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カプなし、カプ未定、他キャラ

 昔々、U-17合宿所には三人のお医者がいた。
 普通の人のお医者の遠野先生は大の処刑好きで、趣味が高じて人体にくわしくなった稀有なお医者だった。助手を周囲から押し付けられたアイドルの君島が諫めなければ、一体何人の患者が処刑の餌食になったのか。想像するだけで恐ろしい。
 ラケットのお医者の種ヶ島先生は大のあっちむいてほい好きで、ラケットともあっちむいてほいを通して仲良くなれるおかしなお医者だった。助手の大曲が諫めなければ、延々とあっちむいてほいを他人に強いることもあるという。腕はいいのに。
 そして野菜のお医者の毛利先生は大の昼寝好きで、寝ながら診察をするという何とも奇妙な特技を持っているお医者だった。助手の越知が諫めなければ、そこらにあるものを口に入れてしまう悪癖もある。本当は赤ちゃんなのでは。
 ともかくこの個性豊かなお医者たちは仁心……はまちまちだが、ひとまず合宿所の人々になんだかんだ重宝されるくらいには腕がよかった。
 しかし、彼らに診られることを嫌がった選手たちはたゆまぬ努力を重ねた。皆自分の体とラケットを入念に手入れするようになり、結果としてお医者たちはここ最近ずっと暇を持て余していた。
 そんなある日、彼らの暇を[[rb:破壊 > デストラクション]]する出来事が起こったのである。
「……なぁ、そもそも合宿所に野菜のお医者っていらんのちゃう?」



 ちょうど早朝のシャッフルマッチが行われる頃。合宿所にいた選手たちは皆、遠くの山から重い地響きのような音を聞いた。よく見れば薄く開けてきた空に土煙が上がっている様子がわかり、にわかに騒がしくなる。
 それを観測室のバルコニーから見下ろしていた鬼の横に、入江と徳川がやってきた。
「鬼、さっきの音聞いたかい? ふふ、向こうの方で土砂崩れでも起きたのかな?」
「この辺りでそういった話は聞いたことがねぇが。ん? どうした、徳川」
「音がこちらに近づいていませんか? それに、妙な胸騒ぎがします」
 入江を顔を見合わせた鬼は、顎に手を当てている徳川に一つ頷いて手すりを掴む。
 徳川の言う通り、地響きと土煙はまっすぐ合宿所に向かってきているようだった。
「ねぇ、鬼。徳川くん。何か今、あっちの方で光るものが見えなかったかい?」
「俺も見ました。……どうやら、帰ってきたようですね」
 目をギラリと光らせた徳川を横目で見て、鬼は轟音とともに上がった土煙を見る。その向こうで光る打球が見えた気がしてため息をこぼした。不敵な笑みを浮かべた男が、山の木々が破壊されて作られているだろう道を凱歌とともに歩んでいる。そんな光景があっさりと脳裏に浮かんで、鬼は額に手を当てるしかなかった。
 さて、鬼の予想通り山の木々をなぎ倒し、道を文字通り作って帰ってきた男たちがコートに姿を現した。出迎えに行くと自ら志願した徳川は、しかし眉間にしわを寄せて鋭い目を男たちに向けている。
 合宿所に迫っていた世界中の悪をテニスでしばきまくっていたあの男が帰還したと聞いていたのだが、目の前にいるのはどう見ても自分が知っている傲岸不遜を形にしたような男ではなかった。
「……どちら様ですか」
「ハッ! 随分なあいさつだなぁ、徳川。俺が誰かわからねぇとは、随分と腑抜けたもんだぜ」
 顔中に真っ白な綿毛を生やし、目ばかりが赤く充血して鋭い中年の男はしわがれた声で笑う。ますます怪訝な目を向けて距離を取る徳川に、もじゃもじゃ姿になった平等院は苛立たし気に足を数回踏み鳴らした。その手に握られていたラケットから穏やかな声が響いて、平等院をたしなめるように言葉をかける。
