3,砂都の誘い
「でっっか……」
吹き抜ける潮風、眼前に広がる青い海、そしてそびえ立つほど大きい帆船。
現実でやることを済ませログインしたユールは、ぽかんと口を開けて待ち合わせの港に立っていた。
先日のお礼にとラモンとカルロ親子からの申し出で馬車に乗せてもらう事になり、あっという間に北の港へ到着。映画なんかでよくある、出航前の船のまわりで荷物のやり取りがされていたり、見送る人々で賑わっていたりと、まさしく映像でしか見たことがないような風景が目の前に広がっている。
「おっ、いたいた! 待たせたな!」
「全然、俺もさっき来たばっか、で……」
振り向くと、彼の首元にきらりと光るペンダントが目に入った。
首元のきっちり詰まった警備隊の制服ではなく、首元の空いた冒険者らしい身軽な装備に着替えたディオが駆け寄ってくる。海戦士のハルバードも変わらずその背にあった。逆立られた髪はいつも通りなのに、私服に近いラフな格好で見慣れない。
遊びに行くんじゃないんだぞ? いやゲームではあるんだけど!
頭の中がぐるぐるし始めた時、ぐいと手を引かれる。
「ユール。まーた考え込んでるなお前。ほら、船もう出るぞ」
「ああ、うん……」
「せっかくのいい船なんだ、楽しもうぜ」
……そうだよな。楽しんでいいんだもんな。
出航を呼びかける乗組員にカードを見せて船内に入る。ぎぃ、と木の軋みが聞こえるが、ここはゲーム。雰囲気を出すためのものだろう。船内には冒険者だったり一般の住民も乗っていた。この船内はイベント扱いなのか、騒めきの割にほかの来訪者 は見当たらない。
適当な場所に二人並んで腰をおろし、ディオが持ってきた地図を広げる。どうやらビィセンド側の港から街までを記した簡易的なものを借りてきたようだった。少しだけ過保護にも思えなくもない、が。
「んで、港着いたら街道を真っ直ぐ行って……ユール?」
「あの、さ」
「なんだなんだ、どうした急に」
ユールはこく、と喉をならした。聞きたいことそのものはたくさんあるのだ。
《転生 》に思うところがありそうなこと。シートレスからほぼ出たことがないということ。兄弟であるセルソと何かありそうなこと。
IoUのシナリオの展開で今後わかることなのかもしれない。けれどずっと魚の小骨のように喉に引っ掛かっている疑問が浮かんでは消える。
船の軋む音や波の音、乗客たちのざわめきがやけに耳につく中、じっと彼は待ってくれていた。
……けれど、ユールはあと一歩が踏み込めなかった。それがたとえゲームのNPCであったとしても。スーパーAIのおかげだと分かっていても、彼らがあまりにも人間らしすぎるから。
人間関係においてずっと受け身で来たツケだといってもいい。自分から行くにはどうやっていいのかわからないのだ。手を引いてくれる従兄や、ぐいぐい来てくれる友人がいたのも大きい。
「びッ、ィセンドには行ったことあるんだよな?」
結局、ユールの口から出てきたのはそんな当たり障りのないことだった。ディオは目を瞬かせたあと、ぷっ、と笑った。気を使われている気がする。そんなところまで搭載されているというのにも驚かされるが、今だけはそれがありがたかった。
「お袋がいた頃に一回だけ。だいぶ子供のころだけど」
「お母さんが……」
「おう。今ごろどこで何してんのかわかんねぇけどな」
カラリと笑うディオは、話はそれで終わりとでも言うように立ち上がる。チャリ、と音をたてて揺れる赤いペンダントトップがやけに目についた。
乗組員が到着を告げれば、乗客たちはそれぞれに船を降りていく。ディオに手招きされ、ユールも慌てて後を追った。とたんに身体を包むのは砂の都に相応しい乾いた熱気。それから港を行き交う住民たちの騒めきである。
ヒューマン族が多かったシートレスに比べて、ビィセンドのNPCは獣人 族の割合が多く感じる。猫耳であったり、鳥のような羽であったり、その身に宿す特徴は様々だ。そして何より目につくのが、ボロを着た子供たち。カルロよりも幼い子供が港では仕事に励んでおり、せっせと荷物を運んでいる。時折、大人に指示を仰いでいる姿も見えて余計健気に見えた。
