3,砂都の誘い
音を立てて到着した石畳のエレベーターから、ユールたちは恐る恐る足を踏み出した。石畳はどうやらすぐに元の位置に戻るわけではないらしく、はるか遠くにぽっかりと同じ大きさの穴が空いているのが見える。
上の階とは異なり壁画があったりとどこか遺跡めいた地下都市は、通常であれば探索をするのに心を踊らせることだろう。しかし今のユールにそんな余裕は無い。
「さて、ここにどんな魔物が出てくるかは分からないけど……まずはさっきの音の主を探さなきゃな。どっちの方向かわかるか?」
「んと、えと…………あっち!」
目をぎゅっと瞑ってしばらく耳をすませていたモナが指を指す。相変わらず凄い聴覚だと感心しながら歩き始めた。
しかし、あんなに大きな音をたてて下に降りてきた割に魔物が反応して出てこないどころか全く現れない。そんなことがあるのか?
ユールが考えている傍で、モナが上と同様に小石を拾い上げて首を傾げた。
「ね、ユールにいちゃん。これたぶん上でひろったのよりいい石!」
「素材としてグレードが高いってことか? つまりレアアイテムもゲットできるかも……ってか、なんなんだここのフロア」
壁画をよく観察しても翻訳がされないので読むことができない。拡大はできるから街で情報を手に入れるか、古い文字の読み方が分かれば解読できるのかもしれないが……無い物ねだりをしたって仕方ない。気になるけれど、可能なら後でまた詳しそうな人を連れて一緒に来よう。エルウィンとか。そう決めてユールはモナが手を引く方向へ歩き出した。
そういえばディオと連絡とってないけど大丈夫、だよな? 用事済ませたら合流ってなってるし、ディオに話しかけたらメインストーリーが進むって形だろうから平気っていえば平気だろう。うん。
心の中で自分を納得させて、素材を拾いながら歩くことしばらく。相変わらず魔物は全く出てこない。
「もしかして隠しエリアかここ……」
ぼそりとユールが呟くと、モナがこっちを振り返った。首を捻っているあたり、どうやら独り言は聞かれなかったらしい。
彼女はぶんぶんと手を振りユールを呼んでいる。
「ユールにいちゃん、音がちかくなってる!」
「よし、そーっと行こう」
二人で壁際に寄って曲がり角の先を伺うと、今度はユールの耳にもツルハシの音が聞こえてきた。
——なぁ、やっぱ……来ること……じゃねぇの……
——いいんすよ、……だけじゃあ……から……
……二人いる。男性の声だ。ユールは杖を改めて構え直してモナを後ろに下げた。少しだけ壁から顔をのぞかせた先には黒髪の猫の獣人 族の男と金髪のヒューマン族の男が話しているのが見える。ツルハシを持っているのは獣人族のほうだ。
彼は壁が欠けて山のようになっている場所に黙々とツルハシを振り下ろしては石を見分している。
ふと金髪の男の方が腰に佩いた大剣に手を掛けたままこちらを振り返り、声をあげた。
「そこに二人いるっすよね。悪いこと言わないんで出てきた方が身のためっすよ」
「ジーク?」
「あぁアンタは下がってて……。ほら! どうします?」
肌を刺すような威圧感。視線照準で見る限りエネミーではないと思いたいが、これを出しているのが多分NPCだというのだから恐ろしい。
モナと顔を見合わせて、ユールがまず前に出た。モナはユールの後ろから顔を出している。金髪の男はきょとりと目を瞬かせた。
「ありゃ、子供かなとは思ってたけどずいぶん小さい子だ。じゃあそっちの人はえらく質の良い護衛さんって感じっすかね」
「ここに来られたのはたまたまだ。人探しをしてたんだけど……」
