3,砂都の誘い
「十七パーセントって……」
ユールがザレアを見やると、彼は眉間に皺を寄せて腕を組み考え込んでいる。金龍たちは目を瞬かせ、そして更に視線が鋭くなった。部屋を一種の緊張感が包み込む。
「へぇ……! ユールくんの数字だけでも凄かったのに、さらに上がくるなんて!」
「ふむ……俺たちはメインストーリーこそ配信分は終わらせてあるから、その進捗は関係なさそうだな。君たちはレベル的に始めたばかりだろう?」
銀鳳の問いかけに、ユールたちは揃って頷いた。
まだメインストーリー的にはシートレスの分、あるいはビィセンドの分しか終わっていない三人だ。そこは関係ないだろうという銀鳳の読みは外れていないとユールも思う。
おずおずとライラが口を開く。
「あの、ちなみにお二人の進捗率って?」
「僕が十、弟が十二かな」
あ、とユールが思い出す。そういえば、銀鳳の職業は何なのだろう。以前見た配信画面に映っていた銃と剣を使って戦う姿は見たことのないものだった。もちろん、普段シートレスやビィセンドの街中を歩いていても見かけることはほとんどない。
「銀鳳さん。その武器の組み合わせって見たことないものなんですが、職業って?」
「ああ、俺のは銃剣士でな。実際の銃剣を使う訳ではなく、幅広の剣で防御しながら銃と斬撃で攻め込むもので……」
「弟はね、最初に鐘を鳴らした人なんだよ!」
「「「えっ!?」」」
金龍が満足気に胸を張った。鐘を鳴らしたということは、全体アナウンスに関わることをしたということだ。
銀鳳がウィンドウを開きステータスを見せてくれる。そこには様々な職業のレベルが高いことが記されていたが、中でも一番高いものは銃剣士のものだった。
「もともと銃士と、剣の戦士のレベルを上げていたんだがな。アントニオという銃士ギルドマスターと一騎打ちをしてこうなった。いくつかの条件が揃って、銃剣士解放クエストが発生したのだと思うが……」
「その条件ってのも曖昧なんだよねぇ。クエストが発生した時僕も隣にいたんだけど」
「レベルとか討伐数とかではなく?」
ユールが首をひねると銀鳳はその時を思い出したのか苦々しく頷いた。金龍のほうはというと、ぷるぷると笑いを堪えて震えている。いやなんで?
「あのね、クエスト発生時の向こうの第一声がね。『そこの美しい龍人 の君、是非この俺と航海を共にしない?』……だったの」
「何それやばぁ」
「思い出したくもない……」
ザレアがうげ、と舌を出す隣で銀鳳が頭を抱えている。ユールとライラは視線を合わせながら苦笑いするしか無かった。こそこそとユールはライラに耳打ちする。
「NPCがプレイヤーのキャラクターをナンパするって有り得る? え、その場合好みに設定されているデータがあって、金龍さんがドンピシャだったってこと?」
「え!? い、いやぁ……流石にそこまでではないと思いたいけどなぁ。ゲームの運営がどうキャラ付けしたかにもよるかもだけど……」
ライラはどこか言い聞かせるように言いながら、何やら考え始めた。
そういえばディオも酒場の女の子に声をかけていたな。あの時を思い出して少しモヤ、としたのを頭を振って切り替える。
しばらくの間、重い空気が部屋を支配していた。いや、当の金龍はけらけらと軽く笑っているのだけれど。
しかしそんなに濃いエピソードがあって、なぜワールドクエストの進捗率に差が出るのか。ユールの疑問に金龍は笑い声を引っ込めて冷静な顔つきに戻った。
細い指がにんまりと笑う口元に寄せられる。
「僕らはちょっと仮説を立てていてね。仲間内だともっとワールドクエストの進捗率が低いのも結構いるんだ」
「そういう奴らは攻略スピードこそ早いのだが、だいたいNPCとの交流をあまりしていない面々だ」
「……つまり、NPCとの交流が凄く重要ってことですか?」
ユールは少し迷って、切り込んだ。金龍は笑みを深くして頷く。
「僕らはね、君たちが関わっているNPCの中にワールドクエストに関連する子がいるんじゃないかと踏んでるんだけど……どうかな?」
きろりと金色の目がユールたちに向く。思わず三人揃って背筋を伸ばした。ザレアもライラも思い当たる節があるのか目が泳いでいる。
隠している訳では無いけれど、なにか確信めいたものを言い当てられた気がしてどきっとした。
ユールは大きく息を吐いて呼吸を整えようとした。そして、自分の中の感覚を咀嚼するように零す。
「確かに、ディオもそうだけど、NPCたちと関わらせて貰ってるな、って感覚はある」
「ディオ……ああ、シートレスの警備隊のクラウディオか」
「あれ、彼って普通関わるにしてもメインストーリーの後半じゃなかった?」
「え?」
金龍は首をかしげた。隣の銀鳳も頷いている。
そんなはずは。ユールはゲームを始めたての頃を思い出した。
シートレスの街に降りたって、ライラと合流して、ライラの方にディオが寄ってきて紹介してもらって……。
つまり、向こうから接触してきた。その時点でライラにはディオからコンタクトを取るようなイベントのフラグが立っていたということだろうか?
