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カプなし、カプ未定、他キャラ

 静かなんが嫌いやった。
 じっと黙ってなんもせんかったら、俺はあっという間におらんもんになった。誰もおらん部屋の中で、電気のついてへん暗い部屋の中で、自分だけが取り残されとる気がして嫌やった。
 なんもかも気に入らんくて、そう感じるんもしんどくて。
 親父は夜遅うまで仕事しとるからかどんどんやつれてって、兄貴は就職決まったからってさっさと家を出てそっから連絡してこんで、姉ちゃんは大学と塾講師のバイトで顔合わすんも話すんもなくなった。
 四天とは全然ちゃうふいんきの立海に、俺はなかなか馴染めんくて、なんもかんもおもろなくて。
 なにより、しんどい思いして部活した後に誰もおらん空っぽの家に帰って、あのどうしようもない静けさに押しつぶされそうになるんがほんまに嫌やった。
 俺は静かなんが嫌いや。
 独りが、嫌いやった。



 毛利寿三郎はにぎやかだ。
 それが、越知から見た彼の第一印象だった。よく動く表情、よく回る口、少し大げさにも感じる身振り。越知とダブルスを組むことによる緊張もあったのだろうが、それにしても毛利はとにかくよく喋りよく動いた。
 自分とは真逆の人間だな、と内心で独り言ちる。
 毛利に比べて、越知の表情は動きが鈍く、口数も少ない。動作は必要最低限で、彼のように感情や思考を伝えるために身振りを交えることなど滅多になかった。
 対照的だ、と誰かが言った。
 まさしくその通りだと思いながら、隣にあるにぎやかさに体を傾ける。
 毛利は暇さえあれば何かしら話していた。大して愛想の良くない越知相手にめげることなく、ひたすらに。
「さして興味はない」
 越知なりの処世術にも怯んだ様子はなく、むしろなぜか嬉々として話しかけてくる始末だ。
 当初は怖いもの知らず、と評されていた毛利の行動は、そう時を待たずに当たり前の日常へと変わった。今では、毛利が話しかけて越知が興味なしと切り捨てる会話がお約束のようなものになっている。
「毛利と原が入ってから、一軍の空気が明るくなった気がする」
「やっぱり新鮮なムードメーカーがいると違うな」
 そんな声も、一軍の外からちらほら聞こえてくるようになった。
(……そう、だろうか)
 越知はそれらの声に、内心で首を傾げる。
 本当に、そうだろうか。と。
 原と平のやりとりや、毛利の賑やかしが一軍の空気を和らげているのは確かだろう。実際、拭いきれなかった殺伐とした空気は、程よい緊張感を残して緩和しているように思える。
 だが、毛利がムードメーカーかと聞かれれば、越知は否と答えるだろう。
 原に関しては関わりが深いわけではないため判断はつきかねるが、少なくともここしばらく行動を共にしていた後輩に関しては断言してもよかった。
 気心の知れた相手との会話であればともかく、チームの空気を盛り上げて士気を向上させられるようなタイプの人間には思えない。確かに毛利のにぎやかさは場を華やがせるが、それは決してチームのムードメーカーのそれではないのだ。
 短い期間を共に過ごして、越知はそれを確信していた。
(あのにぎやかさは、もっと別の)
「月光さん、どないしはりました?」
「……さして問題はない」
「そうですか? なんか珍しくぼーっとしとったように見えたんですけど。それより月光さん! 俺が今何考えとるか当ててください!」
「さして興味はない」
「そういわんと! 頼んます!」
 チラリと毛利の背後に目を向ければ、呆れたような顔をしている大曲と、楽しげにニマニマとあくどい笑みを隠さない種ヶ島が見えた。そこから一歩離れたところに、微笑ましそうな目をして君島もいる。
(ムードメーカーはともかく、好ましく思われていることは確かだな)
 誰とでも一歩距離を置いている君島の、珍しく後輩を気にかけているような様子がその証拠に思えた。しかし、毛利にはそれはきっと見えていないどころか、その気配すら感じ取れてはいないのだろう。
 やはり、ムードメーカーとは言えないのではないか。
「ダブルス組んでちょい経ったし、それくらいお茶の子さいさいやと思うてんけどなぁ。まだツッキーらには早かったかぁ」
「月光さん! 俺の考えとること当ててください!」
「ダブルスパートナーなら、以心伝心出来て一人前やで☆ な? 竜次」
「勘弁してやれし。一年坊とシングル一筋だったやつがいきなりできるわけねぇだろ」
 諌めてくれるのかと思いきや、意外にも種ヶ島の援護射撃に回った大曲に軽く驚きを抱きながら、子どものようにムキになって見上げてくる毛利を見下ろす。くだらないお遊びだが、できないと断言されては越知も黙っていられない。
 見下ろした先の愛嬌のある目は、寂しい色をしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの、月光さん?」
「なんで何も言ってくれないのだろう、だ」
 ぱぁっ! と毛利の顔が輝く。瞬間、盛大に吹き出して呵呵大笑する声がテニスコートいっぱいに広がった。
 腹を抱えて笑い転げている種ヶ島を横目に、君島はにっこりと微笑む。その隣で大曲は後頭部をガリガリとかいていた。呆れたような空気が広がる中、越知はこれでいいだろう、と襟元に指を添えながら顔をそらす。
「そりゃ以心伝心とは言わなくねぇか?」
「越知君もなかなか負けず嫌いですね」
「いやぁ、ほんまツッキー最高やわ☆」
 まだ笑いの波が引かないらしい種ヶ島に、毛利が文句を垂れながら近づいていく。笑われたことがそれなりに恥ずかしかったらしい。にぎやかな空気は、まだしばらくの間ここに留まりそうだった。
「なぁ、やっぱり」
「あぁ俺もそう思う」
 離れたところから聞こえてくるささやき声に、越知は毛利へ目を向ける。同級に囲まれて談笑をしている姿は、やはりどう見ても兄に相手をしてもらえて喜ぶ弟のそれに見えた。



 ベッドの中で寝返りを打つたび、衣擦れの音が耳障りに響く。
 夜の闇は暗く、闇に慣れた目であっても近くの壁の輪郭すらおぼつかない。夜光灯のオレンジ色が少し恋しい心地になりながら、毛利は何度目かもわからない寝返りを打った。
 越知と二人で使っている部屋は、恐ろしいほど音がない。隣の部屋から聞こえてくる物音も消えた深夜、越知の寝息すら聞こえない夜は孤独のにおいがした。
(眠れん)
 これも何度目かわからないため息をつきながら、毛利は膝を曲げて体に引き寄せる。ようやくそれらしい落ち着く姿勢を見つけた事に安堵しながら、何も聞こえてこない眠った空気に口を尖らせた。
(やっぱ、静かなんは嫌いや)
 このままでは嫌だ、と叫ぶ心の中の自分を黙らせるように、毛利は無理矢理あくびを絞り出して目を閉じる。せめて寝ている間は楽しくにぎやかな夢が見られることをこっそりと祈った。
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