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カプなし、カプ未定、他キャラ

 夜も更けてもうすぐ日付が変わる時刻になっても明るい部屋の中。こたつに長い足をつめ込んで身をできる限り縮めていた越知は、テレビから流れてくるJ-POPや演歌等を聞き流しながら視線を斜め前に向ける。
 つい先ほどまでアイドルの解説や歌のうまさの批評に精を出していた毛利は、すっかりテレビから背を向けてごそごそと何やらカバンや上着を手に取っている。暖房の温風が硬めのくせ毛を小さく揺らしていた。
 上着をそのまま着るのかと思えば、くるりと頭を越知に向けて少し迷った後ににへ、と笑みを浮かべる。
「今から初詣行こう思うんですけど、月光つきさんはどうします?」
 外めっちゃ寒そうやし、多分人いっぱいおると思うから無理そうやったらええんですけど。
 言葉にはされていない気遣いがそのまま聞こえてきたような気がして、越知は緩やかな手つきでテレビのリモコンを持ち上げた。中途半端なところで途切れたアイドルの歌の余韻にひたることなく、長い足をこたつから引き出して立ち上がろうとする。
「あの、月光つきさん。よかったら」
「……すまない、ありがとう」
 長すぎる手足を持て余し気味な越知に、必要ないとは思いつつも毛利は手を差し出す。素直にその手を取って立ち上がる越知を見ると胸が締め付けられるような心地に襲われた。こういう所がたまらなく好きで嬉しいと思ってしまうのは、悪いことなのかもしれない。
「今さら聞くのもあれなんですけど、月光つきさんどっか贔屓にしている神社とかあったりします? 初詣は一応、近くの神社に行くつもりなんですけど」
「さして問題はない。行くとしよう」
「はーい!」
 テキパキと上着をハンガーから外して身に着ける越知の後ろを追いかけながら、毛利はつけっぱなしにされていた暖房のスイッチをこっそり切った。

 雪こそ振っていないものの、暖房の効いた部屋にずっといた体に真冬の寒風はひどく厳しい。雲のない透明な空には、細い小さな月が浮かんでいる。それを見上げながら歩いていた毛利は、咎めるように腕を軽く引かれて顎をわずかに上げた。
「転ぶぞ」
「……へへ、気をつけます」
「……随分と楽しそうだな」
「(あ、珍し)そらもう、まさか月光つきさんと一緒に年越しして初詣までこれるとは思ってなかったんです。だから、めっちゃうれしいし楽しいですわ」
 月から越知へと視線を移して、毛利は溶けてしまいそうな笑みを浮かべる。
 越知はその笑みを見下ろして前髪の向こうで目を細め、腕を掴んでいた手をするりと下へ流れるように動かす。大きく見開かれた目を見つめながらゆるりと指を絡ませた。
「つ、月光つきさん」
「どうした」
(うわぁ、ほんまに珍し。この人めちゃくちゃ浮かれまくっとる)
 前髪の隙間から見えた瞳は普段の冷ややかさが薄れ、触れればその通りに形を変えそうな柔さに包まれていた。酒を飲んだわけでも、何か特別なことをしていたわけでもない。それでもこうして垣間見ることが稀な状態を見せてくれる相手になれているのだという自覚が、突然襲いかかってくる。
 一気に頬に熱が集まって、脇の下に汗が浮く感覚がはっきりとわかった。頭を冷やせと言うように吹き付ける刺すような風は、大した冷却効果を与えないままぬるくなって吹き抜けていく。
 顔を下に向けてはっきりと逃げを打ちながら、毛利は緩いつながりにしっかりと指を絡ませた。
 前を見れば、二人が歩いている道に闇と光が等間隔に並んでいる。何度も通ったはずなのに、どんな道だったかは朧げな上に先がまるで見通せない。何かが潜んでいるかもしれない恐怖がないとは言わないが、それでも毛利は越知の半歩前を歩くように大きく踏み込んだ。
月光つきさん、初詣で何をお願いするんです? 月光つきさんのことやから勉強は問題ないやろし、やっぱテニスのことですか? あ、それとも健康のこととか?」
「さして大きなことを願うつもりはない。そもそも詣でるというのは……いや、無粋だな」
「? まぁこういうのって人には言わんほうがいいとか言いますもんね。そんなら俺もなにをお願いしたんかは言わんときますわ。あ、ちなみにあの神社、縁結びの神様がおるらしいですよ」
「さして興味はない」
 やっぱそう言うと思うてましたわ。
 軽い調子で言葉を紡ぎだしながら、少しだけ歩く調子を早める。徐々に人の数が多くなって、それが日付の変わり目と同時に初詣というたくらみが案外多くの人にあるのだと教えてくれる。そのまま数歩も歩けば、大量に並べられた提灯のまばゆい明かりが見えてきた。
 まばらに光が浮かんでいた細い道が、大量に並べられた提灯に照らされて暗がりの消えた歩道へと合流した。
 越知はその人混みに滑り込む間際、繋いだ手の力を抜いて腕を引こうとした。この長身であればはぐれて探す羽目にはまずならない。手をつないだままでいる理由など、何もない。
月光つきさん、行きまっせ!」
 それをとどめるように毛利が強く手を握って振り向く。提灯の痛みすら感じる明かりに目を細めながら、いつもの笑みを浮かべているのだろう顔を見る。手を引いたまま随分と先を行く毛利の表情は逆光で隠れてしまって見えない。それがひどくさみしいことのように感じられて、越知はほとんど使わない大股で遠ざかる背中を追いかけた。

