3,砂都の誘い

 ユールはディオの前で正座しながら、頭をフル回転させていた。
 
「……怒ってる?」

 おずおずと尋ねたユールを見下ろすディオは、険しい顔をしながら腕を組んで口元をもごもごさせている。どうやら彼自身も整理しきれていないらしい。どこか斜め上を見ながら首を捻っている。
 
「いや、あーー……悪い。怒ってるとは違うんだ。心配というか、なんでオレも連れてかなかった、というか……自分でもよくわかんねぇ」

 それはあれか、置いてかれて拗ねているとかそういう……? ユールは内心首を捻ったが、ふと思い出す。
 彼はシートレスの街からほとんど出たことがないと行きの船で言っていた。他の街のダンジョンに行きたかったって思ったっておかしくない。
 ……それならば、申し訳ないことをしたかもしれない。

「ごめんな、ディオ」
「んん?」
「お前だってせっかくシートレスの外に出たんだからそりゃあ冒険したいよな、置いてってごめん」
「え? ああ、おう……次は連れてけよ」
「もちろん」

 大きく頷いたユールにディオはぱちぱちと瞬きをして、それから眉を下げて笑った。
 さて、反省したユールはディオに声をかけてから採掘師ギルドに戻ることにした。先程は一人で下ったビィセンドの坂道を今度はディオと二人で歩く。
 道中何をしていたのか聞けば、どうやら彼は彼で街を歩き回っていたらしい。
 黒闇の薬について何か手がかりはないかだとか、シートレスから逃亡したベールナルドの行き先に繋がるものは無いか調べていたのだそうだ。

「で、どうだった?」
「いや詳しいことはあんまり。けど、どうもスラムの方で最近出回ってるものがあるらしくてな。きな臭いんでもうちょっと探りは入れたかったんだよ」
「ならせっかくスラムの方に行くんだし、調査しよう」
「おう!」
 
 ちゃんと仕事してる……。ユールはちょっとだけディオに申し訳なくなった。いや、自分だって遊んでいた訳では無いのだが。弁解するかのようにダンジョンの話をすれば、腕を組んだディオは首をひねる。

「それ、ダンジョンの地下に都市があったってのが引っかかるな」
「やっぱり? 何か聞いたことあるか?」
「いや、エルウィンも知らねぇと思う。下手すりゃビィセンドの住民しか知らねぇおとぎ話みたいなのかもな」
「少なくとも採掘師ギルドのギルドマスターは代々知ってるわけだしなぁ。他の人はどうかあとで調べよう」

 月影つきかげの話はシナリオを進める上で絶対ヒントになるはず。モナが全部知っていたらいいんだけどまだ小さいし、あたるなら保護者とか?
 考えながらスラムの入口までやってくると、なにやらお祭り騒ぎが聞こえてくる。

「おっ、あんたはあの時の! 聞いたか〜っ! ついにヴォルカが見つけたんだよ!」

 ダンジョンの中で出会った採掘師の男性がギルドの方まで嬉しそうに手招いた。
 誘われるままディオと採掘師ギルドのテントまで行けば、皆思い思いに酒をあけていてあちこちで乾杯の声があがっている。ヴォルカとモナは騒ぎの中央、大きなテーブルで縮こまっていた。(傍らのジークはケロッとした顔をしているが)
 近寄っていくと、同じテーブルにいた元ギルドマスターである男性もジョッキをあげる。

「おお。お前さんやっぱり持ってやがんな。運がいい」
「そうかな……」
「ああ、ルナスフェーンが保証してやるさ。改めて礼を言うぜ、馬鹿弟子の腹を括ってくれて感謝する」
「おい師匠」
「おまけにいっちょ前にチビまで連れてきてよ!」

 彼は大きな声で笑いながら不貞腐れるヴォルカの肩をバシバシと叩く。モナは自分が呼ばれたことに驚きヴォルカの横で目を瞬かせた。

「わたし?」
「おう、聞いたぞ。お前も見つけたんだってな。いい弟子ができたってもんよ」

 慈しむようにモナを見下ろした彼は、そのままヴォルカに視線を移す。その目はどこか鋭い。

「ヴォルカ。お前は運もあるし目も利く! あとは覚悟を決めるだけだったんだ。なのにずっと逃げ回って困ったもんだぜ」
「……まだまだ、あんたに届かないと思ってたから」

 ヴォルカのつぶやきに、肩を叩く手が止まった。男性はやれやれと眉を下げて笑い、黒髪をわしわしと撫で回す。
 しばらくじゃれあった後、彼はおもむろに立ち上がり手を鳴らした。酒場と見間違うくらいの喧騒だったのが一気に静まり返り、中央のテーブルに視線が集まり始める。