ユールはライラの方へ振り向いた。
「ライラ、あの時メインストーリーってどの辺だった?」
「ビィセンドの最初の章終わらせてちょっと経ったくらいだったかなぁ……? でもワールドクエストに関わるようなことほぼしてないはずなんだけど」
「では、その時点で関わっていたNPCはいるか?」
「ええ!? ええ〜と、モナと……、あとビカシュもその辺りだったような」
その名前を聞き、金龍と銀鳳は互いに目を合わせた。それにならってユールは隣のザレアと目を合わせたが、彼も首を傾げるばかりだ。
「ほとんど決まりかな。僕たちはそのモナとビカシュってNPCに覚えがない。多分ワールドクエストに合わせて配置された子かもね」
「それなら始めたばかりのプレイヤーが接触しやすいのにも納得がいく。ユールの場合はディオ、ライラの場合はモナとビカシュだな」
「あ、なぁザレアは?」
ユールが目を合わせたまま尋ねると、ザレアはちょっと難しい顔をした。彼はさっきからこの顔をしている。ちょいちょいと胸元のジャボを止めている黄色い宝石の飾りを手慰みにいじっていた。
……あれ? どこかでこの黄色見たことあるような。
「それでいうなら、多分ボクの場合レヤンになる。彫金師ギルドの人、ではあるんだけど」
「レヤン……。あ、その人なら知ってるかも。極たまにしか店にいないらしいね?」
金龍の思い出したような声に、ザレアはこくりと頷いた。
「ボクが店に行くとだいたい出てきてくれるから、最初はずっといるNPCだと思ってたんだ。けど調べてみたら他のプレイヤーはあまり見かけないって聞いて……本人に聞いたら、これを渡されたんだよ」
彼はそういいながら胸元から黄色い宝石の留め具を外した。コトリとテーブルに置かれたそれを皆が覗き込む。ユールはやっと記憶の中の点と点が線で繋がった。
「これ、ルナスフェーンだ……」
「そう。ビィセンドの王族も気にいる秘められた場所でしか採れない石。そんなタイミングで渡されるって、何かあるって言ってるようなものだよねぇぇえぇ……」
そう言ってワインレッドの髪をぐしゃぐしゃとかき回し、そのままテーブルにつっぷした。カップの紅茶を銀鳳がいそいそと注ぎなおしてくれている。ほんとにこの人まめまめしい人だな。
断りを入れてルナスフェーンをライトに透かして見れば、相変わらず月の光を集めたようなキレイな色だ。
光を目で追いながら、ザレアはどこか疲れたような声色でもごもご言い始める。
「ねぇユールぅ、採掘師ギルドだとルナスフェーンについてなんて言ってた?」
「ルナスフェーンが採れる時っていうのは、だいたいビィセンド王家に何かある時。それで、ビィセンドに何かある時に月影が現れるって……」
「追加されたストーリーに関連するワードを全部拾っているじゃないか!」
がたりと金龍は立ち上がった。その目はきらきらというよりもギラギラ、爛々と光っているようにすら見える。隣の銀鳳も手を顎に置いて落ち着いているように見えるが、目が輝いていて熱が隠しきれていない。
先日案内があった追加ストーリークエスト、「月影のウグニヤ・ライリーヤ」についてはタイムラインでもネットの掲示板でも、ユールはもちろんのこと皆があれから調べていた。月影の噂そのものは、以前からゲーム内でも話すモブNPCはいたらしい。
ユールだって話をモナから聞いただけだが、確かにこの数日ビィセンドの街が浮き足立っているような感覚さえした。そしてこの感覚を肌で感じることそのものがゲーム体験として凄いのだと感心する。
そういえば、ディオも街が浮き足立ってるって言ってたっけ。ユールははた、と思い出した。
「うーん、そのNPCくんたちを紹介して欲しい気持ちもあるんだけど、せっかくならジークの方からあたるのもアリかなぁ」
「ジークって、ヴォルカと一緒にいた強いやつ?」
「そうそう。彼が闘技場に出ていた頃戦ったことがあってね」
「いつの間にか居なくなっていたからどうしたのかと思っていたのだが……所属を変えているならこれも繋がっている可能性があるな」
