3,砂都の誘い
ユールとモナの二人が足を踏み入れたダンジョンの中はピラミッド状の見た目に反して薄暗く、砂と岩で囲まれた洞窟のようになっていた。どうやら外観とは比例しないようだ。
洞窟の奥の方から聞こえてくるキィキィと甲高い鳴き声にびく、と肩を震わせる彼女を宥めながらユールはマップを開く。現在地が入口、そこからまっすぐ進むと発掘ポイントのひとつが見えてくるらしい。気丈にも手伝うと言ってくれたモナにはカンテラを持ってもらい、灯りを頼りに少しずつ進む。
「ユールにいちゃんはだれをさがしてるの?」
「採掘師ギルドの新しいギルドマスターなんだけど……知ってたりする?」
「んーん。刀のおじちゃんじゃないの?」
「違うらしいんだよなぁ……刀?」
「おじちゃん、刀をつくるのがすきなんだって」
そして、たまにお菓子をくれるらしい。くふくふと笑いながら先代のギルドマスターについては教えてくれた。
時折現れる魔物を倒しつつ、話しながら歩いていくことしばらく。ユールたちはひとつめの採掘ポイントにやってきた。まだ入口に近いからか、モナくらいの子供たちも見える。彼らが拾っているのは手のひらサイズの石だった。
「あれはね、ぶきになるの! だからあつめてもっていくとパンをかえるんだよ」
「なるほど? 材料ってわけだ」
彼女がいくつか拾って鞄に詰め込む間、ユールは洞窟内を観察していた。採掘ポイントと言うからにはもっと炭鉱みたいなのをイメージしていたのに、あるのは岩肌の見えるトンネルだ。ツルハシを使って採掘をするような人も居ないし、新しいギルドマスターというのはほかのフロアにいるのかもしれない。
「モナ、探してたのはこれ?」
尋ねると彼女は少し考えてから首を振った。周囲をきょろりと見回してから、こそりとユールの耳元で囁く。
「あのね、もっとおっきくてキレイな石がひろえるんだって」
「へぇ、どういうやつだ?」
「えーっと、黄色くて、きらきらしてるの。おばあちゃんがいってたんだけど、この街の王さまも気にいる石!」
「王様まで気にいるっていうならそりゃ凄いんだろうな」
「うんっ! スラムでとってくる人は少ないけど、ぼうけんしゃさんとならとれるってきいたの。ユールにいちゃんがいっしょならとれるよね?」
宝石にも負けないキラキラとした視線がユールを刺激する。多分ドロップ率低いやつなんだろうなぁ……。遠い目をしつつ、頑張ろうな、で誤魔化した。
にしても、黄色い石、黄色い宝石……どこかで見たような。
考えても思い出せなかったユールは、気を取り直してマップにある二つ目の採掘ポイントへ足を進める。この辺りまで来ると冒険者や来訪者 の数が増えてきた。出現する魔物も若干強くなって来ている気がする。
様子をうかがいながら小部屋に入ると、さらさらと砂時計のように砂が天井の隙間から落ちている。そして壁際にカンカンとツルハシを打ち付けるNPCがいた。頭上にはクエストマークが付いている。彼は砂に埋もれた小石をいくつか拾い上げると、ため息をついて鞄に放り込んだ。
「あの、採掘師ギルドの人ですか」
「おう。それがどうした兄ちゃん」
「えーっと、黄色い石? を探しているんですけど……あと採掘師ギルドの新しいギルドマスターも」
ユールがそう尋ねると、彼は目を瞬かせた後からからと笑う。モナと二人で顔を見合わせた。
彼は鞄から取り出したレジャーシートのようなものを広げ、その上であぐらを組む。慣れたように手招きするものだから、ユール達はおずおずとお邪魔した。水筒からスープが出てきたり、おやつやおつまみが出てきたりと随分準備万端らしい。モナも最初はおっかなびっくりしていたのだが、あっという間に追加のおやつまで貰っていた。
ふう、と一息ついてから彼は切り出す。
「探してるのがそいつならちょうどいい。ルナスフェーンが掘れる所に新しいギルドマスターが居るだろうよ」
「ルナスフェーンって、その王様も気にいるっていう石のこと?」
「きらきらのやつ?」
矢継ぎ早に尋ねるユールたちを抑えながら、採掘師の彼は鷹揚に頷いた。