「お前らよぉーく聞け! たった今より、採掘師ギルドのギルドマスターは正式にこの俺ギンからヴォルカに継承する! お前らも支えてやんなァ!!」
「「「オォ————!!!!」」」

 採掘師ギルドのテント内に響き渡る野太い声。
 ヴォルカはその黒目をぱちぱちと瞬かせ、照れくさそうにはにかんだ。

「ヴォルカ、おめでとう……でいいのかな」
「ああ。……これから、よろしくな。ユール」
「うん」
「オレの事も忘れないで欲しいんすけど!?」

 照れくさそうなヴォルカ。わあわあと喚くジーク。ぱちぱちと拍手するモナ。首を傾げつつ素直に祝うディオ。賑やかだけど穏やかな時間が過ぎようとしていた中で、その時は来た。
 ——突如、大きな鐘の音が鳴る。
 屋外・建物の中などは関係なく、IoUというゲームの中に構築された空間すべてにガラーン、ガラーン、と一定のリズムで鐘の音が鳴り響いている。

「え、っ何……!?」

 ユールが周りを見渡してみると、不思議なことが怒っていた。はにかんだまま止まっているヴォルカ。自分の隣には固まっているディオ。
 それだけでは無い、周りにいるNPCたちの時間が止まったかのようにその場で固まっているのである。
 一方で、ユールを含め来訪者プレイヤーは動くことができた。実際に採掘師ギルドのテントの中にも少しいて、彼らは周りを見回している。

「あの、これって……」
「ん、君はこれ初めてかい? 鐘の音はね、運営からの全体アナウンスだよ」
「先日ワールドクエストが解放された時にも鳴ったばかりだから、何がきっかけかはわからんが」
「なるほど……?」

 近くの来訪者プレイヤーらしき龍人たつじん族とエルファ族の二人に声をかけると、そういう風に返ってきた。
 なるほど、ゲームを始めたばっかりの時にライラが言ってたのはこれか。
 ユールはほっと息をついて耳を澄ます。きっかり十回の鐘の音が鳴った後、アナウンスが流れ出した。

『【イマジニング・オブ・ユートピア】をお楽しみ中の皆様にご案内いたします。ワールドクエストに進展がみられたため、追加ストーリークエスト「月影のウグニヤ・ライリーヤ」を解放いたします。皆様がこれまで旅をして得たものを反映させておりますので、詳細はシステムウィンドウよりご確認ください。ゲーム内の時間は三分後に再開いたします。引き続き、良き旅をお楽しみください』

 締めだろうか、また鐘の音が二回ほど鳴ってアナウンスは終了した。
 テントの中が一気に騒然とし始める。採掘師ギルド内にいた少数の来訪者プレイヤーだけでもこれだ。きっともっと人のいる場所であれば凄いことになっていただろう。
 ユールはシステムウィンドウを開き、久しぶりにワールドクエストの欄に目をやる。『理想郷ニ辿リ着クベシ』の文言に変わりなし。進捗率は……。

「じっ、十五!?  いつの間にそんな増えたんだ」

 ビィセンドに来てストーリーが進んだからって、シェミハザと対峙してからまだそんなに経っていない。しかしあれから十パーセントも増えている。
 採掘師ギルドの代替わりがそんなにワールドクエストにおいて進捗率が増えるようなイベントだったのだろうか。
 ユールが不思議に思いつつシステムウィンドウを眺めていると、肩が叩かれた。

「ねぇさっきの君、今十五パーセントって言った?」
「そ、そうだけど」
「兄さん、いきなり過ぎるだろう」
「だって色々聞きたいじゃない。僕らだってまだ二桁になったばかりなのに」

 振り返るとそこに居たのは、先程ユールが声をかけた二人だった。なにやらわあわあと言っているが、周りにも目をやるとこちらを窺っている声が聞こえる。

——おい、あれ金銀兄弟じゃね
——ほんとだ。トップランカーがこんなとこでなにしてんだ?

 トップランカーだって? 改めて彼らを見やると、確かにその装備品はレベルも高い強者のそれとすぐ分かるようなものだった。
 涼やかな目をきろりと周囲へ向けてから、龍人族の来訪者プレイヤーである彼はこちらへにこりと笑った。

「ごめんねぇ周りがうるさくて。本当はちゃんと話が聞きたいんだけど、君多分イベント中でしょう? 終わったら連絡をもらってもいいかな」
「兄さん、だから話が急すぎるだろうと……! すまない、俺は銀鳳ぎんほう、こちらは兄の金龍きんりゅうという」
「はぁ、ユールです……」

 ふむ、と頷いた銀鳳は空中を指でつついてシステムウィンドウを呼び出したようだ。遅れて金龍も指を鳴らしウィンドウを操作する。ピコン、と軽やかな音の後にユールの目の前にも追加のウィンドウがポップアップした。