テーブルを見ればおかわりの紅茶も空っぽになっていた。少しだけ落ち着いた空気が部屋を包み込む。
金龍がにこりと笑って手を叩いた。
「さて! 僕らが聞きたいことはだいたい聞けたかな。もしそっちから質問があればどうぞ」
三人で目を合わせる。
少なくともユールは、今ディオに会いたくてたまらなかった。きっとそれはライラもザレアも同じだったのだろう。二人は揃って首を振った。
「そういうだろうと思った。その後のことも聞きたいところだが、俺たちは君たちのゲーム体験を邪魔したい訳じゃない」
「だよね。いい旅を、新人くんたち。また道が交わることがあればよろしくね」
NPCでも一目惚れするくらいの美しい顏を綻ばせながら、金龍たちは見送ってくれた。
ザレアとライラと並びながらシートレスの街に戻る。
道中ぽつぽつと他愛もない話をしていただけだったが、自然と足取りは同じだった。
「なぁ二人とも。今回なんだけど、本腰入れて『月影のウグニヤ・ライリーヤ』を……ワールドクエストを攻略してみない?」
ユールはぽつりと言ったつもりだったのだが、思いのほかその声は響いた。立ち止まる時の小石の音さえやけに耳に入る。
ライラはきょとりと目を瞬かせていたが、すぐに鋭く真剣なものに変えた。ザレアもそれは同じだった。風に遊ばれている髪を抑えながら、強めの声色になる。
「それ、本気?」
「多分レベルも足りないし、現行でやるのはかなりしんどいと思うけど。でも引く気はないんでしょ?」
「ああ。今この時にいくつも何かが起こる前兆があって。それに俺らはいくつも関わってる。なのに全部終わってから何があったか知るのは、なんか嫌だ」
ユールはゲームを初めてすぐ、夕暮れのシートレスの街に駆け出して行った時の感覚を思い出していた。
浮き足立つような熱が体の中を駆け巡る、じっとしていられない程の衝動。ドキドキだとかワクワクだとか、ありきたりだけどそういう気持ちがユールの体を満たしていた。
ライラが声をあげて笑う。その表情は軽やかだ。
「ははっ! その顔はテコでも動かないって顔だ!」
「ライラは違うの?」
「ううん。俺だってディオやモナのことも、ビカシュのことだって気になるから。うん、俺はのった!」
「ちょっと、別にボクだってのらないなんて言ってませんけどぉ!?」
顔を赤くして声を荒らげるザレアだって勢いで言っているわけでは無さそうで。ユールは少しだけホッとした。
《転移 》を使ってビィセンドに移りユールが借りている宿屋の一室で作戦会議をし、その日は解散する。
目下の目標はスラムが浮き足立っていることについて調査すること、並行しサブクエストをこなしてレベルをあげること。それからそれぞれのNPCたちにも話を聞くこと。
自分たちは指摘通りレベルだってまだそこまで高くないひよっこで、戦闘も特別できる訳ではない。しかしこの世界を生きる彼らのことが気になる、という気持ちだけは大きかった。
ログアウトする時のライラもザレアもユールも、皆がみんなそれぞれ脳裏に誰かを思い浮かべながら現実に戻るのであった。
ユールがザレアを見やると、彼は眉間に皺を寄せて腕を組み考え込んでいる。金龍たちは目を瞬かせ、そして更に視線が鋭くなった。部屋を一種の緊張感が包み込む。
「へぇ……! ユールくんの数字だけでも凄かったのに、さらに上がくるなんて!」
「ふむ……俺たちはメインストーリーこそ配信分は終わらせてあるから、その進捗は関係なさそうだな。君たちはレベル的に始めたばかりだろう?」
銀鳳の問いかけに、ユールたちは揃って頷いた。
まだメインストーリー的にはシートレスの分、あるいはビィセンドの分しか終わっていない三人だ。そこは関係ないだろうという銀鳳の読みは外れていないとユールも思う。
おずおずとライラが口を開く。
「あの、ちなみにお二人の進捗率って?」
「僕が十、弟が十二かな」
