3,砂都の誘い

 シートレスでのクエストが一段落つき、ユール、もといユールは現実に戻ってきた。ヘッドギアを外しベッドに寝転がる。

「うーん、火力欲しい〜……」

 今回の戦いで攻撃がディオ頼りになってしまったのが惜しくてもだもだする。が、呟いてみても当然だが何も変わらない。そもそもヒーラーである以上、悠的に基本は回復にリソースを割きたいし、疎かにしたくない。
 武器や防具、装飾品を更新すればいいのだが、レベルが上がったとはいえまだ10。お金ピアも少ないし店売りの物では装備できるものにも限りがある。
 どうするべきかだらだら考えているうちにアラームをかけ忘れ寝落ち、次の日悠は一限に遅刻したのだが……。その悩みはあっさり解決することになる。

「ビィセンドに来れば? メイカーいっぱい居るし、格安で受けてくれる人もいるでしょ」
「メイカー?」
「生産職の職業。園芸したり釣りしたり料理したり、他にも色々。で、ビィセンドには採掘と彫金、裁縫のギルドがあるから装備更新にはうってつけってわけ」

 代返のお礼に献上したパックジュースのストローから口を離し、躑躅森つつじもりがフフン、と自信ありげに口角を上げる。
 彼は端末を操作し、IoUのマイキャラクターのページを開いた。名前のところにザレアと表示されたヒューマン族の人物が端末の上にホログラムで投影される。しかし悠にはある点が気になって仕方なかった。

「なぁ躑躅森、これ男女どっちでキャラメイクしてんの?」
「んー? 女装男子みたいな感じ。IoUは性別で装備できない服っていうのがほぼないから好きなの着れて助かるわ〜」

 語尾に音符マークでも付きそうな声に合わせて、ヒール付きの靴でくるりと回ったザレアの服がヒラヒラと揺れる。
 たっぷり布を使った首元のネクタイみたいなやつ、その中央には黄色い宝石の飾りがおさまっている。赤紫の髪にちょこんとのったレース付きの小さなシルクハットがまた可愛らしい、というのだろうか。なんだかいい所のお坊ちゃんみたいな。ゴスロリっていうんだっけこれ。
 悠はひくつく口角を何とか誤魔化し当たり障りのない感想をひねり出す。

「へ、へー。なんかこだわってるのはわかるけど」
「でしょー! ジャボで胸元ボリューム作って、ハーフパンツとニーハイで膝は隠しつつ、でも肌は出したいじゃん? あとはショートブーツでバランス取って〜。色味も赤ベースに黒で締める組み合わせが個人的には最強と思ってるから今の装備すっごいお気に入りなんだよねっ!」

 ………………そ、そうですか。あのヒラヒラってジャボって言うんだ。へ、へぇ~………。
 くらいにしか思えない悠には未知の世界だったが、ニコニコしている彼に水をさすとあまり良いことがないので放っておく。

「けど随分装備に金かけてるんだな。パッと見アクセサリーも多いだろ?」
「まぁね。NPCの店で買ったら品質はそこそこ、でもリーズナブル。そしてプレイヤーが作ったものなら、品質が良いのはもちろん、デザインまで凝れちゃう! だから、ボクの場合は作ってるの」

 にっ、と笑う彼は自信に溢れていた。
 パッと見はわからなくても、ラインストーンでデコられたスマホケースや普段使いのアイテムを見ると、彼の趣味やセンスがわかる。
 ゲーム内とはいえ、好きなものを自分で作って身に付けて動けるのだ。そりゃあ楽しくて仕方ないだろう。
 
「なるほどなー。生産職かぁ……あんまり続く気がしないんだよなぁ」
「メイカーって言ってもね、ものを作り出す方と、ものを生み出す方とあるの。あー……ニュアンス的な違いね?」

 テーブルに悠が突っ伏すと彼はケラケラと笑った。端末のメモウィンドウにざかざかと書いたものを見せてくる。彼の丸っこい文字も見慣れたものだ。

「裁縫とか彫金とか鍛治、料理はものを作るほうで、スキルやレベルにもよるけど装備のデザインとかアレンジとか細かいところまでこだわれる。園芸とか採掘、釣りは素材を採って来てものを生み出すって感じの意味でメイカーかな。悠が向いてるのはこっちじゃない?」

 タッチペンでぐるっと赤丸をつけられた園芸、採掘、釣りの文字をみる。
 悠はお世辞にも絵心などはなく、手先も不器用なほうだ。だったら確かに採集系のが向いているかもしれない。
 視界が開けた気がして顔をあげると、彼はにぃっと口角を上げた。

