3,砂都の誘い

 あれからまずやったのはログアウトだ。
 元採掘師ギルドマスターであるギンとスラムの現状について話し合うべく引っ込んでしまったディオには、宿で合流するよう言伝を頼む。伝言を請け負ってくれたヴォルカと別れ宿に帰り現実へと戻ってきたのだ。
 ユール、もといゆうはメールを立ち上げ、夜中にもかかわらず勢いのままメッセージを飛ばす。
 なんか、気疲れがすごい。
 送信完了の文字を見届けて、悠はベッドに突っ伏したのだった。 
 ——それからしばらく。ところ変わって、お喋りが飛び交い、揚げ物やカレーの匂いがする大学内の食堂、放課後。
 悠はイヤホンを耳にさしタブレットで動画を再生する。流れてくるのはIoU内で行われるPvPコンテンツでの戦闘模様だ。
 IoUのPvPコンテンツはいくつかあるのだが、この動画は大人数対大人数で陣取り合戦をするものらしい。
 フィールドで金の髪を揺らすのは龍人たつじん族らしい角を生やした金龍きんりゅう。職業は召喚士らしく、本を片手に喚び出した白い虎を連れて戦場を駆け回り、ドカドカと高火力の魔法を敵陣に放り込んでは離れるヒットアンドアウェイ戦法をとっている。
 それに相対するのは、エルファ族らしからぬ筋肉質な身体。片手に銃、片手に刀身の太い剣を持ち前線で敵陣の攻撃をいなして切り込む銀鳳ぎんほう。こんな職業あったっけ?
 二人の一騎当千、いやこの場合二騎当千だろうか、華やかな戦いぶりに目を奪われていると音声が遠くなる。

「あっ」
「ちょっと、人を呼び出しといてなーに無視してくれちゃってんの」
躑躅森つつじもり……急にイヤホン持ってくなよ」
「何見てんの? ……ああ、この人たちか」

 背後から彼は呆れた顔で覗き込んできた。イヤホンをこちらに放り投げながら隣に腰かけた彼は画面を見ながら渋い顔をしている。

「この人たちの配信たまに見るんだけどさ、ほんとセンスある人の戦い方っていうか……まぁすごい人たちだよ」
「すごい人たちねぇ……」

 そのすごい人たちに連絡して、と言われたことを思い出して悠の顔も渋くなる。ちう、とパックジュースのストローを咥えながら躑躅森は続けた。

「で? 結局何の用なのさ」
「ちょっと待って、あと一人来るから」
「誰が……あ、言ってた従兄さんか」
「もう少しで着くって言ってたんだけどな……来た」

 ちょうどいいタイミングで礼哉れいやがやってくる。彼が基本授業を受けている棟と今集まっている大学構内の食堂は離れているので、よくその棟の人たちが昼に走ってくるのを見かけるのだ。
 例にも漏れずダッシュしてきてくれたらしい彼はぜぇぜぇと息を荒らげている。

「お疲れ礼哉くん。そんな急がなくても良かったんだけど」
「だって待たせるのも悪いじゃん! あっ、ごめんね躑躅森くん、悠の従兄の小坂礼哉です! 悠がお世話になってます」
「どうも、躑躅森はじめです。お世話してます」
「ちょっと!?」

 礼哉が息を整えている間は雑談をし、しばらくして食堂にいる人が少なくなったところを見計らって悠は切り出した。

「なぁ、二人はワールドクエストの進捗率ってどのくらい?」
「えー? 俺は……あっ十六パーセントだって」
「……うん、ボクもそれくらい」

 二人ともがIoUのマイキャラクターのページを開き確認して答える。スナネコモチーフだという|獣人ビースター族特有のしっぽを揺らすライラと、ぱつんと切り揃えられたワインレッドの長い髪を揺らすザレアが応えるようにポーズをとった。
 礼哉が首を傾げる。
 
「それがどうしたの?」
「そうそう、もったいぶってないで早く教えてよ」
「あのですね、ワールドクエストの進捗率の件で、その配信者兄弟から『話を聞きたいから連絡くれ』って言われてまして……」

 彼らの口がぽかんと大きく開く。先に意識を取り戻したのは躑躅森の方だった。自身のタブレットを操作し、改めて金龍と銀鳳の配信チャンネルを開き突きつけてくる。

「この人ら結構有名な人だよ!? なんで悠に声掛けてくるのさ」
「いやだから俺もよく分かんなくて……! なんか向こうはまだ十パーセントくらいらしくて、どうして差が出たのか聞きたいっぽいんだけど」
「そんなのわかんないよねぇ〜……」