「仕方ありませんなぁ、お頭。何せ、今の我々の姿はかつての姿とは似ても似つきません。わからないのも、無理はないでしょうなぁ」
「……チッ、おい。鬼はどうした」
「鬼さんは今、他の選手たちの指導をしています。ですので、俺が代わりに来ました」
 もう一度舌打ちをした真っ白で毛むくじゃらの平等院は、徳川には興味を失くしたようにふらりとどこかへ向かおうとした。すかさず前に立ちふさがった生意気な年下に、ただでさえ鋭い眼光が一層強くなる。
「どこへ行く気ですか」
「あぁ? どこだろうがお前には関係ねぇ」
「連れてくるようにと鬼さんから頼まれています。一緒に来てください」
「気が向いたらな」
 もじゃもじゃを大量にくっつけたまま、平等院はどこかへと歩いていく。徳川はその背中を睨みつけるだけで引き留めることはしなかった。
 平等院が建物の中へ完全に消えた頃。静かになった場所にぽつんと立っていた徳川は、ふと思い出したように首をかしげる。
「……なぜ、ラケットがしゃべっていたのだろうか」
 問いに答えてくれる誰かは、ここにはいない。



 勝手知ったるというように、平等院はラケットを握ったまま建物の中を歩いている。その向かう先のドアには、赤紫色の札がさげられていた。
 ドアの向こうから聞こえてくる甲高い奇声に躊躇することなく、ドアを乱暴に開け放った。
 イスに座っていた遠野が長髪を振り乱して歓喜に叫ぶ。白衣にところどころついている赤い染みに、平等院の手の中のラケットが「相変わらずですなぁ」と笑っていた。
「おい君島ァ、早速次の処刑希望者が来たぜぇ! ヒィーハー! さぁ、どんな処刑をお望みだぁ?」
「おや、お久しぶりです。どうぞこちらへ」
 遠野くんのことは気にしなくても大丈夫ですよ。
 にこやかにそう言いながらイスに座るよう勧める君島に鼻を鳴らしながら、平等院は遠野の前に座った。ラケットを握ったままの拳を前に突き出す。
「この手を何とかしろ」
「手ぇ? なんだぁ? 親指潰しでもされてぇのか?」
 どこから取り出したのかもわからないメスやハサミの中に、ひっそりと親指潰し器が紛れているのを見つけて君島が眼鏡を光らせる。
「遠野くん」
「あぁ?」
「今は処刑のお時間ではありませんよ」
「チッ、わぁったよ。で? 手がなんだって?」
 ようやく診察する気になったのか親指潰し器を懐にしまい込んで、遠野は平等院の手を軽く触り始める。
「ラケットから手が離れんのだ」
「あぁ、硬直してるんだから当然だよなぁ。無理矢理引きはがせばお前の手の皮はズルズルに剥けて、赤い血を滴らせるだろうぜぇ! ヒャーヒャッヒャッ!」
「どうにかしろ」
 へいへい、と面倒そうに返事をした遠野はしばらく平等院の手をいじって何かを確かめていた。そしてふいに顔をあげて、毛むくじゃらの中に隠れた鋭い目を睨みつける。
「随分過酷な処刑だったみてぇだな。こんなに手こずるなんて、相手は何人だったんだぁ?」
「いちいち数えちゃいねぇ」
「確か、四百程でしたかなぁ」
「……そうだな、三百六十程だったな」
 ひっそりと向けられた君島のいぶかしむような視線を無視して、遠野は口元を歪につり上げる。
「じゃあ聞くが、百足す百はいくつだ?」
「百八十だ」
 はっきりと不快感に顔をしかめながらも、平等院はよどみなく答える。遠野の口元が一段とつりあがった。
「三百足す三百は?」
「五百四十」
「百五十の二倍は?」
「二百七十」