「おう、手に入れるにはそもそも凄腕の採掘スキルが必要でな。新しいギルドマスターになるための試験が代々それなのさ」
「ちょっと待って、それってまだ試験中ってこと? 誰でも可能性があるってこと!?」
驚きの声を上げたユールに向かって、彼は肩を竦め、慌てた様子もなくカップの中身を啜る。背後では変わらず天井から砂が落ちていた。
「そういうこった。まぁ誰が、ってだいたいの予測はつくがな。けど物は試し、掘ってみてぇって欲はビィセンドの採掘師なら誰でも抱くもんさ」
どっこいしょ、と彼は呟きながら立ち上がる。その口ぶりは半分諦めたような声色なのに、どこか目には光が宿っていた。
「そういうわけで、俺はもうちょっとやってくわ。じゃあなお二人さん!」
ツルハシを背負い直し、またからからと笑いながら去っていった。モナが抱え直したカンテラの音が小部屋に響く。ぽかんとして彼を見送っていた二人だったが、気を取り直してこぼれ落ちる砂の中をまたゆっくり歩き出した。
それからというもの、いくつかの小部屋を覗いたりしたのだが一向にルナスフェーンも、それを掘り当てた採掘師も見つからない。道中に出会った採掘師ギルドの面々も口を揃えて「あいつなら可能性があるかもなぁ」、と言うだけだ。あいつ、というからには思い当たる人物がいるのだろう。どんな人なのだろうか。
考えながら進んでいくうちに足音が変わる。古めかしい石畳の道には何もなく、採掘ができそうなものも拾えそうなものも何もない。ただただ真っ直ぐな道が続くばかり。
その時ふと、今まで一緒に並んでいた小さな足音が止んだ。
「モナ、どうした?」
問いかけても彼女はきゅっと口元を結んだまま俯いている。ユールが近くへ寄っても唇をもごもごとさせるばかりでだんまりだ。猫耳が頼りなく折れている。
「……疲れちゃった? 休憩する?」
「……んーん。ねぇユールにいちゃん、このへんで黄色い石、ほんとにとれるのかな」
「どうだろう……。けど、間違いなく見つけるのは難しいだろうな」
「そうだよね……」
恐らくだがルナスフェーンはボスドロップか、採掘師のスキルでないと見つけられないか、はたまたイベントアイテムなのではないかとユールは思い始めていた。
もしそうなのだとしたら、現状だとかなり分が悪い。周回前提のものであればこのままモナを連れて単独で行くのも難しくなるし、スキルが必要なのであればそれこそ詰みだ。
可能性があるとすればイベントアイテムだった場合だが、この辺りのフロアで見かけないとなるとダンジョンのもっと深いエリアにいるのかもしれない。今の自分の装備で行ける場所ではない可能性だってある。
いくつかの可能性を考えて、けれどやっぱりユールにはこの小さな子供を置いていくことはできなかった。
「モナ、聞いて。モナが頑張れるなら俺ももう少し頑張る。この先のフロアに進むのも、もし帰るのでも一緒について行く」
眉も猫耳もしっぽもへにょりと下がった彼女には酷かもしれない。NPCに委ねるのも馬鹿げていると思うやつだっているだろう。けれど、ユールはたとえAIで導き出されたものだとしても、彼女の意志を尊重したかった。
指を絡めて、視線を彷徨わせるモナ。だが、ダンジョンに一人でも来ようと思うだけの意思があったはずなのだ。
時折甲高い魔物の鳴き声や羽ばたきが聞こえる中、じっと待つ。ユールの耳が震える声を捉えた。
「あの、モナにできることはすくないんだけど、ユールにいちゃんにおねがいばっかりしちゃうんだけど」
「うん」
「でも、でも、モナもがんばりたい……! いつもいっぱいたすけてくれるから、モナもにいちゃんたちのお役にたちたいの!」
大きな目に溢れんばかりの涙を浮かべて、彼女は必死に訴えた。
——大前提として。ゲームにおいて、特にRPGなんかはおつかいや依頼のクエストを受けてストーリーが進むものだ。だから受けないという選択肢は実際の所あまりない。
けれど、定石であるからこその理由付けを味わうのが好きだった。