ユールは言葉を切って黒髪の獣人族の男を見やる。彼もツルハシを振るう手を止めてこちらを見ていた。大きな黒目と視線が合う。今まで出会った採掘師ギルドの人達と同じような服装だが、彼の身につけているものは格段に使い込まれていた。よっぽどツルハシを振るってきたのだろう。
「採掘師ギルドの新しいギルドマスターを探してるんだ。ここに来たのは、先代や他の採掘師たちがルナスフェーンが掘れるところにいるだろうって」
「あぁ……間違っちゃいないな」
「ってことは、あんたが新しいギルドマスターなのか?」
ユールの問いかけに彼は黒い猫耳を横に倒し目を細めた。
「……まだ決まってない。そもそも俺は了承した覚えもねぇし、この場所を見つけたことすら師匠に言ってねぇ」
「にいちゃんじゃないの?」
「違う。あとヴォルカでいい、そんな呼び方されるような人間じゃねぇ」
嫌そうに首を振り、大きくため息を吐いて彼は腕を組む。その足元には黄色く輝く石の混じった岩がいくつか転がっていた。
「正確に言うと、この発掘ポイントさえ見つけちまえば誰だってルナスフェーンを採れるんだ。たとえばお前みたいな冒険者とかもな」
「それだけ見つけにくいってことじゃないのか? 俺だってモナが見つけてくれなかったらここに来てないし」
「こんなちっちゃい嬢ちゃんが? へぇ……」
モナはえへん! と言わんばかりに胸を張る。彼女のそばに、ヴォルカは自身の頭をかいてしゃがみこんだ。彼の視線は真剣そのものだ。
「嬢ちゃん、上にはもっと安全に金になる鉱石を採れる場所だってある。スラムの奴らにだってそう教えられてきたはずだ。なのに危険を犯してまでルナスフェーンを探してた理由はなんだ」
「や、成り行きというか俺がついでに一緒に、って言ったのであってモナが無茶をしたわけじゃ……」
「はぁいアンタは静かにしててくださいっす。今あの人はお嬢ちゃんに聞いてるんで」
ユールはモナを庇うべく間に入ろうとしたが、金髪の男性に肩を抑えられ止められてしまう。
モナは心配そうにこちらを見ていたが、やがてキリッとした顔つきで答えた。
「あのね、にいちゃんたちのおてつだいがしたいの! 月影のお話にでてくるような石なら、お金もだけど、きっともってたらいいことあるから! でしょ?」
彼女の答えに黒目を瞬かせた男性は一瞬鳩が豆鉄砲を食らった顔をした後、大きな声で笑いだした。
肩が解放されたユールは急いでモナのそばに駆け寄ったが、彼女はどこか自信ありげに息巻いている。ダンジョンの入口で出会った頃とは見違える様だった。きっとこの冒険で彼女にも得るものがあったのかもしれない。なんだか親戚の子に大きくなったな、と思うような気持ちがユールに湧いてくる。
ヴォルカはひとしきり笑って目尻の涙を払うような仕草をしてから「ジーク、」と呼びかけた。
「はいはい。諦めはついたんすか、ヴォルカさん」
「うるせぇ。帰るぞ」
「も〜意固地にならずにさっさと腹くくればいいのに! アンタは持ってる人なんすよ」
「そういう問題じゃねぇんだよ。……けど、そうだな。やっぱりこの石を持ってるといいことがあるみてぇだから」
ヴォルカは足元にある中くらいのルナスフェーンをポケットに入れ、次は一際大きなそれをもうひとつ拾い上げて大きい方をモナに手渡す。彼女はきょとりと目を瞬かせ首を傾げた。
「いいの?」
「ああ。むしろ持ってけ。お前はちゃんとここを見つけたんだからな」
「……あれっ。つまり、それって」
ユールははたと気づく。ルナスフェーンを発掘した採掘師が採掘師ギルドの新しいギルドマスターになるというのなら、モナにもその資格ができたのでは?