 君島の不可解なものを見るような目が突き刺さっても、平等院は苛立たし気に睨み返すだけだった。
「よぉし、わかっちゃったよぉ! 君島ァ!」
 はいはい、と聞かん坊を相手にしている保父さんのように君島は優しく頷いて、奥の方へと引っ込んだ。ちらりと見えた横顔が声に反して異様に硬かったことに平等院は「相変わらず」と心中でつぶやく。
 すぐに戻ってきた君島は液体がいっぱいに入った容器と布巾を遠野へ渡す。それを受け取った遠野は液体に指を浸して何かを確認した後、断りもなく平等院の頭にそれを一気に振りかけた。
「ヨロレイヒー!」
「ぐっ!」
「ほら、これで頭を拭きなぁ!」
 布巾を投げつけるように渡してきた遠野をきつく睨みつけた後、平等院は自由にできる左手で乱雑に頭と顔をぬらしている液体を拭い取った。
「ちょっとはすっきりしただろ? じゃあ聞くぜ、百足す百はいくつだ?」
「二百」
「三百足す三百は?」
「六百」
「百五十の二倍はいくつだぁ?」
「三百」
 よどみなく答えた様子に満足したのか、遠野は立ち上がると上機嫌に奥へと引っ込んでしまった。ガチャガチャと何やら嫌な音がしているが、それを隠すように君島が平等院を立たせる。
「お疲れさまでした」
「おい、手が治ってねぇんだが」
 ラケットを握ったままの手を軽く振って見せつける平等院に、君島はゆっくりを首を振る。
「あなたの手はすでにラケットを離せるはずですが、ラケットの方にも問題があるようです。なので、次は隣の部屋で診察してもらってください。あぁ。隣の部屋には交渉しておきましたので、すぐに診てもらえますよ」
「めんどくせぇ」
 口ではそう言いながらも、隣の部屋に通じているドアに向かっていく。それを見送った君島の後ろから、やけに興奮した遠野が顔を出した。
「あの状態を処刑で再現するのも面白れぇと思うよなぁ! 君島ァ!」
「……ところで、なぜ私が遠野くんの助手なんでしょうか」
 交渉しましょうか。と、どこへ向けてでもなく君島はつぶやいた。



 次の部屋のドアには水色の札がかけられていた。
 部屋に入った途端、目の前をセグウェイに乗った種ヶ島が通過する。窓際で読書をしていた大曲が呆れたようにため息をついて、その首根っこを捕まえた。
「おい、患者来てんぞ。いつまでも遊んでんなし」
「ちゃーい☆ て、なんや珍しい奴が来よったなぁ」
 ラケットが大量に置かれた部屋の中はちょっとした林のようで、平等院は手に握ったままのラケットを見下ろした。
「なんてな。君島サンサンから話は聞いとるで。そのラケットも手も、全部無にしたるから安心しぃや☆」
「それのどこで安心しろってんだよ。まぁお頭もお疲れでしょうし、ひとまず座ってくださいや」
 大人しくイスに座った平等院の手を取って、ラケットをしげしげと眺めている種ヶ島の表情は真剣だった。大曲が淹れてきたお茶を飲みながら、すっかり姿が変わってしまった相棒を見つめる。
 ラケットのフレームやガットを指でなぞりながら何かを考えこんでいた種ヶ島は、最後にグリップの上部を撫でてパッと顔をあげた。
「ほんなら早速、あっちむいてほいしよか☆」
「あぁ?」
「もちろん、ラケットになってもうた方とやで☆」
「いや、ラケットとどうやってあっちむいてほいすんだよ。てかそのラケットなんなんだし」
「何ってデュークに決まっとるやん?」
「はぁ? どう見たってラケットだろうが」
 大曲の至極冷静なツッコミにめげず、種ヶ島は拳を腰のあたりで構える。平等院は手の中でラケットが好戦的に振るえたのを感じ取って口元を緩めた。
「デューク、遊んでこい」
「ですなぁ」
 ギョッと目をむいた大曲をよそに、楽しげに笑う種ヶ島が拳を突き出した。
