1,Welcome to 【イマジニング・オブ・ユートピア】 !!
ガタゴトと音をたてる何かに揺られて目を開くと、髪が風に吹かれて舞っている。まわりを見回すと草原を走る馬車の中だった。正しくは荷馬車だろうか、その荷台にあたるところで眠っていたらしい。景色の色鮮やかさも、潮風の少しべたつく感じも、バーチャル世界の中のものとは思えないほど五感に訴えかけてくる。悠 が……もとい、ゲームの中の世界でこれから生きるユールが脳を覚醒させようと頭を振っていれば、目の前に座っている恰幅のいい男が声をかけてきた。
「おお兄ちゃん、目ぇ覚めたか!」
「ああ……ここは、ええと」
「今はそうだなぁ、シートレスとビィセンドの間の港を出てすぐの……地図で言うとこのあたりな」
そう言って見せてもらった地図は当然日本のものではなくエルシロスの、この世界のものだった。今走っている街道を真っ直ぐ道なりに進むと、はじまりの国であるシートレスにたどり着くらしい。
自分は一体何をしていたんだったか。確かIoUにログインして、変な奴二人に会って、白い光に包まれてそれから……。
ぼんやりとしていると、豪快な笑い声と共に水筒を渡される。一口飲めばよく冷えた水が喉を潤して、頭を少しだけはっきりとさせた。
「にしても驚いたわ。配達終わったと思ったら灯台の所に人が倒れてるんだもんよ。ウチの息子が気付いたから良かったものの、魔物に襲われていたらお前さん危なかったぞ?」
「いやぁそれはそうなんだけど……」
「訳有りか」
「まぁ、そんなところです」
前の操縦席で手綱を握っている十二歳くらいの金髪の少年、カルロが命の恩人らしい。恰幅のいい男はラモンと名乗った。こちらも名乗り礼を言って、また周囲を見渡す。
序盤の道だからか、あまり襲ってくるような魔物はいないようだ。正しいゲームの導入は知らないが、まだ戦闘スキルも何も知らない一般人をいきなりフィールドにほっぽり出すなよと思う。こうしてNPCに見つけてもらうまでが流れなのかもしれないが。
ユールがじんわりと滲む汗を手でぐいとぬぐえば、ラモンは目を見開いたようだった。こちらの左手の甲を指してぽかんと口をあけている。
「その左手の痣。ユールお前来訪者か!」
「来訪者? 痣って……」
言われて左手の甲を見ると、確かに痣のようなものが浮かび上がっている。中央に細長いひし形のようなものがあり、その両側に三本ずつ羽のような模様があしらわれていた。
「なんだこれ」
「おいおい自分の事だろう! あー……なんだったか、どこからかエルシロスにやってきた来訪者にはその痣が体のどっかにあるらしくてな。そいつらはこの世界の守護者たちの加護を受けてるとかなんとか……なんか色々あんだとよ」
随分あやふやだな、と思う。確かにゲームの主人公は何か特殊な能力などを持つのが定石ではあるが、それだろうか。呆れた顔で操縦席からカルロがこちらに顔を向けた。そばかすはあるものの、ゲームの中の登場人物だからか子供ながらに整った顔立ちをしている。
「父さん……適当すぎない?」
「仕方ないだろ、学者先生から聞いた話なんだからよ。まぁなんだ、もっと詳しく知りたけりゃ白魔術士ギルドのギルドマスターに聞いてみるといい。喜んで話してくれるさ」
「エルウィン先生の授業は面白いよ、話長いけど」
「違いない! だがお前も大人になりゃ店を継ぐんだ、しっかりやんな」
「うわっ、危ないってば!」
がははと笑ってラモンはカルロの頭をがしがしと撫でる。それから二人はシートレスについていくつかのことを教えてくれた。詳しく聞くにつれ、どんどんと楽しみがわいてくる。ラモンが前方を大きく指さした。
「ユール、見てみろ! あれがシートレスだ!」
「おぉ……!」
石でできた大きなゲートをくぐり抜けると、そこは異国情緒溢れる街並みが広がっていた。現実の国でいえばイタリアなんかが近いかもしれない。レンガ造りの家々が建ち並び、その間を縫うように道路と水路が通っている。水路にはゴンドラが行き交っていて、人々の交流も盛んになされていた。水面が太陽の光を反射してキラキラしている。
