3,砂都の誘い

「お客様、当店に何かご用で?」
「うおわっ!?」

 不意に背後から声がかかる。きゅうりを見た猫みたいに飛び上がりそうになったユールは、恐る恐る振り返った。
 店員のNPCだろうか、片眼鏡をかけた男性がにこやかに立っている。彼は慌てるユールを気にするでもなく、重厚感のある扉を開いた。

「『カマル・ジャウハラ』へようこそ。どうぞ店内へ」

 恭しく一礼した彼は扉を開けて待っていてくれていた。ユールはうろうろと視線をさ迷わせてから後に続く。
 店内は豪華だけれど品のある内装で、並べられたガラスケースの中には外のショーウィンドウと同じようにお行儀よく鎮座しているアクセサリー。
 ひとつのガラスケースだけで総額いくらなんだろう、と震えあがってしまい、どんどん足取りが重くなる。
 入店した途端来訪者プレイヤーもNPCもざわめいたにもかかわらず、彼は歯牙にかけることもなく部屋へ一直線だ。
 まだ序盤装備であるユールは場違いな気がしてそそくさと手招かれるまま追いかける。
 応接室だろうか。お高そうなソファとテーブルのある一室に案内され、促されて彼の向かいにそのまま腰掛けたユールは背を伸ばす。音もなく現れた紳士的なおじ様がカップを置いてまた去っていった。そのお高そうなカップからは、スパイスの入った紅茶の香りが立ち上っている。
 何で俺こんな扱いなの!? ザレアはどこ行った!? あとこれ、多分、絶対、いい所の茶葉!

「混乱していらっしゃいますね」
「へぁっ!? ええ、はい!?」

 品のある部屋に響き渡るひっくり返った声。ユールは今すぐにでも意識を飛ばしてログアウトしたくなった。向こうはカップをソーサーに置く仕草すら様になっているというのに。くすくすと笑う彼の視線が生暖かくて痛い。
 そんな彼からはセルソやエルウィン、ディオとは違う、なんだか高貴な人、といった雰囲気がある。

「実は私、ユール様の事を存じているのです」
「ええ?」
「ザレアから話を聞いておりまして。是非一度お目にかかりたいと思っていたのです」
「え、あいつ何か言ってたんですか?」

 尋ねると彼はにこりと綺麗に微笑み、宝石のような黄色の目を輝かせた。

「ええ。メイカーのことが気になっている奴が来るからよろしく、と。本人はまだダンジョンから戻っておりませんが」
「あいつ……人にぶん投げるなよ……」
「フフ、それがあの子ですから」

 おや、とユールは思った。
 躑躅森つつじもりはプライドが高く、割と人に対してツンツンとしていることが多い。今でこそ彼の趣味を知っているほどの仲ではあるが、実際入学して初めて会った頃はバリア全開であったし、慣れてきたのは夏休み後の頃だったように思う。この人を頼れるくらいにはここに出入りしているのだろうか。
 ふう、と息を吐いてカップを手に取る。ほんのり香るスパイスの香りがユールを落ち着かせた。

「興味がある、というか……。素材をとる方をすすめられて。作る方は不器用だからやりようがないんだけど」
「ふむ。来訪者の皆様は、基本的に何事も器用に熟しますが……。それでも声をかけたということは、貴方と一緒にやりたかったのかもしれませんね」
「つつ、……ザレアが?」
「はい」

 それはもう美しい微笑みを真正面から浴び、ユールは逃げるように目を細める。ディオの眩しさとはまた違う。落ち着かなくて、さっきまで隣にいたディオがなんだか恋しくなった。
 と、部屋の外からカツカツとヒールの音。勢いよく開けられた扉からついに待ち人が現れた。

「ただいまーってユール! 来るの早くない?」
「おー……お疲れ」
「ザレア。お客様の前ですよ、静かになさい」
「いーのいーの。そうだレヤン、変なこと言ってないよね?」

 さぁ? と肩をすくめる彼はレヤンというらしい。そういえば雰囲気に呑まれて名前も聞けていなかった。照準を合わせる余裕もなかったな。
 慣れたように細剣を腰にさして部屋を闊歩するザレアは、服装の雰囲気は部屋と全然違うのに自信ありげだからか浮いた感じがしない。
 ソファに沈み込むのも意に介さず、ザレアはその細い足を組む。

「で、呼んだのはね。採掘師ギルドにツテがほしいんだけど、よかったらユールに頼めないかなって」
「はぁ? どういうこと?」
「採掘師ギルドのギルドマスターが代替わりするの。というか先代のおっさんが押し付けてったっていうか……」
「それはまた大変そうな……」
「そーなの!」