微笑ましい子供たちに目をやっていると、ディオにぐいと引っ張られる。たたらを踏みつつ追いかければ、彼は少しだけ厳しい顔つきをしていた。
「ユール、油断するなよ。あっちの金持ちっぽいおっさん見てみろ、スられてるから」
「え、あっ!」
視線を動かした瞬間、ちいさな子供が気を引く役と実行役に分かれてあっという間に革袋を抜き取っていった。あまりの手際の良さに呆気にとられていると、軽く肩を小突かれる。ユールは気を引き締めて街道を歩き始めた。
砂都の名に相応しい灼熱の太陽の下、砂漠に敷かれた道を黙々と二人並んで歩く。いくつかピラミッドのようなダンジョンの横を通り、時折ラクダのような魔物を使役する商人のキャラバンとすれ違ったり、サボテンのような魔物を討伐しているうちに気がつけば日が沈み始めていた。
石造りのアーチが美しい門を通り抜けると、青、赤、白、金などの色が目に飛び込んでくる。色鮮やかな壁が並ぶ街並みは砂一色だった街道と比べて歩いていて楽しい。街の奥にある高台には煌びやかな宮殿も見えた。
「ここがビィセンド……!」
「なんとか夜になる前に着いたな! 日が落ちると冷えるって言ってたから、さっさと宿決めちまおうぜ」
「だな。拠点は早く欲しいし……やっぱり冒険者ギルドかな」
街全体のマッピングは後でいいや。道を聞きながら色とりどりの品物で賑やかなバザールを抜けて、冒険者ギルドの扉を開く。シートレスのマルコのところと騒めきは何も変わらず、来訪者NPC問わず人で賑やかだった。カウンターでは小柄な老人がこっくりこっくり船を漕いでいたが、二人が目の前に立つと音を立てて鼻ちょうちんが割れた。
「おや、旅の人かね。ようこそビィセンドへ」
「おじいさん、宿を取りたいんだけど。冒険者登録はしてある」
「オレはこっちな」
たっぷりたくわえたヒゲを撫でながら二人の登録カードを確認すると、彼はゆっくり頷く。
「確かに。ビィセンド冒険者ギルド顔役、ハリスの名を持って承るぞい。ユールにクラウディオじゃな」
「それなんだが、ディオって呼んでくれると嬉しい」
「フォッフォッフォ、若いのう青いのう。部屋なんじゃが、今二人部屋しか空いとらんでな」
ちら、とユールがディオを見ると頷いてくれたので、そのまま鍵を受け取る。これで当面のビィセンドでの拠点は確保できた。ディオが部屋に荷物を放り投げてから直ぐにストリートへと出る。
「さて、調査で来てはいるが」
「まずは色々探索に行こう。さっきから出店で気になるものがあってさ」
「ははっ、お前食うことばっかだな」
「いいだろ」
同じ石畳でもシートレスとは材質の違う道へ足を踏み出す。スパイスの香りがあちこちから漂ってくる街並みはどこかエキゾチックだ。マーケットの出店で販売されている物もまた見たことないものばかり。
手招きされた屋台に近寄ってみると、なにやら甘い香りがユールの鼻をくすぐった。鍋にはまん丸のドーナツのようなものがぷかぷかと液体に浮かんでいる。二人分を購入してディオにもカップを手渡した。つまんだ丸いそれにかじりつくと、あつあつの生地からじゅわりとあふれ出たシロップに目が白黒する。隣からも喜びのような驚きのような声があがった。
「うはっあっっま!」
「これグラブジャムンが元になってるのか! こんなに甘いんだ。うまー……!」
「ぐら……なんだって?」
「えーと、見たことあるやつに似てるって話」
ふぅん、と言ったディオはまたひとつ口に放り込んでいた。どうやらお気に召したらしい。ぱくぱくと食べ進めていく彼を見るとついユールも手が進む。あっという間にそれぞれのカップ分を平らげてしまった。
「なぁ、そんな甘党だったか?」
「いや? けど、お前が美味そうに食うからつられちまったっていうか……まぁ実際美味いしな!」
「ふーん」
指についたシロップまで味わいながら臆面もなくそういうから、ユールはふいと視線を逸らした。照れくさいヤツめ。最近こんなのばっかりだ。