あ、とユールが思い出す。そういえば、銀鳳の職業は何なのだろう。以前見た配信画面に映っていた銃と剣を使って戦う姿は見たことのないものだった。もちろん、普段シートレスやビィセンドの街中を歩いていても見かけることはほとんどない。
「銀鳳さん。その武器の組み合わせって見たことないものなんですが、職業って?」
「ああ、俺のは銃剣士でな。実際の銃剣を使う訳ではなく、幅広の剣で防御しながら銃と斬撃で攻め込むもので……」
「弟はね、最初に鐘を鳴らした人なんだよ!」
「「「えっ!?」」」
金龍が満足気に胸を張った。鐘を鳴らしたということは、全体アナウンスに関わることをしたということだ。
銀鳳がウィンドウを開きステータスを見せてくれる。そこには様々な職業のレベルが高いことが記されていたが、中でも一番高いものは銃剣士のものだった。
「もともと銃士と、剣の戦士のレベルを上げていたんだがな。アントニオという銃士ギルドマスターと一騎打ちをしてこうなった。いくつかの条件が揃って、銃剣士解放クエストが発生したのだと思うが……」
「その条件ってのも曖昧なんだよねぇ。クエストが発生した時僕も隣にいたんだけど」
「レベルとか討伐数とかではなく?」
ユールが首をひねると銀鳳はその時を思い出したのか苦々しく頷いた。金龍のほうはというと、ぷるぷると笑いを堪えて震えている。いやなんで?
「あのね、クエスト発生時の向こうの第一声がね。『そこの美しい
「何それやばぁ」
「思い出したくもない……」
ザレアがうげ、と舌を出す隣で銀鳳が頭を抱えている。ユールとライラは視線を合わせながら苦笑いするしか無かった。こそこそとユールはライラに耳打ちする。
「NPCがプレイヤーのキャラクターをナンパするって有り得る? え、その場合好みに設定されているデータがあって、金龍さんがドンピシャだったってこと?」
「え!? い、いやぁ……流石にそこまでではないと思いたいけどなぁ。ゲームの運営がどうキャラ付けしたかにもよるかもだけど……」
ライラはどこか言い聞かせるように言いながら、何やら考え始めた。
そういえばディオも酒場の女の子に声をかけていたな。あの時を思い出して少しモヤ、としたのを頭を振って切り替える。
しばらくの間、重い空気が部屋を支配していた。いや、当の金龍はけらけらと軽く笑っているのだけれど。
しかしそんなに濃いエピソードがあって、なぜワールドクエストの進捗率に差が出るのか。ユールの疑問に金龍は笑い声を引っ込めて冷静な顔つきに戻った。
細い指がにんまりと笑う口元に寄せられる。
「僕らはちょっと仮説を立てていてね。仲間内だともっとワールドクエストの進捗率が低いのも結構いるんだ」
「そういう奴らは攻略スピードこそ早いのだが、だいたいNPCとの交流をあまりしていない面々だ」
「……つまり、NPCとの交流が凄く重要ってことですか?」
ユールは少し迷って、切り込んだ。金龍は笑みを深くして頷く。
「僕らはね、君たちが関わっているNPCの中にワールドクエストに関連する子がいるんじゃないかと踏んでるんだけど……どうかな?」
きろりと金色の目がユールたちに向く。思わず三人揃って背筋を伸ばした。ザレアもライラも思い当たる節があるのか目が泳いでいる。
隠している訳では無いけれど、なにか確信めいたものを言い当てられた気がしてどきっとした。
ユールは大きく息を吐いて呼吸を整えようとした。そして、自分の中の感覚を咀嚼するように零す。
「確かに、ディオもそうだけど、NPCたちと関わらせて貰ってるな、って感覚はある」
「ディオ……ああ、シートレスの警備隊のクラウディオか」
「あれ、彼って普通関わるにしてもメインストーリーの後半じゃなかった?」
「え?」
金龍は首をかしげた。隣の銀鳳も頷いている。
そんなはずは。ユールはゲームを始めたての頃を思い出した。
シートレスの街に降りたって、ライラと合流して、ライラの方にディオが寄ってきて紹介してもらって……。
つまり、向こうから接触してきた。その時点でライラにはディオからコンタクトを取るようなイベントのフラグが立っていたということだろうか?
