」
「久しぶりだねぇディオ。元気してた?」
「まぁ変わらずって所だな。で、隣のお前は……」
「ユール。シートレスには来たばかりだけど、よろしく」
「おう! オレはクラウディオ。っていっても、皆はディオって呼ぶぜ! よろしくな!」
手を差し出してにかりと笑うディオを見て、ユールは目を細めたくなった。あまりにも眩しく感じたからだ。子供に好かれるのもわかるし、確かラモンも彼が所属する警備隊の優秀さを語っていたっけ。握手した手の温かさに、そりゃあ人に好かれるタイプの人間なわけだと思った。
「ディオはいつもの巡回?」
「午前はな。でもこのあとエルウィンの所に書類持ってけって兄貴が。ファスアの森の女王がお告げを受けたってんでその件だと思う」
それを聞いてユールはもしや、と思った。お告げというのは来訪者、つまりはプレイヤーにとっての全体アナウンスで、NPC達にとってはお告げとやらがそれにあたるのではないだろうか?
ライラも同じようなことを考えたらしく、ラッキーだとばかりに同行を願い出ている。
「別に一緒に行く分にはいいけどよ」
「本当!? 助かる〜! 俺白魔術士ギルドのほう行ったことないからエルウィンと面識ないんだよね」
「そうなのか? あ、確かにライラがヒーラーしてるイメージ無いな」
「否定はしなーい。魔物殴ってる方がやりやすくって」
「オレもだな! 前に出てる方が性に合ってる」
ああ、とユールは独り言ちる。ディオの声を聞いたことがあるのは、おそらくゲームを始める前のCMだ。NPCを担当する声優がゲームのCMのナレーションをするのはよくある事だし、納得である。つまりは、それだけ重要だとか、プレイヤーにとって印象に残るキャラクターなのかもしれない。
やっと腑に落ちたところで二人と白魔術士ギルドに足を向ける。どちらかと言えば街の中心地にある噴水広場や警備隊の詰所とは違い、港を見下ろせる高台に図書館と併設した白魔術士ギルドはあるらしい。
「なぁ、エルウィンってどんな人なんだ? なんか話が長いってことは聞いてるんだが」
「あー……チビ達からしたらそうだろうな。なんていうか、理論派? エルシロスにおける魔力の流れとか色々研究してるというか、気になったら本や実地で調べる人なんだけどよ」
会いに行く人物について聞くと、心地いい風とは裏腹にディオは渋い顔をした。言いづらそうに口元をもごもごとさせている。どうやら彼の兄であるセルソとエルウィンは幼い頃からの仲であるらしく、色々と言いたいことがあるようだった。
エルウィンは当代一の白魔導士と名高いが、実力はあるもののその分生活力があまり無いんだとか。おかげで昔からそのとばっちりがディオとセルソに来るらしい。
「あの人食事とか睡眠全部放り投げて徹夜何日、っていうのがザラなんだよ。んで、ある程度落ち着いたらぶっ倒れる。……流石に今日は連絡行ってるとは思うんだが」
「あ~……なんか、その人と仲良くなれそう」
「ユールも課題で根詰める時とか新しい事始めた時ぜんっぜん反応してくれないよね。集中力あるのはいいんだけどさぁ」
「なんだお前もそのタイプか! そりゃあ気をつけねぇとな」
呆れたように肩をすくめるライラの隣で、ディオがからからと笑っていた。
ちなみにユールの場合、集中力が切れるタイミングはだいたい直接声をかけられるか、腹が鳴ったらである。そういう訳なので、フルダイブでゲームをしている時は食事や睡眠を一定時間取っていなかったらアラームが鳴るようにしてあるのだ。
それから坂を登ってしばらく。高台にある二階建ての屋敷が二棟並んで建っている場所に辿り着くと、ディオは白い扉のほうを開けてどんどん進んでいった。旧知の仲というのは本当なようで、遠慮がない。慌ててユールとライラは後を追いかける。