 きゃんきゃんと吠える躑躅森とテーブルに突っ伏す礼哉。二人の方がパーセントが高い。メインシナリオの進捗率はそこまで変わらないはずだから、恐らく別に何か要因があるはずだ。
 悠もならってマイキャラクターのページを開き、フレンドリストを見やる。ライラ、ザレアに並ぶ金龍と銀鳳の文字。そして別タブにはNPCのフレンド欄もある。ここは共にダンジョンに潜ったり、交流して一定の好感度を上げると記入されるようになるのだが、今悠のタブにはディオ、エルウィン、モナ、ヴォルカが並んでいた。
 金龍と銀鳳の二人になくてこちらにあるものと言ったら何だろう。悠が考え込んでいると、礼哉があっ、と声をあげた。

「悠、モナを知ってるの?」
「え、礼哉くんこそ」
「そりゃあ面倒見てる子だもん! いい子だよね」

 聞けば、礼哉もクエスト中に仲良くなったそうでちょくちょく交流があるんだそうな。モナのことを話す彼の顔はにっこにこである。一方躑躅森の方は知らなかったようで、首を傾げるばかりだ。
 礼哉にモナとの冒険の話をすると、しばらくは楽しそうに聞いていたのだが心配そうにだんだん眉が下がってきた。そして最後、採掘師ギルドでのことまで話すとほっとしたように息を吐く。

「よかったー、怪我も何もないんだね」
「まぁね。家に帰るって言ってたからその後は会ってないけど」
「ならおばあちゃんのところかな。モナのおばあちゃんはスラムをまとめてる生き字引みたいな人なんだよ」
「へぇ……結構重要人物だったりするのかもね」

 頷いた悠の言葉に、それまでパックジュースをぷらぷらさせながら話を聞いていた躑躅森が割って入る。

「んで? 結局悠はどうしたいの? 多分考察とか情報欲しいっていうなら、話にのるべきだと思うけど」
「そうなんだよな……だから行きたくはある。うん、話は聞きたい。けど踏ん切りがつかないというか、巻き込むかなというか……」
「いーよ、連れていきなよ」
 
 呆れたような、でも力強い声が降ってくる。二人を見上げると、躑躅森は腕を組んで呆れたような顔をしているし、礼哉は眉を下げて笑っていた。

「ボクたちを呼んだ時点でそう考えてたんでしょ? ならサクッと言いなよ」
「そうそう! そんな怖々言わなくても付き合ってあげるよ!」

 なんだ、バレバレか。悠はちょっとだけ恥ずかしくなった。
 善は急げとばかりにその場でメール画面を立ち上げ、銀鳳へと連絡を取る。金龍の方にしなかったのは、初対面の時の印象の差としか言いようがない。食い気味に来られて少し怖かったのだ、察して欲しい。
 二人ほど同行者が増えること。場所に関してはシートレスかビィセンドであればどこでも良いのでそちらにお任せすること。そちらは二人、こちらは三人でそれ以外には入れないこと。配信はしないこと。
 思いつく限りお願いという形にまとめて送信ボタンをタッチする。

「あとは詳しい返事来たらまた言うから」
「じゃ、駅前のカフェの新作よろしく。礼哉くんはどうします?」
「えー、なら俺もそうしようかな」

 抜け目のないやつめ。悠は財布の中身を思い出してがっくりと肩を落とした。
 ——次の日、悠、もといユールはなんだか久しぶりのシートレスに戻ってきていた。銀鳳が待ち合わせに指定したのが、シートレスのハウジングエリアだったからである。
 IoUのハウジングエリアは現在エルシロス四都市に解放されていて、結構な金額はかかるがメインストーリーが落ち着いたプレイヤーにとってエンドコンテンツの一つとして楽しまれている。
 海風が心地よい丘から、ユールは白い壁の家々を見やった。いつか自分もこんな感じの家を持てるのだろうか、なんて思ったりもして。
 躑躅森と礼哉、もといザレアとライラもハウジングで遊べるような家や部屋はまだ持っておらず、興奮を隠しきれないようだ。

「さすがハウジングエリア。眺め良いな……」
「ねー……スクショ撮りたーい……。ハウジングのための金策頑張ろうかなぁ」
「ザレアくんはこだわりそうだねぇ」
「そりゃもちろん! 今からめぼしい家具を集めておくのもありですね」
「夢が膨らむってやつだね? 僕らも始めたてはあんなだったかな」