そんなことは露知らず、モナは「おっきーい! きれーい!」などと言って喜んでいる。
慌てて伝えようとしたユールをジークと呼ばれた男性が手招きした。その表情はあくまで穏やかだ。
「気づいちゃいました? まぁ資格があるってだけなんで、とりあえずはヴォルカさんが継ぐから安心してくださいっす」
「お、おう? じゃあやっぱり……」
「あんなちっちゃいのに見つけちゃうのも凄いっすけどね。才能の塊。だからギルドで育てるつもりなんじゃないかなあの人」
ジークはそう言ってヴォルカの方を見た。不器用な手つきで喜んでいるモナの頭を撫でているヴォルカもまた、憑き物が落ちたような表情をしている。
そういえば、ヴォルカは以前からここを見つけていたようなのにどうして先代に伝えていなかったのだろうか。それとなくジークに聞いてみると、彼はこっそり教えてくれた。
「自信がなかったんですって」
「えっ? けど腕はいいんだろ? ここに来るまでに会った採掘師ギルドの人達、皆あいつだろうって言ってたし……それってヴォルカのことじゃないのか?」
「あー……それなんすけど、本人は周りに慕われてて腕も買われてるって自覚ないんすわ。俺だって何回も言ってるんすけどね!」
やれやれと肩をすくめるこいつも苦労しているらしい。だがその表情は晴れやかだ。仲のいいやつが認められることが嬉しいのかもしれない。
二人で話していると、ひとしきりじゃれあったモナとヴォルカがこちらへ向かってくる。さっきのは内緒で、とでも言うようにこちらへ目配せをしたジークがモナを抱き上げた。彼女は急に高くなった視線にきゃらきゃら笑っている。
隣に並んだヴォルカが黒い猫耳をぴんと伸ばしてこちらを見上げた。ユールは彼が思ったより小柄なことに驚く。もしかしたら想像より若いのかもしれない。
「そういえば、お前の名前を聞いてなかった」
「ほんとだ。俺はユール。よろしくヴォルカ」
「こちらこそ。これから付き合いが長くなるかもしれないしな」
「そうだそれだよ、俺彫金師ギルドの友達に頼まれてあんたを探してたんだ」
ユールがヴォルカを指さす。先代ギルドマスターを師匠と呼ぶ彼だ、ギルドマスターの周りのことなども把握しているのだろう。眉をひそめた彼はしばらく考えた後、合点がいったかのように頷いた。
「ギルドマスターともなると冒険者や来訪者たちとも取引するようになるしな。最近師匠の所に来てたのはあの派手な服の……なんていったかな」
「もしかしてザレアか?」
「ああそう、そんな名前の。よく師匠が揶揄っていてな、気の毒だとは思っていたんだ」
気の毒だと思われてたんだ、あいつ……。ユールは軽い笑いを零すしかなかった。
さて、いつまでもダンジョンの中にいても仕方ない。まずはここを抜けて採掘師ギルドに向かわなければ。
連れ立って石畳のエレベーターに乗り込み、地下都市を見下ろす。
「この地下都市は古代エルシロス時代に人が暮らしていた街らしい」
「なーんでダンジョンの中にあるんすかね。まぁわかんなくても難しいことは学者先生とかそういう人が調べるでしょうけど」
「ははっ、確かにそうだ」
「こんなキラキラなのになんですてちゃったのかなぁ、もったいないねぇ」
頬を膨らませるモナの頭を撫でる。スラム育ちの彼女からしてみれば初めて見るものもたくさんだろう。
今度は危なげなく石畳のエレベーターを乗り切り、行きとは倍の人数でダンジョン内を歩く。来た道と様子は変わっていないから、入る度に道が変わる系のものではないようだ。ありがたい。正直こどもがいる中で新しい道は怖いから。
道中飛び出してきた魔物をジークがばっさばっさと大剣で薙ぎ倒していく。あれもかなりのレベルの大剣だと思われるのだが、彼はいったい何者なんだろうか。めちゃくちゃ強いことは太刀筋からわかるんだけど。
ほどんどユールが回復魔法を使う暇もなく、あっという間に入口まで戻ってきた。
ダンジョンの入り口、ピラミッドの周りの人混みから、採掘師ギルドの人たちが我先にと走り寄ってくる。あっという間にヴォルカは宙へと高く担ぎ上げられる。
「わ、っちょ、なんだよ!」
「帰ってきた!」
「おいてめぇヴォルカ! やっぱりやりやがったな!」
「おめえならやると思ってたぜ!」
「胴上げだーっ!!」
「い、いからっ、降ろせってば、うわ、じッ、ジーク!」
「はいはい兄さん方、降ろしてあげてくださいっす~」
助けを求めるヴォルカは戸惑ってはいるものの、どこか嬉しそうだ。ジークもなんだかんだ笑っているし、モナとユールからも笑い声がこぼれた。
この時はダンジョンをひとつ攻略し、モナのクエストもクリア出来そうでなんだか達成感に満ちていて、後のことなんて忘れていたんだ。
採掘師ギルドに向かうモナたちと別れ、街に戻って冒険者ギルドの顔役であるハリスに呆れた顔で首を振られるまで、すっかり。
「………………」
「あの、」
「ん?」
「ええと、その……ディオ……」
ところ変わって宿屋の一室。床に正座したユールの前には、椅子に深く腰掛け腕を組んだディオがいる。
その表情は怖いってものじゃない。顔がいいやつの真顔ってこんなに迫力があるんだ、と思わせるような、そういう顔だ。眉間に皺をぐっと寄せ、こちらを見下ろしている。
ユールは内心パニックだった。ログアウトがてら一旦宿に戻ろうくらいの気持ちだったのに、なんでこうなってる!?
