カプなし、カプ未定、他キャラ
「先輩が、先輩が悪いんですよ。嘘を簡単に信じて、他の人の世話を焼いたりするから。だから、ほら。先輩を守るために、こうするしかなかったんです」
これが証拠だと言わんばかりに手を広げた小さな体は、まるで親鳥に何かを訴える雛に似ていると思った。
雛は瞳を涙で歪ませ、ぐしゃぐしゃになった顔で笑い泣いていた。どうしようもなく追い詰められ、狂ったように自ら破滅の道を突き進んでいく痛ましい姿。
それは執着の結末。
不可逆な悲劇。
「これで、もう誰も見ないでしょ?」
純粋な輝きを宿しながらも、ドロドロと粘性を持った目が笑みの形に歪む。自分の宝が離れていかないように、と必死に手を伸ばし続けた血濡れの手が伸びてくる。
そんなつもりはなかった。
そんなつもりはなかったのに。
「ねぇ先輩。これからもずっと」
「お前のそれは間違っている」
だから、拒絶を突き付けた。
悲痛に息をのむ気配を感じた時、金木犀の香りをまとった風が吹き抜けたことをよく覚えている。これ以上この関係を続けてはならない、と誰に言われずとも理解していた。
「間違っているんだ」
「でも、こうした方が先輩は他に目移りせずに見てくれるでしょ? ずっと一緒にいて、行動を監視してくれますよね? だってそうしないと先輩の近くにいる人全員に、何をするかわからないから」
「お前はそんなことをしない」
「しますよ。先輩がずっとそばにいて、誰も見なくなって、どこにもいかなくなるまで。先輩に近づく人が誰もいなくなるまで」
壊れてしまった後輩を、大切にしたいと思ったパートナーを前にして、情けないことに何を言えばいいのかまるでわからなかった。
一体何を間違えたのか、何がそこまで追い詰めてしまったのか。思い当たる節はなく、ほぼ白に染まった思考ではまともに理由を推察することもできない。
「……お前は、そんなことのために」
わからない。
何一つ共感はできず、何一つ理解もできない。
だが、道を違えてしまったことだけは明白だった。そしてそれを到底許容できないことも、正すべきであることも。
「そんなこと、ですか」
無理解に落胆の色を見せなかったのは、初めから結果がわかっていたからだろうか。ぽつりとこぼれた声は色がなかった。
「こんな取り返しのつかない事をする必要などなかった」
「……やっぱり、カラーをもらえない自分はその程度ですよね」
最後に見た微笑みは、ひどく歪な喜びに満ちていた。
金木犀色の風が吹く。
ジリリリリ
重い腕を振り上げて喚く目覚まし時計を叩く。狙いは正確だったようで、ぴたりと音の止まった部屋に刹那の静寂が満ちた。
額の上に手の甲を当て、一瞬だけ目を閉じる。
(……終わったことだ)
記憶の回想という夢の残滓を振り払い、快適な布団から体を起こした。部屋の中は暗く、明かりのない密室は起き抜けの心身をそのまま反映しているようだ。
ベランダへ続く窓のカーテンを開け放つ。揺れるレースカーテンの隙間から、オレンジ色の花をつけた樹木が見えた。
(そうか。金木犀が咲く季節になったのか)
夢の内容が過去の記憶だったことに合点がいく。
窓を開けずとも、秋の訪れを告げるあの清涼な香りが外の空気に満ちていることは想像がついた。嗅いでもいない匂いに、胸の奥を冷やされるような錯覚。それが少しだけ煩わしい。
金木犀の香りが嫌いだった。
一抹の寂しさを感じさせる冷ややかな香りは、否応なく過去の罪をさらけ出して突き付けてくる。名前を付けることもおこがましい、あの時に感じたとぐろを巻く感情がにわかによみがえらせる。
そして、向き合って答えを出したはずのそれが、まだ終わっていないと全力で叫んでいるように錯覚させる。
ため息を一つこぼして頭を振ると、気持ちを切り替えるべく洗面所へ向かう。冷たい水を頭からかぶれば、この喉奥に張り付くような焦燥も少しは押し流されてくれるだろう。
例えそれがかなわなくとも、気分の切り替えはしっかり行うべきだ。今日もやることは多く、一刻も無駄にすべきではない。
『そんなこと、ですか』