ファンタジーの港町というからには海賊崩れの荒くれものなんかもいそうなものだが、警備隊らしき紺の制服を着た人間が要所要所で見張りや巡回をしているおかげで表立って悪さをする人間は見当たらない。夜に出歩くとまた違うのかもしれないが、ユールがお上りさんのような動きをしていても安心して街を歩くことができそうだ。
あっちを見てもこっちを見ても物珍しいものばかりで、ユールは思わず感嘆の息を漏らす。
「凄いな……本物みたいだ」
「なーに言ってんだ、ここが俺たちの生まれ育った港さ!」
ラモンがバシバシと音を立ててユールの背中を叩く。その衝撃もまたリアリティのあるもので、おかしくて笑ってしまうほどだった。
ユールは市場に到着した荷馬車を降り、自分たちの店に戻る二人に手を振って思案する。まだ冒険という冒険はしていないのに、新しい街に足を踏み入れるだけでこんなに心が踊るとは驚きだった。
さて、これからどうしよう。エルウィンといったか、白魔術士ギルドのマスターを訪ねてもいいし、その前にシートレスの街をぐるっと見て回ってもいいかもしれない。
ユールがいざ、と足を踏み出そうとした時、背後から「あー!」と叫び声が聞こえた。振り返ろうとすると、背後からタックルを食らいたたらを踏む。どうにか体勢を整えて聞き馴染みのある声の主を見ると、対面で会うのは久しぶりの従兄……もとい、従兄である礼哉 が操作するキャラクターであった。
「見っけ! 会えてよかったー!」
「えっと、ライラだっけ。シートレスで待ち合わせとは言ったけど、まさかこんなに早く会うとはね」
「まあね。ちょっとおかしなことになってたから早めに合流したかったんだ」
「え?」
おかしなこと、とはいったいなんだろうか。ライラは訝しげなユールの手を引き、適当な店に入り辺りを少し伺ってから話し始めた。その顔は珍しいと言ってもいいほど険しく、眉間にシワが寄っている。
「ユール、システムウィンドウって開いた?」
「いや……あ、一回開こうとしたんだけどムービー中だったから開けてない。それがどうかした?」
「なら見た方が早いね。試しに見てごらん」
そう言われて、ユールは手元を操作した。【イマジニング・オブ・ユートピア】では視線誘導で照準を合わせたり、意識するだけでシステムウィンドウを開くことも可能だ。だがユールの場合、誤操作を減らすため、システム系の操作は1回手元の動作を挟むように最初に設定してある。指を鳴らしたり、上下に指を振ったりとプレイヤーによって様々な動作を選ぶことができるのだ。
言われるがままにシステムウィンドウを開いて、ユールは妙なことに気がつく。ワールドクエストという欄が出来ていた。進捗率は、一パーセント。
「ワールドクエストって……何これ」
「俺がIoUにログインしたのはだいたい十二時くらいなんだけど、それから一時間後くらいかな。全体に『ワールドクエストが解放されました。システムウィンドウよりご確認ください』ってアナウンスがあったんだよ。それと同時に見たムービーからして、イベントか何かかと思ってたんだけどそうじゃないみたいだし……」
「えっ」
普通クエスト欄のクエスト名を選択すれば、マップのどこに向かえだの、そのクエストの詳細などが表示されるものだ。しかしライラの言うワールドクエストにはそういったものが一切見当たらない。ユールが首をかしげると、ライラも同じようにウィンドウを開いて確認しているらしかった。
「名前的に、ゲームの世界観に関係するクエストだとは思うんだけどね」
「表示的にメインストーリー的なのとは別? 多分他のRPGにある魔王討伐とかそういうのとは違いそうだけど」
ライラはうーん、と首をひねった。
ユールが何度確認しても、ワールドクエストの中身は『理想郷二辿リ着クベシ』と一言だけなのが気にかかる。
ライラがログインした時のムービーというのも、ユールがゲームを始めた時に見た黒い羽の人物とのやり取りとほぼ同じらしい。