上の階とは異なり壁画があったりとどこか遺跡めいた地下都市は、通常であれば探索をするのに心を踊らせることだろう。しかし今のユールにそんな余裕は無い。
「さて、ここにどんな魔物が出てくるかは分からないけど……まずはさっきの音の主を探さなきゃな。どっちの方向かわかるか?」
「んと、えと…………あっち!」
目をぎゅっと瞑ってしばらく耳をすませていたモナが指を指す。相変わらず凄い聴覚だと感心しながら歩き始めた。
しかし、あんなに大きな音をたてて下に降りてきた割に魔物が反応して出てこないどころか全く現れない。そんなことがあるのか?
ユールが考えている傍で、モナが上と同様に小石を拾い上げて首を傾げた。
「ね、ユールにいちゃん。これたぶん上でひろったのよりいい石!」
「素材としてグレードが高いってことか? つまりレアアイテムもゲットできるかも……ってか、なんなんだここのフロア」
壁画をよく観察しても翻訳がされないので読むことができない。拡大はできるから街で情報を手に入れるか、古い文字の読み方が分かれば解読できるのかもしれないが……無い物ねだりをしたって仕方ない。気になるけれど、可能なら後でまた詳しそうな人を連れて一緒に来よう。エルウィンとか。そう決めてユールはモナが手を引く方向へ歩き出した。
そういえばディオと連絡とってないけど大丈夫、だよな? 用事済ませたら合流ってなってるし、ディオに話しかけたらメインストーリーが進むって形だろうから平気っていえば平気だろう。うん。
心の中で自分を納得させて、素材を拾いながら歩くことしばらく。相変わらず魔物は全く出てこない。
「もしかして隠しエリアかここ……」
ぼそりとユールが呟くと、モナがこっちを振り返った。首を捻っているあたり、どうやら独り言は聞かれなかったらしい。
彼女はぶんぶんと手を振りユールを呼んでいる。
「ユールにいちゃん、音がちかくなってる!」
「よし、そーっと行こう」
二人で壁際に寄って曲がり角の先を伺うと、今度はユールの耳にもツルハシの音が聞こえてきた。
——なぁ、やっぱ……来ること……じゃねぇの……
——いいんすよ、……だけじゃあ……から……
……二人いる。男性の声だ。ユールは杖を改めて構え直してモナを後ろに下げた。少しだけ壁から顔をのぞかせた先には黒髪の猫の
彼は壁が欠けて山のようになっている場所に黙々とツルハシを振り下ろしては石を見分している。
ふと金髪の男の方が腰に佩いた大剣に手を掛けたままこちらを振り返り、声をあげた。
「そこに二人いるっすよね。悪いこと言わないんで出てきた方が身のためっすよ」
「ジーク?」
「あぁアンタは下がってて……。ほら! どうします?」
肌を刺すような威圧感。視線照準で見る限りエネミーではないと思いたいが、これを出しているのが多分NPCだというのだから恐ろしい。
モナと顔を見合わせて、ユールがまず前に出た。モナはユールの後ろから顔を出している。金髪の男はきょとりと目を瞬かせた。
「ありゃ、子供かなとは思ってたけどずいぶん小さい子だ。じゃあそっちの人はえらく質の良い護衛さんって感じっすかね」
「ここに来られたのはたまたまだ。人探しをしてたんだけど……」
ユールは言葉を切って黒髪の獣人族の男を見やる。彼もツルハシを振るう手を止めてこちらを見ていた。大きな黒目と視線が合う。今まで出会った採掘師ギルドの人達と同じような服装だが、彼の身につけているものは格段に使い込まれていた。よっぽどツルハシを振るってきたのだろう。
「採掘師ギルドの新しいギルドマスターを探してるんだ。ここに来たのは、先代や他の採掘師たちがルナスフェーンが掘れるところにいるだろうって」
「あぁ……間違っちゃいないな」
「ってことは、あんたが新しいギルドマスターなのか?」
ユールの問いかけに彼は黒い猫耳を横に倒し目を細めた。
「……まだ決まってない。そもそも俺は了承した覚えもねぇし、この場所を見つけたことすら師匠に言ってねぇ」
「にいちゃんじゃないの?」
「違う。あとヴォルカでいい、そんな呼び方されるような人間じゃねぇ」