 人混みの中を持ち前の長身で悠々と進んだ二人は、少しばかりの疲弊と冷え切った体を抱えて帰路についていた。
 行きとは違い、帰りは静かなものだった。言葉はなく、吐き出される白い息と住宅の窓の黒さが静寂をより深いものへと変えている。けれど、不思議と温かな空気に満ちていた。一度離れてまた繋ぎなおされた手は、そこから再び離れる気配もなく絡み合ったまま。
 そうして無言のうちにたどり着いた家のドアを明けた瞬間、越知はじろりと毛利を見下ろした。
「……暖房の電源を切ったのか」
「え、いやぁ、バレましたか」
「むしろバレないと思ったのか」
「そりゃぜんぜん。月光つきさん、寒がりやし気づくとは思うとりましたよ。まぁドア開けた瞬間にわかるとは思うとりませんでしたけど。ほんまさすがやね」
 軽口をたたきながらドアをくぐった瞬間、思っていたほどのぬるい空気がないことに気づいて若干焦ったがそれはそれ。ここまでとは予想しなかったものの、部屋が少し冷えてしまっている状況は元から望んでいたものだ。
 冷えてしまったこたつのスイッチを入れなおし、暖房のスイッチも入れて上着を脱いだ越知に抱きつく。いくら防寒着を着こんでも冷えてしまう越知の体は、やはりひんやりとしている。それに引き換え、毛利の体はいつだって温かいままで天然の湯たんぽのようだ。
「こうしたら、ひっつけると思うたんです。月光つきさん抱きついたらすぐ離れてまうし、あんまべたべたすんのも好きとちゃうやろうから。だから俺の体で暖とる口実作ったろう思うて。ほんま、すみません」
「…………」
「あ、一応カイロとかありますよ。それとも風呂沸かして入ります? せやったら俺、準備してきますけど」
「いや。さして問題はない。……温めて、くれるんだろう」
 責任をとれ。
 言外にそう言われた気がして、毛利は思いきり越知の体に抱きついた。
 仕事をやり始めた暖房が越知の体を温められるようになるまでの短い間。たったそれだけの間でも、こうして触れてしがみついて好きなように触れることを許された。それだけで胸の奥がカッカと燃えるように熱くなる。
「めいいっぱい、あっためますからね!」
「そうしてくれ」
 背中に回された自分よりも大きな手の動きを鋭敏に感じ取りながら、ぬくもりを分け与えようとできる限り体を密着させる。
 どうかこの時間がもう少しでも長く続きますように。
 つい先ほど神様に願った言葉が脳裏で反復する。
 どうせなら、叶えてくれるかもわからない神様よりも今温もりを分かち合う相手に願った方がいい。そんなわかりきったことを大事に抱え込みながら、二人はより深く互いの熱を求めあって絡み合う。
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