どうやらこちらの建物が図書館らしく、利用する住民もちらほらと見受けられた。しかし目的のギルドマスターが見当たらず三人で探していると、受付の老人から二階の扉へと案内される。
「ギルドマスターならこちらの書庫にいらっしゃいますよ。どうやらお告げ関連の本を漁ってくるとの事で……」
「その件で来たからちょうどいい。ありがとな爺さん」
「いえいえ。何卒お願いいたします」
一礼した老人が扉を開けると、天井に着くかと思われる程の本棚がずらりと並んでいる部屋だった。ドーム型の天井にある窓からはさんさんと太陽の光が差し込んでいる。
その部屋の中心で、机に積み上げた沢山の本に埋もれるようにして座る小柄な男性が一人いた。スポットライトのように室内へ差し込んだ光に、ふわふわとした明るい若草色の髪が照らされている。その人物の目は真剣そのもので書物の文字を追っていた。彼が噂のエルウィンなのだろう。
時折、ひょいひょいと本が勝手に本棚へ戻って行ったり抜き出されて飛んできた。それを避けながらディオが声をかける。しかし聞こえていないどころか、邪魔者を攻撃するかのように椅子に備え付けてあったクッションや机の上のノートまでもが飛んできた。
慌てたような声を上げつつもライラはこのゲームに慣れているからかネコ科の獣人だからか、ひょいひょいとうまく避けている。ディオだって冷静に見極めて飛んできたものを払い除けたりしていた。
一方で、ユールは他のゲームで鍛えた反射神経で物を目で追う事はできるものの、まだレベルも低く避けるので精いっぱいであった。
「うぎゃ――ッ!?」
「本当に聞こえてないんだなこれ……っ! うわ、」
「あっぶねぇ! わりぃユール、ちょっとの間隠れてろよ!」
ユールの死角から飛んできたノートはディオに叩き落とされた。そのまま彼に引き寄せられ、背後に庇われる。同性でもはっとしてしまうような鍛え上げられた背中が目の前にあった。
「あ、と、悪い、ディオ大丈夫か?」
「これくらいどうってことねぇよ。しっかし埒が明かねぇな……しょうがねぇ。おい、おいエルウィン! それ以上やるなら兄貴呼ぶぞ!」
「………………えぇ〜……それは、こまりますねぇ」
ディオのほぼ叫びのような言葉にぴた、と物が飛んでくるのが止まる。のっそりと本から顔を起こしたエルウィンは、ずれた丸眼鏡をかけ直した。
どこかぼんやりとしていた若草色の目がうろうろと彷徨い、ユールと目が合った瞬間カッ! と見開かれる。気づけばエルウィンは、彼の丸眼鏡の下のそばかすが見えるくらいユールの目と鼻の先にまで来ていた。力強く握られた腕がぶんぶんと振られる。さきほどのぼんやりとした表情はどこへやら、ユールの目に映るエルウィンの目は光を反射しているようにキラキラとまばゆく見えた。
「わぁ〜! 新しい来訪者さんですね? 僕はエルウィンと申します!」
「えっ? ゆ、ユールです……」
「ユールくん! ふむふむ! 君の痣は何処に……あっ左手の甲! いやぁ実にメジャーなところにありますね! そういう場合魔力は扱い易い素直な性質を持っている方が多い傾向にありますのできっとヒーラー……回復に向いた魔力だと思います! いやー嬉しいなぁもちろん白魔術士ギルドに来てくれますよね? あっ、僕がギルドマスターをやってまして……」
「あー……と、ええとだな、」
「ああもう、そこまで! ユールが困ってんだろ」
勢いに押されたじたじでいると、見かねたディオが引き剥がしてくれた。エルウィンはきょとりとして首をかしげている。
「おやまぁディオくんいたんですか。こんにちは」
「こんにちはじゃねぇよずっといたわ!」
「いやぁ、噂には聞いてたけどすごい人なんだねぇ……」
「む、今日はお客さんがいっぱいですね!獣人 族の君の痣はどちらに……」
ぎらりと目を光らせてライラへ飛び付こうとしたのを、ディオが慌てて彼の首根っこを捕まえて止める。ぶぅ、とふくれた顔をしたエルウィンをたしなめながら、ディオは封筒を差し出した。そこにはシートレスの紋章が捺されており、国のまとめ役である総長セルソからの正式なものであることが窺える。