遠くから聞こえてくる声に足を取られぬよう、冷たい廊下のフローリングだけを睨みつけるしかなかった。
これが証拠だと言わんばかりに手を広げた小さな体は、まるで親鳥に何かを訴える雛に似ていると思った。
雛は瞳を涙で歪ませ、ぐしゃぐしゃになった顔で笑い泣いていた。どうしようもなく追い詰められ、狂ったように自ら破滅の道を突き進んでいく痛ましい姿。
それは執着の結末。
不可逆な悲劇。
「これで、もう誰も見ないでしょ?」
純粋な輝きを宿しながらも、ドロドロと粘性を持った目が笑みの形に歪む。自分の宝が離れていかないように、と必死に手を伸ばし続けた血濡れの手が伸びてくる。
そんなつもりはなかった。
そんなつもりはなかったのに。
「ねぇ先輩。これからもずっと」
「お前のそれは間違っている」
だから、拒絶を突き付けた。
悲痛に息をのむ気配を感じた時、金木犀の香りをまとった風が吹き抜けたことをよく覚えている。これ以上この関係を続けてはならない、と誰に言われずとも理解していた。
「間違っているんだ」
「でも、こうした方が先輩は他に目移りせずに見てくれるでしょ? ずっと一緒にいて、行動を監視してくれますよね? だってそうしないと先輩の近くにいる人全員に、何をするかわからないから」
「お前はそんなことをしない」
「しますよ。先輩がずっとそばにいて、誰も見なくなって、どこにもいかなくなるまで。先輩に近づく人が誰もいなくなるまで」
壊れてしまった後輩を、大切にしたいと思ったパートナーを前にして、情けないことに何を言えばいいのかまるでわからなかった。
一体何を間違えたのか、何がそこまで追い詰めてしまったのか。思い当たる節はなく、ほぼ白に染まった思考ではまともに理由を推察することもできない。
「……お前は、そんなことのために」
わからない。
何一つ共感はできず、何一つ理解もできない。
だが、道を違えてしまったことだけは明白だった。そしてそれを到底許容できないことも、正すべきであることも。
「そんなこと、ですか」
無理解に落胆の色を見せなかったのは、初めから結果がわかっていたからだろうか。ぽつりとこぼれた声は色がなかった。
「こんな取り返しのつかない事をする必要などなかった」
「……やっぱり、カラーをもらえない自分はその程度ですよね」
最後に見た微笑みは、ひどく歪な喜びに満ちていた。
金木犀色の風が吹く。
ジリリリリ
重い腕を振り上げて喚く目覚まし時計を叩く。狙いは正確だったようで、ぴたりと音の止まった部屋に刹那の静寂が満ちた。
額の上に手の甲を当て、一瞬だけ目を閉じる。
(……終わったことだ)
記憶の回想という夢の残滓を振り払い、快適な布団から体を起こした。部屋の中は暗く、明かりのない密室は起き抜けの心身をそのまま反映しているようだ。
ベランダへ続く窓のカーテンを開け放つ。揺れるレースカーテンの隙間から、オレンジ色の花をつけた樹木が見えた。
(そうか。金木犀が咲く季節になったのか)
夢の内容が過去の記憶だったことに合点がいく。
窓を開けずとも、秋の訪れを告げるあの清涼な香りが外の空気に満ちていることは想像がついた。嗅いでもいない匂いに、胸の奥を冷やされるような錯覚。それが少しだけ煩わしい。
金木犀の香りが嫌いだった。
一抹の寂しさを感じさせる冷ややかな香りは、否応なく過去の罪をさらけ出して突き付けてくる。名前を付けることもおこがましい、あの時に感じたとぐろを巻く感情がにわかによみがえらせる。
そして、向き合って答えを出したはずのそれが、まだ終わっていないと全力で叫んでいるように錯覚させる。
ため息を一つこぼして頭を振ると、気持ちを切り替えるべく洗面所へ向かう。冷たい水を頭からかぶれば、この喉奥に張り付くような焦燥も少しは押し流されてくれるだろう。
例えそれがかなわなくとも、気分の切り替えはしっかり行うべきだ。今日もやることは多く、一刻も無駄にすべきではない。
『そんなこと、ですか』
遠くから聞こえてくる声に足を取られぬよう、冷たい廊下のフローリングだけを睨みつけるしかなかった。