「素材持ってきてくれたら装備品作ってみよっか? これでもボク、メイカーとしてはかなりのレベルなんだよね」
「本当か! ……でもそもそもまだビィセンド行けてないんだけど俺……」
「そっかシートレスからだと船か〜……いや、今のレベルなら……まぁいけるいける、慌てなくて平気!」

 つい、と彼の細く白い指で悠の額が押された。
 さて、授業も終わり帰宅したら今日も今日とて早速IoUへログインする。
 まずはポートタワーのセルソの所へクエストの完了報告、それから報酬確認して、海を渡る方法を探す! やることがいっぱいで、冒険者ギルドの宿屋を出てからついつい走り出してしまう。
 ポートタワーと向かえば、ユールは職員に会議室へと案内された。扉を開けば、そこにはすでにセルソ、エルウィン、そしてディオが集まっている。
 ディオはこちらに気づくとひょい、と片手をあげた。

「よっ! 元気そうだな、ユール」
「そっちもな。えーと、この前の報告に来たんだけど」
「ええ! 待ってましたよぉ〜。こっちへどうぞ」

 エルウィンに促されるまま、ユールはソファに腰を下ろす。向かいではセルソが紙の束を揃えていた。相変わらずシートレス総長は忙しそうだ。
 彼はいくつか相槌をうってユールの報告を聞いていた。その姿は背後の窓から差し込む光を浴びて様になるなぁと思うのだが、その顔色には疲労が見え隠れしている。
 というか、このゲームそういう所まで再現してあるんだな……細かいんだか変なこだわりなんだか。ユールは彼の目の下に鎮座するクマを見て内心苦笑いした。

「これで全部かな。そういや小屋で回収してた薬とかはどうだったんだ?」
「黒闇の薬自体はシェミハザが言っていた通り、時間経過で抜けている被害者も多いんですが……」
「問題は、薬の影響で何かしらやった奴らだ。気持ちの回復には時間かかるんじゃねぇかな」
「そっか……」

 ディオの言葉に、路地裏で対峙した魚屋の次男だという彼を思い出す。さらに思い詰めていないといいのだが。
 エンリコのことだって心配したって仕方ないのは分かってはいるけど、ゲームのNPCにしてはやけに人間くさい彼らだからどうしても心の片隅に残ってしまう。……感情移入しすぎなのかな。
 俯いたユールを見て、ディオがユールの肩を軽く叩く。

「ユール、お前のおかげで色々わかったんだぜ! お手柄だよ」
「その通り。特にベールナルドの足取りを追えそうなのが大きい。ガレオンホープの鍵を手に入れていたからこそ得られたものだ」

 二人がここまで言ってくれるなら、と自分を納得させてユールは頷いた。
 空気を変えようと、エルウィンがぱん! と手を叩く。そのついでとばかりにテーブルへ呼び寄せられたのは、この世界エルシロスの地図だ。ふわりと広げられたそれの上には、可愛らしくユールがデフォルメされた駒のようなものが浮いている。いつの間に作ったんだこれ。

「さーて、次の話をしましょう! 僕らがいるのはこのシートレスですね。そして、君がもたらしてくれた証拠で分かったベールナルドの行先は……」
「砂の都ビィセンドだ」
「ちょっとぉ〜! 僕が言おうとしてたのに!」
「勿体ぶってもしかたないだろう?」
「そういうことじゃなくてぇ〜……」

 頬をふくらませたエルウィンがついついと駒を動かしながらソファへ深く座り直す。セルソは彼をちらと見てから、無視して話を続けた。
 もともとシートレスとビィセンド間では様々な貿易が盛んだったらしい。ベールナルドは両国間の関所、国一番に大きい港の警備長として任命されていた。それを上手く使い今回は逃げおおせたようだ。
 説明してくれるセルソの眉間の皺がよりいっそう深くなる。

「向こうであれがどのように潜伏しているのかはわからん。だが、シェミハザと呼ばれるアンフェルと組んでいる以上それなりの行動はできるだろう。腹立たしいことにな」
「それにビィセンドにはスラムもあります。黒闇の薬が広まったら、それこそ大惨事になる可能性だって」
「オレもほとんど行ったことないんだよな〜。カジノがあるのは知ってんだけど」
「えっ面白そう!」

 ユールの声が思わず上擦った。
 ゲーム内のゲームコーナーというものは時間泥棒だ。しかし裏を返せば時間泥棒になるだけの理由がある。そこでしかゲットできない装備やアイテムがあったり、面白いミニゲームがあったりと理由は様々だが、抜け出せないだけの魅力があるのだ。