封筒をあけてざっと手元の書類に目を通したエルウィンは何度か頷くと、ふぅ、とため息をついた。彼が視線を落としたまま指であちこちを指すと、その方向へ勝手に本やクッションが戻っていく。目線は手元の書類にあるのに物がひとりでに元あった場所へ帰っていく様子は圧巻で、ライラもユールもきょろきょろしながら目で追っていた。
あらかた片付け終わった後、数冊足元に残った本を抱え上げたエルウィンは書庫の扉を開けてすたすたと歩き始める。図書館から隣の建物へ向かうのに渡り廊下があって、そちらへ向かうらしかった。
エルウィンが説明もせずにどんどん進んで行くのはいつもの事のようで、ディオは諦めたように首を振ってユール達を手招きする。
石造りの渡り廊下を進んだ先にある屋敷は、一階が白魔導士ギルド。二階がエルウィンの住居スペース兼個人書庫。ちなみに地下には訓練所もあるとのことだ。その中の重厚な扉を開けると、豪華ではないがしっかりした調度品に囲まれた応接室があった。
革張りのソファに腰掛けたエルウィンは書類をテーブルに置きにこりと微笑む。
「さて! 改めてようこそ、白魔術士ギルドへ。僕がギルドマスターのエルウィンです。来訪者のお二人を歓迎します」
「ど、どうも」
「お告げのことについて聞きに来た、ということでいいんですかね?」
「あ、それに加えて来訪者について詳しく教えてもらえると助かる」
かしこまって頭を下げたライラの隣でユールが言うと、エルウィンは目を瞬かせた。君たちの方が詳しいでしょうに、と前置きし、静かな動作でユールの手を指さした。
「そうですねぇ……じゃあまずは来訪者からいきましょうか。ユールくんの左手の甲にある痣、これがいわゆる来訪者の証です。これは古来よりエルシロスを訪れた来訪者達にあったと言われています。この痣を有する者は皆、不思議な力を持っていました」
「不思議な力……」
腑に落とそうとおうむ返しをするユールに、エルウィンはこくりと頷いた。
「まずは魔物、人を問わず戦う相手の力量を見ただけで測ることができる《解析 》。これ、案外来訪者達本人は気にしていませんが僕らからしたらすごい事なんですよ。僕らも経験でだいたいの戦力を測ることはできますが、正確には無理です」
力量を測る。つまりは相手のレベルや職業……戦い方を知ることができる。確かにこれは来訪者、もといプレイヤーの特権だろう。対象に照準を合わせるだけでスキルなどの情報を開示できるのは、ゲームをする人間からしたら当たり前のことだが、NPCたちからするとそうではない。この世界に生きる人間からしたら自衛のために知っておきたいことだろうから、特別だと言われるのも納得だ。
納得した様子のユールたちを見てエルウィンはひとつ頷くと、人差し指をす、と立てた。
「そしてもうひとつ。これが一番の不思議な力。――《転生 》です」
「うわこの漁師風シートレス焼きうま。ハーブか何か効いてんのかな……むぐ、白身魚と……もぐ、トマトかなこれ、んま」
「やっぱ気にいると思ったよ、焦らず食べな」
屋台の店主が笑うくらい、ユールは魚の串焼きに食らいついていた。アイテムとしての詳細を見ていないから細かいことは分からないけれど、現実とそう変わらない食感と味覚が脳を楽しませているのを感じる。
白身魚の焼き加減は抜群でふっくらジューシーだし、トマトもバジルみたいなハーブの味付けと相まって美味しく、屋台の串焼きという手軽さでいくらでも食べたくなる。バーチャル世界での食事だからといって侮れない。名残惜しく手に付いたタレまでぺろりと舐めてしまうほどだった。これからエルシロスの美味しいものを色々食べるのもいいかもしれない。……流石に、呑気すぎるか?