「MMOだから、プレイヤー……つまりは来訪者にあたる人っていっぱいいる。だからさっきも情報交換とかして来たんだけど皆言うことは一緒。ワールドクエストなんて今まであったこともないし、そもそも全体アナウンスが流れるのも前に職業が増えた時以来で久しぶり」
「前例が無さすぎるってことか」
ユールの確認に、ライラはこくりと頷く。ログアウトしてから調べないとどうにもできないが、きっと攻略サイトを運営する人間であったり攻略をどんどん進める人間は今ごろ泡を食っているに違いない。
「そもそもIoUって今ストーリーの第一部が終わったところで、第二部のストーリーの配信待ちだったんだよね。配信時期の予定は出てたから、ヒントはまだ配信されてない部分にあるんじゃないかって声があってさ」
「でも解放されてない場所に行く方法なんてある?」
「今までは無理だったけど、逆にワールドクエストが解されたからこそ行けるようになってるんじゃないかって」
アイテム欄からマップを取り出したライラはテーブルに広げながら指をさす。今いるのがシートレス。そこから海を挟んで北にあるのが、彼が今ストーリーを進めている街のビィセンド。どうやら他の街はまだ彼も行ったことがないらしい。
「俺は第一部の中盤に入ったばっかりだったから、まだワールドクエスト攻略に加わるとかもできないけどね」
「そんなこと言ったら始めたばっかりの俺はどうなるんだよ」
「それもそっか」
眉間にシワの寄っていたライラが笑い声を漏らす。二人で落ち着いてきた所で、今後どうするかの話になった。のんびり進めていくのももちろんいいが、せっかくならワールドクエストにだって参加したい。
しかし、ユールはまだIoU初心者だ。他のゲームで培ったスキルがあるとはいえ、まだこの世界で言えば子供と変わらない。まずは慣れる必要がある。
「ライラ。俺街の散策して、それが終わったら白魔術士ギルドに行こうかなと思ってるんだけど」
「オッケー。案内ならまかせて!」
まずはプレイするのに必要なことの把握。それから戦闘に必要なことを覚えていけばいいだろう。ユールは頭の中で算段を立てる。市場も見て回って、装備もきちんとしておかなくては。いずれ街の外に出るなら地図だって必要になるだろう。
旅支度に浮き足立ってしまうのは、ゲームもリアルも変わらない。それはライラも同じようで、店の扉を開き外に出た彼のしっぽがゆらりゆらりと揺れていた。……しっぽ?
「そういえば獣人なんだな」
「ん? あ、そうそう! スナネコモチーフなんだよこれ」
ライラは可愛いでしょう、と言って耳をぴこぴこ動かしてみせた。彼も中身は成人した男性なはずなのだが、こういう仕草が似合ってしまう愛嬌というのだろうか、そういう魅力がある。
IoUのキャラメイクは種族を選ぶ時、人間の他に獣人 族、人魚 族、龍人 族、エルファ族(エルフのようなもの)から選ぶことが出来るが、割合としてはまちまちだ。パッと見獣人族と龍人族が多めかな、というくらい。
またNPCは置いておくとして、人間ではない種族の来訪者は結構多い。もちろん装備などで着飾りやすいというのは理由の一つだ。
また、フルダイブする時にヘッドギアで生体スキャンするため、身体の動かし方を合わせることは可能だからリアルとは性別すら違うことだって有り得る。技術の発達により脳で考えたことと動きがズレるといった心配が少ないこともあって、キャラクターありきで考えるプレイヤーは多いらしい。
そういった理由で、例えば耳が獣耳であっても普通の人間と体の仕組み的には変わりなくこの世界を楽しむことができるのだ。ネコ科らしい軽やかな足取りでライラはシートレスの街を進んでいく。
「さて、どこから回る? ちなみにこの世界の通貨はピアだよ。一円が一ピアだから計算は難しい事考えなくて良し」
「あっそれかなりありがたい」
「だよねー。そうだ、街の中心の方へ行ってみる?」
そう言ってライラが指した方を見ると、街の中心部に噴水のある広場があった。屋台が噴水を囲うように立ち並んでおり、人々が思い思いに過ごしているのが見える。住民の憩いの場といった感じだろうか。情報収集にはもってこいかもしれない。