ぐるっと見渡してみると、ちょうど今歩いている冒険者ギルドとマーケットのある通りがビィセンドの中央通りらしい。坂を登っていくと煌びやかで豪華だったり洗練された建物が増え、最終的に宮殿に行き着く。逆に反対の坂を下っていくと、ガチャガチャとした古めの建物が増え、襤褸のテントも見える。あっちがスラムだろう。
見るに、スラムへ下る坂の方へ行くにつれてNPCの着ているものもみすぼらしくなっていく。分かりやすい階級制度というか、見てわかるほどというか。
店構えもそれぞれ上層と下層で異なっている。チラリと見える下層の入口のお店はもはや路上にカーペットだったり布を敷いているだけだ。布の上で何かがきらりと光る。
「あっ」
「どうした?」
「あの店、アクセサリー売ってる」
「おー? 覗いてみるか」
近寄ってみれば、襤褸を着た男性がひょいと片眉を上げる。古ぼけた布の上には、箱いっぱいに入ったたくさんのパーツがあった。多少くすんではいるものの、色でいえばゴールドやシルバーといったものが並んでいる。形も指輪からロケットペンダント、ブローチまで様々だ。けれど、どれも肝心の石がない。
「こいつらはアクセサリーの部品のようなもんだ。いわゆる土台だな。ここに採掘してきた石を嵌めると、いろんな効果がある装飾品になる」
「なるほど……」
「お前らみたいな冒険者でパーツから作るやつもいるが、全員が全員そうじゃねぇからな」
がらがらと箱を漁りながら説明をしてくれる男性は、見た目に反して親切だったのがありがたかった。ディオと一緒にユールがしゃがみこんで聞いていると、システムウィンドウがピコンと音を立てる。彼らに断って少し離れた場所で開けばザレアからのメッセージが来ていた。
『ビィセンドに着いたら彫金師ギルドに来て!』
相変わらずこっちのことなんかお構い無しである。ギルドの場所をちゃんと地図付きで送ってきているあたりまだマシと言えるか。ユールがため息を付きながら二人のところへ戻ると、なにやら盛り上がっているのが見える。
ディオがこちらに気づき、ぱっと立ち上がった。
「お帰り。もういいのか?」
「行かなきゃいけない所ができちゃって……一旦別行動でもいいか?」
「構わねぇよ。じゃあ用事をすませたら宿で合流すっか! また声かけてくれ」
「ありがとう。またあとで」
手を振って別れてから、はたと気がつく。結構な時間ディオと行動を共にしていたが、これはどこまでクエスト扱いなんだろうか。システムウィンドウのクエスト欄を確認すると『ビィセンドの街へ』が完了扱いになっている。船でわたってここまででひとつ、って感じか。なら宿でディオに話しかけたらまた次のクエストが始まるのだろう。
メインストーリーはここからどう進行するのかな。王宮なんてお誂え向きのものがあるわけだし上層部と下層部のいざこざも気になるし、その辺だろうか。シェミハザみたいなアンフェルが黒闇の薬を使ってひっかきまわすのか、ああでもベールナルドはどこに逃げたんだろう。そこも気にしないと。
もんもんと考えながらビィセンドの坂道を登っていく。彫金師ギルドはザレアからの地図によると町の上層、それも結構立地のいいところにあるらしい。振り返ってみれば、下層、もといスラム街を見下ろすことができた。中央に、まさに違法建築といった風貌の箱をいくつも積み重ねたような塔が見える。あれがスラムのシンボルなのかもしれない。
「結構高いな」
ざあ、と砂混じりのひんやりとした風が吹く。ゲームの中のことだから目に入って痛い、なんてことは無いのがありがたい。けれどなんとなく目をこすってしまう。擦るのは良くないんだっけ。
しばらく眺めを堪能している間に日が落ちて月が顔を出していた。ビィセンドではあちこちに月をモチーフにしたマークが見られる。上層に行くにつれて月のマークはオシャレな物になっていくのだが、今ユールの目の前にあるものはオシャレどころではなかった。
繊細な月のデザインが掘られた重厚な扉。ショーウィンドウに並べられた、光を浴びてきらきらと輝く宝石。細やかで洗練された細工を施された指輪やネックレス。そして、それらの傍にはゼロがいっぱい並んだ値札——。