「呑気なくらいでいいんじゃない? 焦ってどうにかなるものでもないし」
「それもそうか。ごちそうさま」
串を片付けて改めて噴水広場を見てみると、人の多さに驚く。視線誘導で対象を見てみてもNPCが多いことから、本当にこの世界で暮らしている人々の営みの中に居ると実感した。
ふと、その中に一際人だかりができている場所があることに気づく。よく見てみると、子供たちが一人の男を囲み話し込んでいるようだ。
「ね~ディオあそぼうよ!」
「今度勝負してくれるって言ってただろー!」
「いやぁ遊んでやりたいのは山々だけどな……仕事中なんだよ」
どうやら一緒にいた同僚であろう別の男は子供達の相手を彼に任せて他の場所へ歩いていった。軽口を叩きながら手慣れたように去っていったから、この景色も見慣れたものなのだろう。
子供達は彼の服の裾を引っ張ったり手をひいたりしながら、構って欲しげにじゃれついている。
「えーつまんなーい!」
「だいたいお前ら、エルウィンの授業はどうした?」
「先生なら図書館にこもっちゃって今日はお休みなの」
「『街を見て回るのも勉強だよ』って! 好きなものをえらんで、次までにまとめてきなさいって!」
「体よく帰しただけじゃねぇのかそれ……おっ、」
ばちっ、と男とユールの目が合った。まず目に飛び込んでくるのは逆立られた色鮮やかな赤髪だ。太陽の光を浴びてより色彩がはっきりして見える。というか、声をどこかで聞いた事があるような。そんな彼が子供たちに手を振り別れを告げ、ずんずんとこちらに向かってくる。……向かってくる?
「ようライラ! こっちに来てたのか」
「久しぶりだねぇディオ。元気してた?」
「まぁ変わらずって所だな。で、隣のお前は……」
「ユール。シートレスには来たばかりだけど、よろしく」
「おう! オレはクラウディオ。っていっても、皆はディオって呼ぶぜ! よろしくな!」
手を差し出してにかりと笑うディオを見て、ユールは目を細めたくなった。あまりにも眩しく感じたからだ。子供に好かれるのもわかるし、確かラモンも彼が所属する警備隊の優秀さを語っていたっけ。握手した手の温かさに、そりゃあ人に好かれるタイプの人間なわけだと思った。
「ディオはいつもの巡回?」
「午前はな。でもこのあとエルウィンの所に書類持ってけって兄貴が。ファスアの森の女王がお告げを受けたってんでその件だと思う」
それを聞いてユールはもしや、と思った。お告げというのは来訪者、つまりはプレイヤーにとっての全体アナウンスで、NPC達にとってはお告げとやらがそれにあたるのではないだろうか?
ライラも同じようなことを考えたらしく、ラッキーだとばかりに同行を願い出ている。
「別に一緒に行く分にはいいけどよ」
「本当!? 助かる〜! 俺白魔術士ギルドのほう行ったことないからエルウィンと面識ないんだよね」
「そうなのか? あ、確かにライラがヒーラーしてるイメージ無いな」
「否定はしなーい。魔物殴ってる方がやりやすくって」
「オレもだな! 前に出てる方が性に合ってる」
ああ、とユールは独り言ちる。ディオの声を聞いたことがあるのは、おそらくゲームを始める前のCMだ。NPCを担当する声優がゲームのCMのナレーションをするのはよくある事だし、納得である。つまりは、それだけ重要だとか、プレイヤーにとって印象に残るキャラクターなのかもしれない。
やっと腑に落ちたところで二人と白魔術士ギルドに足を向ける。どちらかと言えば街の中心地にある噴水広場や警備隊の詰所とは違い、港を見下ろせる高台に図書館と併設した白魔術士ギルドはあるらしい。
「なぁ、エルウィンってどんな人なんだ? なんか話が長いってことは聞いてるんだが」
「あー……チビ達からしたらそうだろうな。なんていうか、理論派? エルシロスにおける魔力の流れとか色々研究してるというか、気になったら本や実地で調べる人なんだけどよ」
会いに行く人物について聞くと、心地いい風とは裏腹にディオは渋い顔をした。言いづらそうに口元をもごもごとさせている。どうやら彼の兄であるセルソとエルウィンは幼い頃からの仲であるらしく、色々と言いたいことがあるようだった。
エルウィンは当代一の白魔導士と名高いが、実力はあるもののその分生活力があまり無いんだとか。おかげで昔からそのとばっちりがディオとセルソに来るらしい。
「あの人食事とか睡眠全部放り投げて徹夜何日、っていうのがザラなんだよ。んで、ある程度落ち着いたらぶっ倒れる。……流石に今日は連絡行ってるとは思うんだが」
「あ~……なんか、その人と仲良くなれそう」