「ならそこで。あとどうせなら何か食べたい。バーチャル世界だけど五感はあるわけだし、飯は大事だろ」
「流石ユール、食べるの好きだね……。よしわかった! 美味しいものいっぱいあるからね! 任せなさい!」
料理が趣味なライラが言うのなら間違いないだろう。バーチャル世界でも腹は減るんだな、とのんびり思いながらユールは足を進める。
「おお兄ちゃん、目ぇ覚めたか!」
「ああ……ここは、ええと」
「今はそうだなぁ、シートレスとビィセンドの間の港を出てすぐの……地図で言うとこのあたりな」
そう言って見せてもらった地図は当然日本のものではなくエルシロスの、この世界のものだった。今走っている街道を真っ直ぐ道なりに進むと、はじまりの国であるシートレスにたどり着くらしい。
自分は一体何をしていたんだったか。確かIoUにログインして、変な奴二人に会って、白い光に包まれてそれから……。
ぼんやりとしていると、豪快な笑い声と共に水筒を渡される。一口飲めばよく冷えた水が喉を潤して、頭を少しだけはっきりとさせた。
「にしても驚いたわ。配達終わったと思ったら灯台の所に人が倒れてるんだもんよ。ウチの息子が気付いたから良かったものの、魔物に襲われていたらお前さん危なかったぞ?」
「いやぁそれはそうなんだけど……」
「訳有りか」
「まぁ、そんなところです」
前の操縦席で手綱を握っている十二歳くらいの金髪の少年、カルロが命の恩人らしい。恰幅のいい男はラモンと名乗った。こちらも名乗り礼を言って、また周囲を見渡す。
序盤の道だからか、あまり襲ってくるような魔物はいないようだ。正しいゲームの導入は知らないが、まだ戦闘スキルも何も知らない一般人をいきなりフィールドにほっぽり出すなよと思う。こうしてNPCに見つけてもらうまでが流れなのかもしれないが。
ユールがじんわりと滲む汗を手でぐいとぬぐえば、ラモンは目を見開いたようだった。こちらの左手の甲を指してぽかんと口をあけている。
「その左手の痣。ユールお前来訪者か!」
「来訪者? 痣って……」
言われて左手の甲を見ると、確かに痣のようなものが浮かび上がっている。中央に細長いひし形のようなものがあり、その両側に三本ずつ羽のような模様があしらわれていた。
「なんだこれ」
「おいおい自分の事だろう! あー……なんだったか、どこからかエルシロスにやってきた来訪者にはその痣が体のどっかにあるらしくてな。そいつらはこの世界の守護者たちの加護を受けてるとかなんとか……なんか色々あんだとよ」
随分あやふやだな、と思う。確かにゲームの主人公は何か特殊な能力などを持つのが定石ではあるが、それだろうか。呆れた顔で操縦席からカルロがこちらに顔を向けた。そばかすはあるものの、ゲームの中の登場人物だからか子供ながらに整った顔立ちをしている。
「父さん……適当すぎない?」
「仕方ないだろ、学者先生から聞いた話なんだからよ。まぁなんだ、もっと詳しく知りたけりゃ白魔術士ギルドのギルドマスターに聞いてみるといい。喜んで話してくれるさ」
「エルウィン先生の授業は面白いよ、話長いけど」
「違いない! だがお前も大人になりゃ店を継ぐんだ、しっかりやんな」
「うわっ、危ないってば!」
がははと笑ってラモンはカルロの頭をがしがしと撫でる。それから二人はシートレスについていくつかのことを教えてくれた。詳しく聞くにつれ、どんどんと楽しみがわいてくる。ラモンが前方を大きく指さした。
「ユール、見てみろ! あれがシートレスだ!」
「おぉ……!」
石でできた大きなゲートをくぐり抜けると、そこは異国情緒溢れる街並みが広がっていた。現実の国でいえばイタリアなんかが近いかもしれない。レンガ造りの家々が建ち並び、その間を縫うように道路と水路が通っている。水路にはゴンドラが行き交っていて、人々の交流も盛んになされていた。水面が太陽の光を反射してキラキラしている。
