2話

「座れば。紅茶かコーヒー飲む?」
「あ、ありがとうございます。じゃあ紅茶で」

 私が答えると、卯月さんはキッチンへと向かってしまった。その隙にもう一度、部屋全体を見渡してみる。シンプルなインテリアには女性らしい小物や装飾品が一切無い。壁には抽象画らしきものが一つだけ飾られていて、棚には洋書やビジネス書籍が並んでいる程度。これは完全に男一人暮らしの気配だ。
 良かった。既婚者でもなければ同棲相手もいないみたい。恋人はいるかもしれないけど、あの頬を見る限り、順調な仲だとも思えない。恋人がいる男には手を出さない主義だけど、別れた後なら私も安心して振る舞える。まずは確認しなきゃ。
 意を決したところでキッチンから声が掛かる。

「砂糖いる?」
「いえ、大丈夫です」

 カップを片手に持ちながら彼が戻ってくる。ローテーブルに湯気の立つ紅茶を置くと、私にも座るよう促した。その場に座り、大人しくカップに口をつける。一口啜ると上品なダージリンの香りが広がった。

「美味しい……」

 全身に染み渡るような味に、ほっと息が漏れる。

「メシは?」
「え?」
「夕飯。食べた?」

 唐突な質問に一瞬戸惑う。確かに空腹ではあるけれど、ここに来た目的は食事ではないわけで。「食べてないです」と答えたら、彼は「じゃあ待ってろ」と言い放ち、再びキッチンへ戻ってしまった。ポカンと口を開けていると、キッチンからジュワーと油が跳ねる音が聞こえてくる。続いて食欲をそそる匂い。すごくいい香り。
 つい呆然としてしまう。え、もしかして夕食もてなそうとしてる? ごはん食べに来たわけじゃないんですけど……。
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