「ほんとにここであってる……?」
目の前にそびえ立つアクセサリーショップ『カマル・ジャウハラ』。ザレアの地図によればここに彫金師ギルドがあるらしい。
冷や汗が頬をたらりと伝う感覚。ユールは口角をひくりとあげて、しばらく店の前に佇んでいた。
吹き抜ける潮風、眼前に広がる青い海、そしてそびえ立つほど大きい帆船。
現実でやることを済ませログインしたユールは、ぽかんと口を開けて待ち合わせの港に立っていた。
先日のお礼にとラモンとカルロ親子からの申し出で馬車に乗せてもらう事になり、あっという間に北の港へ到着。映画なんかでよくある、出航前の船のまわりで荷物のやり取りがされていたり、見送る人々で賑わっていたりと、まさしく映像でしか見たことがないような風景が目の前に広がっている。
「おっ、いたいた! 待たせたな!」
「全然、俺もさっき来たばっか、で……」
振り向くと、彼の首元にきらりと光るペンダントが目に入った。
首元のきっちり詰まった警備隊の制服ではなく、首元の空いた冒険者らしい身軽な装備に着替えたディオが駆け寄ってくる。海戦士のハルバードも変わらずその背にあった。逆立られた髪はいつも通りなのに、私服に近いラフな格好で見慣れない。
遊びに行くんじゃないんだぞ? いやゲームではあるんだけど!
頭の中がぐるぐるし始めた時、ぐいと手を引かれる。
「ユール。まーた考え込んでるなお前。ほら、船もう出るぞ」
「ああ、うん……」
「せっかくのいい船なんだ、楽しもうぜ」
……そうだよな。楽しんでいいんだもんな。
出航を呼びかける乗組員にカードを見せて船内に入る。ぎぃ、と木の軋みが聞こえるが、ここはゲーム。雰囲気を出すためのものだろう。船内には冒険者だったり一般の住民も乗っていた。この船内はイベント扱いなのか、騒めきの割にほかの
適当な場所に二人並んで腰をおろし、ディオが持ってきた地図を広げる。どうやらビィセンド側の港から街までを記した簡易的なものを借りてきたようだった。少しだけ過保護にも思えなくもない、が。
「んで、港着いたら街道を真っ直ぐ行って……ユール?」
「あの、さ」
「なんだなんだ、どうした急に」
ユールはこく、と喉をならした。聞きたいことそのものはたくさんあるのだ。
《
IoUのシナリオの展開で今後わかることなのかもしれない。けれどずっと魚の小骨のように喉に引っ掛かっている疑問が浮かんでは消える。
船の軋む音や波の音、乗客たちのざわめきがやけに耳につく中、じっと彼は待ってくれていた。
……けれど、ユールはあと一歩が踏み込めなかった。それがたとえゲームのNPCであったとしても。スーパーAIのおかげだと分かっていても、彼らがあまりにも人間らしすぎるから。
人間関係においてずっと受け身で来たツケだといってもいい。自分から行くにはどうやっていいのかわからないのだ。手を引いてくれる従兄や、ぐいぐい来てくれる友人がいたのも大きい。
「びッ、ィセンドには行ったことあるんだよな?」
結局、ユールの口から出てきたのはそんな当たり障りのないことだった。ディオは目を瞬かせたあと、ぷっ、と笑った。気を使われている気がする。そんなところまで搭載されているというのにも驚かされるが、今だけはそれがありがたかった。
「お袋がいた頃に一回だけ。だいぶ子供のころだけど」
「お母さんが……」
「おう。今ごろどこで何してんのかわかんねぇけどな」
カラリと笑うディオは、話はそれで終わりとでも言うように立ち上がる。チャリ、と音をたてて揺れる赤いペンダントトップがやけに目についた。
乗組員が到着を告げれば、乗客たちはそれぞれに船を降りていく。ディオに手招きされ、ユールも慌てて後を追った。とたんに身体を包むのは砂の都に相応しい乾いた熱気。それから港を行き交う住民たちの騒めきである。
ヒューマン族が多かったシートレスに比べて、ビィセンドのNPCは
微笑ましい子供たちに目をやっていると、ディオにぐいと引っ張られる。たたらを踏みつつ追いかければ、彼は少しだけ厳しい顔つきをしていた。
「ユール、油断するなよ。あっちの金持ちっぽいおっさん見てみろ、スられてるから」