ファンタジーの港町というからには海賊崩れの荒くれものなんかもいそうなものだが、警備隊らしき紺の制服を着た人間が要所要所で見張りや巡回をしているおかげで表立って悪さをする人間は見当たらない。夜に出歩くとまた違うのかもしれないが、ユールがお上りさんのような動きをしていても安心して街を歩くことができそうだ。
あっちを見てもこっちを見ても物珍しいものばかりで、ユールは思わず感嘆の息を漏らす。
「凄いな……本物みたいだ」
「なーに言ってんだ、ここが俺たちの生まれ育った港さ!」
ラモンがバシバシと音を立ててユールの背中を叩く。その衝撃もまたリアリティのあるもので、おかしくて笑ってしまうほどだった。
ユールは市場に到着した荷馬車を降り、自分たちの店に戻る二人に手を振って思案する。まだ冒険という冒険はしていないのに、新しい街に足を踏み入れるだけでこんなに心が踊るとは驚きだった。
さて、これからどうしよう。エルウィンといったか、白魔術士ギルドのマスターを訪ねてもいいし、その前にシートレスの街をぐるっと見て回ってもいいかもしれない。
ユールがいざ、と足を踏み出そうとした時、背後から「あー!」と叫び声が聞こえた。振り返ろうとすると、背後からタックルを食らいたたらを踏む。どうにか体勢を整えて聞き馴染みのある声の主を見ると、対面で会うのは久しぶりの従兄……もとい、従兄である
「見っけ! 会えてよかったー!」
「えっと、ライラだっけ。シートレスで待ち合わせとは言ったけど、まさかこんなに早く会うとはね」
「まあね。ちょっとおかしなことになってたから早めに合流したかったんだ」
「え?」
おかしなこと、とはいったいなんだろうか。ライラは訝しげなユールの手を引き、適当な店に入り辺りを少し伺ってから話し始めた。その顔は珍しいと言ってもいいほど険しく、眉間にシワが寄っている。
「ユール、システムウィンドウって開いた?」
「いや……あ、一回開こうとしたんだけどムービー中だったから開けてない。それがどうかした?」
「なら見た方が早いね。試しに見てごらん」
そう言われて、ユールは手元を操作した。【イマジニング・オブ・ユートピア】では視線誘導で照準を合わせたり、意識するだけでシステムウィンドウを開くことも可能だ。だがユールの場合、誤操作を減らすため、システム系の操作は1回手元の動作を挟むように最初に設定してある。指を鳴らしたり、上下に指を振ったりとプレイヤーによって様々な動作を選ぶことができるのだ。
言われるがままにシステムウィンドウを開いて、ユールは妙なことに気がつく。ワールドクエストという欄が出来ていた。進捗率は、一パーセント。
「ワールドクエストって……何これ」
「俺がIoUにログインしたのはだいたい十二時くらいなんだけど、それから一時間後くらいかな。全体に『ワールドクエストが解放されました。システムウィンドウよりご確認ください』ってアナウンスがあったんだよ。それと同時に見たムービーからして、イベントか何かかと思ってたんだけどそうじゃないみたいだし……」
「えっ」
普通クエスト欄のクエスト名を選択すれば、マップのどこに向かえだの、そのクエストの詳細などが表示されるものだ。しかしライラの言うワールドクエストにはそういったものが一切見当たらない。ユールが首をかしげると、ライラも同じようにウィンドウを開いて確認しているらしかった。
「名前的に、ゲームの世界観に関係するクエストだとは思うんだけどね」
「表示的にメインストーリー的なのとは別? 多分他のRPGにある魔王討伐とかそういうのとは違いそうだけど」
ライラはうーん、と首をひねった。
ユールが何度確認しても、ワールドクエストの中身は『理想郷二辿リ着クベシ』と一言だけなのが気にかかる。
ライラがログインした時のムービーというのも、ユールがゲームを始めた時に見た黒い羽の人物とのやり取りとほぼ同じらしい。
「MMOだから、プレイヤー……つまりは来訪者にあたる人っていっぱいいる。だからさっきも情報交換とかして来たんだけど皆言うことは一緒。ワールドクエストなんて今まであったこともないし、そもそも全体アナウンスが流れるのも前に職業が増えた時以来で久しぶり」