 聞きなれない柔らかい声に後ろを振り向くと、ニコニコ手を振る金龍と眉間のしわを揉む銀鳳が並んでいた。
 ユールたちは顔を見合せてから、少し間を開けてそちらへ向かう。どうしても警戒心が拭えないのだ。

「やあユールくん。この前ぶりだねぇ」
「すまないユール、呼び出しておいて遅くなってしまった」
「いえ……あの、急に人数を増やしてすみません」
「? 別に構わないよ、僕らだって二人だもの。それくらい気にしないよ」

 ユールがおずおずと言うと、金龍がけろりと答える。配信も基本二人でやっているようだし、セットでいるからそれが当たり前の感覚なのかもしれない。

「こちらの希望で呼んだんだ。そちらの二人も含め、少しではあるが礼はきちんとしよう。着いてきてくれ」

 銀鳳が先頭に立ち、ぞろぞろと並んでハウジングエリアを歩く。緊張しているのか、ザレアもライラも口を噤んだままだ。一方で最後尾の金龍は鼻歌でも歌いそうなくらいに足取りが軽い。
 白い壁の家々が並ぶ道をしばらく行くと、まさしく大きな家が目の前にあった。
 ユールたちは並んで口を開けぽかんと見上げる。家の大きさもさることながら、門から見える庭もまたきちんと手入れがされているようで美しい。
 流石IoUのグラフィックというべきか、その手入れの細やかさに驚くべきか。
 銀鳳が金属製の音をたてながら開いた門を、慣れた足取りで金龍がくぐってこちらに微笑みかけた。

「ようこそ、ぼくらの家へ。歓迎するよ」

 ユールたちは三人で視線だけを合わせひとつ頷き、おずおずと門をくぐるのだった。
 庭には綺麗な花々が植えられているのだが、よく目をこらすと奥の方には鍛錬用の的やエネミー代わりの人形がちらりと見えた。圧倒され、借りてきた猫の状態だったユールから肩の力が少し抜ける。
 家の中もまた凄まじかった。苛烈に戦う姿とは裏腹に、繊細なバランスで配置された家具や調度品たち。中庭まであるように見えるのはハウジングのテクニックだろうか。三人揃ってお上りさんみたいにキョロキョロとしてしまう。

「ふふ、素直だねぇ君たち。ゆっくりしてって」
「兄さん、あまりからかってやるな」

 くすくすと笑う軽やかな声に思わず背筋が伸びた。そうだ、今日は用事があってきたんだ。
 はっと意識を切り替えるユールの隣で、ザレアがおずおずと金龍に声をかけていた。基本初対面の人にはつんとしている彼が動くほどに、琴線に触れるものがあったようだ。

「あの〜…、このお部屋は自分で?」
「んー? まぁ家具を集めるの手伝ったりはしたけど……基本は弟だね。庭を手入れしているのもそうだよ」
「へぇ〜!」
「まめまめしいことが好きな子なんだ。エルファのくせしてあんなムキムキの見た目してるのにね」
「に、兄さん! そんな風に言わなくてもいいだろ!」

 カップを人数分持ってきた銀鳳が照れくさそうに声を荒らげる。確かにエルファ族にしては筋肉がついた見た目をしている彼だが、意外と細かいことが好きな面もあるようだ。配信でも兄に振り回されている様子も見かけるし、なんだか親しみやすい人なのかもしれない。
 ユールは勝手に安心して息を吐いた。その傍ら、慌ててライラが銀鳳の方へと近づく。

「すみません手伝いもせず!」
「いや、ライラ……だったか、君たちも客なのだから気にしなくていい。さ、そちらの部屋へ」

 促され、応接室のようになっている部屋へとユールたちは移動する。
 ソファにそれぞれ腰かけ、カップにいれられた紅茶を飲んで一息ついた後、金龍がにこりと微笑んだ。その表情は穏やかだが目に爛々とした光が宿っている。ライラはこくりと唾を飲み、ザレアは居心地悪そうに身動ぎをした。

「さて、そろそろお喋りしよっか! 今日を楽しみにしてたんだよ」
「前にも言ったが、俺たちはワールドクエストに関する情報を集めていてな。少しでも手がかりが欲しい」

 真剣な彼らの表情に、ユールは改めて考える。話をするつもりで来てはいるが、実際のところユールにだってわかっていることは少ない。

「とりあえず、進捗率だけで言えば俺が十五、ライラが十六、ザレアもそれくらいで……」
「十七」
「えっ」
「今のボクのワールドクエストの進捗率は、十七パーセントだよ」

 全員の視線がザレアに集中する。
 当の本人は眉間に皺を寄せ、難しい顔をして腕を組んでいた。
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