嫌そうに首を振り、大きくため息を吐いて彼は腕を組む。その足元には黄色く輝く石の混じった岩がいくつか転がっていた。
「正確に言うと、この発掘ポイントさえ見つけちまえば誰だってルナスフェーンを採れるんだ。たとえばお前みたいな冒険者とかもな」
「それだけ見つけにくいってことじゃないのか? 俺だってモナが見つけてくれなかったらここに来てないし」
「こんなちっちゃい嬢ちゃんが? へぇ……」
モナはえへん! と言わんばかりに胸を張る。彼女のそばに、ヴォルカは自身の頭をかいてしゃがみこんだ。彼の視線は真剣そのものだ。
「嬢ちゃん、上にはもっと安全に金になる鉱石を採れる場所だってある。スラムの奴らにだってそう教えられてきたはずだ。なのに危険を犯してまでルナスフェーンを探してた理由はなんだ」
「や、成り行きというか俺がついでに一緒に、って言ったのであってモナが無茶をしたわけじゃ……」
「はぁいアンタは静かにしててくださいっす。今あの人はお嬢ちゃんに聞いてるんで」
ユールはモナを庇うべく間に入ろうとしたが、金髪の男性に肩を抑えられ止められてしまう。
モナは心配そうにこちらを見ていたが、やがてキリッとした顔つきで答えた。
「あのね、にいちゃんたちのおてつだいがしたいの! 月影のお話にでてくるような石なら、お金もだけど、きっともってたらいいことあるから! でしょ?」
彼女の答えに黒目を瞬かせた男性は一瞬鳩が豆鉄砲を食らった顔をした後、大きな声で笑いだした。
肩が解放されたユールは急いでモナのそばに駆け寄ったが、彼女はどこか自信ありげに息巻いている。ダンジョンの入口で出会った頃とは見違える様だった。きっとこの冒険で彼女にも得るものがあったのかもしれない。なんだか親戚の子に大きくなったな、と思うような気持ちがユールに湧いてくる。
ヴォルカはひとしきり笑って目尻の涙を払うような仕草をしてから「ジーク、」と呼びかけた。
「はいはい。諦めはついたんすか、ヴォルカさん」
「うるせぇ。帰るぞ」
「も〜意固地にならずにさっさと腹くくればいいのに! アンタは持ってる人なんすよ」
「そういう問題じゃねぇんだよ。……けど、そうだな。やっぱりこの石を持ってるといいことがあるみてぇだから」
ヴォルカは足元にある中くらいのルナスフェーンをポケットに入れ、次は一際大きなそれをもうひとつ拾い上げて大きい方をモナに手渡す。彼女はきょとりと目を瞬かせ首を傾げた。
「いいの?」
「ああ。むしろ持ってけ。お前はちゃんとここを見つけたんだからな」
「……あれっ。つまり、それって」
ユールははたと気づく。ルナスフェーンを発掘した採掘師が採掘師ギルドの新しいギルドマスターになるというのなら、モナにもその資格ができたのでは?
そんなことは露知らず、モナは「おっきーい! きれーい!」などと言って喜んでいる。
慌てて伝えようとしたユールをジークと呼ばれた男性が手招きした。その表情はあくまで穏やかだ。
「気づいちゃいました? まぁ資格があるってだけなんで、とりあえずはヴォルカさんが継ぐから安心してくださいっす」
「お、おう? じゃあやっぱり……」
「あんなちっちゃいのに見つけちゃうのも凄いっすけどね。才能の塊。だからギルドで育てるつもりなんじゃないかなあの人」
ジークはそう言ってヴォルカの方を見た。不器用な手つきで喜んでいるモナの頭を撫でているヴォルカもまた、憑き物が落ちたような表情をしている。
そういえば、ヴォルカは以前からここを見つけていたようなのにどうして先代に伝えていなかったのだろうか。それとなくジークに聞いてみると、彼はこっそり教えてくれた。
「自信がなかったんですって」
「えっ? けど腕はいいんだろ? ここに来るまでに会った採掘師ギルドの人達、皆あいつだろうって言ってたし……それってヴォルカのことじゃないのか?」
「あー……それなんすけど、本人は周りに慕われてて腕も買われてるって自覚ないんすわ。俺だって何回も言ってるんすけどね!」
