1話

 簡素な挨拶だけを交わして互いに公園を後にする。アパートへ戻る私の足取りはとても軽やかなものだった。体調は万全じゃないけど気分は最高潮。思わず頬が緩んでしまう。

 初めて会った時、遠巻きに背中を眺めることしか出来なかった彼との距離がゼロになったような気がする。まるで少女漫画のヒロインにでもなった気分。今まで付き合ってきたセフレ君達とは違う、大人の風格漂う素敵な人。きっとエッチも上手で、一夜を愉しんだ後の余韻が長いに違いない。そんな妄想が尽きない。

 ポケットから彼の名刺を取り出し、ためすつがめず眺めてみる。カタカナだらけの企業名に部署名、そして名前が印字されている。

「卯月……うづき、きょういち」

 卯月恭一さん。口に出してみると妙に耳に馴染む。いつもの変わらない日常が、彼の存在だけで色鮮やかに変わっていく。

 今日は彼にお招き頂けたわけだけど、嬉しい反面、ひとつだけ懸念していることがある。明らかに私に対して警戒心剥き出しだった彼が、こうもあっけなく部屋に誘ってくるものだろうか。自棄を起こしているのかと思ったけど、それでも違和感が拭えない。

 まさか、乱暴されないよね……?

 ―――ないないない。そんな犯罪者みたいな危険な匂いはしなかった。すごく普通のサラリーマンって感じだったし。頭を振り払ってネガティブ思考を追い出す。

 これから私と彼の関係はどうなっていくんだろう? 一夜限りの繋がりで終わるのか、それとも今後の発展があるのか。まだ予測つかないけど、少なくとも今夜は濃密な時間が過ごせそう。

 胸を高鳴らせながら帰路につく。やっと彼に抱いてもらえると喜ぶ反面、微かな不安も感じていた。
 彼の本当の姿がまだ見えないせいもあるし、頬のもみじ事情もわからないまま。でも焦らなくてもいい。それを暴くのは、今日の夜だから―――。
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