「ユールも課題で根詰める時とか新しい事始めた時ぜんっぜん反応してくれないよね。集中力あるのはいいんだけどさぁ」
「なんだお前もそのタイプか! そりゃあ気をつけねぇとな」
呆れたように肩をすくめるライラの隣で、ディオがからからと笑っていた。
ちなみにユールの場合、集中力が切れるタイミングはだいたい直接声をかけられるか、腹が鳴ったらである。そういう訳なので、フルダイブでゲームをしている時は食事や睡眠を一定時間取っていなかったらアラームが鳴るようにしてあるのだ。
それから坂を登ってしばらく。高台にある二階建ての屋敷が二棟並んで建っている場所に辿り着くと、ディオは白い扉のほうを開けてどんどん進んでいった。旧知の仲というのは本当なようで、遠慮がない。慌ててユールとライラは後を追いかける。
どうやらこちらの建物が図書館らしく、利用する住民もちらほらと見受けられた。しかし目的のギルドマスターが見当たらず三人で探していると、受付の老人から二階の扉へと案内される。
「ギルドマスターならこちらの書庫にいらっしゃいますよ。どうやらお告げ関連の本を漁ってくるとの事で……」
「その件で来たからちょうどいい。ありがとな爺さん」
「いえいえ。何卒お願いいたします」
一礼した老人が扉を開けると、天井に着くかと思われる程の本棚がずらりと並んでいる部屋だった。ドーム型の天井にある窓からはさんさんと太陽の光が差し込んでいる。
その部屋の中心で、机に積み上げた沢山の本に埋もれるようにして座る小柄な男性が一人いた。スポットライトのように室内へ差し込んだ光に、ふわふわとした明るい若草色の髪が照らされている。その人物の目は真剣そのもので書物の文字を追っていた。彼が噂のエルウィンなのだろう。
時折、ひょいひょいと本が勝手に本棚へ戻って行ったり抜き出されて飛んできた。それを避けながらディオが声をかける。しかし聞こえていないどころか、邪魔者を攻撃するかのように椅子に備え付けてあったクッションや机の上のノートまでもが飛んできた。
慌てたような声を上げつつもライラはこのゲームに慣れているからかネコ科の獣人だからか、ひょいひょいとうまく避けている。ディオだって冷静に見極めて飛んできたものを払い除けたりしていた。
一方で、ユールは他のゲームで鍛えた反射神経で物を目で追う事はできるものの、まだレベルも低く避けるので精いっぱいであった。
「うぎゃ――ッ!?」
「本当に聞こえてないんだなこれ……っ! うわ、」
「あっぶねぇ! わりぃユール、ちょっとの間隠れてろよ!」
ユールの死角から飛んできたノートはディオに叩き落とされた。そのまま彼に引き寄せられ、背後に庇われる。同性でもはっとしてしまうような鍛え上げられた背中が目の前にあった。
「あ、と、悪い、ディオ大丈夫か?」
「これくらいどうってことねぇよ。しっかし埒が明かねぇな……しょうがねぇ。おい、おいエルウィン! それ以上やるなら兄貴呼ぶぞ!」
「………………えぇ〜……それは、こまりますねぇ」
ディオのほぼ叫びのような言葉にぴた、と物が飛んでくるのが止まる。のっそりと本から顔を起こしたエルウィンは、ずれた丸眼鏡をかけ直した。
どこかぼんやりとしていた若草色の目がうろうろと彷徨い、ユールと目が合った瞬間カッ! と見開かれる。気づけばエルウィンは、彼の丸眼鏡の下のそばかすが見えるくらいユールの目と鼻の先にまで来ていた。力強く握られた腕がぶんぶんと振られる。さきほどのぼんやりとした表情はどこへやら、ユールの目に映るエルウィンの目は光を反射しているようにキラキラとまばゆく見えた。
「わぁ〜! 新しい来訪者さんですね? 僕はエルウィンと申します!」
「えっ? ゆ、ユールです……」
「ユールくん! ふむふむ! 君の痣は何処に……あっ左手の甲! いやぁ実にメジャーなところにありますね! そういう場合魔力は扱い易い素直な性質を持っている方が多い傾向にありますのできっとヒーラー……回復に向いた魔力だと思います! いやー嬉しいなぁもちろん白魔術士ギルドに来てくれますよね? あっ、僕がギルドマスターをやってまして……」
「あー……と、ええとだな、」
「ああもう、そこまで! ユールが困ってんだろ」
勢いに押されたじたじでいると、見かねたディオが引き剥がしてくれた。エルウィンはきょとりとして首をかしげている。
「おやまぁディオくんいたんですか。こんにちは」
「こんにちはじゃねぇよずっといたわ!」
「いやぁ、噂には聞いてたけどすごい人なんだねぇ……」
「む、今日はお客さんがいっぱいですね!