今まで遊んできたゲームでもそうだ。世界観やストーリーの考察をすることが好きだからこそ、設定やバックボーンに関わる小ネタを拾うのが楽しい。よくあるおつかいクエストはその世界観を知るためのものだと思っているし、チュートリアルをすっ飛ばすこともしない。キャラメイクがあるゲームでは、自分がその世界に生きていたらをイメージしてプレイするから尚更だ。
今回のモナのことだって、『そういうもの』としてただ受け入れたっていい。けれどユールはせっかく彼らはこの世界で考え生きているのだから、彼らの考えを知りたかった。
ユールはゆっくりと手を伸ばし、モナの頭を撫でる。
「じゃあ、あともうちょっと頑張らなきゃだな」
「! うんっ!」
彼女はぱあ、と表情を明るくし、大きく頷いた。その頬を拭ってやってから歩き出す。その二人の足取りは先程と違って軽いものだった。
おしゃべりをする余裕が出てきたモナもカンテラの火を揺らしながらご機嫌だ。
「ルナスフェーンはね、月影 のおはなしにもでてくるの」
「月影?」
「そう! ビィセンドのみんなが知ってるお話なの。街のみんなのことがすきでー、みんなをたすけにきてくれるの!」
「へぇ……ヒーローみたいなのか」
月影。なるほどそれがビィセンドでのメインストーリーのキーワードなのかもしれない。頭の隅に書き留めておく。
「にいちゃんたちが夜ねる前にきかせてくれるんだよ。月影はギゾクってやつなんだって」
「ギゾク……あぁ、義賊な。じゃあ表立ってのヒーローじゃないのか」
「わかんない。けど、えらいけどわるい人をこらしめるんだって!」
「あ〜それは貴族王族社会には鉄板のやつ……」
ユールの呟きにモナは首を捻っていた。
すっかり話し込みながら歩くことしばらく、魔物の鳴き声すら聞こえなくなってきた。朽ち欠けた石の道を様子を伺いながら歩く。所々大きな穴が空いていて、下から風が流れる音がするからどこかの空間に通じているのだろう。覗き込んでみると遠くで微かに音がするので何か、あるいは誰かがいるのは確かだ。
モナの猫耳がぴょこぴょこ動く。
「かつーんかつーん、って音がする! さっきおやつくれた人みたいな音!」
「お、アタリか。もっと下に採掘師がいるってことで間違いなさそう。あとはどうやって行くかだけど……」
周りを見渡してみても階段のようなものは見当たらない。何か仕掛けがないかと壁に目をこらすと、行き止まりの壁の所々に窪んでいるような跡がある。
こういうのは、どっかに隠しスイッチがあって調べてみたら……みたいなのが多いんだよな。
「ユールにいちゃんちょっと来て! ここ見てほしいの!」
「ん?」
モナに手招きされた壁によく目を凝らしてみると、とても小さいがやけにピカピカとしている小石が嵌っていた。小石の周辺に僅かなゆとりも見えるから、押してみることもできそうだ。
「ここだけ随分小綺麗だな……」
「どうしたの?」
「ほら、スイッチみたいなのがある。もしかしたら下に行く仕掛けがあるかも。モナ、お手柄だぞ」
「ほんと!?」
モナの大きな目がきらりと光を宿した。しっぽもゆらゆらと揺れている。
「でも逆に罠があるかもしれない。俺から離れるなよ。服掴んでていいから」
「ん!」
こくりと頷いた彼女が俺に引っ付いたのを確認すると、杖を構えつつスイッチであろう小石を押した。
瞬間、ガコン! と大きな音がしたかと思うと足元の石造りの床がガタガタと揺れ始める。悲鳴を上げたモナを抱えながら下を見れば、ちょうど今ユールたちが立っている部分が畳一枚分くらいの広さの穴へと沈んでいくではないか。
「にゃっなにこれぇ!?」
「エレベーターか、いや石畳一枚って危なすぎんだろ! モナ、座るからそのまましっかり掴んどけよ!」
「わかったぁあぁ」
バランスを崩さないように急いで座り込めば、大きな音と共にゆっくりと石畳のエレベーターが下へ下へと向かう。焦れったくも感じるくらいのスピードの中おそるおそる周りを見回せば、地下都市とも言えるようなダンジョンが広がっていた。
猫耳をぴんと立てたモナが一角を指さす。
「あそこ! あっちからかつんって音がする!」
「よーし、行く場所は決まったな……。もうちょいで下に着くから油断するなよ」