「最初は、グー。じゃんけんポン! よっしゃ俺の勝ち」
 平等院はラケットを見下ろす。納得したような空気をまとうそれに目線を元に戻した。どうやら本当にじゃんけんが成立しているらしい。納得できない顔をしている大曲をよそにあっちむいてほいが始まる。
「そんじゃいくで。あっちむいて、ほい!」
「おや、負けてしまいましたなぁ」
 穏やかな声に大曲が頭をかく。
「いや、だからなんでラケットとあっちむいてほいが成立してんだよ! てかなんでデュークがラケットになってんだ! おかしいだろ!」
「竜次、世の中不思議なことなんて山ほどあるもんやで。そんじゃ次、行ってみよか!」
 不思議なことでかたづけていい次元じゃねぇだろ、というツッコミは華麗に無視されて第二ラウンドが開始した。
 その後も何度もあっちむいてほいを繰り返し、そのうちラケットに大量の汗が浮かび始める。もう突っ込むのを止めた大曲は丁寧にラケットと平等院の手を布巾で拭いていた。
「そんなら最後やで! あっちむいてほい!」
 その瞬間、激しい音を立てて部屋中に煙が広がった。咳き込みながら平等院は手の中にラケットの感触がないことに気づいて顔をあげる。傍らには、いつの間にか平等院と同じように顔中にもじゃもじゃを生やしたデュークが立っていた。
「戻ったか」
「そのようですなぁ。ご心配をおかけしました」
「こうして戻ったのなら構わん」
 煙が晴れた部屋の中にデュークが立っていることに驚いたものの、大曲はよかったなとその背中を叩いて笑った。
 デュークの体を触診していた種ヶ島は、最後にもう一度あっちむいてほいをして満足げに頷いた。
「これでここの部屋でやることは終わったなぁ。ほんなら、次の部屋に行きや。そのもじゃもじゃ取らんと二人ともおじいちゃんのままやで」
「言われた通り連絡はいれといたし」
「おおきに、竜次。ほら、はよ行きや」
 無言で次の部屋へのドアに向かった平等院の後ろをついていくデュークを見送りながら、種ヶ島は立ち上がってセグウェイに手を伸ばす。
「なんであっちむいてほいでデュークが人間に戻ったんやろなぁ。ほんま、不思議なこともあるもんやで☆」
「いや、お前何もわからずにやってたのかよ!」
 つうか人間がラケットになってる時点で不思議がれや! という大曲の叫び声が空虚に響いていた。



 最後の部屋のドアにはオレンジ色の板がかけられていた。
 何やらやけに静かなドアの向こうの気配に眉をひそめながら、平等院はドアを開く。
「……来たか」
 部屋中所狭しとおかれた植木鉢の山の中、じょうろを持って水やりをしていた越知が顔をあげた。前にいた時よりもさらに数の増えた野菜の苗の数々にデュークが苦笑する。
「これだ」
 平等院が自分の顔のもじゃもじゃを示すと、越知は一つ頷いて部屋の奥へ姿を消した。ちらりと見えた奥も野菜の苗や植木鉢でいっぱいになっている。
「おい。患者が来たぞ」
 小さくそんな声が聞こえた後、ゆらりと奥から白衣をまとったくせ毛頭が出てくる。越知は目を閉じて力の抜けた毛利を支えながら、植木鉢をまたぎつつ平等院たちの元へ戻ってきた。
 イスに座ったものの何やら舟をこいでいる毛利に少し身を引く平等院だったが、背に腹は代えられずその場にとどまった。
 眠ったまま目を開いた毛利は、光の消えた目で平等院を覗き込む。何度も確かめるようにその顔に生えているもじゃもじゃを触り、観察していた。
「顔についているものを取りたいらしい」
 デュークの顔も同じように触り、観察している毛利へ越知が声をかける。それが聞こえていないのか、毛利は特に反応を返さずぼんやりとした目で平等院とデュークを診察していた。