やれやれと肩をすくめるこいつも苦労しているらしい。だがその表情は晴れやかだ。仲のいいやつが認められることが嬉しいのかもしれない。
二人で話していると、ひとしきりじゃれあったモナとヴォルカがこちらへ向かってくる。さっきのは内緒で、とでも言うようにこちらへ目配せをしたジークがモナを抱き上げた。彼女は急に高くなった視線にきゃらきゃら笑っている。
隣に並んだヴォルカが黒い猫耳をぴんと伸ばしてこちらを見上げた。ユールは彼が思ったより小柄なことに驚く。もしかしたら想像より若いのかもしれない。
「そういえば、お前の名前を聞いてなかった」
「ほんとだ。俺はユール。よろしくヴォルカ」
「こちらこそ。これから付き合いが長くなるかもしれないしな」
「そうだそれだよ、俺彫金師ギルドの友達に頼まれてあんたを探してたんだ」
ユールがヴォルカを指さす。先代ギルドマスターを師匠と呼ぶ彼だ、ギルドマスターの周りのことなども把握しているのだろう。眉をひそめた彼はしばらく考えた後、合点がいったかのように頷いた。
「ギルドマスターともなると冒険者や来訪者たちとも取引するようになるしな。最近師匠の所に来てたのはあの派手な服の……なんていったかな」
「もしかしてザレアか?」
「ああそう、そんな名前の。よく師匠が揶揄っていてな、気の毒だとは思っていたんだ」
気の毒だと思われてたんだ、あいつ……。ユールは軽い笑いを零すしかなかった。
さて、いつまでもダンジョンの中にいても仕方ない。まずはここを抜けて採掘師ギルドに向かわなければ。
連れ立って石畳のエレベーターに乗り込み、地下都市を見下ろす。
「この地下都市は古代エルシロス時代に人が暮らしていた街らしい」
「なーんでダンジョンの中にあるんすかね。まぁわかんなくても難しいことは学者先生とかそういう人が調べるでしょうけど」
「ははっ、確かにそうだ」
「こんなキラキラなのになんですてちゃったのかなぁ、もったいないねぇ」
頬を膨らませるモナの頭を撫でる。スラム育ちの彼女からしてみれば初めて見るものもたくさんだろう。
今度は危なげなく石畳のエレベーターを乗り切り、行きとは倍の人数でダンジョン内を歩く。来た道と様子は変わっていないから、入る度に道が変わる系のものではないようだ。ありがたい。正直こどもがいる中で新しい道は怖いから。
道中飛び出してきた魔物をジークがばっさばっさと大剣で薙ぎ倒していく。あれもかなりのレベルの大剣だと思われるのだが、彼はいったい何者なんだろうか。めちゃくちゃ強いことは太刀筋からわかるんだけど。
ほどんどユールが回復魔法を使う暇もなく、あっという間に入口まで戻ってきた。
ダンジョンの入り口、ピラミッドの周りの人混みから、採掘師ギルドの人たちが我先にと走り寄ってくる。あっという間にヴォルカは宙へと高く担ぎ上げられる。
「わ、っちょ、なんだよ!」
「帰ってきた!」
「おいてめぇヴォルカ! やっぱりやりやがったな!」
「おめえならやると思ってたぜ!」
「胴上げだーっ!!」
「い、いからっ、降ろせってば、うわ、じッ、ジーク!」
「はいはい兄さん方、降ろしてあげてくださいっす~」
助けを求めるヴォルカは戸惑ってはいるものの、どこか嬉しそうだ。ジークもなんだかんだ笑っているし、モナとユールからも笑い声がこぼれた。
この時はダンジョンをひとつ攻略し、モナのクエストもクリア出来そうでなんだか達成感に満ちていて、後のことなんて忘れていたんだ。
採掘師ギルドに向かうモナたちと別れ、街に戻って冒険者ギルドの顔役であるハリスに呆れた顔で首を振られるまで、すっかり。
「………………」
「あの、」
「ん?」
「ええと、その……ディオ……」
ところ変わって宿屋の一室。床に正座したユールの前には、椅子に深く腰掛け腕を組んだディオがいる。
その表情は怖いってものじゃない。顔がいいやつの真顔ってこんなに迫力があるんだ、と思わせるような、そういう顔だ。眉間に皺をぐっと寄せ、こちらを見下ろしている。
ユールは内心パニックだった。ログアウトがてら一旦宿に戻ろうくらいの気持ちだったのに、なんでこうなってる!?