ユールはライラの方へ振り向いた。
「ライラ、あの時メインストーリーってどの辺だった?」
「ビィセンドの最初の章終わらせてちょっと経ったくらいだったかなぁ……? でもワールドクエストに関わるようなことほぼしてないはずなんだけど」
「では、その時点で関わっていたNPCはいるか?」
「ええ!? ええ〜と、モナと……、あとビカシュもその辺りだったような」
その名前を聞き、金龍と銀鳳は互いに目を合わせた。それにならってユールは隣のザレアと目を合わせたが、彼も首を傾げるばかりだ。
「ほとんど決まりかな。僕たちはそのモナとビカシュってNPCに覚えがない。多分ワールドクエストに合わせて配置された子かもね」
「それなら始めたばかりのプレイヤーが接触しやすいのにも納得がいく。ユールの場合はディオ、ライラの場合はモナとビカシュだな」
「あ、なぁザレアは?」
ユールが目を合わせたまま尋ねると、ザレアはちょっと難しい顔をした。彼はさっきからこの顔をしている。ちょいちょいと胸元のジャボを止めている黄色い宝石の飾りを手慰みにいじっていた。
……あれ? どこかでこの黄色見たことあるような。
「それでいうなら、多分ボクの場合レヤンになる。彫金師ギルドの人、ではあるんだけど」
「レヤン……。あ、その人なら知ってるかも。極たまにしか店にいないらしいね?」
金龍の思い出したような声に、ザレアはこくりと頷いた。
「ボクが店に行くとだいたい出てきてくれるから、最初はずっといるNPCだと思ってたんだ。けど調べてみたら他のプレイヤーはあまり見かけないって聞いて……本人に聞いたら、これを渡されたんだよ」
彼はそういいながら胸元から黄色い宝石の留め具を外した。コトリとテーブルに置かれたそれを皆が覗き込む。ユールはやっと記憶の中の点と点が線で繋がった。
「これ、ルナスフェーンだ……」
「そう。ビィセンドの王族も気にいる秘められた場所でしか採れない石。そんなタイミングで渡されるって、何かあるって言ってるようなものだよねぇぇえぇ……」
そう言ってワインレッドの髪をぐしゃぐしゃとかき回し、そのままテーブルにつっぷした。カップの紅茶を銀鳳がいそいそと注ぎなおしてくれている。ほんとにこの人まめまめしい人だな。
断りを入れてルナスフェーンをライトに透かして見れば、相変わらず月の光を集めたようなキレイな色だ。
光を目で追いながら、ザレアはどこか疲れたような声色でもごもご言い始める。
「ねぇユールぅ、採掘師ギルドだとルナスフェーンについてなんて言ってた?」
「ルナスフェーンが採れる時っていうのは、だいたいビィセンド王家に何かある時。それで、ビィセンドに何かある時に月影が現れるって……」
「追加されたストーリーに関連するワードを全部拾っているじゃないか!」
がたりと金龍は立ち上がった。その目はきらきらというよりもギラギラ、爛々と光っているようにすら見える。隣の銀鳳も手を顎に置いて落ち着いているように見えるが、目が輝いていて熱が隠しきれていない。
先日案内があった追加ストーリークエスト、「月影のウグニヤ・ライリーヤ」についてはタイムラインでもネットの掲示板でも、ユールはもちろんのこと皆があれから調べていた。月影の噂そのものは、以前からゲーム内でも話すモブNPCはいたらしい。
ユールだって話をモナから聞いただけだが、確かにこの数日ビィセンドの街が浮き足立っているような感覚さえした。そしてこの感覚を肌で感じることそのものがゲーム体験として凄いのだと感心する。