「前例が無さすぎるってことか」
ユールの確認に、ライラはこくりと頷く。ログアウトしてから調べないとどうにもできないが、きっと攻略サイトを運営する人間であったり攻略をどんどん進める人間は今ごろ泡を食っているに違いない。
「そもそもIoUって今ストーリーの第一部が終わったところで、第二部のストーリーの配信待ちだったんだよね。配信時期の予定は出てたから、ヒントはまだ配信されてない部分にあるんじゃないかって声があってさ」
「でも解放されてない場所に行く方法なんてある?」
「今までは無理だったけど、逆にワールドクエストが解されたからこそ行けるようになってるんじゃないかって」
アイテム欄からマップを取り出したライラはテーブルに広げながら指をさす。今いるのがシートレス。そこから海を挟んで北にあるのが、彼が今ストーリーを進めている街のビィセンド。どうやら他の街はまだ彼も行ったことがないらしい。
「俺は第一部の中盤に入ったばっかりだったから、まだワールドクエスト攻略に加わるとかもできないけどね」
「そんなこと言ったら始めたばっかりの俺はどうなるんだよ」
「それもそっか」
眉間にシワの寄っていたライラが笑い声を漏らす。二人で落ち着いてきた所で、今後どうするかの話になった。のんびり進めていくのももちろんいいが、せっかくならワールドクエストにだって参加したい。
しかし、ユールはまだIoU初心者だ。他のゲームで培ったスキルがあるとはいえ、まだこの世界で言えば子供と変わらない。まずは慣れる必要がある。
「ライラ。俺街の散策して、それが終わったら白魔術士ギルドに行こうかなと思ってるんだけど」
「オッケー。案内ならまかせて!」
まずはプレイするのに必要なことの把握。それから戦闘に必要なことを覚えていけばいいだろう。ユールは頭の中で算段を立てる。市場も見て回って、装備もきちんとしておかなくては。いずれ街の外に出るなら地図だって必要になるだろう。
旅支度に浮き足立ってしまうのは、ゲームもリアルも変わらない。それはライラも同じようで、店の扉を開き外に出た彼のしっぽがゆらりゆらりと揺れていた。……しっぽ?
「そういえば獣人なんだな」
「ん? あ、そうそう! スナネコモチーフなんだよこれ」
ライラは可愛いでしょう、と言って耳をぴこぴこ動かしてみせた。彼も中身は成人した男性なはずなのだが、こういう仕草が似合ってしまう愛嬌というのだろうか、そういう魅力がある。
IoUのキャラメイクは種族を選ぶ時、人間の他に
またNPCは置いておくとして、人間ではない種族の来訪者は結構多い。もちろん装備などで着飾りやすいというのは理由の一つだ。
また、フルダイブする時にヘッドギアで生体スキャンするため、身体の動かし方を合わせることは可能だからリアルとは性別すら違うことだって有り得る。技術の発達により脳で考えたことと動きがズレるといった心配が少ないこともあって、キャラクターありきで考えるプレイヤーは多いらしい。
そういった理由で、例えば耳が獣耳であっても普通の人間と体の仕組み的には変わりなくこの世界を楽しむことができるのだ。ネコ科らしい軽やかな足取りでライラはシートレスの街を進んでいく。
「さて、どこから回る? ちなみにこの世界の通貨はピアだよ。一円が一ピアだから計算は難しい事考えなくて良し」
「あっそれかなりありがたい」
「だよねー。そうだ、街の中心の方へ行ってみる?」
そう言ってライラが指した方を見ると、街の中心部に噴水のある広場があった。屋台が噴水を囲うように立ち並んでおり、人々が思い思いに過ごしているのが見える。住民の憩いの場といった感じだろうか。情報収集にはもってこいかもしれない。
「ならそこで。あとどうせなら何か食べたい。バーチャル世界だけど五感はあるわけだし、飯は大事だろ」
「流石ユール、食べるの好きだね……。よしわかった! 美味しいものいっぱいあるからね! 任せなさい!」
料理が趣味なライラが言うのなら間違いないだろう。バーチャル世界でも腹は減るんだな、とのんびり思いながらユールは足を進める。