じ、とユールは地下都市を見やる。そんなはずはないのに、自分の耳にもツルハシの音が聞こえてくるような気がした。
洞窟の奥の方から聞こえてくるキィキィと甲高い鳴き声にびく、と肩を震わせる彼女を宥めながらユールはマップを開く。現在地が入口、そこからまっすぐ進むと発掘ポイントのひとつが見えてくるらしい。気丈にも手伝うと言ってくれたモナにはカンテラを持ってもらい、灯りを頼りに少しずつ進む。
「ユールにいちゃんはだれをさがしてるの?」
「採掘師ギルドの新しいギルドマスターなんだけど……知ってたりする?」
「んーん。刀のおじちゃんじゃないの?」
「違うらしいんだよなぁ……刀?」
「おじちゃん、刀をつくるのがすきなんだって」
そして、たまにお菓子をくれるらしい。くふくふと笑いながら先代のギルドマスターについては教えてくれた。
時折現れる魔物を倒しつつ、話しながら歩いていくことしばらく。ユールたちはひとつめの採掘ポイントにやってきた。まだ入口に近いからか、モナくらいの子供たちも見える。彼らが拾っているのは手のひらサイズの石だった。
「あれはね、ぶきになるの! だからあつめてもっていくとパンをかえるんだよ」
「なるほど? 材料ってわけだ」
彼女がいくつか拾って鞄に詰め込む間、ユールは洞窟内を観察していた。採掘ポイントと言うからにはもっと炭鉱みたいなのをイメージしていたのに、あるのは岩肌の見えるトンネルだ。ツルハシを使って採掘をするような人も居ないし、新しいギルドマスターというのはほかのフロアにいるのかもしれない。
「モナ、探してたのはこれ?」
尋ねると彼女は少し考えてから首を振った。周囲をきょろりと見回してから、こそりとユールの耳元で囁く。
「あのね、もっとおっきくてキレイな石がひろえるんだって」
「へぇ、どういうやつだ?」
「えーっと、黄色くて、きらきらしてるの。おばあちゃんがいってたんだけど、この街の王さまも気にいる石!」
「王様まで気にいるっていうならそりゃ凄いんだろうな」
「うんっ! スラムでとってくる人は少ないけど、ぼうけんしゃさんとならとれるってきいたの。ユールにいちゃんがいっしょならとれるよね?」
宝石にも負けないキラキラとした視線がユールを刺激する。多分ドロップ率低いやつなんだろうなぁ……。遠い目をしつつ、頑張ろうな、で誤魔化した。
にしても、黄色い石、黄色い宝石……どこかで見たような。
考えても思い出せなかったユールは、気を取り直してマップにある二つ目の採掘ポイントへ足を進める。この辺りまで来ると冒険者や
様子をうかがいながら小部屋に入ると、さらさらと砂時計のように砂が天井の隙間から落ちている。そして壁際にカンカンとツルハシを打ち付けるNPCがいた。頭上にはクエストマークが付いている。彼は砂に埋もれた小石をいくつか拾い上げると、ため息をついて鞄に放り込んだ。
「あの、採掘師ギルドの人ですか」
「おう。それがどうした兄ちゃん」
「えーっと、黄色い石? を探しているんですけど……あと採掘師ギルドの新しいギルドマスターも」
ユールがそう尋ねると、彼は目を瞬かせた後からからと笑う。モナと二人で顔を見合わせた。
彼は鞄から取り出したレジャーシートのようなものを広げ、その上であぐらを組む。慣れたように手招きするものだから、ユール達はおずおずとお邪魔した。水筒からスープが出てきたり、おやつやおつまみが出てきたりと随分準備万端らしい。モナも最初はおっかなびっくりしていたのだが、あっという間に追加のおやつまで貰っていた。
ふう、と一息ついてから彼は切り出す。
「探してるのがそいつならちょうどいい。ルナスフェーンが掘れる所に新しいギルドマスターが居るだろうよ」
「ルナスフェーンって、その王様も気にいるっていう石のこと?」
「きらきらのやつ?」
矢継ぎ早に尋ねるユールたちを抑えながら、採掘師の彼は鷹揚に頷いた。
「おう、手に入れるにはそもそも凄腕の採掘スキルが必要でな。新しいギルドマスターになるための試験が代々それなのさ」