そういえば、ディオも街が浮き足立ってるって言ってたっけ。ユールははた、と思い出した。
「うーん、そのNPCくんたちを紹介して欲しい気持ちもあるんだけど、せっかくならジークの方からあたるのもアリかなぁ」
「ジークって、ヴォルカと一緒にいた強いやつ?」
「そうそう。彼が闘技場に出ていた頃戦ったことがあってね」
「いつの間にか居なくなっていたからどうしたのかと思っていたのだが……所属を変えているならこれも繋がっている可能性があるな」
テーブルを見ればおかわりの紅茶も空っぽになっていた。少しだけ落ち着いた空気が部屋を包み込む。
金龍がにこりと笑って手を叩いた。
「さて! 僕らが聞きたいことはだいたい聞けたかな。もしそっちから質問があればどうぞ」
三人で目を合わせる。
少なくともユールは、今ディオに会いたくてたまらなかった。きっとそれはライラもザレアも同じだったのだろう。二人は揃って首を振った。
「そういうだろうと思った。その後のことも聞きたいところだが、俺たちは君たちのゲーム体験を邪魔したい訳じゃない」
「だよね。いい旅を、新人くんたち。また道が交わることがあればよろしくね」
NPCでも一目惚れするくらいの美しい顏を綻ばせながら、金龍たちは見送ってくれた。
ザレアとライラと並びながらシートレスの街に戻る。
道中ぽつぽつと他愛もない話をしていただけだったが、自然と足取りは同じだった。
「なぁ二人とも。今回なんだけど、本腰入れて『月影のウグニヤ・ライリーヤ』を……ワールドクエストを攻略してみない?」
ユールはぽつりと言ったつもりだったのだが、思いのほかその声は響いた。立ち止まる時の小石の音さえやけに耳に入る。
ライラはきょとりと目を瞬かせていたが、すぐに鋭く真剣なものに変えた。ザレアもそれは同じだった。風に遊ばれている髪を抑えながら、強めの声色になる。
「それ、本気?」
「多分レベルも足りないし、現行でやるのはかなりしんどいと思うけど。でも引く気はないんでしょ?」
「ああ。今この時にいくつも何かが起こる前兆があって。それに俺らはいくつも関わってる。なのに全部終わってから何があったか知るのは、なんか嫌だ」
ユールはゲームを初めてすぐ、夕暮れのシートレスの街に駆け出して行った時の感覚を思い出していた。
浮き足立つような熱が体の中を駆け巡る、じっとしていられない程の衝動。ドキドキだとかワクワクだとか、ありきたりだけどそういう気持ちがユールの体を満たしていた。
ライラが声をあげて笑う。その表情は軽やかだ。
「ははっ! その顔はテコでも動かないって顔だ!」
「ライラは違うの?」
「ううん。俺だってディオやモナのことも、ビカシュのことだって気になるから。うん、俺はのった!」
「ちょっと、別にボクだってのらないなんて言ってませんけどぉ!?」
顔を赤くして声を荒らげるザレアだって勢いで言っているわけでは無さそうで。ユールは少しだけホッとした。
《
目下の目標はスラムが浮き足立っていることについて調査すること、並行しサブクエストをこなしてレベルをあげること。それからそれぞれのNPCたちにも話を聞くこと。
自分たちは指摘通りレベルだってまだそこまで高くないひよっこで、戦闘も特別できる訳ではない。しかしこの世界を生きる彼らのことが気になる、という気持ちだけは大きかった。
ログアウトする時のライラもザレアもユールも、皆がみんなそれぞれ脳裏に誰かを思い浮かべながら現実に戻るのであった。
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