ぎらりと目を光らせてライラへ飛び付こうとしたのを、ディオが慌てて彼の首根っこを捕まえて止める。ぶぅ、とふくれた顔をしたエルウィンをたしなめながら、ディオは封筒を差し出した。そこにはシートレスの紋章が捺されており、国のまとめ役である総長セルソからの正式なものであることが窺える。
封筒をあけてざっと手元の書類に目を通したエルウィンは何度か頷くと、ふぅ、とため息をついた。彼が視線を落としたまま指であちこちを指すと、その方向へ勝手に本やクッションが戻っていく。目線は手元の書類にあるのに物がひとりでに元あった場所へ帰っていく様子は圧巻で、ライラもユールもきょろきょろしながら目で追っていた。
あらかた片付け終わった後、数冊足元に残った本を抱え上げたエルウィンは書庫の扉を開けてすたすたと歩き始める。図書館から隣の建物へ向かうのに渡り廊下があって、そちらへ向かうらしかった。
エルウィンが説明もせずにどんどん進んで行くのはいつもの事のようで、ディオは諦めたように首を振ってユール達を手招きする。
石造りの渡り廊下を進んだ先にある屋敷は、一階が白魔導士ギルド。二階がエルウィンの住居スペース兼個人書庫。ちなみに地下には訓練所もあるとのことだ。その中の重厚な扉を開けると、豪華ではないがしっかりした調度品に囲まれた応接室があった。
革張りのソファに腰掛けたエルウィンは書類をテーブルに置きにこりと微笑む。
「さて! 改めてようこそ、白魔術士ギルドへ。僕がギルドマスターのエルウィンです。来訪者のお二人を歓迎します」
「ど、どうも」
「お告げのことについて聞きに来た、ということでいいんですかね?」
「あ、それに加えて来訪者について詳しく教えてもらえると助かる」
かしこまって頭を下げたライラの隣でユールが言うと、エルウィンは目を瞬かせた。君たちの方が詳しいでしょうに、と前置きし、静かな動作でユールの手を指さした。
「そうですねぇ……じゃあまずは来訪者からいきましょうか。ユールくんの左手の甲にある痣、これがいわゆる来訪者の証です。これは古来よりエルシロスを訪れた来訪者達にあったと言われています。この痣を有する者は皆、不思議な力を持っていました」
「不思議な力……」
腑に落とそうとおうむ返しをするユールに、エルウィンはこくりと頷いた。
「まずは魔物、人を問わず戦う相手の力量を見ただけで測ることができる《
力量を測る。つまりは相手のレベルや職業……戦い方を知ることができる。確かにこれは来訪者、もといプレイヤーの特権だろう。対象に照準を合わせるだけでスキルなどの情報を開示できるのは、ゲームをする人間からしたら当たり前のことだが、NPCたちからするとそうではない。この世界に生きる人間からしたら自衛のために知っておきたいことだろうから、特別だと言われるのも納得だ。
納得した様子のユールたちを見てエルウィンはひとつ頷くと、人差し指をす、と立てた。
「そしてもうひとつ。これが一番の不思議な力。――《
