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カプなし、カプ未定、他キャラ

「本日付で一課に配属された越知月光だ」
 自分より圧倒的に背が高い人間を初めて見た。
 監視官の制服を着た大男を見上げながら、執行官の寿三郎はぼんやりとそう思った。
「へぇ、あれが例の新人か。処刑のしがいがありそうじゃねぇか」
「あの頭髪のままで通すのに、どのような交渉を行ったのでしょうね」
「おい、無駄口をたたくな。お頭にどやされるし」
 他の執行官たちが様々な表情を浮かべて感想を言い合う中、同じように独り言ちるのも面白くなくて寿三郎は月光の顔を下から覗き込むようにして笑った。
「へぇ、げっこうて書いてつきみつなんやね。かっこええやん。これからよろしく頼んまっせ、月光さん」
「……」
 怒ったやろか。
 ヘラリと笑みを浮かべて様子をうかがってみても、長い前髪に隠されて動かない表情からは内心を読み取れない。
「ありがとう」
「へ?」
 わずかに口角を上向けて月光が言う。その表情の変化に気づけたのは、近くで見ていた寿三郎だけだろう。
 名前を褒めてもらえるのは、嬉しいものだ。
「越知!」
 十次郎の声に反応して背を向けた新しい上司に、寿三郎はぽかんと口を開けるしかなかった。
「あらら、思わんとこに打ち返して来よったな☆」
 横からからかい混じりに飛んできた揶揄にも反応できないほどに、寿三郎は自分でもよくわからない衝撃に打ちのめされていた。


ドミネーターを起動した寿三郎たちは、十字等と鳳凰の前に集まっていた。
 今回の事件のあらましは、色相の濁った複数人の一般人がそれに気づいてパニックを起こし、暴動に発展。周囲の器物を損壊させ、負傷者も多く出ている。
 よくあるわけではないが、珍しくもない事件だ。
 色相がクリアであればあるほど精神が良質であるとされる社会において、その濁りを知覚した際に起こるパニックは避けられない。そして、あっさりとそれらは感染し、周囲の色相も濁らせる。
 そうして悪循環が繰り返されれば、あっという間にエリア単位での色相の混濁とパニックの拡大は必至だった。
「異常だな」
「何がです?」
 鳳凰の独り言に、寿三郎が首を突っ込む。
「俺らが通報を受けてから規模が拡大するまでの時間が、いくら何でも早すぎる」
「考え事は後にしろ」
 十次郎からの命令に、鳳凰は機嫌が悪そうに鼻を鳴らした。
「越知は毛利と行動しろ。残りはいつも通りだ。わかったな!」
「承知した」
 月光の落ち着き払った声を聞きながら、寿三郎はこの面倒くさい事態に突っ込まなければならないことに大きなため息をついた。


 薄暗い夜闇にさらされた瞳には、ただ静寂だけが立っていた。
 ドミネーターに表示された犯罪係数が160からどんどんと下がっていく。
「……嘘やん」
 つい先ほどまで月光に襲いかかり暴れていた男が、その場に縫い留められたように動きを止めていた。
 今ならば確実にパラライザーを当てられる。だというのに、寿三郎は引き金を引けない。
「猛獣使いの才能でもあるんとちゃうか、あの人」
「少しは落ち着いたか」
 涼しげな顔からは、つい先ほどまで襲われていたことなど微塵も感じられない。男が何をしても流して受け止めていた様は、何事にも動じず揺るがない精神の強さを感じさせた。
「……は、い」
 憑き物が落ちたように大人しくなった男は、月光の問いかけにぎこちなく応える。寿三郎のドミネーターに表示される犯罪係数がさらに下がって、もう少しで100を下回る数値にまで来ていた。
「そうか。ならば、そのまま大人しく投降しろ。お前はまだ誰も傷つけていなければ、何も壊していない。罪を自ら増やす必要などないんだ」
「け、けど、おれ、俺の色相は」
「安心しろ」
 ぽん、と男の肩に手をのせた月光が寿三郎を見る。それにつられるように、男も顔を上げた。
 寿三郎の手の中で、ドミネーターから無機質なアナウンスが響く。
『犯罪係数、99。執行対象ではありません。トリガーをロックします』
 ほらな、と言うように目を向けられて、男は涙を流しながら何度もうなずいた。
「すっご」
 呆然とした感嘆が、寿三郎の口から自然とこぼれていた。


 事件の翌日、月光を探して屋上に着た寿三郎は、目的の人物を見つけて駆け寄った。
「月光さん!」
 返事はなかったが、体の向きを変えて寿三郎の正面になるように振り向く。
「昨日は初仕事お疲れさまでした。月光さんの歓迎会とか企画したいんですけど、都合のいい日とかあります?」
「さして興味はない」
「そう言わんと! せっかくなんやし楽しいこといっぱいしましょうよ。俺料理作るん得意なんで、めちゃくちゃ頑張ってうまい飯作りますよ! 今どき珍しい手作り料理!」
 強い風が吹いて、月光の長い前髪が大きく浮きあがる。夜闇の中で見た時よりも、ずっとはっきりした濃い青の目が見えて寿三郎は息を呑んだ。
 さっと手を伸ばして前髪を元に戻した月光は、そのあっま顔をそらして沈黙を保つ。
「そう言えばその目、かっこええですね」
「ッ……」
「昨日のあれもすごかったし、そんな拡散と堂々としとったらええのに。前髪そんな長いと邪魔ちゃいます?」
「さしあたって問題はない」
 受け答えがクールやね、と笑う寿三郎に対し、月光は口を真一文字に引き結んだ。これは今、歓迎会の了承を取り付けることはできないと判断して、一歩後ろに引く。
 期待に胸を膨らませて笑う寿三郎から、月光は前髪の奥で目を逸らした。
「歓迎会、俺が勝手に企画して勝手に準備して招待させてもらいます! 楽しみにしとってくださいね!」
 少年のように足取り軽く欠けていく背中を見送りながら、月光は落下防止策を強く握りしめる。乗り出した体に吹き付ける風は重く、簡単に重心を揺らした。
「この目は、きっとお前たちの色相を濁らせる」
 ぽつり、と串威張った歯の隙間から言葉がこぼれる。
 痛みを伴ったそれは、昨日起こして見せた奇跡がなかったかのように呪いに塗れていた。
(だから、独りでいい)
 きつく目を閉じて、月光は屋上で独り風に吹かれていた。
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