「へぇ、結構遊ぶのかお前」
「カジノって聞いて思い浮かぶようなのはあんまりやったことないけど……けど興味ある!」
「ならハマるだろうな〜。っていってもオレだってこまけぇのできねぇけど!」

 ディオと話していると、コツコツとテーブルを叩く音。は、と気づいて二人で音の方へ顔をゆっくり向けると、そこにはセルソの満面の笑みが。

「随分仲良くなったようで何より。……話を続けても?」
「「ハイッ!」」
「もー。ビィセンドは今ちょっとだけ荒れてまして」
「あの国は上層市民と下層市民との差が大きい。火種は腐るほどあるが……」

 そう言って腕を組み地図を睨んだ。ソファに深く腰掛けた彼の眉間には深く深くシワが寄っている。

「ベールナルドの件に関してはもうビィセンド国王と政府には伝えてある。しかしシートレスが原因と言えるものを放置する訳にはいかない。そこで、」
「君たち二人に視察に行ってもらおうかと」
「おいエルウィン……」
「んふふ、さっきのお返しですよぉ」

 悪びれることもなくエルウィンはにやりと笑った。セルソはため息をつき、胸元から取り出した封筒をユールに手渡す。
 紋章の入ったそれを開けてみると、カードが一枚。エルシロスの言語で書かれているが、直通船とある。ディオが目を見開いた。

「兄貴、ずいぶん太っ腹だな」
「今回の功績の報酬を含めると妥当だと思うが?」
「え、これって船のチケットというかパスみたいなのだよな? そんなに珍しいもの? ありがたいんだけどさ」

 ディオの太っ腹という言葉に、ユールは慌てて尋ねる。セルソは鷹揚にひとつ頷いた。

「シートレス総長直々に他国へ派遣する、ということだからな。来訪者とはいえ冒険者に渡すものとしてのグレードは高くなる。ほかの港を経由するのも手間だろう」
「そんな良いもの……俺に渡しちゃっていいのか?」
「君だから、ですよぉ。これからの期待も込めて、って感じですよね?」
「……まぁ、そういうことだ」

 ふい、と視線を逸らした彼はややあってから答えてくれた。
 まずは二つ目の大きい街に行って、そこから周辺地域へか。感心するユールをよそに、セルソの咳払いが空気を変えた。

「船は関所近くの港から出る。先日の港より少し北、灯台の方だな」
「ユール、一緒に行くか?」
「いや、世話になりっぱなしも悪いし準備もあるから別行動しよう。港で待ち合わせな」
「おう!」

 返事をしたディオの声が今にも小躍りしそうなほど浮かれていて、思わずユールは吹き出した。遠足じゃないんだぞ。エルウィンもセルソも呆れている。

「ユールくんに迷惑をかけちゃだめですよ~?」
「お前は浮かれるとヘマをするからな……。ただでさえシートレスからほぼ出ないんだから」
「兄貴たちは心配しすぎなんだよ。オレだってもうじたばたしてるガキじゃねぇっての!」
「……そうだな」

 ふと、セルソの言葉と伏せられた目が気になった。けれど彼は瞬きひとつで隠してしまったので、問うこともできずその場で解散になる。
 あんなに強いのにディオはシートレスからほぼ出ない? ……やっぱり、この兄弟もなんかありそうなんだよなぁ。
 気に止めつつも、ずけずけと踏み込めないユールは頭の片隅に置いておきながらポートタワーを出た。そのまま冒険者ギルドのマルコのところへ顔を出し、武器である杖を新調したり携帯食料などの必需品を揃える。システム上、アイテムは自動的にインベントリへ入っていくのだが、心なしか鞄がぱんぱんになっている気がした。アイテム整理をしつつ指先で操作してスキルウィンドウを開く。
 レベル10になって少しだけ充実したスキル欄に仲間入りしたのは、詠唱をすっとばしてスキルをひとつ実行する《迅速スキップ》、もうひとつは味方を自分の位置まで引っ張る《救助レスキュー》。
 誰かを助けられるスキルはヒーラーをしている感覚がしていい。《救助》を使うときは自分が安全地帯にいかに移動できるかが肝だから、視野をもっと広く持たなければならない。安全地帯に下がるってことは遠距離でも攻撃できるようにしておかなくちゃいけないわけで……。
 やれるようにならなきゃいけないことが多くて、指折り数えてユールは苦笑いした。けれどそれがゲームの醍醐味なのだ。新しいエリアも楽しみだし、まずは新しい移動手段も体験できる。船なんて小さい時に旅行で乗ったっきりじゃないだろうか。そわつく心を押さえながら借りた宿へ戻る。
 
「ディオのこと笑えないかもなぁ」

 ……なんてユールの独り言がぽつりと部屋に溶けていった。
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