 そうしているうちに、何かわかったのか毛利は隣に立っている越知へ何事かをささやく。それに頷いた越知は慣れた足取りで植木鉢の山の間をすり抜けて、奥へ引っ込んだ。
 一度瞬きした毛利の目にしっかりとした光が戻る。
「お二人とも、お久しぶりです。今からその顔のもじゃもじゃ取るんで、外に出てもろてもええですか」
 少し眉を下げて問いかけてくる毛利にデュークは優しく了承を伝えた。
 大きな団扇を持っている越知の前に立った平等院とデュークは、毛利が降りかけてくる黄色い粉を大人しく浴びていた。十分にかけ終わったのか、毛利は額を軽くぬぐうと手を振り上げて越知へ合図を送った。
月光つきさーん! 後は頼んますぅ!」
 自分の体ほどもある団扇を持ち上げた越知は、短い気合とともに大きく振り下ろして風を起こした。
 ゴゥ、と音がして激しい風が巻き起こる。すると、二人の顔に生えていたもじゃもじゃが赤くなり、ふわふわと空へ飛び始めた。もう一度越知が団扇を振ると、また風が起こり赤くなった綿毛が空へ舞い上がる。
「よっし、これでもうええですよ」
 すっかりもじゃもじゃの消えた平等院とデュークの顔を見て毛利は満面の笑みを浮かべる。
「……髭がねぇ」
「私もですなぁ」
「そっちの方が若く見えてええんとちゃいます?」
 苦い顔をした平等院にケロッとそんなことを言ってのける毛利は、頭に手を置いて軽く伸びをした。
「チッ、まぁいい」
「それではお頭、行きますかな」
 あぁ、と短く返して踵を返そうとしてふいに振り返って越知を睨みつけた。鋭利な眼光にたじろぐことなく受け止めた越知の静けさに短く息を吐き捨てて前を向く。
 思いのほか静かな足取りでどこかへ向かう二人の背中を見送って、毛利は越知を見上げた。
「なんやったんでしょうね」
「さして興味はない」
「……これ、天ぷらにしたら食えるやろか」
 地面に落ちた赤い綿毛を持ち上げてそんなことを言う毛利にため息をついて、越知はその手につままれた綿毛を取り上げた。
 頭の後ろで手を組んだ毛利は足を大げさに降りあげながら部屋に戻る。
「にしても、なんで月光つきさんやなくて俺がお医者なんやろなぁ」
「嫌だったのか?」
「悪い気はしませんね」
 月光つきさんが助手ってのもええ感じっすわ。楽し気に笑う毛利の後を越知はゆっくりとついていった。
「結局、野菜は関係なかったな」
 ぽつりとこぼれた低いつぶやきは風に乗って空へ飛んで行った。


 
 その後、平等院とデュークは再び合宿所を去りあちこちで世界の悪とテニスで戦ったという。
 合宿所の三人のお医者は評判がよくなったわけでもなく、相変わらず選手たちからは敬遠されている。しかし、彼らを頼らなければならないほどの出来事が起こっていないということは平和である証。
 鬼の指導の下、選手たちは今日も日々練習に励んでいる。
「……え? ここまで来てこんな形で終わるのかい?! 僕たちの活躍は? ない?」
 そんな、そんなの。
「嘘だあぁぁぁぁぁ!!」
「っ!!」
 ビクリ、と体が揺れた衝撃で目を覚ました越知は呆然と天井を見上げた。
「夢、か」
 枕元にある宮沢賢治の童話集の表紙を撫でてため息をつく。夢の内容を思い出してまた一つため息をこぼした。
「仙人は似合わないな」
 あの物語の最後、平等院の立ち位置にあった登場人物の最後を思い出して目を伏せた。
 窓の外はうっすらと明るくなり始めている。
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