——銀鳳さんからフレンド申請がありました。承諾しますか?
——金龍さんからフレンド申請がありました。承諾しますか?
 ▷YES or NO

「俺たちはワールドクエストに関する情報を集めていてな。無理にとは言わない、もしユールが良ければでいいんだ。話しても構わないと思ったら連絡をくれないか」
「まぁ……それくらいなら」
「そうか! 感謝する」

 少し考えて、ユールはYESを押した。話すくらいならと思ったのも本当だし、こっちも情報を貰えたらと少しの下心もある。ライラとザレアしかいなかったフレンド欄に、新たな二人の名前が刻まれた。
 にこにこと手を振っている金龍の背中を銀鳳が押しながら、慌ただしく二人は去っていく。
 ……なんか、嵐みたいだったな。
 ユールはふう、と息を吐いた。さて、そろそろ止まっていたゲーム内の時間が動き出す。
 NPCたちの話し声が段々と戻り始め、近くにいたディオやヴォルカ、ジークやモナの声がゆっくりと聞こえてくる。
 きょろ、と視線を動かしたユールに不思議そうな顔をしたディオは首を傾げていた。当たり前と言えば当たり前だが、彼らは時間が止まっていたことを認知していないようだ。

「ユール? どうかしたのか」
「……いや、なんでもない」
「? なんかあったら言えよ」

 ストーリークエスト、『月影のウグニヤ・ライリーヤ』。やはりここでも月影が出てくるのがひっかかる。
 黒闇の薬、ベールナルド、月影、ああキーワードが多い……!! どこから情報を集めたものか。
 ユールが頭を抱えていると、モナがユールの服の裾を引っ張った。

「ねぇユールにいちゃん、モナいっかいお家かえるね。おばあちゃんもにいちゃんたちもまってるし」
「あ、そっか。それもそうだ」
「ジーク、送ってやれ」
「はいはい。さ、モナちゃん行くっすよ〜」

 手を繋いで去っていく二人を見送ったユールは、はたと思い出した。酒瓶を持って離れようとしていたギンも呼び止め声をかける。

「なぁ、結局あのルナスフェーンってなんなんだ? 月影も何か関係があったりするのか?」
「おうおう質問責めだな。まぁ来訪者ならそこに疑問を持ってもおかしくねぇか」
「え、あんたそうだったのか」

 ヴォルカがユールへ視線を向けてくる。頷いて左手の甲の痣を見せれば、納得したように彼も頷いた。

「月影ってのは、ビィセンドで長いこと語り継がれてる義賊みてぇなもんさ」
「月影が現れる時っていうのはビィセンドに何かある時。そしてルナスフェーンが採れる時っていうのは、だいたいビィセンド王家に何かある時って言い伝えもあるんだ」
「へぇ!」

 なるほどそう繋がってくるのか! これはいいことを聞いた。ユールは頭の中にメモをしておく。隣で聞くディオも興味深そうに聞いていた。
 採掘師ギルドのテントの中はいつの間にか元通りのざわめきに落ち着きを取り戻し始めている。
 ギンはモナたちが向かった方向をちらりとみやりながら腕を組み、ひそりと零した。

「チビは気にかけてやった方がいい。スラムが最近浮き足立ってんだ」

 ディオと二人で顔を見合わせる。スラムで何かが出回っていて、浮き足立ってて、ルナスフェーンが出る時というのは王家に何かある時で? ビィセンドの現状から考えると、何が起きてもおかしくないわけだ。ディオが身を乗り出す。

「悪い、その事についてもう少し詳しく聞いてもいいか」
「連れの兄ちゃんは……だいぶ鍛えてんな。見たところどっかの軍人か?」
「んな大層なもんじゃねぇよ、シートレスの街の警備隊さ。ただ、向こうでやべぇ薬を使って街を荒らしたやつがいてな」

 ギンがディオの言葉に目を鋭くする。ヴォルカにギルドを頼むと言い、二人でテントの隅へ引っ込んだ。
 ヴォルカはユールを見上げる。

「ギルドマスターってのは、そのギルドがある周辺の治安管理も任されてる。それは戦闘職のギルドだけじゃなくてウチだってそうだ」
「え、治安管理……ってことは、ギンとヴォルカも戦えるのか?」

 ユールの問いに彼は肩をすくめて首を振る。

「師匠はヨデンにいた時刀振ってたらしいけど俺は無理。その分荒事はジークに投げてる」
「ジークはダンジョンでも強かったもんな」
「ああ。あいつはもともと闘技場に出てたから」
「へぇ!」

 道理で。ユールが感心した声をあげるとシステム音がする。ちらと通知を見れば、ログアウトを促すアラームが鳴り始めていた。
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