1話

 考え込んでいるうちに小さなアパートに辿り着いた。古ぼけた鉄の外階段に足を掛けると、嫌な軋みの音が響く。錆びついた手すりに触れると、無機質な冷たさにひやりとした。
 この狭い階段を上がれば、すぐ私の部屋がある。お世辞にも綺麗なアパートじゃないけれど、私だけの寝床があると思うだけで安心する、けど……

「……違う」

 違うって思った。ここじゃない。私が戻りたいのは、こんな殺風景で薄暗い1Kの部屋じゃない。
 もっと柔らかい光に包まれていて、お部屋の中も暖かくて、おいしいご飯があって、誰かが……そうだ、誰かが優しい笑顔で「おかえり」って迎えてくれるような、温かい場所。温もりで満たされた場所。
 妄想だ。わかってる。そんな都合のいい居場所、誰も用意してくれない。だったら自分で作るしかないのかな。でもどうやって?

 立ち止まりそうになった時だった。前方から靴音が聞こえてくる。こんな早朝に誰だろうと思って顔を上げて、呼吸が止まった。

 ―――えっ!?

 ドキッとした。スーツ姿の男の人が階段を下りてくる。しかも……すごく綺麗な人だった。
 暗がりの中でも分かる整った顔立ち。背も高い。長い脚で颯爽と歩く様が格好いい。グレーのスーツをビシッと着こなしていて、彼の身体に完璧にフィットしている。
 涼し気な瞳は理知的で冷たい印象を受ける。唇は薄めだけど形が良くて凛々しい。年齢は……二十代半ばくらい? 会社員っぽいし、私よりは年上だと思う。

 このアパートに住み始めて2年。こんなイケメン、今まで見たことがない。もしかしたら誰かの部屋に寝泊まりした帰りかもしれない。昨夜、その誰かと愉しい時間を過ごした後なのかも。そんな邪な妄想を抱く。
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