「ちょっと待って、それってまだ試験中ってこと? 誰でも可能性があるってこと!?」
驚きの声を上げたユールに向かって、彼は肩を竦め、慌てた様子もなくカップの中身を啜る。背後では変わらず天井から砂が落ちていた。
「そういうこった。まぁ誰が、ってだいたいの予測はつくがな。けど物は試し、掘ってみてぇって欲はビィセンドの採掘師なら誰でも抱くもんさ」
どっこいしょ、と彼は呟きながら立ち上がる。その口ぶりは半分諦めたような声色なのに、どこか目には光が宿っていた。
「そういうわけで、俺はもうちょっとやってくわ。じゃあなお二人さん!」
ツルハシを背負い直し、またからからと笑いながら去っていった。モナが抱え直したカンテラの音が小部屋に響く。ぽかんとして彼を見送っていた二人だったが、気を取り直してこぼれ落ちる砂の中をまたゆっくり歩き出した。
それからというもの、いくつかの小部屋を覗いたりしたのだが一向にルナスフェーンも、それを掘り当てた採掘師も見つからない。道中に出会った採掘師ギルドの面々も口を揃えて「あいつなら可能性があるかもなぁ」、と言うだけだ。あいつ、というからには思い当たる人物がいるのだろう。どんな人なのだろうか。
考えながら進んでいくうちに足音が変わる。古めかしい石畳の道には何もなく、採掘ができそうなものも拾えそうなものも何もない。ただただ真っ直ぐな道が続くばかり。
その時ふと、今まで一緒に並んでいた小さな足音が止んだ。
「モナ、どうした?」
問いかけても彼女はきゅっと口元を結んだまま俯いている。ユールが近くへ寄っても唇をもごもごとさせるばかりでだんまりだ。猫耳が頼りなく折れている。
「……疲れちゃった? 休憩する?」
「……んーん。ねぇユールにいちゃん、このへんで黄色い石、ほんとにとれるのかな」
「どうだろう……。けど、間違いなく見つけるのは難しいだろうな」
「そうだよね……」
恐らくだがルナスフェーンはボスドロップか、採掘師のスキルでないと見つけられないか、はたまたイベントアイテムなのではないかとユールは思い始めていた。
もしそうなのだとしたら、現状だとかなり分が悪い。周回前提のものであればこのままモナを連れて単独で行くのも難しくなるし、スキルが必要なのであればそれこそ詰みだ。
可能性があるとすればイベントアイテムだった場合だが、この辺りのフロアで見かけないとなるとダンジョンのもっと深いエリアにいるのかもしれない。今の自分の装備で行ける場所ではない可能性だってある。
いくつかの可能性を考えて、けれどやっぱりユールにはこの小さな子供を置いていくことはできなかった。
「モナ、聞いて。モナが頑張れるなら俺ももう少し頑張る。この先のフロアに進むのも、もし帰るのでも一緒について行く」
眉も猫耳もしっぽもへにょりと下がった彼女には酷かもしれない。NPCに委ねるのも馬鹿げていると思うやつだっているだろう。けれど、ユールはたとえAIで導き出されたものだとしても、彼女の意志を尊重したかった。
指を絡めて、視線を彷徨わせるモナ。だが、ダンジョンに一人でも来ようと思うだけの意思があったはずなのだ。
時折甲高い魔物の鳴き声や羽ばたきが聞こえる中、じっと待つ。ユールの耳が震える声を捉えた。
「あの、モナにできることはすくないんだけど、ユールにいちゃんにおねがいばっかりしちゃうんだけど」
「うん」
「でも、でも、モナもがんばりたい……! いつもいっぱいたすけてくれるから、モナもにいちゃんたちのお役にたちたいの!」
大きな目に溢れんばかりの涙を浮かべて、彼女は必死に訴えた。
——大前提として。ゲームにおいて、特にRPGなんかはおつかいや依頼のクエストを受けてストーリーが進むものだ。だから受けないという選択肢は実際の所あまりない。
けれど、定石であるからこその理由付けを味わうのが好きだった。
今まで遊んできたゲームでもそうだ。世界観やストーリーの考察をすることが好きだからこそ、設定やバックボーンに関わる小ネタを拾うのが楽しい。よくあるおつかいクエストはその世界観を知るためのものだと思っているし、チュートリアルをすっ飛ばすこともしない。キャラメイクがあるゲームでは、自分がその世界に生きていたらをイメージしてプレイするから尚更だ。