 ザレアが勢いのままバン! とテーブルを叩く。レヤンが眉を顰めたが彼は気にする様子がない。

「代替わりはいいんだよそれは! でも誰にギルドマスターを引き継いだかが現状わかってないのが問題なの!」
「えぇっ!?」

 そんなことが有り得るのだろうか。来訪者プレイヤーのメイカーがいるから困ることは無いと思うが、ギルドマスターが誰か分からないというのも不思議な話である。

「というかさ、ギルドの人たちと来訪者で何が変わるの?」
「それぞれにしか採れない石があるんですよ。なので協力関係を結ぶことが多いのです」
「詳しくは知らないけど、多分他のメイカーも一緒だと思う。だからランクが上がれば上がるほどそれぞれのギルドとの交流も必要になってくるんだ」
「なるほど」

 これだけ会話や思考を人間に近づけたスーパーAIを積んでるんだから、制作側も交流が必要って形にしたのかな。
 聞いてみればプレイヤーが作る最高ランクのものとNPCが作る最高ランクのものの差はデザインや少しの効果の差だそうだ。
 だからやりたい人はやるし、やらなくても最高ランクの物自体は得られる、と。

「で、なんで俺なのさ。別にザレアが行ってもいいわけじゃん」
「……なの」
「うん?」

 顔を伏せてぷるぷる震えるザレアに近寄る。レヤンはいつの間にか席を外していた。

「ボクあのおっさん苦手なの!!」
「うわっ!」

 キーーンとザレアの声が耳に響く。ずきずきする耳を擦りながら彼を見ると、思い出したのだろうか顔を赤くしていた。大きな手振りで腕を組み足を組み替え、どうにか体裁を保とうとしながらも、彼の口からは次から次へと文句が出てくる。

「だいたいギルドにはいるくせに自分はマスターじゃないからって仕事しないってなに!? じゃあ次のマスターは誰って聞いても探せとしか言わないし見つからないし!」
「つまり何、やり込められるから得意じゃないって?」
「そこまで言ってない!」

 呆れた顔のレヤンが紅茶のおかわりを持ってくる。もしかしてわかってて別室に逃げてたのかこの人。
 ちら、と見やればモノクル側の目をぱちんと閉じる。確信犯に違いなかった。
 ユールはふう、と息を吐く。

「んー……わかった。とりあえず行くだけ行ってみる」
「ほんと!?」
「代替わりに立ち会えるってのは面白そうだし、流石に新人が来たってなれば対応してもらえるかもしれないし」

 職業が増える時のように全体アナウンスがかかる程ではないだろうが、ストーリー中に代替わりするのは結構シナリオに影響することではないのか? そう顎に手を当て考える。
 もともと既定路線なのかもしれないが、現時点で二人のプレイヤーのストーリーに影響が出ている事柄だ。自分に採掘師の適性があるかは別として、だんだんと興味が湧いてきた。

「ユール様、採掘師ギルドに行く際はお気をつけくださいね」
「なんで?」
「あれは下層の中でもの方にありますので」

 レヤンは涼しげな表情を崩さずこともなげに言う。確かに港でもスリとかあったもんな……。ユールは神妙な顔で頷いた。
 二人に手を振って見送られ、王宮を背にしてまた坂を下り始める。ディオに一報入れるべきか。いやまだいいかな。
 歩きながら考えているとあっという間に街の中間のストリートへ戻ってきた。そのまま坂を下り始めると、襤褸を纏って道端に寝転ぶ人であったり、座り込んでいる人もいる。それから周りを気にしながら足早に道をゆく人であったり、停滞と忙しなさが同居したエリアだった。
 アクセサリーのパーツを売る男性の横を通り過ぎ、さらに坂を下りきったスラムの入口の傍には、大きな布が屋根になっているテントのようなものがあった。
 集会所のようになったそこは、石や岩などがごろごろと詰められた箱があちこちに積み上がっている。また、中央のテーブルでは飲んだくれていたり、大きい声で笑いあっている人もいた。まるで酒場のような賑やかさだ。

「おい兄ちゃん、ここは観光には向かねぇぞ! 用がなきゃとっとと上にでも行きな!」
「そーだそーだ! 物無くなる前に帰った方がいいぞ!」
「……ここほんとに採掘師ギルド? 酔っぱらいしかいないんだけど……」

 喧騒の中にユールの呟きが落ちた。住民たちは種族こそ様々だがみな頬に土をつけて笑っている。
 だが躊躇ってばかりもいられない。きょろりと視線だけでテントの中を見回してみた。あちらこちらで塊ができている中で、唯一カウンターで楽しんでいる一人が目につく。彼であればまだ静かかもしれない、ええいままよと近づいた。