「え、あっ!」
視線を動かした瞬間、ちいさな子供が気を引く役と実行役に分かれてあっという間に革袋を抜き取っていった。あまりの手際の良さに呆気にとられていると、軽く肩を小突かれる。ユールは気を引き締めて街道を歩き始めた。
砂都の名に相応しい灼熱の太陽の下、砂漠に敷かれた道を黙々と二人並んで歩く。いくつかピラミッドのようなダンジョンの横を通り、時折ラクダのような魔物を使役する商人のキャラバンとすれ違ったり、サボテンのような魔物を討伐しているうちに気がつけば日が沈み始めていた。
石造りのアーチが美しい門を通り抜けると、青、赤、白、金などの色が目に飛び込んでくる。色鮮やかな壁が並ぶ街並みは砂一色だった街道と比べて歩いていて楽しい。街の奥にある高台には煌びやかな宮殿も見えた。
「ここがビィセンド……!」
「なんとか夜になる前に着いたな! 日が落ちると冷えるって言ってたから、さっさと宿決めちまおうぜ」
「だな。拠点は早く欲しいし……やっぱり冒険者ギルドかな」
街全体のマッピングは後でいいや。道を聞きながら色とりどりの品物で賑やかなバザールを抜けて、冒険者ギルドの扉を開く。シートレスのマルコのところと騒めきは何も変わらず、来訪者NPC問わず人で賑やかだった。カウンターでは小柄な老人がこっくりこっくり船を漕いでいたが、二人が目の前に立つと音を立てて鼻ちょうちんが割れた。
「おや、旅の人かね。ようこそビィセンドへ」
「おじいさん、宿を取りたいんだけど。冒険者登録はしてある」
「オレはこっちな」
たっぷりたくわえたヒゲを撫でながら二人の登録カードを確認すると、彼はゆっくり頷く。
「確かに。ビィセンド冒険者ギルド顔役、ハリスの名を持って承るぞい。ユールにクラウディオじゃな」
「それなんだが、ディオって呼んでくれると嬉しい」
「フォッフォッフォ、若いのう青いのう。部屋なんじゃが、今二人部屋しか空いとらんでな」
ちら、とユールがディオを見ると頷いてくれたので、そのまま鍵を受け取る。これで当面のビィセンドでの拠点は確保できた。ディオが部屋に荷物を放り投げてから直ぐにストリートへと出る。
「さて、調査で来てはいるが」
「まずは色々探索に行こう。さっきから出店で気になるものがあってさ」
「ははっ、お前食うことばっかだな」
「いいだろ」
同じ石畳でもシートレスとは材質の違う道へ足を踏み出す。スパイスの香りがあちこちから漂ってくる街並みはどこかエキゾチックだ。マーケットの出店で販売されている物もまた見たことないものばかり。
手招きされた屋台に近寄ってみると、なにやら甘い香りがユールの鼻をくすぐった。鍋にはまん丸のドーナツのようなものがぷかぷかと液体に浮かんでいる。二人分を購入してディオにもカップを手渡した。つまんだ丸いそれにかじりつくと、あつあつの生地からじゅわりとあふれ出たシロップに目が白黒する。隣からも喜びのような驚きのような声があがった。
「うはっあっっま!」
「これグラブジャムンが元になってるのか! こんなに甘いんだ。うまー……!」
「ぐら……なんだって?」
「えーと、見たことあるやつに似てるって話」
ふぅん、と言ったディオはまたひとつ口に放り込んでいた。どうやらお気に召したらしい。ぱくぱくと食べ進めていく彼を見るとついユールも手が進む。あっという間にそれぞれのカップ分を平らげてしまった。
「なぁ、そんな甘党だったか?」
「いや? けど、お前が美味そうに食うからつられちまったっていうか……まぁ実際美味いしな!」
「ふーん」
指についたシロップまで味わいながら臆面もなくそういうから、ユールはふいと視線を逸らした。照れくさいヤツめ。最近こんなのばっかりだ。
ぐるっと見渡してみると、ちょうど今歩いている冒険者ギルドとマーケットのある通りがビィセンドの中央通りらしい。坂を登っていくと煌びやかで豪華だったり洗練された建物が増え、最終的に宮殿に行き着く。逆に反対の坂を下っていくと、ガチャガチャとした古めの建物が増え、襤褸のテントも見える。あっちがスラムだろう。