今回のモナのことだって、『そういうもの』としてただ受け入れたっていい。けれどユールはせっかく彼らはこの世界で考え生きているのだから、彼らの考えを知りたかった。
ユールはゆっくりと手を伸ばし、モナの頭を撫でる。
「じゃあ、あともうちょっと頑張らなきゃだな」
「! うんっ!」
彼女はぱあ、と表情を明るくし、大きく頷いた。その頬を拭ってやってから歩き出す。その二人の足取りは先程と違って軽いものだった。
おしゃべりをする余裕が出てきたモナもカンテラの火を揺らしながらご機嫌だ。
「ルナスフェーンはね、
「月影?」
「そう! ビィセンドのみんなが知ってるお話なの。街のみんなのことがすきでー、みんなをたすけにきてくれるの!」
「へぇ……ヒーローみたいなのか」
月影。なるほどそれがビィセンドでのメインストーリーのキーワードなのかもしれない。頭の隅に書き留めておく。
「にいちゃんたちが夜ねる前にきかせてくれるんだよ。月影はギゾクってやつなんだって」
「ギゾク……あぁ、義賊な。じゃあ表立ってのヒーローじゃないのか」
「わかんない。けど、えらいけどわるい人をこらしめるんだって!」
「あ〜それは貴族王族社会には鉄板のやつ……」
ユールの呟きにモナは首を捻っていた。
すっかり話し込みながら歩くことしばらく、魔物の鳴き声すら聞こえなくなってきた。朽ち欠けた石の道を様子を伺いながら歩く。所々大きな穴が空いていて、下から風が流れる音がするからどこかの空間に通じているのだろう。覗き込んでみると遠くで微かに音がするので何か、あるいは誰かがいるのは確かだ。
モナの猫耳がぴょこぴょこ動く。
「かつーんかつーん、って音がする! さっきおやつくれた人みたいな音!」
「お、アタリか。もっと下に採掘師がいるってことで間違いなさそう。あとはどうやって行くかだけど……」
周りを見渡してみても階段のようなものは見当たらない。何か仕掛けがないかと壁に目をこらすと、行き止まりの壁の所々に窪んでいるような跡がある。
こういうのは、どっかに隠しスイッチがあって調べてみたら……みたいなのが多いんだよな。
「ユールにいちゃんちょっと来て! ここ見てほしいの!」
「ん?」
モナに手招きされた壁によく目を凝らしてみると、とても小さいがやけにピカピカとしている小石が嵌っていた。小石の周辺に僅かなゆとりも見えるから、押してみることもできそうだ。
「ここだけ随分小綺麗だな……」
「どうしたの?」
「ほら、スイッチみたいなのがある。もしかしたら下に行く仕掛けがあるかも。モナ、お手柄だぞ」
「ほんと!?」
モナの大きな目がきらりと光を宿した。しっぽもゆらゆらと揺れている。
「でも逆に罠があるかもしれない。俺から離れるなよ。服掴んでていいから」
「ん!」
こくりと頷いた彼女が俺に引っ付いたのを確認すると、杖を構えつつスイッチであろう小石を押した。
瞬間、ガコン! と大きな音がしたかと思うと足元の石造りの床がガタガタと揺れ始める。悲鳴を上げたモナを抱えながら下を見れば、ちょうど今ユールたちが立っている部分が畳一枚分くらいの広さの穴へと沈んでいくではないか。
「にゃっなにこれぇ!?」
「エレベーターか、いや石畳一枚って危なすぎんだろ! モナ、座るからそのまましっかり掴んどけよ!」
「わかったぁあぁ」
バランスを崩さないように急いで座り込めば、大きな音と共にゆっくりと石畳のエレベーターが下へ下へと向かう。焦れったくも感じるくらいのスピードの中おそるおそる周りを見回せば、地下都市とも言えるようなダンジョンが広がっていた。
猫耳をぴんと立てたモナが一角を指さす。
「あそこ! あっちからかつんって音がする!」
「よーし、行く場所は決まったな……。もうちょいで下に着くから油断するなよ」
じ、とユールは地下都市を見やる。そんなはずはないのに、自分の耳にもツルハシの音が聞こえてくるような気がした。