「あの、採掘師になりたいんだけど」
「ほーぅ? ……お前さん勘がいいな。それにアレか」

 ちら、と視線を落としたのはユールの左手。来訪者の痣があるのを認めると、彼はぐいっとジョッキを煽った。

「数多にあるものの中からお目当てを見つけ出す。その目があるなら採掘師は向いてらぁな」
「じゃあ、あんたがギルドマスター?」
「いんや、悪いが元、だ。それは弟子に譲ってる」

 カラカラと笑いながらまたジョッキを煽り、ユールを見やる。そのまま彼は自身のポケットを漁ったかと思うと一枚のマップを投げてきた。慌てて受け取って見ると、どうやらダンジョンの簡易マップらしい。ちらと視線を落とすと結構な広さのダンジョンであることがうかがえる。

「そこに行ってみな。お前の運が良けりゃ会えるさ」
「運って……行くもなにも、探す相手の情報すらないんだけど」
「ほれほれ、いつ入れ違いになるかわかんねぇからさっさと行きな」
「え、ええ~……」

 ユールが多少食い下がっても、彼はどこ吹く風。ジョッキを持ったまま他の採掘師たちの所へ行ってしまった。こうなってはもうこれ以上の話は聞けなさそうだ。すごすごと騒がしいテントを出る。ちらと振り返ったテントの中で、元ギルドマスターだという男性がひらひらと手を振っていた。
 ダンジョン攻略をするなら一人で行ってしまってもいいかな。ちょっと行ってダメそうなら手伝ってくれそうな人を探そう。マーケットや冒険者ギルドの店で消耗品を補充し、ビィセンドの街の外へ出る。
 からっとした暑さと砂の舞う道を歩きながらしばらく。渡された地図のダンジョンは、来るときに横目に見たいくつかのピラミッドのひとつだ。ダンジョンの入り口手前には途中で戻ってこられるように転移ワープできるポイントの目印が置かれていて、そのまわりは来訪者プレイヤー、冒険者問わず賑わっている。
 また、冒険者だけではなく子供たちの姿がちらほら見受けられるのも気になった。冒険者のような装備をしているわけではなく、港で大人の指示をあおいで働いていたくらいの背丈で襤褸をまとっているだけの、まだまだ小さい子供たち。何人か固まっているのが大半の中、ぽつりと一人の女の子が不安げにまわりをうかがっていた。

「どうした、はぐれでもしたのか?」
「ひゃっ!」

 ユールが屈んで目線を合わせると彼女はびくりと肩を震わせた。頭にある小さな猫耳が動き、尻尾がぼわっと膨らんでいる。慌てて身振り手振りでなにもしないことをアピールするユールを見て、すこし落ち着いた彼女はおずおずと視線を合わせてくれた。

「びっくりさせてごめん。俺はユール、あんた、いやえっと、きみは? なんでこんなところに?」
「えっとね……、モナはね、さがしものに来たの」
「探し物?」

 反復して尋ねると、こくりと頷く。

「にいちゃんたち、さいきん毎日夜いなくなるの。たぶんおしごとに行ってるとおもうんだけど。パパとママもそうだったから。だからわたし、おてつだいしようとおもって」
「おお……えらいな。けど危ないんじゃないのか?」
「んーん。ほんとうはもう少し大きくなってからだけど、ダンジョンにいって、お金になりそうなものをさがしてくるのはみんなやるおしごとだから」

 まだ小さな手のゆびをもじもじ絡ませながら、彼女は必死な目で話す。相槌をうちながらユールもまた必死に頭を回していた。
 え~~これ何かのサブクエストか……? 多分この場合ダンジョンの中に一緒に行くやつだと思うけど、この子の探し物と採掘師ギルドの新しいギルドマスターを探すのって両立できるのか? けどダンジョンに行くって目的は変わらないし……。
 ブツブツ考え込んでいると、モナも不安げな顔になってきた。友達や親と一緒ではない理由もきっとあるのだろうが、子供一人で不安なのは当然だ。流石にNPCとはいえ気付いたからには放っておけないと結論づける。
 ユールは屈んだまま目線をしっかり合わせた。

「モナ、よかったら一緒に行っていいか?」
「ユールにいちゃんもいっしょ?」
「うん。俺も人を探しててさ、このダンジョンに用があるんだ。だからついでってわけじゃねぇけど、いっしょにどうかなって」
「ほんとに!? うれしい!」
「よっし、それじゃあ改めてよろしくな!」

 ぱあっと笑ったモナと握手しようと手を伸ばすと、彼女が精一杯背伸びして来たので耳を傾ける。

「あのね、ほんとは一人だとちょっとこわかったの」

 こそりと伝えられた言葉にユールは思わず吹き出したのだった。
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