見るに、スラムへ下る坂の方へ行くにつれてNPCの着ているものもみすぼらしくなっていく。分かりやすい階級制度というか、見てわかるほどというか。
店構えもそれぞれ上層と下層で異なっている。チラリと見える下層の入口のお店はもはや路上にカーペットだったり布を敷いているだけだ。布の上で何かがきらりと光る。
「あっ」
「どうした?」
「あの店、アクセサリー売ってる」
「おー? 覗いてみるか」
近寄ってみれば、襤褸を着た男性がひょいと片眉を上げる。古ぼけた布の上には、箱いっぱいに入ったたくさんのパーツがあった。多少くすんではいるものの、色でいえばゴールドやシルバーといったものが並んでいる。形も指輪からロケットペンダント、ブローチまで様々だ。けれど、どれも肝心の石がない。
「こいつらはアクセサリーの部品のようなもんだ。いわゆる土台だな。ここに採掘してきた石を嵌めると、いろんな効果がある装飾品になる」
「なるほど……」
「お前らみたいな冒険者でパーツから作るやつもいるが、全員が全員そうじゃねぇからな」
がらがらと箱を漁りながら説明をしてくれる男性は、見た目に反して親切だったのがありがたかった。ディオと一緒にユールがしゃがみこんで聞いていると、システムウィンドウがピコンと音を立てる。彼らに断って少し離れた場所で開けばザレアからのメッセージが来ていた。
『ビィセンドに着いたら彫金師ギルドに来て!』
相変わらずこっちのことなんかお構い無しである。ギルドの場所をちゃんと地図付きで送ってきているあたりまだマシと言えるか。ユールがため息を付きながら二人のところへ戻ると、なにやら盛り上がっているのが見える。
ディオがこちらに気づき、ぱっと立ち上がった。
「お帰り。もういいのか?」
「行かなきゃいけない所ができちゃって……一旦別行動でもいいか?」
「構わねぇよ。じゃあ用事をすませたら宿で合流すっか! また声かけてくれ」
「ありがとう。またあとで」
手を振って別れてから、はたと気がつく。結構な時間ディオと行動を共にしていたが、これはどこまでクエスト扱いなんだろうか。システムウィンドウのクエスト欄を確認すると『ビィセンドの街へ』が完了扱いになっている。船でわたってここまででひとつ、って感じか。なら宿でディオに話しかけたらまた次のクエストが始まるのだろう。
メインストーリーはここからどう進行するのかな。王宮なんてお誂え向きのものがあるわけだし上層部と下層部のいざこざも気になるし、その辺だろうか。シェミハザみたいなアンフェルが黒闇の薬を使ってひっかきまわすのか、ああでもベールナルドはどこに逃げたんだろう。そこも気にしないと。
もんもんと考えながらビィセンドの坂道を登っていく。彫金師ギルドはザレアからの地図によると町の上層、それも結構立地のいいところにあるらしい。振り返ってみれば、下層、もといスラム街を見下ろすことができた。中央に、まさに違法建築といった風貌の箱をいくつも積み重ねたような塔が見える。あれがスラムのシンボルなのかもしれない。
「結構高いな」
ざあ、と砂混じりのひんやりとした風が吹く。ゲームの中のことだから目に入って痛い、なんてことは無いのがありがたい。けれどなんとなく目をこすってしまう。擦るのは良くないんだっけ。
しばらく眺めを堪能している間に日が落ちて月が顔を出していた。ビィセンドではあちこちに月をモチーフにしたマークが見られる。上層に行くにつれて月のマークはオシャレな物になっていくのだが、今ユールの目の前にあるものはオシャレどころではなかった。
繊細な月のデザインが掘られた重厚な扉。ショーウィンドウに並べられた、光を浴びてきらきらと輝く宝石。細やかで洗練された細工を施された指輪やネックレス。そして、それらの傍にはゼロがいっぱい並んだ値札——。
「ほんとにここであってる……?」
目の前にそびえ立つアクセサリーショップ『カマル・ジャウハラ』。ザレアの地図によればここに彫金師ギルドがあるらしい。
冷や汗が頬をたらりと伝う感覚。ユールは口角をひくりとあげて、しばらく店の前に佇んでいた。
